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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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酒作りの意地

 秋祭りが無事に終わったその翌日。

 片付けに忙しい村人達をよそに、酒造に携わるムスコ家のエルコレとその息子のルイージとエリゼオ、マウリ家のピッポ達は額を合わせて話し合いをしていた。他の家族達は呆れて注意する気も起きないようだった。

 それに一抹のさみしさを感じつつ、男達は真剣な面持ちで話し合いを続ける。

 内容はもちろん昨夜の飲み比べについてだった。


「なんてこった。飲み比べがバルタザールさんとアルバンさんの二強になっちまった」

「数多の魔界人を潰してきた『夢世界』もまるでジュース扱いだった……」

「このままの状況が続けば、参加者がいなくなって飲み比べが開催できなくなっちまう」

「このままじゃダメだ。かくなるうえは酒に強い魔界人(ふたり)でも酔う強い酒を、新しい酒を創るしかない!」


 拳を握り宣言したエルコレに周りもそうだそうだと同調する。


「しかし、夢世界を作り上げるまでは長い年月がかかったんだぞ? 新しい酒を創るといっても何年もかかるやら……」

「オレステのじいさんが子どものころから作ってたってよく言ってるけど」

「『ワシの爺さんたちが作り始めてようやくワシらの代で作り上げたんじゃ』ってさー。げえー、俺らの孫の代までかかるってことかよ」


 祭りが終わって今頃は寝こけているだろうオレステ・マウリの口癖を言いながら、ルイージとエリゼオが顔を見合わせる。


「そんな悠長にしていられないぞ。来年は無理でも、他の参加者のやる気が削がれる前にできるだけ早く欲しい。すぐ欲しい」


 ピッポの言葉に全員が腕を組んで考え込んだ。

 二人を出禁にするのは可能だ。殿堂入りにして見学してもらえばいい。上等な酒を樽で贈れば承諾してもらえるだろう。

 だが、それで本当に解決したと言えるのだろうか。否、否である。それでは逃げと変わらない。

 二人を酔わせてこその勝利に価値がある。で、あれば。生粋の魔界人の二人でも酔う酒を造るしかない。


「ううむ。俺らだけじゃ早く作るのは無理だろ」

「時間かけりゃなんとかなるかもしれんが……」

「よし、知恵者の力を借りよう」

「だべな」

「でもなあ」

「ここいらで知恵者と言えば……」

「バルタザールさんかアルバさんだわなあ」


 腕を組み、再び四人は唸る。

 そのうちエリゼオがぽんと手を打った。


「そういやどっかの学者センセイが来てるんじゃなかったか?」

「そういえば、ちらりと聞いたような」

「昨日、バルタザールさんと話してた人らがそうじゃないのか?」

「おお。どこにいんべ。もう帰っちまっただか」

「バルタザールさんに潰されてから、それはねえ」

「探せ探せ」


 我先にと席を立ち、四人は飲み比べで潰れた人間を収容したテントを巡る。


「こっちか?」

「いねえなあ」

「どこだどこだ」

「学者センセイはどこだー?」


 四人はあっちこっちの酒臭いテントを覗きまわって、リチェッカ=デチオーネからの客人達をようやく見つけた。


「おお、やっぱ潰れてた」

「こん人らじゃなー」

「いたいた」


 ひどい二日酔いのためだろう。うんうん唸っていた四人をテントからつれ出し、酒蔵まで連れて帰った。

 途中で薬草摘み帰りのエルマと会ったので、頼んで薬湯を煎じてもらった。二日酔いにはロヴォカ茶がよく効く。


「ありがとうなあ、エルマさん」

「いえ、このくらい。リータさんさんに習った薬湯がさっそく役に立ってよかったです!」

「うぅ、ゴメン……静かにして……」

「あ……、スミマセン」

「バルタザールさんにしてやられたなあ、学者さん」

「ハハハ……情けないとろころをお見せしました……」


 各々痛む頭を押さえながら、おのおのアルド、バッティスタ、ラニエロ、と四人のうち三人が名乗った。残ったコルンバーノは起き上がれないほどに二日酔いがひどいようで、寝込んだまま起き上がる気配はない。


「おかわいそうに、コルンバーノさん……。ちょっと失礼しますね」


 エルマがうなされるコルンバーノに近付いて人の指を形作っていた自分の蔦をほどいていく。細長いそれをコルンバーノの口元まで伸ばし、薬湯を伝わせた。


「ああ、なるほど。エルマさんなら起き上がれない患者にそういう看護(こと)も可能になるのか」

「伝わせるのも良いですが、蔦を変形させて空洞を作るのはどうだ」

「それは良い考えですね」

「う、うぅーん………ゴボゴボゴボ」


 寝たままのコルンバーノをエルマに任せて、二日酔いの三人は薬湯片手にエルコレ達に向き直った。


「それで、私達に何のご用でしょうか」


 ちびちびと薬湯を飲みながら、ラニエロが訪ねる。エルコレ達は顔を見合わせて、うなずきあった。


「実は……」


***


「ふむ、なるほど。魔界人(バルタザールたち)を酔わせられる酒作りですか」


 話を聞いたアルド達はみな一様に考え込む素振りを見せたが、答えはすぐに出た。


「おもしろそうだな」

「やろう」

「素材を取られた恨み晴らさでおくべきか」


 三人はニヤリと笑って協力を申し出た。


「ではまず夢世界の分析から始めましょう」

「蒸留も試しておかないとな」

「夢世界の作り方と原材料を聞かせてくれ」


 二日酔いを研究者魂が上回ったらしい。三人は生き生きと手帳を取り出して書き付けたり、エルコレ達に聞き取りを始めた。コルンバーノはまだうなっていた。


「うう、なんであいつらはあんなに元気なんだ……ウッ、頭にひびく……」

「肉体年齢の若さ故ではないでしょうか。コルンバーノさんは他の三人よりも年齢が上ですから。人界人は肉体年齢がある程度若ければ病気や怪我からの回復が早いと習いました」

「うん、そうだね……、エルマは勉強熱心だナァ………」


 ちょちょぎれる涙を拭いながら、コルンバーノは薬湯をすすった。ちょっとしょっぱかった。


***


 それから数か月後のこと。

 エルコレ達とコルンバーノ達は夢世界を超える酒作りに精を出していた。

 夢世界はラシェで取れるぶどうを原料としたワインだ。多様な薬草などもフレーバーとして入っているが、作り方は周辺の村々となんら変わらない。なのになぜ他の酒と違って魔界人を酔わせることができるのか。

 その秘密は熟成させる樽にあった。

 これはラシェ村の守護獣が眠る洞窟付近に茂るラガの木からできており、調べてみればこの木に含まれる成分が魔界人を酔わせていたのだ。魔界排斥運動家がよく使う香にもこの成分が多量に含まれている。

 猫にまたたび、魔界人にラガの木、というわけだ。

 同じような成分を含む果実などもラガの木々が茂る周辺でよく採取された。


「昔に魔界人避けになるって植えてたらしいけど、そういう理由があったんだなあ」

「そういうことはけっこうありますよ」

「じゃあペーシュケも使えたりしねえかな。秋祭りで暴れる魔界人が出たらぶつけてたって」

「調べてみるか」


 調べれば調べるほどラシェ周辺には強い酒作りに適した植物が群生していた。

 おそらくは昔の人達が魔界人避けに植えたものだろう。魔界にほど近いこの場所を切り開いた先人に感謝を捧げた酒作り組だった。


***


 秋祭りから年末、年明けまで飛ぶように月日が過ぎた。春が過ぎ、夏が過ぎ、秋祭りも間近に迫る秋になっていた。

 酒作りは年単位の仕事だ。良いものを作るなら、本来何年もかかるものだ。

 しかし今年の飲み比べに間に合わせるため、熟成を諦めざるを得なかった。

 いつも通りにワインやビールを仕込み、出来上がったそれらにマタタビ成分を混ぜ込む事にした。

 酒造農家としては屈辱ではあったが、まだ試作、これも打倒バルタザール、アルバンのためだと、コルンバーノ達に説得を受けて不承不承納得した。


「本番は来年以降! 仕込んだ『酒神の雫』たちが熟成してからが本番だ! これは練習! ラガの木とその他もろもろが効くのかどうかの試しでしかねえ!」

「やるぞお!」

「おお!」


 本番ではない、練習だ、と言っても今の時点での最高傑作ではある。

 この試作品を作ってきた一年間、何度も話し合った。喧嘩もした。

 多くの魔界人に試飲をしてもらい、聞き取りをし、改良してきた。

 強いだけの酒では意味がない。美味く、飲みやすく、尚且つ魔界人でも酔うものでなければいけないのだ。

 ラシェでは一番魔界人に近く、酒の強いジーノがひと舐めで「これはヤバイ」とこぼすものだが、相手は前年度の覇者たちだ。油断も慢心もできなかった。

 今年からはエキシビジョンで戦うことになったバルタザールとアルバンに酒が提供される。

 酒神の雫(試作品)はひと息で二人の胃の腑に消えていった。

 ダメだったのか、と自信を無くし膝を付きかけたエルコレ達だったが、


「おや」

「あれ」


 と上げられた声に顔を上げた。

 二人は続いて提供された二杯目を興味深げに眺めていた。


「良い匂いだ」

「なんだかゆらゆらと良い心地がしますね」

「飲んでも喉が焼けないのに、酔ってる? うわあ、すごいなこれ」

「こんなにも心安らかな酔いというものがあるのですね」


 酒を作っていた男達は歓声を上げて、健闘をたたえ合った。

 願掛けで味見しかしていなかった酒を、その日だけは浴びるように飲んだ。

 翌日は当然のように二日酔いになった。


「バカねー、お父さん。もう若くないなだからほどほどにしておけばいいのにさ」

「バルタザールさんなん昨日あんなに飲んでべろんべろんだったのに、もう起き出して片付けに参加してくれてるってのに、ねえ」


 痛む頭に家族からの言葉が響いてさらに痛む。

 しかし自分はやったのだ。来年はさらに見てろよ、と妻の用意してくれた薬湯をすするエルコレだった。


***


「これやべえ」

「マジか」


 美味しそうに飲んで次々に杯を空にしていくバルタザールとアルバンの二人に興味をそそられたゼーナちゃんが、匂いを嗅いだだけでその酒を飲むのを諦めた。

「私もやめておこう。酔った状態での飛行は危険だからな」

「マジすか」


 猫をかぶるのも忘れて、リオネッサは魔王を見上げた。

 毒すら効かない魔王さまも飲むのをやめるお酒ってこと……?

 まるでジュースを飲むかのごとく杯を空けていくアルバンとバルタザールの二人は上機嫌に何度も乾杯をしている。


「マジ引くわー」

「引くわー」


 この時ばかりは幼馴染と同じ気持ちになったリオネッサであった。

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