第7話 デキる後輩、ユトリエちゃんの推理 ~添削編~
――なるほど。つまり、ユトリエの推理としては、守護龍メサイアウト様の中に"勇者"の意識があり、その意識が故郷を滅ぼそうと言ってきた。そういう訳か。
確かに、"勇者"が魔王を倒したという実績を考えれば、呪われて死にかけていたという推理もできるし、守護龍様ならそんな"勇者"を自分の中に取り込むという、とんでもない事も出来るかも知れない。
「いや、おかしくない?」
「何がおかしいんっすか?」
それでも、俺はこの推理は可笑しいと感じていた。
「まず第一に、なんで200年後の現在になって滅ぼそうとしてるんだ? 本当に故郷を滅ぼしたいと思うほど憎んでいたのなら、10年かそこらで滅ぼすか、あるいは攻撃の1つや2つ、仕掛けて不思議じゃないのか?」
「うぐっ……?! たっ、確かにボクもそこに関しては不思議に思いますが……」
200年。そう、200年である。
故郷が憎いと言っても、それは恐らく故郷に何かしら嫌な相手が居るからこそ、そういう結論が出たのだと思う。しかしながら、人間は200年も経てば、エルフじゃない限りはとっくの昔にくたばっていても不思議じゃない。
"勇者"の故郷がどんなのかは知らないけれども、少なくともエルフばかりがいる村があったら、"勇者"の故郷という事以上に話題になる事間違いなしである。
「それに、もし仮に"勇者"の魂を守護龍メサイアウト様が取り込んだとしたならば、"勇者"の他の仲間がその事について気付いている、もしくは何らかの兆候を感じているはずだ」
"勇者"の事について、詳しく書かれている資料は少ない。人見知りだったのか、それとも人知れずに戦う事を良しとする痛いキャラだったのかは分からないが、『火炎龍メサイアウトを駆る鎧の男』くらいにしか情報が伝わっていないのだ。
だからと言って、彼には仲間がいる。戦士、神官、魔法使い、3人の仲間が魔王を退治した後に"勇者"がなんらかの不調を抱えていた事に気付かないはずがない。むしろ、回復魔法や解呪のスペシャリストたる神官がいるのだから、解呪できなかったとしても、呪いがかけられているかどうかくらいは分かりそうなモノだが、そういう記述もない。
"勇者"が呪われていたというのは、あくまでもユトリエの憶測でしかない。しかも、根拠となる資料がないタイプの。
「戦士は"勇者"の代わりに、第三王女と結婚して王族の仲間入りまでしてるんだぞ? もし仮に、守護龍メサイアウト様が"勇者"を取り込んだという話があったら、そういう話の1つや2つ、あってもおかしくないはずでは?」
「ふっ、ふん! ですが、ガッキーさんの推理だって、根拠はないっすよね!」
「そうだね。あくまでも普通ならそうだ、という話だけで」
普通なら、"勇者"が呪われていて、それを勇者の仲間が知っていて、なおかつ守護龍メサイアウト様が身体に取り込んだのならば、必ず何らかの形で情報が後世に伝わっていると考える。
しかしながら、全員が何かしらの事情によって、"勇者"のその最期を、誰にも打ち明けずに墓場まで持っていたという可能性もゼロではない。
ユトリエの推理に根拠がないというけれども、俺の指摘だって根拠がある訳ではないのである。
「ほら、見た事っすか! つまりボクの推理は間違っていない! それが真実っす!」
「だけれども、1つだけ、確実にユトリエの推理が間違っているといえる証言がある」
俺がそう言うと、ユトリエは「そんなはずがない」と言う。
人の揚げ足を取るような形ばかりで申し訳ないが、これだけは確実に、ユトリエの推理が間違っていると確信できる証言がある。
「ユトリエの推理だと、守護龍メサイアウト様の中に居る"勇者"様が、自分の故郷を滅ぼそうと言ってきた。そういう事だろう?」
「そうっすよ? あっ、ちなみにすぐに滅ぼさなかったのは、故郷に居る子孫たちに祖先の行いがいかに愚かだったかを認識するための猶予の時間だと思うっす。すぐに滅ぼしちゃあ、勿体ないっすからね」
勿体ないって、何がだよ……。
「だったら、"我は勇者の故郷を、火炎で焼き払う事に決めた"というのはおかしくないか?
"我らは勇者の故郷を、火炎で焼き払う事に決めた"というのが正しくはないか?」
そう、別に守護龍メサイアウト様は、"勇者"の故郷を滅ぼそうとする恐るべき犯人ではあるが、別に自分の犯行を悪い事なんて思っている様子は一切ない。
守護龍メサイアウト様は、"勇者"の故郷に対して警告を一切せずに焼き払って滅ぼすことが可能なのに、それをせずにわざわざ警告してくれているのだ。
そんな守護龍メサイアウト様が、自分の中に"勇者"が居て、その"勇者"に気持ちを重ねて、滅ぼそうとするのならば、『我』よりも『我ら』の方が正しくないだろうか?
もちろん、我という一人称が"勇者"本人のモノの場合もあるが、その場合だと、『故郷を、火炎で焼き払う事に決めた』と、わざわざ『"勇者"の故郷』と言わなくても良いのではないだろうか?
ユトリエの推理が土台からして、完全に間違っているとは思えない。思えないけれども、かといって正しいかどうかと言われると、なんだかしっくり来ないのである。
これはやはり、一度、行ってみるしかあるまい。
いま現在一番王国の注目を集めている村――"勇者"の故郷ティロット村に。




