第2話 王国騎士団の窓際部署(1)
王国騎士団の花形部署が、王族を守る親衛隊だとするならば、そこは一番の窓際部署であった――。
王都にある、騎士団駐屯所の奥の奥。ボロッちい扉を開けると、そこには四畳半ほどの小スペースがあった。
壁にある本棚には、大量の史料がこれでもかと乱雑に詰め込まれており、さらには本棚の一部がこの部屋唯一の窓を半分開かないように占領しているために、四畳半よりも狭苦しい印象を与えていた。
――王国騎士団・編纂二課。
王国が生まれてからの全ての史料を編纂して、次代の者達のための資料を作る編纂科。もとい、騎士団から早く出て行って欲しい者達を集めた、追い出し部署。
そんな追い出し部署からも、さらに小分けという形で追い出されたのが、この編纂二課という部署である。
その編纂二課の主――もとい、追い出し部署である編纂科からも無能として追い出されてしまった、落第騎士。
それが俺、ヒョーガッキである。
民のために活動するのが騎士なのにも関わらず、死んだ魚のような眼と言われる生気の欠けた瞳と、身長150cmという小柄な体躯に、筋肉一つないほっそりとした身体。まず俺でもこんな身体の騎士が居たら、助けを求めないだろうなーという身体をしているのは分かってるようん。
「身長ばかりはどうにもなぁ~……」
騎士ってのは、重労働だ。
重たい鎧を身に着けて、毎日ひたすら歩くなんて日常茶飯事。その上で強盗を取り押さえたりといった荒事や、魔物討伐という危険行為を、さも当然のように涼やかな顔でしなくちゃあならないんだよ?
俺には到底、無理だっていう話だ。
人間無理だと分かると、それからはどんどんやる気というモノが削がれて行く。
削がれて、削がれて、流れ着いた先がこの追い出し部署の小隊長という地位。もっとも、普通に実力で小隊長になった人達と比べたら、天と地以上の差がある事は確かだけど。
今日も今日とて、別に誰も欲していない史料編纂業務をやろうかと思っていると、
「しっつれーい、しまぁすっす!」
どかぁあああんっと、ボロッちい扉が崩れ去る音がする。いや、実際に崩れ去ったんだけど。
「あちゃ~! 相変わらずボロいっすね、うちの部署の扉は!」
「後で事務に行って直してもらって来いよ。死ぬほど怒られるだろうけど」
「あっははぁ~! それは困るっすね! というか、隊長なら可愛いボクの事を守ってくださいよ!」
ぷんすかぷんっと、大きく頬を膨らませながら抗議の意思を見せてくるのは、この編纂二課で俺以外の唯一の配属騎士である、ユトリエである。
190を超える恵まれた高身長に、明るい笑顔。剣の腕も普通に上手いのに、なんでこんな部署に所属しているのか、俺ですら良く分からん人物だ。
「それよりも、ガッキーさん!」
「ガッキーさんって言うなって言ってるだろ。俺の名前は、ヒョーガッキだ」
「じゃあ、ヒョーさんっすね!」
「なんか気の抜けた呼び方だな、おい。……もう良いよ、いつも通りガッキーさんで」
「では改めて」と言いつつ、ユトリエは俺の方をじっと見て。
「やだ、ガッキーさんってば、いつもより目が生き生きとしてるっすよ? 変なキノコでも食べたっすか?」
「張ったおすぞ、おい」
「てへぺろっ!」と、可愛らしく舌を出しても、許さんからなぁおい!
「さーて、いつもの小隊長弄りはこれくらいにするっすかねぇ~?」
「出来れば、常にやめて欲しいところだが。それで、なんの用?」
「あーそうそう。ガッキーさんも、例のやつは知ってるっすよね? ほら、守護龍様の御乱心事件」
ユトリエに言われて、俺は「あれかぁ~」と思い出した。
――守護龍メサイアウト。
魔王を倒した"勇者"の相棒であり、その"勇者"様が姿を消した後も彼が守った王国だからと言うそれだけの理由で、王国を守り続けている守護龍様だ。
その守護龍様が、先日、"勇者"の故郷を滅ぼすという旨の発言をした事で、王国中が大騒ぎとなった。
なにせ、"勇者"と守護龍メサイアウトが、強い信頼関係で結ばれていた事は有名な話だ。
守護龍様がまだ火炎龍であった頃、"勇者"は火炎龍の背中に乗って、多くの魔物を葬り去った。"勇者"と守護龍メサイアウトがどれだけ信頼されたパートナーであったかと言うのは、この国に住まう者達にとっては誰もが知るような、当たり前の事であった。
「いやぁ~、あれは守護龍様の一方的な溺愛説もあるっすよ? 相当なヤンデレだという噂も」
「あー、そういう意見も確かにあるって聞いた事がある」
他にも、『上位龍になるために"勇者"を使っただけで、魔王を倒して守護龍という上位竜になれたのでメサイアウトがお払い箱にした説』とか、『魔王の呪いで死にかけだった"勇者"が、誰にも迷惑をかけないようにひっそりと消えた説』など、色々ある。
なにせ、当の本人が魔王を倒した後に、忽然と行方不明となった。王国は、魔王を倒した英雄をそのまま消えたままにはしておけんと、当時は1000人規模で大規模な捜索が行われたのに、"勇者"が見つかる事はなかった。
そんな、急に消えた"勇者"様だ。良からぬ想像も、色々とあるというモノだ。
「分からないのは、そんな"勇者"様の故郷を、なんで今になって守護龍様が焼き払おうとしているか、という事っすよね」




