第16話 とある1つのエピローグ
――港町ウィーズー。
多くの漁師が日夜魚などの海産物を揚げる港町の中に、その料理店はあった。
その料理店店主であるサフランは、ベッドから降りる。
時刻は朝の4時半、まだ誰もが寝静まっていてもおかしくない時間。そんな時間に、彼はいつものように作業を開始する。
まずは、先祖代々から伝わる家宝の赤鎧を磨き上げて――。
――こんこんっ。
「――? 誰だろう、こんな朝早くに?」
赤鎧を磨こうとしたところ、入り口の扉を叩く音が、サフランの耳に入って来た。
まだ開店どころか、仕入れ先の人が来る時間でもないのに、誰だろう? そんな事を思いながら、ガラガラっと、入り口を開けると。
「女の人……?」
そこに居たのは、赤い髪をした高身長の女の人であった。着ている服は豪華なドレス姿なのだが、丈が全く足らず素肌が大胆に露出しており、まるで服を着慣れていないなという印象を、サフランは見て思った。それに、荷物も何一つ持っていないのも変だなと思った、まさかドレス姿のまま、荷物を何一つ持たずに来たなんて、おかしな人だなと思ったのだ。
「あのお嬢さん、こんな朝早くに何か用ですか?」
「それ……」
と、女の人が指差すのは、今まさにサフランが磨き上げようとしていた赤い鎧である。
「あぁ、これですか。うちに代々伝わる鎧でしてね。なんでも、先祖が若い頃に着ていた戦鎧と聞いています。確か名前は、竜騎士――」
「(ピクッ……?!)」
サフランが『竜騎士』の名を口にした途端、女の人がピクッと肩を震わせていた。まるで、お目当ての人物の名前を聞いた、そう言わんばかりに。
「あぁ、そうそう! 竜騎士メイプル! 槍を華麗に操る乙女だと聞いております!」
「――っ!」
その言葉を聞いた途端、女の人は膝から崩れ落ちるようにして、泣き崩れた。
「えっ、ええっ?! おっ、お嬢さん!? どうして急に?! とっ、とにかく落ち着いて――」
「だっ、大丈夫です。そう、メイプルはこんな所に……」
涙を拭って、女の人はスッと立ち上がると、サフランに手を差し伸べる。
「もう少し、そのメイプルという方について聞いてもよろしいでしょうか? 私、とても興味がありまして」
「まっ、まぁまだ開店まで時間があるから、良いですけれども……」
サフランはやれやれという感じで、女の人を迎え入れたのであった。
まさか、その女の人が守護龍メサイアウト様の分体と知る由もなく――。
「いやぁ~、やはりここが勇者イートバニラの逃げ込んだ先、だったとは」
俺、ヒョーガッキはその様子を見ながら、やはり龍様は凄いなと思い直していた。
大司教マグマルマが起こした事件の後、私は騎士の1人として、この事件について報告書をまとめていた。その際に大司教マグマルマが今回の事件を引き起こした理由の他に、勇者イートバニラの逃亡先についての意見をしたためておいたのだ。
勇者イートバニラは魔王討伐の後に、姿を消した。その後、5年もの長い間捜索が続けられるも、結局見つからず、その後守護龍メサイアウト様は守護龍としてこの国を守る任に着いたとされている。しかしながら、俺は編纂二課として、今までの事についてまとめている中で、1つの記述を思い出していた。
それが、賢者ルリアオイ――勇者一行の魔法使いであり、エルフであった彼女が最期に残した遺言。
――死ぬ前に、ウィーズーの料理が食べたい。
結局、その遺言は果たされる事無く、彼女は静かに老衰によって亡くなった。みんな、勇者達一行が港町ウィーズーに立ち寄った際に、何らかの料理に感動して、そう言ったのだと思い込んでいた。
しかしながら、勇者達一行の足跡を辿る中で、勇者達は港町ウィーズーに立ち寄っていないことを、俺は突き止めた。
だったら、なんでそんな事を言ったのか?
それは恐らく、彼女が、いや他の勇者たち一行が隠し通したかった場所。
"勇者イートバニラの逃亡先"だと思ったからだ。
「まさか、勇者様が、女の人だったとはねぇ~」
まぁ、勇者イートバニラに関する記述はほとんどない。
のちに守護龍となるメサイアウト様の背中に乗って、全身鎧で戦ったというだけで、イートバニラの人となりを示す資料は何も残されていなかった。
だとしたら、その鎧の中身は、女の人であっても不思議ではあるまい。
なんで性別を偽ったのかは、恐らくだけど、当時女だと舐められるとでも判断したのだろう。そして魔王討伐の功績により、姫様と結婚する事となり、このままだと女だという事がバレると思い、勇者イートバニラ、いや竜騎士メイプルは逃げ出した。そんな所だろう。
「しかしまぁ、メサイアウト様も凄いな。自分の分身、しかも人間の女の人そっくりの分体を作り出せるだなんて」
教会の話によると、メサイアウト様が言うには。
『魔王討伐の際、私達は戦いにて心を通わせた。人間で言う友愛、友情があった。
だがしかし、まだ私にはやっていない事がある。恋愛、今度は竜騎士メイプルと、子を育てたい。愛しいアイツの血を、私の手で守りたいのだ』
なんかカッコいい事を言っているような事だと、教会の人は言っていたが、俺に言われてもらえれば、自分の相棒の子孫と、子作りしたいヤバイドラゴンにしか思えないのだが。
――まぁ、それでメサイアウト様の気が済むのなら、それで良いのだけど。
俺はそう思いつつ、監視を止めて、王都に戻るべく、馬を走らせるのであった。
上級魔法【転移魔法】は、すぐに着くけど、魔力を大幅に使うから疲れるのだ。あと、早く帰った所で編纂二課という、とてつもなくつまらない仕事が待っているだけだし。
王都には、ゆっくり帰る事にしようっと。




