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閑話 オレが消える日 後編3

ホラーっぽくなりました。ご注意です。

 部屋の中にはフードで顔を隠した奴しかいねえ。

 運んできた奴ら以外、男か女かもわからねえ。

 気持ち悪い。


 寝かされたオレは両手両足の枷をベッドの足に括り付けられ、全く動けなくなった。

 強いて言えば指と首が動くくらいか。


 奴らはお互いに顔を見合わせたかと思うと頷いて、別の部屋から目隠しと猿轡をした男を連れてきた。よく見れば両手両足を縛られていて、ずっと呻いている。

 その男の首を1人がためらいなく落とした。


 首から血しぶきが上がり、力なくどさりと身体が倒れる。


 目隠しされたままの顔がベッドの下の方に転がってきた。

 仰向けに寝かされたオレは見れないが、気持ち悪さが腹の奥から這い上がってくる。


 何だってんだよいったい。


 考える間もなく、フード集団は呪文を唱える。

 男女混合の低い声は、それだけで耳がぞわぞわして、体中で鳥肌が立った。


 ベッドの周りが鈍く光り始めたかと思うと、黒くてモヤモヤしたものがオレにまとわりつく。

 気持ち悪いと思う間もなく、黒いモヤモヤは口から、鼻から、体の中に入ってくる。


 何だ、何なんだよ。

 やめろ、やめろ、やめろ……。


 声も出せない、動けないじゃあ、我慢するしかない。





 しばらくして、すべての靄がオレの中に入った。

 だが何も変わらない。


 っへ、何だ実験って言うのは失敗したのか。

 ざまあねえな。

 間抜けにも近づいてくるフード野郎につばでも吐き掛けてやろうか。


 そこで違和感に気が付いた。

 体が()()()()()

 ベッドに張り付けられていて動かないのではない。


 動かそうと思っても、体が全く反応しない。それなのにベッドの感覚がある。手枷の感覚がある、足枷の感覚がある。

 全然閉じようとしない目がどんどん乾いていくのがわかる。


「君は誰だい?」


 フードの一人が問いかける。


 オレは、オレだ。答えたくても、言葉は口から出ていかない。

 そもそも口が動かない。


「オレ……私? 僕、誰? 誰? だれ? ダレ?」


 そんな声が聞こえた。どこから聞こえたのか一瞬分からなかったが、オレの口がそんな狂ったことを言っているらしい。


 何がどうなってんだよ。オレの身体を誰かが勝手に動かしてんのか? そんなことがあるのか?


「君は……そうだね。キョウスケと名乗ると良い。その体の名前だ」

「キョウスケ。わかった」


 恭介はオレだ。お前じゃねえ。勝手にオレを名乗るな。

 お前はオレじゃねえ。何だ、何がどうなってんだよ……。


「これってどういうことなんでしょう?」

「別の身体に入れたからか、魂のある体に入れたからか、後から入れたほうの魂が壊れて変質でもしたのか?」

「もともとあった魂はどうなっているんでしょう?」

「消えたか、統合したか……もしかしたら、意識だけで体に留まっているかもしれんな。

 いや指輪が生きていると考えると、消えた線はないな」

「ですが、話しましたよ? 確か話せないように殿下が命令を与えていたはずですが……」

「つまり隷属魔法は体ではなく、魂を縛っていたということだろう。

 思わぬ副産物だが、なかなかいい結果が得られた。だとすると、統合の線も薄いな。

 元のキョウスケタクマの魂は、寝ているか起きているかの差しかないわけだ」

「起きていたら悲惨ですね」

「それだけのことをしたから、ここに送られてきたんだろう。

 むしろ起きていた方が、罰にはなるんじゃないか?」


 勝手なこと言いやがって。

 返せ、返せよ俺の身体。使わせてやるなんて、一言も言った覚えはねえぞ。


「とりあえず、キョウスケ君。いろいろ確認してくることがあるから、おとなしく待っておいてくれるかな?」

「分かった」

「殿下のところですか?」

「おそらく新しいキョウスケ君用の指輪がいるだろうからね。

 ある程度言葉を理解しているしこちらに従順だけど、従順なのはまだ自我が固まっていないからだろう。ステータスは元のキョウスケ君のままだから、正直暴れられると困る」

「そうですね。ここにいるメンツでは取り押さえることもできそうにないです」


 外野が何か言っているが、そんなことよりも体を取り戻さなければ。


「ところでこれ、元のキョウスケ君が起きていたとして、体を取り戻すって出来るんですか?」

「前例がないから何とも言えないけれど、理屈としては不可能だよ」


 そんな会話はオレの耳には届かなかった。





 結局新たに指輪を嵌められて、部屋に戻された。


 体は一向に返ってくる気配はない。

 そんなことよりも体が全く動かせないのに、感覚があるせいで気が狂いそうだ。


 寝るときは急に意識がなくなり、起きた瞬間完全に覚醒する。

 歩く、食べる、見る、飲む、呼吸する。何もかもが他人任せになる。

 怪我をすれば痛いと感じるのに、オレは耐えることしかできない。


 これでは自分の命をこのよくわからない存在に握られているようなものだ。

 気が狂いそうになって、なにもおかしいところはない。


 それでもなぜか正気を保っている。


 オレの身体を奪ったこいつに出されている命令は、ちゃんと訓練を受けることと、クラスメイトと極力接触しないこと。後は許可しない限り人を殺さないこと。

 あくまでもこいつをオレとして、使いたいらしい。


 それがどういうことか、オレはまだ気が付いていなかった。





 1日が終わった。返せ、返せ、返せ。

 オレを返してくれ。

 オレの真似をしないでくれ。お前はオレじゃないんだ。


 それなのになぜ我が物顔で、オレの居場所に座る。

 芳樹も雄一も俊も誰もかれも、どうしてこいつがオレじゃないって気が付かない。

 こんなのオレじゃないだろう。


 よくわかんねえ化け物だ。オレから体を奪った化け物だ。

 それなのに、なんで気が付かねえんだよ。


 今ここで、こうやって考えているオレはなんだ?


 何もできない。何もできない。幽霊みたいなもんじゃねえか。

 考えるだけで、何も行動できないオレは死んだようなものじゃないか。

 せめて、せめて、誰かがこいつがオレじゃないって気が付けば、オレの居場所はなくならなかったはずだ。だが誰も気づかなかった。


 薄情な奴らめ、薄情な奴らめ。


 いっそ消えてしまった方が良かった。

 オレのいない世界で、我が物顔でオレの立ち位置にいるこいつのことを、嫌でもずっと見続けなくちゃならないなんて拷問以外の何物でもない。

 気が狂いそうだ、頭がおかしくなりそうだ。


 いっそ気が狂ってくれた方が良かった。頭がおかしくなってくれた方が良かった。


 どうしてオレは正気を保っていられんだ。

 ただただ見続けることしかできねえ。狂った世界に居んのに。


―――消える、消える。オレという存在が。

―――確かにここにいるとは言える、考えているオレはいる。

―――だが、この世界からオレは消えた。


―――そしてオレのふりをした何かが生まれた。


――――――オレの地獄が始まった。

磔馬の閑話はこれで終わりです。あと2つ閑話を挟んで本編に戻る予定です。

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本作が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
最終第5巻が2023年9月7日より配信開始です。
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