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トパーシオン王女の細い首を鋭い刃が刎ねる。
転がった首を見て喜ぶ者がだいたい8割くらいだろうか?
残りの2割は王女の言葉に思うところがあったらしく、何とも微妙な顔をしている。
とはいえ、神に逆らう愚か者一族を皆殺しにしたことで、この場は大いに盛り上がっていると言っていい。
これで救われるのだと安堵している人もいるし、ざまあみろと声高々に叫んでいる人もいる。
物資がもっとあれば、屋台が並びそれこそ祭りの様相をなしていただろうけれど、今のこの国にそうするだけの余力はない。
だからこそ、トパーシオンの処刑を王都に住むほぼ全ての人が見に来たのだろう。
きっと彼らの中では、神に許されて新たな国を作り上げることが出来ると考えている。
それがどれだけ儚いものかは分からないけれど、考えるだけは自由なのでなにも言わないでおこう。
何にしてもこれでトパーシオン王女の一生も終わり。
異世界に召喚して、挙句の果てに通山真が殺されるように画策していたわけだけれど、こうやってあっけなく死んでしまうのはどことなく物悲しい。
人というのは、しぶといようであっけなく死んでしまうものだけれど。
「これで復讐は終わりですか?」
ルルスに問われて僕は首を振る。
「僕がちょっかいを出した部分もありますが、基本的にはなるべくしてなっただけですよ。
どのような道筋をたどっても、世界崩壊は免れなかったでしょうし。
でも終わったなぁ……って感じはしますね。通山真の殺しに関わった人たちはだいたい死にましたし、後は特にしたいこともありません。強いて言うならこのまま、世界が壊れゆく様をぼけっと見ておきたいだけですね。
ルルスはどうしますか? だいぶ助けられましたし、神様のところで休んでいていいですよ?」
「いえ、ぎりぎりまでおつきあいします」
「なかなかに物好きですね」
そう言って王城の屋根の上まで行って、座りながら眺める。
世界の崩壊直前において、ここまで浮かれていられるなんて、なかなかにおかしな人たちだ。
この雰囲気がどれくらいで消えるのだろうか、そんなことを考えたせいだろうか、先ほどまで僕がいた場所が割れた。
僕がいたところを中心として、十字に地面が裂ける。
民衆に混じっていたせいか、多くの人が地面の中に落ちていった。
んーむ、終末神ってなかなかやっかいな存在かもしれないね。
ここまで露骨なのは、この世界の崩壊が本当に目前だからだけれど。
これが寿命後数年くらいだったら、ここまではならない。
僕のことは置いておいて、先ほどまでの歓声が嘘のようにあたりを悲鳴が埋め尽くす。
神様に助けを乞う人。神様に八つ当たりを始める人。ただただ呆然としている人。悲鳴を上げる人、怒り始める人。
そうして、誰かがアヴァリティアの名前を出す。
アヴァリティアが王族を倒せば救われると言ったのだと、声を荒げる。
一人の言葉に賛同する人が1人1人と増えていく。
多くの民衆の目に晒されたアヴァリティアは顔を真っ青にして逃げだそうとしたけれど、すぐに捕らえられた。
そのまま断頭台に連れて行かれる。
「何というか、世紀末感出てきましたね」
「世紀末……ですか?」
「ああ、僕がいた世界で100年毎の区切りを世紀っていうんですよ。
世紀末なので、90何年みたいな感じですね」
「フィーニス様のいた世界では、100年毎にこんな無秩序になるんですか?」
言われて思う。荒廃した、無秩序な、ルールなんて無いような世界を世紀末と言っているのだろう?
僕が生まれたのは新しい世紀になってからすぐのこと。
実際の世紀末を見たわけではないけれど、少なくとも親は体験している。だけれど、そんな話は聞かないし、テレビで90年代の振り返りをしている番組を見てもそんなことはない。
そもそも荒廃していたとしたら、すごい速度で復興したことになる。
「まあ、創作物の影響とかだと思います。
何というか、目の前のああいう世界のことです」
「確かに世界の終わりという感じなのかもしれませんね」
喚くアヴァリティアを押さえつけて、無理矢理断頭台に設置する。
それから、すぐに刃が落とされる。
恐怖と怒りがない交ぜになったような表情で固定されたアヴァリティアの顔は、民衆の中に転がり落ち、どこにあるのか分からなくなった。
◇
それからしばらく眺めていたけれど、数日もしない内に殺し上等の殺伐とした世界の出来上がり。
限られた食料を奪い合い、強い者が享楽にふけり、弱い者は殺されるか強い者につき従う。
そうして世界が崩壊を始めた。
地面が割れ、それぞれが孤島のようになって下へ下へと落ちていく。
そうして、無に溶けていくかのように、下の方から消えていく。
割れた地面からその奥をのぞいてみたけれど、そこにはなにもなかった。
ただただ真っ暗な空間がある。だけれど光がなくて暗いというわけではなくて、暗いはずなのに下の方で未だ残っているものが明確に見えるという不思議な空間。
人々の叫び声もその空間に吸い込まれ、消えていく。
たぶん痛みとか、苦しみはないはずだけれど、死ぬという恐怖は確かに叫びたくなるかもしれないね。
僕は一度経験したから、その辺詳しいんだ。
でも皆平等に消えていくのだから、まだ救われるのではないだろうか?
死んだ先なんて、普通は意識もなにもなくなるのだから。
崩れる崩れる。消える消える。
世界の崩壊とはこういうものなのか。それともほかの崩壊の仕方もあるのか。
分からないけれど、一つの世界が終わる瞬間。
僕が初めて立ち会う世界の崩壊。
世界からなにもなくなったところで、僕は神様の元へと向かった。





