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うわーお。なかなかに非人道的なことをする。
勇者達に使った術式の流用。強制的なステータスの増強とそれに伴う反動。
ざっと鑑定してみた感じB級冒険者くらいにはなっているだろうか? 近衛騎士と比べると、一回り弱いくらい。
一般人がここまでの力を手に入れたとなると、あと1日持つかどうかというレベルではないだろうか。
あの二人の情報網であれば、この魔法に行きつくことはできるだろうし、「魅了」され二人のために働こうとするものであれば、作戦をより確実にするために奥の手として持たせることは想像に難くはない。
最終的に使わせたのは、アル父なわけだし。
何にしてもこの戦いは民衆側の勝ちかな?
近衛騎士も数人程度であれば、強化された民を抑えられる力は持っている。
1対3くらいなら、安定して戦えただろう。
だけれど、今はその倍は相手にしないといけない。
一人倒しても、あと5人。
その間に民の攻撃をまともに受ければ、昏倒させられた上に命も無くなることだろう。
人は空気に流されるもの。人を殺したことがなくても、その場の空気次第では殺すこともできる。
例えば反乱を起こしているときとか。
そうでなくても、反乱に参加する以上人を殺す事の覚悟が出来ている人ばかりなのだろう。
そんな人しかこの局面には連れてこないだろうし。
しかもその人たちは魔法の影響で遠からず死ぬのだから、アヴァリティアの一人勝ちになる構図だ。
でもそうして権力を手に入れても、世界がすぐになくなるのだけれど。
近衛の剣が戦い慣れていない民の首をはねる。
血が噴き出し、倒れる仲間を見て足を止める民もいるけれど、その多くは声を張り上げて何かを振り払い近衛に向かっていった。
玉砕覚悟の一撃を受けて近衛の動きが止まり、その隙に追撃を加えて民が近衛を倒す。
正義と信ずるもののために懸命になる人の、なんと迫力のあることか。なんと恐ろしいものか。
この人たちって、つい数時間前まで普通に町人をしていたと思うのだけれど。
いや、今日の日のために訓練くらいしていた可能性はあるか。それでも人と戦う経験は今まで碌にしてこなかったのではないだろうか。
せいぜい喧嘩くらいだと思う。
鬼気迫る表情をしている民達を見て、国王が慄いている。
今まで守ってきた存在から、このように必死に反逆されれば王様の中で何かが折れてもおかしくはないのかもしれない。
実際国王が何考えているのかはわからないのだけれど。
国王を守る近衛騎士が血に沈み、民達の視線が全て国王に向かうと、一瞬だったけれどはっきりと怯えた表情を見せた。
ここまでストレートな敵意を味わったことはなかったのだろう。
だけれどさすがは一国の王様。すぐにその感情を隠した。
と、ここまではかっこよかったけれど、即座に集まってきた民達に取り押さえられる。何人もの民にのしかかられているのは、ちょっとシュールだ。
近衛と違って殺さないのは、殺すべき場所が決まっているからだろう。
殺されない代わりに猿轡を噛まされた国王の元へ、アル父が歩いていく。
それから国王に背を向けて、民の方を見る。
「皆よくやってくれた、我々の勝利だ!」
声高々に宣言すれば、民達が歓声を上げる。
ここが血なまぐさくなければ、スポーツの試合終了後みたいな雰囲気になっていたかもしれない。
それぞれが自分たちの勝利を喜び、中には安心したのか、恐ろしかったのか涙を流す者もいる。
「今日から新たなフラーウスの歴史がはじまるだろう。しかし、その中で尊い犠牲になった者たちの事は決して忘れてはならない。
王族が犯した過ちを我らが犯すことは許されない。
それに王族はあと一人残っている。現在ニゲルとの戦争に行っているトパーシオン王女だ。
彼女を粛清して、ようやく王家の呪縛から解き放たれる。
その時まで気を抜くことはできないが、今はこの勝利に酔いしれよう!
ミザル。ここにいる全員を引き連れて、皆にこの勝利を伝えてきてくれないか?」
「わかりました! 皆、行くぞ! 勝利の凱旋だ!」
アル父が民衆たちのリーダーのような存在に声をかける。
ちゃんと名前を憶えている辺り、好感を持たれている事だろう。
ちょっとしたことかもしれないけれど、名前を覚えてもらえているというのは、それだけで信頼感が得られることもあるものだ。
僕は人の名前を覚えるのが苦手なので、そんなことできる気はしないけれど。
正直人の名前と顔を一致させることができるのは、一種の才能だと思う。
貴族とか覚える顔が多そうで大変そうだなぁ……。
民達が惨劇の場からいなくなり、アル父と国王が残ったところで、急にアル父が笑い始めた。
なんとも悪役っぽい笑い方だ。
こう……「ははははは……はーっはっはっは……あーはっはっはっはっはっは」みたいな三段笑い。
体勢も徐々に反っていっている辺り、芸術点が高い。
顔が邪悪なのもプラスポイント。実に悪役していると思う。
アル父は存分に笑うと、睨みつける国王の胸元を掴み無理矢理立たせると、こめかみに噛みつかんばかりに話し始めた。





