閑話 死者
戦場は良い。戦っている間は嫌なことを忘れられるから。
戦果をみせればフラーウスの人々は喜んでくれる。
通山を殺したことで責め立てて来るクラスメイトとは大違いだ。
幸いにもオレの持つ『勇者』のスキルは、クラスメイトの誰よりも戦いに向いている。
ステータスが上がりやすく、使用できる技も戦い向けの物ばかり。
ただ1つ文句があるとすれば、ステータスを倍増させた場合に数分しか持たずに、その後は全く動けない事か。
ニゲル国との戦いにおいて、この力をすでに3回ほど使った。
1度目は試しに使ってみただけなので、加減をしたおかげか自力で後ろまで下がることができたけれど、残り2回は危うかったと思う。
使う羽目になったのは、ニゲルの将軍と戦った時。
素の状態では経験もステータスでも勝てていないオレでは手も足も出なかったので、苦肉の策として使った。
使った時の全能感は、いつか通山を殺した時に似ている。
この世界はオレを中心に回っているのだと、そう思わせてくれる。
その証拠にオレと相対した将軍達は、数度の打ち合いの後、オレに簡単に切り殺された。
それまで圧倒的な力で、フラーウス軍を追い詰めていた将軍が、だ。
しかも戦うほどに強くなる。
一時期は月原にステータスで負けていたけれど、今ではもう負けていない。
今のオレなら、あの時の町など全力を出すまでもなく壊滅させることができるだろう。
今のオレのパーティはオレと月原、朝日、それから磔馬の4人。
月原はちょっと癪に障るところもあるが、通山を殺したことを責めることもない、朝日はおびえた様子でオレを見ることがあるがそれだけ。
磔馬は心を無くしたように、指示した事だけをこなすので、とてもやりやすい。
正直クラスメイトで集まることの方が億劫だ。
それにステータス的にもオレに着いてこられるのは他にいない。
何せ度重なる激戦でオレのステータスはこうなったからだ。
イチナリ タカトシ
年齢:17 性別:男
体力:279
魔力:184
筋力:261
耐久:230
知力:224
抵抗:203
敏捷:251
称号:異世界からの旅人
スキル:翻訳 勇者 光の使者
かつての勇者に迫るレベルのステータス。
現代においても、A級冒険者の中でも最上位だと聞いている。
これに『勇者』が組み合わされば、オレに勝てる相手はいないはずだ。
それこそあの時にボコボコにされた通山にも負けない。
いつか会うことがあればぶっ殺してやると心に決めているけれど、今は何も考えずに、赤目の奴らを殺さなければ。
一人叩き潰し、二人斬り殺し、三人魔法で燃やし……。
並び立つ朝日が何か言いたそうな顔をしているけれど、知ったことではない。
後ろから魔法で大勢を攻撃する月原に負けるわけにはいかないのだ。
それほどの時間がかからず、オレ達の周りから魔族どもがいなくなり一息つける。
そう思った時、背後でゴホゴホと咳をする音が聞こえたかと思うと、バタンと何かが倒れる音がした。鬱陶しく思いながらも、そちらに目を向けると、磔馬が倒れた状態でぴくぴくしている。
「何があったっ!?」
「分からないわ。咳き込んだかと思うと急に倒れたのよ」
月原に聞いても建設的な答えは返ってこない。
周りに敵はいない。だから攻撃ではないと思うが、万が一のこともある。
とりあえず、引くしかないか。
「一旦戻るぞ」
短く伝えて、山辺のところに戻ることにした。
◇
「無理。これは治せないよ」
山辺が力なく首を振る。
クラスメイトが運ばれてきたせいか、周りには戻ってきていたクラスメイト達が集まっている。
そんな中で、山辺が治せないといったせいか、動揺が広がった。
なんだかんだ、ここまで死者を一人も出していなかった。
大怪我をした人もいるらしいが今では治っている。
それなのになぜ今更、治せないなんてことになる?
「どうして治せないんだ?」
「磔馬君の怪我は誰かに与えられたんじゃなくて、内側から崩れているの。
その傷を塞いだところで、すぐにまた別のところが崩れるんだよ」
「どうしてそんなことになっているんだ?」
オレの問いに山辺が無言で首を左右に振る。
何がどうなっている?
何かの副作用か?
だとして何の副作用だ?
そうしている間にも、磔馬の呼吸が浅くなる。
やがて磔馬は息を引き取った。
誰も何も言えない。
目の前で得体のしれない死を見せつけられたせいか。
それともこの戦争でのクラスメイトの最初の被害者だからか。
だが……きっと、オレは大丈夫なはずだ。
ステータスが高いということは、それだけ病気にも強いかもしれない。
副作用にも負けないかもしれない。
間違っても次はオレではないだろう、そう思っていた。
その時、体の内側に刺すような痛みが走った。
耐えられなくはないが、思わず咳をしてしまう。
手で口を覆って咳をした時、手にビチャっと何か液体が付くのが分かった。
唾が飛んだとかそんなレベルではなく、そこそこな量の液体。
いったい何だろうかと、手を見てみると、赤色で染まっている。
それが何か理解した時、オレは自分の死を予感してしまった。
磔馬のように内側から壊れるような死を。
現実感を帯びた死に対して、オレはただただ叫び声をあげることしかできなかった。





