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「その子の売却額で支払うってことだと思うんですが……大金貨いきます?」
「無理だな」
「ですよね。知ってました」
いつかの奴隷商のお兄さんの話を参考にするなら、小金貨に届くかどうかだと思う。
まるで足りない。
大金貨2枚半となると、モニアが一生かかっても稼げない額かもしれないレベル。
「じゃあ、どうしましょうか」
「その依頼主はお前さんの好きにしていい。奴隷には落とすが、その扱いは自由だ」
「モニアさんが取れる責任なんてそんなものですか」
これ以上になると、死んでもらうとかになりかねないし。
でも、嫌な予感が当たったなー。
ルルスの言うことが正解だったなー。
どうするかは後で考えよう。
痛めつける趣味もないし、それほど恨みもあるわけじゃない。
と言うか、恨みで言えば古代竜さんの方が恨んでたんじゃないかな?
僕ともう一度会う羽目になったのだから。
とは言え、このまま解放する気もない。
自業自得くらいになっておけばいいんじゃなかろうか。
別に僕は正義の味方と言うわけでもないし。
「それでここのコレギウム側はどうするんですか?」
「この件に関わっていた奴らを全員探し出して、憲兵に突き出してから責任を取って俺も辞めるしかないだろうな。そのあとはたぶん、国が一時的に運営するだろう。
ま、見落としていた俺の落ち度だな」
「それを約束してくれますか?」
「ああ、これでもここのトップだからな。最後の仕事くらいはちゃんとやるさ」
んーと、これでコレギウム側は体制がほぼ一新されて、詐欺にかかわった人は牢屋行き。
コレギウムとしての僕への誠意は大金貨2枚ということか。
なるほどなるほど、十分じゃないかな? うん。
「他に依頼を受けた人への補填なんかはどうするんですか?」
「それがあるから、お前さんには悪いがさっき言った金額しか出せない」
「ちゃんとやるんですね。それなら別にいいです。関係者が牢屋に入れられるだけって言うのもどうかと思いましたので」
「最終的に皆奴隷落ちだろうな」
直接手を下したいわけでもないし、そう言うことなら構わない。
と言うか、ちゃんと考えているなら、割とどうでもいい。やらかした分だけの相応の報いを、と言うのは、僕が亜神になるきっかけだから重視したいところだけれど、相応の報いって何だって言われてもわからないし。
僕への謝罪と言うか、償い的なのに関してはコレギウムからはこれ以上望まなくて良いだろう。
せいぜい裁かれるべきところで裁かれてください。
あ、でも1つだけは約束しておいてもらおう。
「これも約束してほしいんですけど、今回の事件についてはちゃんと発表してくださいね。
そうしないとわたしが安心して働けませんから」
「体制が変わるだろうから、説明しないわけにはいかないだろう」
「じゃあ、約束です」
ちょっとだけ凄みを利かせてお願いすると「あ、ああ」と少し圧倒されたようにうなずいてくれた。
ということで、僕の元にはこちらを睨んでいる奴隷の女の子が一人残ったわけだ。
◇
「そう言えば、フィーニス様って前に奴隷が欲しいみたいなこと言ってませんでしたか?」
「ルルスはコレに常識があると思います?」
「いいえ、全く」
なんやかんや終わらせて、とりあえず家に帰ってきた。
何度目になるのかはわからないけれど、森の中に適当に作った家。頑丈さだけはある。
家作れるんだから、宿取らずに作ればよくないと思って作り上げました。
ということで、さらに現金の必要性がなくなっている。
で、騒がし少女――モニアだけれど、担いで持ってきた。
袋はコレギウムがくれた。
14~5歳の女の子が自分と同じくらいの大きさの袋を担いでいるのだから、絵面がかなりアレだった。
「何よ、何をする気よっ!」
袋から出したモニアは、そう言って僕たちから離れる。
正直彼女の中で僕たちがどうなっているのかはわからない。
「別に何をしても良い許可は貰っているんですけど、何しましょうか?」
「あ、あたしを売る気ね」
「売ってもお金にならないからここにいるわけですが、状況分かってますか?」
「あたしは悪くないわ! コレギウムの人たちが言ったとおりにしただけだもの」
「そのあたりの事情を話してくれませんか?」
折角拾ったので、事の次第は知っておきたい。
推理物の解決シーンみたいな感じで、気になることは気になるから。
モニアはムッとした顔のまま、渋々といった様子で話し出した。
「もともとあたしは弟の病気を治す薬のお金が欲しかったのよ。
でもその時は雇ってくれる人はいなかったから、コレギウムで冒険者になろうとしたわ」
「珍しくもない話ですね」
「でも駄目だった。あたしが頑張ってもせいぜいお小遣いが増える程度で、全然薬代には届かなかった。
そこでコレギウムの受付に言われたのよ。お金を簡単に手に入れる方法があるって」
「それがあの依頼ですか」
「そうよ、悪い?」
「はい、悪いです。僕的には割とどうでもいいですが、人の世界で見ると悪いでしょうね」
モニアが変な顔をして僕の方を見るのは、話し方が男っぽいからなのか、それとも話の内容が分からないからなのか。
「あたしも騙されたのよ。こんなことになるなんて聞いてないわ!」
「確かにそうなのかもしれませんね」
「分かったなら、あたしを解放しなさい!」
「さて、貴女は今までの間に何度鞭を入れられたでしょうか?」
鞭を入れるというのは、要するに奴隷に対するお仕置き。
身分が明確に存在する世界で、奴隷は最下層の存在。
それに見合った言動をしなければ仕置きされるのは、当然の事。要するに平民が貴族に今のモニアのような態度を取ったらどうなるのかという話になるわけだ。





