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「どうしたら良いのかわからないというのであれば、いくつか選択肢を提示します。
まずは、わたしの話を信じるかどうか。信じなければ、わたしはリーダーの首を持ってエルフのところに行きます。
信じてもらえた場合、次はリーダーを説得できるかどうかです。説得して精霊の解放を約束してくれれば、エルフを倒す手伝いをしましょう。
説得が失敗すれば、やはりリーダーの首を持っていきます」
「そんなの1つしか選べない」
「では、頑張ってください。明後日、リーダーのところに向かいますから」
「そんな……っ」
ファラナは絶望したような顔をするけれど、いつ折れるかわからない人の説得をいつまでも待つつもりもない。
個人的にはどうやって説得するかよりも、リーダーがいなくなった時にどうやって獣人たちをまとめるのかを考えたほうが有意義だとは思う。だけれどそれを伝えるつもりもない。
突如ファラナの目が光る。
ものすごい速さで、固そうな爪を振りかぶってきた。
確かにここで僕を殺すことができれば、リーダーが即日死ぬということはないだろう。
とりあえず時間を稼ぐという意味では、悪くない選択肢だ。
その相手が僕ではなければ。
迷いなく首を狙ってきているけれど、この程度の速度なら簡単に避けることができる。
ステータス的にも当たり所がよほど悪くない限り、まともなダメージにはならない。
せっかくなので掴んでおこう。
伸びてきた腕をつまむように捕らえ力を入れると、ファラナは痛そうに顔を歪めた。
「その根性は買いますが、わたしのステータスを見せてあげましょうか」
そう言ってステータス画面をファラナに見せる。
ファラナは驚いたように目を見開き、そのままギギギと顔を動かしてこちらを見た。
「ということで、早めに行動することをお勧めします。
言った通り、明後日にはリーダーのところに顔を出しますから。それでは」
何かを言おうとするファラナを無視して、『隠密』を使って部屋の外に出る。
これで明後日までにどうなっているのか、楽しみだ。
◇
ファラナにあった後、1日何もせずに過ごした。
それこそ本当に何もせずに。たぶん呼吸すらしていなかったんじゃなかろうか。
亜神だし出来るだろうかと思ってやってみたら出来てしまった。
これ下手したら、ボーっとしているうちに数年たったなんてことが、本当に起こってしまうのではなかろうか。
それはそれとして、今日はリーダーのストーカーをしている。
何やらファラナがリーダーに張り付いているので、二人きり――ルルスを入れたら3人だけれど――になれない。……という事はなさそうだ。
ファラナがくっついて回っているのは、リーダーの影武者らしく。昨日見た名前と違う。
昨日会ったのが影武者の可能性もあるけれど、ファラナと家名が違うので昨日会った人がリーダーで間違いないだろう。
それにしても影武者がリーダーに似ていること、似ていること。
単に瓜二つの人を見つけてきたのか、それとも変装術がすごいのか。
獣人族だと、同じ動物でないといけないので、似ている人を探すのも難しそうだ。
何なら影武者がリーダーとしてやっていけそうな感じがするけれど、そのあたりの細かいところは僕の知ったことではない。
本物のリーダーはどうやら地下にいるらしいので、さっさと地下に行くことにしよう。
◇
屋敷の中で隠し階段的なのをルルスが見つけて、僕も一緒に降りる。一応入り口はバリアを張って入って来られないようにした。
地下と言えば牢獄の印象が強かったけれど……いや、地下と言えば地下鉄とか、地下街とかの方が身近だった。
こういった世界の地下の印象ということで。
で、ここの地下だけれど、なんか洞窟っぽい。
石とかで整備されたわけではなく、本当に掘って固めただけのようだ。
そこには昨日見たライオンの獣人がイライラした様子で座っている。
「娘さんの提案は受け入れたんですか?」
「本当に来やがったか」
リーダーは僕の質問を無視して、若干嬉しそうに声を発した。
ゆっくりと立ち上がり、僕を見ると少し驚いたように眉を動かす。
「お前が来るとはな。異常はなかったはずなんだが……」
「監視程度何とでもなりますから」
「それで何の用だ……ってのはねえな。精霊の解放だったか? どんな魔法を娘にかけたかは知らんが、信じられんな」
ファラナは頑張っていたんだなぁ……。僕がやろうとしていることは話せない。僕の正体も話せない。具体的には僕がリーダーを殺そうとしていることは話せないし、僕が神の使いであることは話せないし、精霊を回収しているのも話せない。
何より僕が情報を渡したことを話せないから、誰から聞いた話なのかも言えない状態で説得をするわけだ。
よほどのことがないと無理だと思う。何らかの方法で伝えていても、別にこちらは困ることはないので良いのだけれど。
そして残念ながら、よほどのことは起きなかったらしい。
だから仕方なく影武者を置いて、僕をやり過ごそうとしたわけだ。
悪くない選択だと思う。だけれど相手が悪かったと、言わざるを得ない。
「信じないのは勝手ですが、それだとわたしの目的が達成できないんですよ」
「精霊の解放……か。だが、こちらもやられっぱなしではいられないんだよ。
されたことをしなければ、エルフどもに復讐をしなければ、エルフにやられた奴らが報われねえだろ?」
「さぁ? 死人がどうやって報われるかなんて、わたしにはさっぱりです。
とは言え、復讐を否定する気もありませんけどね」
死んでいった獣人たちは復讐を望んでいない、なんてことはないだろうし、仮に望んでいなかったとしても別に復讐して良いと思う。
復讐とは要するに、自分の気持ちが収まらないからやるのだ。
少なくともその是非を無関係の者が問うのはどうかと思う。
でも、僕がそれを考慮してあげる必要もない。
「受け入れていただけないというのであれば、ここで死んでもらいます。
エルフの王とは貴方の首を持っていけば精霊のところまで連れて行ってくれると約束していますので」
「はぁ……気は進まねえが、お前のせいだからな?」
リーダーはそう言って気合を入れると、瞬く間に飛び掛かってきた。





