裏最終話 アントクィーン
本日2話目、裏最終話です。
この前に最終話を投稿しているので、そちらから読んでください。
人間の生は短い。
長い生を持つウチらモンスターからすれば、その生は一つの季節が過ぎる程度にも思え、花火のような儚さを感じる。
ヒデアキはもう幾日もしない内に死ぬだろう。
延命措置を嫌い、自然に任せると自宅でアントクィーンと過ごしているが目に見えて弱っている。
久しぶりに様子を見に行けばムースーが魔力を食べて「まずくなった」と興味を失うほどだから、もう先は知れている。
「なぁ、ラビ。アントのねーさんはどうなると思う?」
「どうだろうな……主と離れるのは辛いからな。あの傾倒ぶりから考えるとどうなるかまったくわからんよ。」
「せやなぁ。ウチらの主の勇者が死んだ時もナルは真っ先に狂ったしなぁ。
リョウさんが逝った時のトレちん見てたらアントのねーさんがどーなるか見ものやで。」
「本音が漏れてるぞ?」
「おっと……別にバカにしてるワケやないんやで?」
「お前がそう思ってない事くらいわかってるよ。
ただアントクィーンの前では失言するなよ? 流石に何をされるかわからん。」
「わーてる。ほな仕事行ってくるな。」
リョウが逝った際、トレちんは共に永遠を生きると言葉を残して大地に根をはり大樹となってリョウを取り込んだ。
ヒデアキとアントクィーンに触発され、夫婦として暮らしていたリョウとトレントらしい最後だと感嘆したものだ。
マンドラゴラのマドちんはムースーと吸収したり吸収されたりで良い関係が築かれていたし、キラービーのラビちんは、ウチの旦那のようになっているから、リョウという柱がなくなっても大丈夫だったが、トレちんはそうじゃなかった。
自分の中にあった『柱』のような存在を自分に取り込み、自分の内でその愛を永遠に生かすことを選んだのだ。
ヒデアキの魔獣のコピたんはクオンと家庭を築いて、野球チームが作れるほどに搾り取られているから、あれはもう主云々よりも二人の世界が成立しているし、リったんはヒデアキの親父さんが死んだ時から人の死を悟り、人間に対して線引きができたのか魔獣同士の繋がりを大切にしてウチらやクオン、ムースーの各家庭に気が向いたときにペットとして居候して生を楽しんでいる。
そして今、もうすぐヒデアキが死ぬ。
ウチはようやく来る一つの結末がどう締めくくられるのかが楽しみで仕方がない。
アントクィーンの一端を理解したその時から、ずっと楽しみにしていた結末。
一人の人間しか見えていない魔獣がその人間を失ったらどうなるんだろう。あぁ、楽しみだ。楽しみでたまらない。口角が吊り上がるのが止められない。
できる事なら間近で見ていたかったが、アントクィーンはヒデアキが療養を決めたその時から会社には来ておらず、ウチにすべてを託した為、自社ビルを持つほどに大きくなったこの会社の責任者として任命されている以上、結末のその時まで従うふりをし続けるのだ。
一人待ち望んだ時を楽しみに仕事に手を伸ばしたその時携帯が鳴った。
着信はアントクィーン。
口角を真一文字に戻し着信を受ける。
「はい。」
「ヒデアキが死んだわ。一応連絡しておくわね。」
平然とした声。
あまりにいつも通りの口調。
取り乱した様子もなく慌てて本当なのかを問い返そうとするが、すでに電話は切れていた。
予想外の反応から生まれる焦燥感。たまらず会社を飛び出し、アントクィーンの下へと向かう。
--*--*--
「あら。早かったのね。会社はいいの?」
「……本当に死んだんか?」
「えぇ。電話をした30分前よ。
満足した綺麗な顔で逝ったわ。」
思い出しているのか優しい微笑みを浮かべるアントクィーン。
幸せそうな顔をしていることに自分の予想が裏切られたような気がして顔が歪むのがわかる。
「……アンタ……これからどうするつもりなんや。」
「そうね。まずはヒデアキの希望通りに葬式をして、その後は海に散骨するわ。
会社の株式だとかは、もう処理してあったはずだから問題ないでしょう?」
「ちゃうっ!」
検討違いの言葉に声が荒くなる。
「アンタ……あんだけ愛しとった人間が死んだのに、なんでそんな平然としとられるんや!?
アンタあの人間以外見とらんかったやろ!? なんでそんな変わりないんや!
ウチが見たかったんはこんなんや無いっ!」
「あら? 人間が私達より早く死ぬことなんて最初からわかっていることじゃない。」
「アンタ、なんも思う事はないんか!?」
つい、悔しさから攻める。
「思うことは沢山あるわ。
でもヒデアキは最後の時も、私の幸せを願ってくれた。
ヒデアキが生きている頃はヒデアキが幸せになることが私の幸せだった。
これからは私の幸せの為に生きていいって。だから私はヒデアキの望みを叶える為に、私の幸せを掴む為に、これから忙しくなるのよ。泣いている暇はないの。」
「……アンタ……これから何をするつもりなんや?」
アントクィーンは聖母のように優しさを感じさせる微笑みを浮かべた。
これまでに見たことのない微笑み。
優しいはずなのに、肌が粟立つのを抑えられなかった。
「そういえば私の能力を言ったことは無かったわね。
私の固有能力は
『女王の胎』」
「女王の……胎?」
そっと優しくお腹を撫でるアントクィーン。
「私のお腹には、これまでずっと集めていたヒデアキの精子が貯えられているの。
だから、これからずっとヒデアキと私の子供を産み続けるの。何百年。何千年とね。
ヒデアキは死んだけれど、ヒデアキの忘れ形見はこれから沢山生まれるわ。」
また、母親のような優しい微笑みを浮かべるアントクィーン。
「だから私、今、とても幸せなの。」




