29話 囚われのリョウ
あぁ……また最悪な時がやってくる。
愛し愛される時が終わりナルキッスが他の者に愛を与え、放置されている時が一番精神的にキツイ。
別に嫉妬で辛いとかそういうことではなく自分の現状を冷静に見つめ、覚める時間が怖いのだ。
あぁ、また覚めはじめている。
覚めた時に感じるのは嫌悪。
他者への嫌悪。ナルキッスへの嫌悪。そして自己嫌悪。全てが憎くて仕方なくなる。
能力にあてられている時は幸せだ。
まるで少女にでもなったかのような気持ちになり王子様が迎えに来てくれて甘い時を過ごせる。幸せな気分に染まりそれ以上何も考える必要もなく、ただただ甘い時を過ごせばいい。
覚めた時は、覚めた瞬間からナルキッスのあのゴリラのような身体を思い出し、その身体を求める自分を思い出し、その悍ましさに狂いたくなる。だがケツの痛さがそれを許してくれない。
最近は覚める時間が少なくなってきているのが救いのようにも、そして自分の終わりのようにも感じられ、終わりを迎えないように精神力を振り絞って抵抗している。
おれの抵抗の動力源のなっているのは、ヒデアキに託したトレちん達の存在。俺の心の支えはトレちん、マドちん、ラビちんだけだ。
助けて欲しいとは言わない。
むしろ逃げて欲しい。
トレちんやマドちん、ラビちんがナルキッスに心奪われたら……俺の心は完全に壊れてしまう気がする。
だから逃げて欲しい。
「さぁ、ユウシャー! さぁ愛し合おうじゃないか!」
ゴリラのようなナルキッスが全裸でやってきて、その姿を目にした瞬間に喉の奥が酸っぱくなる。
また能力にあてられるのだろう。もう逆らう気力もないのだから弄ぶなら早く弄べばいい。
「オォウ? 悲しそうな顔をしてどうしたんだい? ユウシャー。さぁ、いつものように愛しておくれ。」
ナルキッスの言葉に早く楽になりたい気持ちが動き始める。
「頼む……能力を……」
「オォウ。欲しがり屋さんだねェ。わかったよ!」
ムン! とモストマスキュラーのポージングをするナルキッス。
あぁ、これでまた楽になれる。
「魅了解――」
爆音が響き、ナルキッスの声は聞こえなかった。
「リョウ! しっかりするンス!」
そして懐かしい声が聞こえた気がした。
--*--*--
「弾力女がくるぅっ!」
「おはようヒデアキ。」
永遠に弾力女に追いかけられるという悪夢から覚めた俺は、夢と現実の区別がつかないまま弾力女がいないか見回すと、アーたんが俺の隣で座っているのが目に入った。
相変わらずニコリと女神のような微笑を浮かべていてマジ天使。いや。女神。
アーたんの姿があるだけで自分が物凄く安堵しているのが分かる。
「アーたーん! めっちゃ怖い夢みたよう!」
「よしよし、もう大丈夫だよー。」
アーたんが頭を撫でてくれて、マジ女神。
「もう、わたし別にこわくないよー」
「すわっ!?」
どこからともなく響いた弾力女の声に、慌てて部屋全体を見回すと見慣れない部屋。アーたんやトレちん達の他に、見慣れない顔が混じっているが、弾力女は見当たらず混乱する。
「ど、どこだ! この弾力やろう!」
「やろうじゃないよー。
じゃないよねー? あれー?」
思わず両手を直角に立てて右往左往しながら警戒するが見当たらない。
そしてアーたんがくすくすと笑っている。
笑い事じゃないよアーたん……
そんな事を思っていると、見慣れない顔色の悪い可愛い子が呆れ顔をしながら人差し指を下にして動かしながら口を開いた。
「下や下。」
「下?」
思わず自分の下半身を見る。
寝起きでちょっとばかりテントを張っていた。
可愛い子に指摘されたことが恥ずかしくて人差し指で鼻を擦る。
「ちゃうちゃう! アホかっ!?」
「そんな事よりヒデアキ。体調に変化はない?」
「変化? ……特に……あれ?」
そう言えば何かがおかしい気がした。
再度自分の下半身を見る。
「俺の腹がない! あれっ!?」
叩けば波紋のように揺れた腹が無いのだ。
ゆるくなった皮と腹筋が直に触れるような感覚。
「あれっ!? なんだこれ!」
「多分だけどヒデアキは魔力使いすぎたせいで痩せちゃったのよ。」
「マジか!? ダイエットしちゃったの俺!?」
「急激に痩せたから、どこか変に感じるところない?」
アーたんの言葉に全身をまさぐってみるが、痩せた以外に特段変わっているような所は感じられなかった。
「やべぇな……めっちゃ画期的なダイエット方法じゃん……」
「そうね。流石ヒデアキだわ。」
「いやアンタら、そういうことちゃうやろ。」
「いっぱい食べてごめんねー」
「すわっ!? ど、どこだ弾力女!」
「だから、下やっちゅーとろーが!」
少し怒ったような顔色の悪い可愛い子の言葉に改めて考えてみる。
そういえば、とてもここちよい弾力のベッドに寝ているような気がする。まるでウォーターベッドのような……
「だいじょーぶー?」
ベッドがしゃべったーーーっ!?
「のーー!!」
気が付けばアーたんに飛びつくように抱きつき、アーたんはお姫様抱っこで支えてくれた。
「大丈夫よヒデアキ。私達ちゃんとお友達になれたから。これでリョウさんを助けられるわよ。」
そうだった。
そもそもリョウを救い出す為にナルキッスをなんとかする方法を聞きだしに来たんだった。
「ってことは、もう敵対してないって事でいいの?」
「えぇ。この子がホーちゃんっていうんだけど、この子が協力的だったから丸く収まったわ。」
「まぁ、ソレしか道がのこってへんかった気もするけどな。」
「それにヒデアキが目覚めるまでにナルキッスの対策も教えてくれたのよ。ヒデアキが怖がっているスーちゃんが協力してくれたら、すぐにケリがつくわ。」
「マジで!?」
皆がコクリと頷き真実なのだと悟る。
恐る恐るアーたんに抱えられたままウォーターベッドに語りかけてみる。
「弾力……いや、スーちゃんさん。」
「スーちゃんでもムースーでもいいよー。」
むにょむにょと女性の形へと変化する弾力女。
相変わらずぽへっとしたような印象だが、この弾力女が鍵のようだ。
「ってか、ベッドになってくれてたんだな。ありがとう。」
「いえいえー。おいしーの沢山たべさせてくれたしー。」
「美味しいって言われてもなんて言っていいかわかんねぇな……まぁ、良かったよ。
その……友達を助けたいんだ。協力してくれないか?」
弾力女をじっと見る。
「またおいしーの食べさせてくれるならいーよー。」
ゆるーい返事に肩すかしをくらったような気分になった。
「なんだか気が抜けるな……まぁ、いっか。協力してくれるなら、困らない程度にはぬるぬるをご馳走するよ。 なんなら、ちょっと復活してるから先払いしとくか?」
「わーい」
ぽんぽんと球状のヌルヌルを出すと、ぱくりぱくりと嬉しそうに食べる。
まるで犬に餌を投げるような気分になり、ちょっと楽しくなってきた。
「ほーれ。」
「わーい。」
なんだかアーたんがアントの時に骨投げたりして遊んでたのを思い出すな。
「ほれほーれ。」
「うわーい。」
ふむ。弾力女あらためムースー。
……なかなか可愛いじゃないか。
「あ。」
「ん?」
突如動きが止まったムースーにつられて止まる。
「どした?」
「たべすぎた。」
「ん? 食べすぎ?」
「んーー、もにもにが~……んーー」
「んん?」
「うまれるー」
「んんん?? 生まれる?」
うねうねと動いたムースーが突如、ポンと小さな玉を分裂させる。
「ふぅ。うまれたー。」
「???」
突然の光景に混乱していると、アーたんが俺を置き、そして分裂して玉を掴んで外に放り投げた。
「あーーなにするのー!」
「嫌ねえ。食べ過ぎて出た物なんて決まってるでしょ? 汚い。」
なるほど! アレだったのか!
「ちがうのー」
「トレちん、マドちん、ラビちん。私の髪を少ししか食べれなかったからまだ究極体になれる程の力が貯えられて無いんでしょう? 汚いけれど私が投げたアレを食べておけば、力を蓄える事ができてリョウさんを助けやすくなるんじゃないかしら? ねぇ、ホーちゃん? 構わないわよね?」
「ちがうのー」
「ムースー。諦めとけ。このアントのおねーちゃんに、なんや勝てる気せんし。
それに勇者からまた食べさせてもらえるやろし機会もあるやろ。」
「……ほんと?」
ムースーが上目使いでじっと俺を見てくる。
まぁ、食べさせる約束したから問題ない。
「あぁ。ぬるぬるはご馳走するよ。」
「わぁい。じゃあ、まーいーかー。」
こうして、トレちん、マドちん、ラビちんは、アーたんが放り捨てたアレを食べに行き、食べ終えた後リョウの魔力だまりがあれば3人とも究極体へ進化出来ることを告げた。
その後、心なしかゲッソリしたコピたんと魔王もやってきて、妙に機嫌のいい魔王と俺は俺が色々したことを誤り、魔王がアーたんの髪を切らせることになった事を謝って仲直りをし、全員でナルキッスの対策を話し合った。
ナルキッスの弱点を把握した事で、その日の内にナルキッスを襲撃する事が決まるのだった。




