28話 ホーちゃんとアーたん。
「俺にしとけよ……」
「ふぇっ! ……あ、あの、え!?」
「俺はお前が気に入ってるんだ……」
「あ、あえっ、あ、あわ、わわ。」
「俺の事は嫌いか?」
「い、いえ、あ、いや、あう、ち、ちょっと待ってくらしゃい……」
壁を背にして顔を赤らめるクオンに、ぐっと身体を近づけて囁いているコピたん。
クオンは突然の事態に慌てることしかできていない。
「おー、おー。クオンのやつ、めっちゃあわくっとるなぁ。
つーか、あのコピたんとか言うのアレなにしとるん?」
「ヒデアキの友達の書いたマンガにあった『壁ドン』ってヤツよ。」
「はー。マンガ読んでキレてたクオンが、そのマンガにのってることされてんのに全然怒ってへんやんか……まぁあのコピたんとか言うヤツ男前やから、あんなんされても慌てるしかできんのも無理ないかー。」
「恋がしたい子に相手を用意したら少しは大人しくなるでしょう?
コピたんはいい子よ? 今は役になりきっているみたいだけど形はどうあれ筋は通す子だから信頼していいわ。私が用意したのはキッカケだけ。」
とても命令……いや、違うな。『お願い』されてやらされている事とは思えないコピたんの態度は傍から見ていても面白いものがある。見事な操り人形だ。
「それにもし恋が実れば敵対することも無いでしょうし、私達は良いお友達になれるかもしれないじゃない?
さ。色恋の方は当人たちに任せて私達はとりあえずムースーさん達の方を治めましょう。ヒデアキの身体が少しおかしくみえるから心配だわ。」
コピたんにお願いをした隣にいる薄ら怖いおねーちゃんのアントクィーンと言葉を交わしつつ視線を横に移すと、リったんと呼ばれているドラゴンがパンツ一丁の勇者を捕まえて空を飛び、ムースーが追いかける事が出来ずにプリプリと怒っている。
勇者の身体が少し萎んでいるようにも見え、アントクィーンは本気で心配しているのか頬に手を当て溜息をつきながらウチが動くのを待っている。このわかりやすい態度は『さっさとムースーを止めろ』という催促だろう。だがウチは『動け』と言われてそのまま動く程素直に育ってはいない。
「もちろん『お友達になりたくない』というのであれば殺し合いをしましょう。
控えている完全体達と共に、まずは全員でクオンさんを殺しますから。いつでも敵対していいですよ?」
ニコリと微笑みを浮かべるアントクィーン。感情の動きも何も無い言葉が脅しでもなんでもなくただの提案のように感じられ、気味の悪さを感じずにはいられない。このアントクィーンはウチが今『ほな敵対しよか』と匂わせれば、本当にすぐに殺すつもりなんだろう事が伺い知れ、不気味さについ顔が歪む。
「あーもー。わーたわーた。あんた性格悪いなぁ。
『はよムースー止めて』って言えばいいだけやろ? なんやそのネチっこい言い方!」
「あら失礼。私が『ヒデアキを心配してる』と言っているのにアナタが動かないから、てっきりお友達になりたくないのかと思って。」
「はいはい、止める止める。ウチはクオンが満足したら別にそれで問題ないし『切断』の能力持ってるヤツがあんなクオンの近くにおったら、ただの人質やんか。」
「あらあら人質だなんて。折角恋人候補に自分から立候補してくれたのにコピたんが可哀想。」
「よー言うわ。」
ムースを止めない事のイラつきの限界だろう所までアントクィーン会話を交わし、ムースーへ土人形をぶつける。
「もー、ホーちゃんやめてー。
ホーちゃんのは食べ飽きたのーおいしーの食べるのー」
プリプリ怒るムースーに近づき声をかける。
「だいじょーぶやて。
ムースーがわざわざ捕まえんでも、なんやこれからお友達になるみたいやし仲良くしとけば、そりゃもう食べ放題やで。」
「そーなの?」
「せや。それにムースーがそないテンション上げて人間捕まえたら人間死んでまうからな。逆にもう二度と食べれんくなるぞ?」
「それはこまるー。せっかく美味しいのにー。」
「ほんならおとなしゅうしとこな。」
「わかったー。」
ウチとムースーのやり取りを見て、アントクィーンが勇者の服を置いて手を上げる。するとリったんと呼ばれたドラゴンがアントクィーンに勇者を渡し、アントクィーンは勇者を抱きかかえて、そこかしこに触れて確認し、ほう、と息を吐いた。
その表情から勇者に問題はなさそうと判断し安堵を覚え、興味から勇者を覗き込む。
「あらら……何がどうしてこうなったん?」
「多分私が応援したから魔力を使いすぎたのね。こんなに身体が変わるまで頑張るなんて……本当に可愛いんだからヒデアキは。」
飽きれたように微笑むアントクィーンの顔は、薄ら寒い物でも怖さを感じさせる物でもなく慈愛に満ちた優しい微笑だった。
「なんや……アンタちゃんと笑えるんやな。」
「あら? どういう意味かしら?」
すぐに薄ら寒い微笑を向けられ、つい苦笑する。
「とりあえず私達はお友達になれたのだから、ヒデアキを寝かせる事ができる場所に案内して頂戴。そこでこれからについてお話しましょ。」
控えていた完全体達に手を振り呼び寄せるアントクィーン。
「まったくの遠慮なしやな。まぁええけど……ムースーもいっぱい食べたみたいやったけど、身体になんか問題ないんか?」
「んー……ちょっと身体がもにもにするけどだいじょーぶ。」
「『もにもに』て……なんなんそれ?」
「んー。おなかいっぱいでもにもにするのー」
「よーわからんな。痛かったりとかするん?」
「んーん。満足で、もにもにするのー。」
「……痛ないんなら別にええか。」
「ねぇベッドはどこ? 早くヒデアキを運びたいんだけど?」
ムースーの体調を確認していると、ふんわりと若干の棘のあるアントークィーンの声が聞こえてきた。半分呆れながらからかい半分で返す。
「アンタ相当その人間めっちゃ好きなんやな。」
きょとんとした顔をするアントクィーン
「当然じゃない。
私はヒデアキの為にいるんだし、ヒデアキは私の為にいるんだもの。」
ウチの言葉がおかしいとでも言わんばかりの言葉にアントクィーンとの間に大きな常識の差があるのを感じずにはいられない。
そして違和感を感じると同時にゾワリとした感覚。それと共に喜びが沸きだすのを押さえられなかった。喜びの余り自分の色あせていた頬が紅潮し口角が吊り上るのを感じて思わず両手で押さえる。それでも表情が変わるのを抑えきれない。
あぁ、嬉しい。
このアントクィーンはこの男が望めば平然と何でもする。
大事なのは自分と男の2人だけであり、その他は必要としていない。見えてすらいない。いや、見る必要がない。あぁなんて歪で気持ち悪いんだろう。そしてなんて面白いんだろう。
人間は間違いなくモンスターよりも早く死ぬ。あぁ、その時、このアントクィーンはどうなるんだろう。どうなってしまうんだろう。分からない。何を望むんだろうか。あぁ、この行く末を見て見たい。
永い眠りと退屈な日々に飽きていたホラードールは、とうとう新しい玩具を手にいれた。新しい玩具を手にした喜びに打ち震えながら、やがて来る未来を見据えるのだった。
--*--*--
「君の気持ちを……俺に聞かせてくれないか……」
「ひゃ、ひゃい! 子供は10人くらい欲しいです!」
「……ちょっと、いきなり飛躍しすぎだと思うんだが?」
「一緒に暮らすお家は、えっと、わたし木造建築が好きなの。
だからアクアノス付近が良いと思うの!」
「ちょっと俺の話を――」
「コピたん? だったわよね? 私もそう呼んでいいわよね?」
「あ、いや。うん。いいけれど。」
「やったぁ! うふふ。コピたん。うふふふ。コピたん。」
「よし。ちょっと落ち着こう魔王。私の話を――」
「私の事は魔王じゃなくてクオンって呼んで!」
「……考慮する。」
「はっ! やだ私ったら! そうよね。いきなり名前なんて急すぎるわよね。
まずは『ダーリン』『ハニー』からよね? さ、呼んで!」
「いや、ちょ。」
「うふふ。恥ずかしがらなくてもいいの!
さ。キスしましょ! キスしてから呼んでみて。
大丈夫! 私ちゃんと初めてだから照れることないわっ!」
「一旦落ち着こう――」
「なんで逃げるの? やだもう恥ずかしいのね! うふふふふふ。逃がさないわよ?」
爛々と輝く目で口元の涎を拭う魔王。
久しく感じる事の無かった食われるかもしれないという恐怖を感じるコピたん。
カラカラに乾いた喉が、ゴクリと音を鳴らすと同時にコピたんは逃げ出した。
「待って~! ダーリーンっ!」
だが、魔王からは逃げられない。




