26話 コピたんの憂鬱
少しの居心地の悪さを感じながら私は主の戦いの様子と話を進めるアントクィーンの姉上とホラードールマスターの様子が分かるよう一歩後ろに下がる。私が下がると同時に私とホラードールマスターの間にアントクィーンの姉上が落ち着き二人は話を始めた。
姉上はにこやかな表情で主の服を持って話しているが……今、間違いなく不機嫌だ。
付き合いの長さから自然とそれを察してしまい少々気が重くなる。
姉上の固有能力は「戦いに向いた物ではないから」と主にも秘密にしているから分からないが、主に対して嘘をつく事はないから本当に戦闘には不向きな能力なのだろう。反して私の能力『切断』は戦闘にかなり向いている能力と言える。故にもし姉上と私が戦えば間違いなく私が勝つだろう。もともと戦闘に向いた種族でもあるし戦いに関しては自信がある。
だが実際に姉上と私が戦えるかと問われれば……それは無理だ。
私には潜在的に姉上が上位存在のように刷り込まれてしまっているから戦う事自体が難しい。
「あら? ヒデアキが喉乾いているっぽいわね。」
姉上がそう一言発すれば、私は小間使いのように自然と水を取りに行ってしまう。
もちろん私の主はヒデアキなのだから姉上の命令に従う必要もないし、姉上が私に命令をする事もないのだが、姉上の素振りや視線から無言の催促のような物はひしひしと感じられるのだ。その圧力に抗えるはずがない。
リザードドラゴンはあまり考えるのが得意なタイプではないし、どちらかと言うとペットのような位置に落ち着いているから姉上の無言の圧力で動くのは結局私しかいないのだ。
そんな私の中で上位存在に位置付けられている姉上が目に見えて不機嫌なのだから気も重くなるのも仕方がない。
「じゃあ貴方たちの行動指針は魔王……いいえ、クオンさんが握っているということなのね?」
「まぁ、そういうことになるやろな。
ウチは基本的に考えて工夫して企むのが好きやし、ムースーはなんも考えてないし特になんかしたいとかの欲望もない。きっとみんなで仲良く過ごしたいくらいしか考えてないからな。
せやから、クオンが『こうしたい!』って言い出したら大体その方向に進んでるんは間違いないな。」
「ふぅん。じゃああのクオンさんが下で言ってた『究極体の恋人が欲しい』って望みを叶えたら、貴方たちの今の行動は終了するってことになるのかしら?」
「まぁ、そうなるんかもな。でもその次にクオンが何を言い出すか容易に想像つくけどな。」
「お伺いしても?」
「多分色ボケになって、ウチらにも恋人作れとか言い出すやろ。
『私が幸せになっちゃってるんだから、クーちゃんもスーちゃんも幸せになるのー!』とか言うと思うで。」
「あらあら。という事はまだまだ究極体の数が足りないわね。」
姉上がチラリと目をリョウ殿の魔獣に向けた。
究極体の戦闘に完全体が付いていけないだろうという事で、少し離れた位置で待機している。
きっと姉上の中で今、彼らを駒と見て色々な算段がされているのだろう。
姉上にとって大事な事は私達の主であるヒデアキだけだ。姉上はヒデアキの為であれば私であれリザードドラゴンであれ躊躇することなく駒として扱うだろう。私も主の為であれば喜んでそうなろう。
もちろん主であるヒデアキが私もリザードドラゴンも大事にしているから私達を駒とする時はよほどの時だろうが、リョウ殿の魔獣については私達よりもその価値は低い。
さて、姉上は一体なにをどう考えて行動をしていくのだろうか――
私の視界の中で、ジャイアントムースーが近づくのを制しようと主が魔王を盾にとった姿が目に入る。
相変わらず面白い事をなさる主だ。
「……揉むぞ?
めちゃくちゃ揉むぞ? 超揉むぞ? だからそれ以上近づくな。」
ピキリと空気が凍ったように感じずにはいられなかった。
私は緊張の元である姉上を注視する。
笑顔の形は変わっていないが、明らかに不機嫌さが増している。
「……生で揉むぞ?」
主の声が聞こえると同時に、姉上の不機嫌さが一層増し、凍った空気の中に更に緊張感が生まれるのを感じずにはいられない。
主。もうやめてくれ。姉上が怖い。
そしてジャイアントムースーも主に従え。動くな。姉上が怖いから。
ああ、
ああああ。
あああああああ――
タダでさえヒデアキが魔王を弄んで恍惚に浸ると姉上が怒るのに……そんなもう。
あああああ
姉上が怖い。
私は耐えきれず、姉上を視界から外そうと顔を背ける。
「コピたん。」
「はい。」
姉上の表面上にこやかだが裏には怒りが渦巻いているような声。すぐさま返事を返す。
「私のお願い。聞いてくれるかなぁ?」
「……はい。」
姉上がホラードールマスターと話をし私の運命はどんどんと決まっていく。
その話に頭を抱えたくなるが私に抗う術は無かった。
--*--*--
「ぬ……る……ぬ……る……波ーっ!!」
主ヒデアキの放ったヌルヌルがジャイアントムースーに直撃した。
「こういうのは限界まで食わせて許容量を超えさせるのがお約束展開だろっ!」
主の言葉はやはり面白い。
そういった方法も確かに有効な面もあるのだろう。
これから姉上に指示された行動を起こさなければならない私は少しだけ気分が和らぐ。
「おーいしー」
喜ぶように主のヌルヌルを飲み続けている様子を見ると、果たしてジャイントムースーの許容量はどの程度あるか不明な上での攻撃は意味があるのだろうかとも思わなくもないが。
「コピたん。」
ニッコリとうすら寒くなる笑みを浮かべた姉上に声をかけられ、私はただ頷く。
「じゃあ宜しくね。」
諦めに似た気持ちで一つ息を吐き、私はジャイアントムースーの横で騒いでいる魔王に目を向ける。
私の行動の後、主であるヒデアキが私に対してどういう対応をするかが些か不安ではあるが、リョウ殿を早く助け出したいと考える主の為には、さっさとこの場を鎮めた方が良いのは間違いない。
姉上の為にもなるし、もちろん主の為にもなるのだ。問題ない。……はず。
私は獲物を見据えて構え、そして足に力を籠め飛び出した。




