本日休載のお知らせ+おまけ
ロルフ達が王国騎士団の背中を、見送っていた頃……ブランクルフト内に作られた救護施設には、横になるアイリーンの姿があった。
ヴェリタス商会跡地に作られた簡易テントであるが、中は衛生兵と無数のベッド、そして底に横たわる負傷者でいっぱいだ。作戦が噛み合い、今のところ死亡報告こそ届いていないが、それでも重傷者がいないわけではない。
そんな救護施設の一画で、アイリーンは軽い治療だけを施され、ベッドに横になっていた。他の重傷者に比べれば、軽い火傷と魔力欠乏、そして極度の疲労から来る失神なので、これ以上の処置は不要との判断だ。
そんなアイリーンに付添うのは、浮かない顔のウェインだ。無理もない。衛生兵達はこれ以上の処置は必要ないと判断したが、いつもの透き通るような真っ白な肌は、泥にまみれ、所々火傷の痕も目立つ痛々しい姿なのだ。
それだけ戦いが激しかった事が良く分かる。
それでも満足そうな寝顔のアイリーンに、ウェインが人知れずため息をついた。
――良かった。
そんな安堵のため息だ。アイリーンの助けになれば、とコッソリ残って戦争に参加した形だが、戦争はウェインが想像するよりも、残酷で激しかった。
「何も出来なかったな」
呟いたウェインは、悔しさを滲ませた顔で俯いた。あの場にいたのが自分ではなく、ランディであったら……そんな事を考えてしまう自分が、いや友人を少しでも妬んでしまった自分が酷く情けなかったのだ。
しばし俯いていたウェインだが、口を真一文字に結んで勢いよく顔を上げた。
(ウジウジするな、ウェイン・ベルシュト! 今出来ぬなら、出来るようになればいい)
ウェインが勢いよく両頬を叩いた――その音が救護施設内に響き、衛生兵達から咳払いと「静かに」と言いたげな非難の視線が向けられた。
恥ずかしさと申し訳無さで、ウェインが再び背を丸めた。自然とアイリーンに近づいたウェインの鼻腔を、甘く優しい香りがくすぐった。
戦場では必死で気付かなかったが、今この場ならよく分かる。
「……この匂い――」
ウェインにも馴染みがある匂いは、学園のご令嬢たちがこぞって髪につけている香油のそれだ。ブラウベルグが販売している美容品の一つで、香油の中でも一番人気の香りである。
ちなみにアイリーンがつけているのは、ランディとリズが持ってきた、お土産だったりする。
ウェインにとっても、馴染みのある香り……女子をイメージさせる香り。
今まで女性らしい仕草など見せたことがなかったアイリーンが、ふと見せた一面にウェインが思わず顔を赤くして立ち上がった。
(ヤバい。キモすぎるぞ、俺!)
思わず何度も自分の両頬を叩くウェインだが……
「ん、ンン!」
……大きな咳払いとともに、ウェインの真後ろに医療将校が現れた。
「静かに出来ないなら、外で待て」
不良のような見た目の医療将校に、襟首を掴まれたウェインは、問答無用で外へ放り出された。
「――ったぁ」
恥ずかしさと申し訳無さから、立ち上がれぬままウェインが真っ白なテントを見上げたその時、
「ワフ!」
ウェインの背後に、妙に色艶の良い一匹のアイスウルフ――山田――が現れた。
「……お前か」
山田に気がついたウェインが、その頭をゆっくりと撫でた。
「お前もお嬢様が心配なのか?」
微笑むウェインに、「クゥン」と山田が返事をする。元来賢いアイスウルフだが、まるで会話が成立しているような受け答えに、ウェインが思わず笑みをもらした。
「大丈夫だよ。気を失ってるだけだって」
笑顔を見せたウェインに、「ワフ!」と山田が嬉しそうに尻尾を振る。どう考えても会話が成立している事に、ウェインが驚くのと同時、ある噂を思い出した。
――最近アイリーン様が、一匹のアイスウルフを可愛がっているらしい。
「それは、妙ちくりんな名前で……」
そこまで呟いた時、山田に詰め寄った。
「お前、まさかお嬢様に名前を貰ったわけじゃないよな?」
何と羨ましい。そんなウェインの熱の籠もった瞳に、山田は困ったように首を傾げた。なんせ山田と命名したのはランディなのだ。だがそんな事など知らないウェインは、「吐け、お前の名前を吐け!」と山田に詰め寄っている。
「こらウェイン。ヤマダを虐めると、アイリーン様にどやされるぞ」
軽傷者がヘラヘラ笑って通り過ぎていく。その背中を見送ったウェインが「ヤマダ……?」と山田に向き直った。
確かに耳馴染みのない名前だ。だが、アイリーンならあり得る。なんせそういった方面には壊滅的なセンスを持つ彼女だ。本来アイスウルフは、それぞれ相棒から自分の名前の一部を貰うのが慣例だ。本当の名前があるはずなのだが……それが今や〝ヤマダ〟である。
普通なら「不憫だな」となるところだが、そこはウェイン。
「お嬢様にあだ名をつけてもらうなど……羨ましすぎる」
妙な所で山田に対抗心を燃やすウェインが、数日後アイリーンにあだ名を直談判するのは別の話。
……そして、
「ヤマダ? ああ。ランドルフ少年がつけたからな。そんなに欲しいなら、私から頼んでおいてやろう」
「え? うえ? ランドルフ?」
まさかのランディに命名権があったことに、ウェインが膝をついたのも、そしてランディが「やだよ」と眉を寄せたのも、また別の話。
「当たり前だろ! 何でお前にあだ名つけられねえといけないんだよ!」
ウェインがそんな逆ギレをかましたのも……。




