第256話 こいつが出るといつもダイジェスト
アーヴィンが帝国軍をぶっ叩き、アイリーンがルーシィと死闘を繰り広げていた頃……
ブランクルフトの正門に当たる南では、狙い通り騎士団長ブルーノとロルフの、一騎打ちが繰り広げられていた。
王国最強、いや大陸最強と名高いロルフ・フォン・ヴァルトナーと、それに匹敵すると言われる王国騎士団団長ブルーノ・ランス。二人が刃を交えるのは、これが初めてではない。
十年ほど前、王都で行われた奉納試合がこのカードであった。
王国の生誕祭において実施された余興であったが、力と力。技と技。どちらも一歩も退かぬ戦いは、国王ジェラルドと王都の民衆を熱狂させた。
結局奉納試合ということで、勝敗がつく事はなかったが、それでも二人の強さはこの日を境に大陸中へと広まったのだ。
代々王国の国境を守ってきた、勇猛な一族の中でも突出した傑物。そしてそれと互角に渡り合える若き騎士。
この時の活躍で、ブルーノは騎士団長にまで上り詰めた、と言っても過言ではない。
それから十年……事あるごとに、大陸最強はロルフかブルーノか、はたまた帝国のライオネルか。そう噂れてきた二人が、ついに奉納試合ではなく――一方的な勘違いだが――敵同士として刃を交える事になった。
居合わせた騎士達も、これは凄い事だと固唾を呑んで見守っていた。
激しくぶつかり合う武器が、周囲の空気を揺らし、その度に二人の足元で草花が大きく靡く。
誰も近づけぬ嵐のような攻防は、もう何度仕切り直したか分からない。
「うぉおおおお!」
今もまた激しい気合と共に、ブルーノが大上段から剣を振り下ろした。渾身の一撃を、ロルフの戦斧が弾く。
ブルーノの身体が流れる。
その勢いを利用し、ブルーノが大きくバックステップ。
着地と同時に再び斬りかかるが、それすらも弾かれてしまう。
「流石だな、ロルフ・フォン・ヴァルトナー」
呟くブルーノだが、顔色は優れない。ブルーノは今、痛感しているのだ。【北壁】という異名が持つ、真の意味を。
本当に壁なのだ。何をしても弾き返される。自慢の大剣の一撃も、鍛え上げた体術も、どれもこれもがロルフによって真正面から受け止められ、そして弾き返されるのだ。
傍目には拮抗して見えているのだろう。攻防が一段落着く度に、騎士達が声援を上げるのだが、実際ロルフは始めの位置からほとんど動いていない。
それが意味するのは、圧倒的な実力差だ。
十年前、確かに拮抗していたはずの実力。いや実際はロルフの方が上であった。
だからそれ以来ブルーノも鍛錬を怠ったことなどない。むしろ、ロルフを倒さんとそれを目標に常に鍛錬を積んできた。
だというのに……両者の間には、それこそ後に見える城壁程の、如何ともしがたい大きな壁があるのだ。
それでもブルーノとて、音に聞こえた武人の一人だ。このような状況に納得出来るはずがない。
大剣を握りしめ、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「……どこか味方だという気持ちが、消せなかった。だがここからは本気だ――」
ブルーノが深呼吸と共にロルフを睨みつけた。
「御託はいい。疾くかかってこい」
手招きをするロルフを前に、ブルーノが表情を消し……全身に闘気を纏った。闘気だけで空気が震える。
圧倒的な気配に、見守っている騎士達も息をする事すら忘れ……ようやく誰かが耐えきれなくなり、「あ……」と小さく声をもらした瞬間、ブルーノの足元が弾けて姿が消えた。
一気に距離を詰めたブルーノの振り下ろし。
体を開いたロルフの前髪が僅かに舞う。
空振ったブルーノの大剣だが、剣圧だけでロルフの背後で城壁に傷がついた。
剣の軌道上の空気が一気に引き戻され、ロルフの髪が吸い込まれるように靡く。
それも一瞬。
縦に大剣を振り抜いていたブルーノが、旋回と共に横薙ぎ。
バックステップで躱したロルフに迫る剣圧。
不可視の刃を、ロルフが左掌底で迎え撃つ。
ロルフの掌で何かが弾け、ロルフの髪が勢いよく舞い上がった。
そこに迫るブルーノ。
再びの横薙ぎを、ロルフは戦斧で受け止めた。
大剣と戦斧。二つがぶつかった瞬間、衝撃と共に甲高い音が周囲に響きわたる。
「……ほう。受け止めるか」
「これ以上城壁を傷つけられては、補修が大変だからな」
鼻で笑うロルフに、「抜かせ」とブルーノがロルフを押し込む。
僅かに開いた間合いに、ブルーノが再び大剣を振り下ろした。
始まるブルーノの猛攻を、ロルフが戦斧で丁寧に受けていく。
一撃一撃が必殺の威力なのだろう、激しい音と衝撃波に誰一人近づくことが出来ない。
ジリジリとロルフを押すブルーノに、「おお」と騎士が感嘆の声を上げる。
……が、ブルーノの見せた猛攻はここまでだった。
何度目かの振り下ろしを受けたロルフが、小さく息を吐きながらブルーノを大きく押し返した。
体勢が崩れたブルーノが、追撃を避けるように慌てて距離を取った。
再び間合いが開いた両者だが、片や大剣を構えるブルーノと、片や呆れ顔のロルフとその姿は対照的だが。
「……ランス卿。この十年、何をしてきた?」
呆れ混じりのロルフに、ブルーノが眉を寄せ口を開いた。
「十年、貴様を倒すことだけを考え常に鍛錬を積んできた」
言い切ったブルーノにとっても、あの十年前の戦いは衝撃的だったのだ。天才と持て囃されていた自分が、唯一感じた敗北。あれは奉納試合でロルフが手加減していたからこそ成り立った試合。
それはブルーノが、紛れもない実力者だったからこその実感。
「あの日の貴様を超えるために……」
そう呟くブルーノに、「そうか」とロルフが返した。
「我はあれから十年、日々昨日の我に勝てるように鍛錬を積んできた」
ロルフが戦斧をゆっくりと肩へ預けた。
「十年……。お主の停滞は、あの日の我の怠慢故……ならば――」
腰を落としたロルフが薄っすらと闘気を纏った。
「――ならば、その幻影を打ち砕くのも我の役目」
言葉を置き去りにロルフの姿が消えた。
ブルーノが気がついた時には、ロルフの戦斧が脳天に迫っていた。
大剣で受け止められたのは、無意識だ。
日々鍛錬を怠らなかった、ブルーノだからこその芸当。
だが……
地を揺らすほどの一撃は、ブルーノの足を地にめり込ませた。
戦斧を受けるブルーノの全身が小刻みに震える。
一撃。たった一撃で全身の力をごっそりと持っていかれた。
先程感じていた大きな壁どころではない。覆せない彼我の差は、最早街の後にそびえるラウムシュトラーク山脈程の高さだ。
あまりの強さに、ブルーノは言葉を失った。
目の前で軽々と戦斧を引き上げるロルフは、ブルーノの瞳には怪物に映っている。
全身が震えるのは、力が入らないからか、それとも恐怖か。
それすら分からぬブルーノの目の前で、ロルフがもう一度戦斧を高々と振り上げた。
「どうした? 逃げぬのか?」
響いてきたロルフの声に、ブルーノの身体がピクリと動いた。
脳ではなく、全身が警告しているのだ、「逃げろ」と。
それでも歯を食いしばったブルーノが、「貴様同様受けきって見せよう」と精一杯の笑顔を見せた。
「意気や良し」
微笑んだロルフが戦斧を叩きつけた。
ブルーノの全身に再び衝撃が走る。
ガクガク、ブルブルと震えていたブルーノだが、ついに耐えきれなくなったように、前のめりに傾いた。
「これが……最強――」
ゆっくりと……スローモーションのように傾いていたブルーノは、やがて軽い地響きを鳴らして地面に倒れ伏した。
気を失ったブルーノを見下ろしていたロルフが「最強か」と小さく笑った。
「恐らく、だが……最強は我ではないな」
首を振るロルフの脳裏には、一人の青年の顔が浮かんでいる。共に【真理の巡礼者】を倒した紅髪の青年の顔が。
――え? 俺がヴィクトール最強か、ですって? まさか。
そう言って笑い飛ばした青年は、ロルフの見立てではロルフといい勝負といったところだった。負けはしないが、勝てるかと言われたら分からない。
そんな男が笑ってしまう程、強い人間が居るのだという。
「ランス卿。大陸は広いぞ」
ロルフが盛大に笑い声を上げた時、ようやく騎士団が驚きから復帰したようで、所々から悲鳴のような声が上がった。
一騎打ちで負けた以上、騎士団の敗北は決定なのだが、彼らの中に負けるという選択肢がなかったのだろう。完全に混乱し、収集がつかない騎士達を前に、ロルフが戦斧の石突で地面を突いた。
地響きに騎士達が顔を上げた時、「聞けーーーい!」とロルフが声を張り上げた。
「我らヴァルトナーは、帝国と通じてなどおらん」
そうして始まるロルフの説明だが、王国騎士達もその目で帝国旗とヴァルトナーの旗が並んでいるのを見ていたわけで……すんなり信じるというわけにはいかない。
それでも団長が負けたというのに、帝国軍が出てこない異常性も分かる。そうして騎士達がまごつく中、彼らの背後――正確には東側――から、敵将と思しき男の首を持ったアーヴィンが現れた。
「公爵軍に扮した帝国軍、その指揮官の首だ。嘘だと思うなら、東門を確認してくるといい」
アーヴィンの言葉に、次席指揮官と思しき騎士が、数人を伝令として走らせた。
「父上。作戦通り、帝国軍の殲滅完了しました」
アーヴィンの報告に、「そうか」と満足げにロルフが頷いた頃、今度は反対側から「……早く、早く治療を」とピーピー煩い男を引き摺った騎士が現れた。
「アイリーンはどうした?」
「はっ、報告します!」
驚く二人に、騎士が男を放り捨て敬礼を見せた。
「西門担当指揮官、アイリーン様が気を失っている為、代理で公爵軍指揮官を連れてまいりました」
騎士が再び男を引き摺り、ロルフ達の前に差し出した。
「痛い……早く、早く治療を――」
泣きわめく男は、全身が火傷で爛れてひどい状況だ。騎士によると、ウェインが【真理の巡礼者】の魔法に巻き込まれていたところを、証言の必要性を考えて助け出したという。
「ウェインが?」
「そうか……」
いつの間にか、兵士に紛れ込んでいたらしいウェインを思い、二人は小さく笑みを浮かべた。
「さて。治療が欲しければ、知っている事を全て話せ」
アーヴィンが男に凄めば、「言う、言う」と男がペラペラと計画を話し始めた。
男の話す計画を聞いた騎士達が、青い顔を見合わせ、方々に散っていった。今の話の真偽を確かめるため、情報を集めに駆け出したのだ。
そうして散っていった騎士達が、しばらくして更に青い顔で戻ってきた。
「この度は大変ご無礼を――」
地面に頭をこすりつける次席指揮官に、ロルフ達は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
彼らの心境を考えれば無理もない。敵の策略に乗って、本来であれば味方のヴァルトナーに斬り掛かったのだ。しかもそれだけではない。
「謝罪はもっともだが、王都はいいのか?」
ロルフの言う通りなのだ。北が主戦場という情報を信じて出てきてみれば、敵の策略に嵌まってしまった。つまりは北に行く時点で、敵の策略が始まっていたという事になる。
手薄な王都が危ない。
それに気がついたら、彼らも休んでなどいられない。
気を失ったままのブルーノを救護用の馬車に放り込み、挨拶もそぞろに急ぎ反転して王都へと帰っていった。
そんな馬車を見送るロルフとアーヴィンは、ため息をついて同時に空を見上げた。
「絶対に間に合わんだろうな」
「でしょうね」
太陽はようやく中天に差し掛かろうかという頃であった。
「ウェインには、勝手に戦争に参加した罰が必要だな」
「そうですね」
言葉とは裏腹に、ロルフとアーヴィンが笑顔を見合わせた。
「学園再開まで、妹の稽古相手になってもらいましょうか」
「うむ、それがよかろう。みっちりとアイリーンにしごいてもらうとしよう」
ガハハハと豪快なロルフの笑い声が、平和な空に響いていた。




