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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
第五章 春休みってすぐ終わる

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第253話 魔法も発想も自由で良いと思う

 ヴァルトナーの領都、ブランクルフトを取り囲む多数の兵士は、その堅牢な城壁を前に、完全に攻め手を失ったまま夜明けを迎えていた。


 夜に紛れての攻撃は然程効果がなく、しかたがなく明るくなってからの全面攻撃にかけようという形に落ち着いた。無理もない。城壁を囲む兵士の数は多けれど、その頭がバラバラなのだ。


 ロートハイム公爵家と――それに扮した――帝国軍、そして勘違いしたままの王国騎士団。それぞれの連携を確認し、作戦を定めるために一晩を有したとも言える。


 ブランクルフトを囲む城壁には丁度門が三つ。巨大山脈をいただく北を除いた三方向の門だが、足並みの揃わぬ攻撃で崩せるほどヴァルトナーの城壁と守備は甘くはない。


 そもそも初めに全軍が全て、南門に集まってしまった時点で知れている。統率が取れていない攻撃が、常在戦場のヴァルトナー相手、しかも城壁も利用した完全防御に通じるわけもない。


 そうしてバラバラだった二つの軍――実際は三つだが――がそれぞれ担当する門と、攻撃の方法、そして時間や段取りを決め……ようやく攻城戦の方針が決定した頃には、夜明けを迎えていたというわけだ。


 昇り始めた太陽が、ブランクルフトの堅牢な城壁を明るく照らし始めた。同時に城壁を取り囲む兵士や騎士達が、陣形を整え始める。


 そんな攻城の準備が進む軍のうち、西門に配備されたのは本来の公爵軍だ。帝国軍程の精強さこそないが、全員がとある人物に心酔し、異様な士気を保っている。


 もちろん彼らが心酔するのは、軍の司令官などではない。それは公爵家に取り入った毒婦。


 そんな毒婦ともいえる女は、公爵軍の本陣で若い兵士を腰掛け代わりに、城壁を眺めていた。腰まで伸びたブロンドに、燃え上がるような紅玉の瞳は、なるほど異性どころか、同性すら魅了する見た目だ。


 ただ戦場に似つかわしくない露出の多いドレスに、申し訳程度の小さな杖は、およそ戦える人間には見えない。


 王国騎士団には、公爵軍筆頭魔道士と告げているが、この女こそ【真理の巡礼者(ピルグリム)】の幹部、四聖の一人ルーシィこと、ルチア・レッドグリーヴと呼ばれる女性だ。


「流石音に聞こえた、ヴァルトナーってところかしら。あのタイミングで迷わず退くなんて」


 城壁を眺めるルーシィに、「そうですね」と脇で机の代わりを務め、フルーツの乗った盆を持ち続ける兵士が同意を示した。


「まあでも、単純騎士団長まで手駒に出来たし……。滅ぼすにはタイミングもバッチリね」


 ルーシィは宰相親子の裏切りは知らずとも、騎士団が王都を出て北へ向かった情報くらいは手に入れていた。故に彼女は幻惑魔法で帝国旗を見せたのだ。


 しかもそれだけではない。ヴァルトナー陣営に出した帝国旗は、いわゆるキッカケだ。アレと元々の噂で生じた疑惑を、ルーシィがあらかじめ戦場にバラ撒いていた精神操作の魔法が、大きくした形だ。


 戦場という特殊な環境。かつて流れていた噂。そして視覚への揺さぶり。一つ一つでは精神操作への影響は少ないが、ここまで条件が重なれば、情報を信じ込ませる、それを疑わない程度の心理を作り上げる事くらい可能だ。


 以前の作戦も上手く活用した、ルーシィの機転と言えるだろう。


 ちなみに年若いヴァルトナーの兵士や騎士が、皆浮ついていたのも、ルーシィがバラ撒いていたこの知覚不可の魔法のせいである。


 とにかく、ヴァルトナーの若獅子と違い、その罠に完全にハマった王国騎士団は、今や公爵・帝国連合軍の協力者として、王国最強を誇るヴァルトナーを敵だと認識しているのだ。


 圧倒的な軍勢。そして最大の懸念であったロルフ・フォン・ヴァルトナーにぶつけられる人材。


 ルーシィ達は今、勝利を確信している。


「さぁて。日蝕にはまだ早いけど――」


 ルーシィがそう呟いた時、伝令が「南門、開きます!」と飛び込んできた。その伝令は瞬く間に軍へと波及したようで、全員が思わず城壁で見えぬ南門へと視線を移した。


 一瞬気を取られた公爵軍だが、本来の司令官が全軍の意識を引き戻した。


「我々は西門攻略が目的だ」


 司令の言葉に、軍が奮い立つ。ルーシィに骨抜きにされているとはいえ、一応の指揮系統は健在と見える。


 そんな司令の号令で、公爵軍が西門へ向けて進み始めた。ゆっくりと、城壁の上からの攻撃を警戒する防御体勢のまま、進む彼らに、城壁の上から牽制のつもりか、大量の水が降り注いだ。


 矢や魔法ならまだしも、雨のように降ってきた水に兵士達が一瞬怪訝な表情を見せた。


 まだ城門まで距離がある。敵が慌てて熱湯を放ったが、遠すぎて水になったか……疑惑がそんな形で固まりかけたその時、大きな音を立てて西門も開いた。


「あら? もしかして降参かしら……」


 言葉とは裏腹に、ルーシィはその美しい顔を邪悪な笑みで染めて立ち上がった。


「でも残念。あなた達は大事な贄なの」


 邪悪な笑みのルーシィが杖を掲げた。


「全員ここで無惨に――」

『突撃!!!』



 遥か前方から聞こえてきた声が、戦場全体を揺らした。ただの号令が、腹の底に響く。経験のない感覚にルーシィが驚いたその時、彼女の視界の先、遠くで味方の兵士が高々と宙を舞っていた。



 ☆☆☆



 時はしばしもどり、夜明け前のブランクルフト内部では、作戦開始を前に、ヴァルトナー全軍が集結していた。


「敵の布陣、閣下の仰っていた通りになっています」


 兵士の持ってきた情報に、アイリーンとアーヴィンが顔を見合わせた。敵の布陣が整うより前に、ロルフが絶対に南の正門は、騎士団が陣取ると言っていたのだ。


「どう考えても悪手ですが?」


 苦笑いのアーヴィンに、「そうだろうな」とロルフも頷いた。本来は同盟を結んだ公爵・帝国両軍のどちらかが、南に陣を敷くべきなのだ。


 何せ王国騎士団は、未だ騙され利用される形でしかなく、両軍からしたら連携を取りたくても、間に壁が出来たようなものなのだ。それでもロルフが王国騎士団が南を取ると予想したのは、騎士団長ブルーノの性格をよく知るからだ。


「王国騎士団が来た以上、奴らは自分達こそが中心だと思っている。他に譲るなどあり得ん」


 鼻で笑ったロルフが、公爵軍も必要以上にゴネられないと、説明を続けた。下手に意固地になれば、騎士団に疑われるのだ。騎士団がヴァルトナーにつく可能性だけは、避けねばならない。


 だから騎士団が南を取ると、予想を立てたわけである。


「連中、自分達が優勢だと思い込んでいるが、分断されたと気付いていまい」


 笑顔のロルフが、「一気に食い破るぞ」と立ち上がって、集まった兵や騎士達を見下ろした。


「さて。一晩ゆっくり休んで英気は養えたな」


 笑顔を見せるロルフに、全員が甲冑の胸を勢いよく叩いた。


「敵は今、援軍を得て勢いづいている。恐らくこう思っているだろう。『ヴァルトナーも終わりだ』と」


 ロルフの煽りに、全員が静かにその闘志を滾らせる。


「だがそれも仕方ない……今はまだ夜明け前だ。そんな夢くらい見ても仕方がない」


 そんなロルフの言葉に、騎士達から笑い声が漏れた。士気は上々、休息も十分、そして上手くリラックスも出来た。最高とも言える部隊のコンディションに、ロルフが満足そうに頷いた。


「さあ、諸君。反撃の時だ」


 ニヤリと笑ったロルフに、兵士たちが槍の石突きで、地面を叩いた。それがスイッチだ。今から戦闘態勢に入るという、全員の意思表示。それを見届けたロルフが声を張り上げた。


「作戦は昨日伝えた通りだ。行くぞ! 奴らを夢から醒ませてやれ」


 ロルフの号令で、大部隊が通りを南下し、途中で部隊を東西に分けた。


 東に布陣した帝国軍へ、主力を率いたアーヴィンが。

 西に布陣した公爵軍へ、歩兵をいくつかと、アイスウルフを率いたアイリーンが。

 そして、南に陣取った王国騎士団を、単騎のロルフが。


 それぞれ担当する形で一気に反撃する形だ。


 本来であれば悪手かもしれない。しかもロルフは単騎である。城壁の上を守る弓兵や魔法兵を除けば、完全単騎で王国騎士団を相手取る事になる。


 折角敵が三方に分かれ、精神的な分断を余儀なくされたなら、各個撃破が望ましい。だが如何せんこちらも城壁から打って出る形では、一度に大軍など出せはしない。


 だからそれを逆手に取り、今回は敢えて軍を分けることで、敵の意表をつく作戦を立てた。その最たるものが、ロルフの単騎突撃だ。


 それは決して驕りではなく、ブルーノという男を理解しているロルフだからこその選択だ。ブルーノ・ランスという男は、良くも悪くも理想が高い。攻城戦が上手くいかなかったのも、背後に見える無辜の市民からの視線を気にしての事だ。


 だからロルフが単騎で赴けば、ブルーノは間違いなく一騎打ちに応じる。そして一騎打ちになってしまえば、王国騎士団は動くことはない。例え、左右で戦闘が始まろうと、団長を置いて行くことはない。


 それは団長への信頼であり、ロルフさえ倒せば勝ちだからだ。


 つまりこの一手は、その心理を逆手に取ったロルフによる、王国騎士団の無力化でもある。


 ――付け焼き刃の連合など恐るるに足らん。


 ロルフが自軍にかけた発破の言葉は、間違いなく味方の士気を上げていた。実際に現時点で、連中の心理的な連携を封じてみせた。あの一瞬で判断された撤退は、単なる逃げではない、本当に戦略的撤退だったのだ。


 そうしてロルフの言う通り、足並みの揃わぬ敵を前に、味方は城壁の中でゆっくりと休養を取り、士気を最高潮に、それぞれの門の前で準備を整え始めた。





 西門を任されたアイリーンは、大きく深呼吸をしてその時を待っていた。相手は騎馬を殆ど失った公爵軍。王国騎士団に怪しまれぬよう、帝国から騎馬兵をいくつか用立てて貰っていたようだが――満足な連携も取れぬ――そんなもの、足を引っ張るだけのハリボテに過ぎない。


 それでもアイリーン達が、静かにその時を待つのは、相手の数は馬鹿に出来ないからだ。烏合の衆とはいえ、数が多ければそれだけラッキーパンチの可能性も上がる。


 そんな相手を前に、アイリーンに課された使命はただ一つ。


 一気に相手の軍を食い破り、敵の司令を叩くこと。数で劣るこちらが勝つには、相手の陣形を一気に食い破り、混乱させる事が重要なのだ。


 だからアイリーンの率いる部隊は殆どが高速移動が可能なアイスウルフ部隊だ。もちろん歩兵も従えているが、軍の主力は殆ど兄アーヴィンに預けてきた。それでもこのアイスウルフ部隊は、アーヴィンとアイリーンとを繋ぐ作戦の要でもある。


 出撃前の緊張を紛らわせる為、大きく深呼吸をしたアイリーンの耳に、「敵、動きます!」との報告が届いた。


 間もなく。もう間もなく出撃だ。


 そんなアイリーンの頭に響くのは、短い滞在期間で、面白い事を言った後輩の言葉だ。


 ――これ、アイスウルフのソリに魔道士乗せたら、高速移動砲台が出来ません?


 何とも面白い発想だと思った。魔道士は陣の後方に配置し、歩兵で守りを固めつつ一撃をお見舞いする。そんな常識を覆す発言だが、アイリーンは始めそれに首を振った。


 ――ソリだからな。冬以外はちょっと……

 ――なら魔法で地面を凍らせましょうよ。こちらの移動と、相手の阻害。一石二鳥ですよ。


 考えたこともなかった。とても単純な事だというのに。自分達が動きやすいフィールドに作り変える。そんな誰でも思いつきそうな事を、今まで誰も思いつかなかったのだ。


 ――面白いが、それだと味方も動けんぞ。


 笑うアイリーンに、その後輩――ランディ――は、悪い笑顔を見せた。


 ――動けるようにしたら良いじゃないですか。自分達も、足裏に氷で作ったソリでもつけて。


 先入観。固定概念。魔法とは、魔道士とは、敵を屠るため、敵を攻撃するためのものだという。


 それが見事に打ち砕かれ、生まれた高速移動砲台部隊と高速移動歩兵が、今アイリーンの背後で初陣を今か今かと待ち構えている。


 そうしてついに……「放水!」……敵が射程圏内に入った事がアイリーンの耳に届いた。門の前は気付かぬほどの勾配がある。それを利用した地形のアドバンテージ。その一手がついに打たれたのだ。


 公爵軍からしたら謎の一手とほぼ同時、


「開門!」


 西門が大きな音を立てて開いた。アイリーン達の目に飛び込んできたのは、門に向けて突っ込んでくる敵兵士の姿だ。開門のタイミングで中へ飛び込もうと、我先に突撃してきている。


「突撃!」


 腹に響くアイリーンの声に、魔道士が一気に地面を凍らせ、同時に敵陣の前方を固める歩兵を吹き飛ばした。


 舞い上がった敵兵を尻目に、アイリーンは己の足に氷で出来たブレードを生成した。


 そうして剣を掲げたアイリーンが敵陣へと滑るように突っ込んだ。そこは既にアイリーン達のフィールド、氷の道が出来ている。足元が覚束ない敵兵士を他所に、アイリーンがすれ違いざまに剣を薙ぐ。


 この日のために磨いてきた技術。スケートのように滑るアイリーンと、彼女本来の舞うような剣技は、最高の相性だ。


「続け! 一気に食い破る!」


 後の世において、『王冠なき戦争』、『灰冠戦争』と呼ばれた戦いにおいて、民衆の人気を取り合う戦いが三つある。


 その中の一つに、城壁と敵心理を利用した戦いがある。『ブランクルフト反攻戦役』と軍事書に記され、『春氷の狼牙作戦』というタイトルで活劇化される短い戦いは、こうして幕を開けた。


 不意を突かれた、公爵軍に……いや真反対にいる帝国軍にとっても、地獄といえる時間が始まったのだ。

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