第251話 結んだ縁は無駄じゃない
「……ったく。昼間っからイチャイチャ、イチャイチャと……」
ソファにふんぞり返り、そっぽを向くキャサリンに、レオンがため息をついた。
「別に良いじゃん」
「良くない!」
「何で?」
「何ででも!」
再びそっぽを向くキャサリンに、レオンが困り顔で肩を竦める。
キャサリンと合流したランディ達は、学園長室に通されていた。本来は大事な話があると、ルキウスに呼び出されていたのだが……
口を尖らせるキャサリン。
呆れ顔のレオン。
眉を寄せ「イチャついてねーだろ」とランディ。
赤い顔を俯かせるリズ。
そしてそんな若人を見守る、ルキウス。
と、今のところ大事な話が始まる素振りはない。
ハンドルを持つルキウスが、笑顔で観戦しているのだから仕方がない。学園長室に移動して開口一番が、キャサリンの愚痴なのだが、若人らしい感情に身を任せる自由闊達な生き様は、ルキウスからしたら羨ましいのだろう。
今も「羨ましくないし」とブツブツ呟くキャサリンと、「ならいいじゃん」と呆れ顔を見せるレオンを、パーソナルチェアに座るルキウスが微笑ましげに眺めている。
そんなルキウスにランディはジト目を向けた。「ニヤけてないで止めてくれ」ランディからしたら、そんな気分である。大事な話があるから、と呼び出されてみれば、今もキャサリンにグチグチと言われているのだ。
自分達に非があるとはいえ、ルキウスに「止めろ」と言いたくなっても無理はない。
だがランディの視線を笑うだけでいなすルキウスから、ランディは諦めて視線を逸らした。
そうしてしばし……恨み言を呟いていたキャサリンが落ち着くのを待って、ランディは盛大なため息をついた。
「お前、何でこんなとこにいんだよ」
呆れの滲む、覇気のない声に、キャサリンが盛大に眉を寄せた。
「『何でこんなとこにいんだよ』じゃ、ないわよ! どう考えてもアタシのこの頭脳が必要だから来てあげたんでしょ」
ランディの声真似から一転、眉を釣り上げたキャサリンが「感謝しなさいよ」と更に声を荒げた。正直良く分かっていないランディだが、「そりゃどーも」と一応感謝の言葉を述べた。若干投げやり気味ではあったが。
それでも振り上げた拳の行き場を失ったキャサリンが、「分かればいいのよ」と勢いを失くしてソファに深く座り直した。
「で、結局お前の頭脳の何をアテに?」
「日蝕よ」
頬を膨らませたキャサリンが、ランディに一冊のノートを手渡した。この世界に生まれ落ちて意識を覚醒してから、即座に書き留めたイベントのフラグ管理や諸々だという。
そのノートを恐る恐る開いたランディの目に飛び込んで来たのは……
「おま……人に見せない時は、字が適当になるタイプか?」
……お世辞にも綺麗とはいい難い日本語であった。
「う、うっさいわね。子供の手だと書きにくかったのよ」
顔を赤くしたキャサリンが、今もどのくらい書きにくかったかを力説するのだが、ランディはそれをほぼ無視してノートを捲っていく。
リズの国外追放に始まり、小島でのバカンス。そして各攻略対象のフラグ管理から、性格の書き込みまで……文字こそクセがあるが、良く纏められたノートは、これ一冊で攻略本だと言われても納得の出来栄えだ。
そんなノートの中で、ランディとリズの目を大きく引いたのは……
「これ……」
「……ブラウベルグの乱、ですか――」
呟いた二人に、「あ」とキャサリンがしまったという顔を見せ、「ごめん」と頭を下げた。リズも古代語――という名の日本語――を読める事を失念していたのだ。
「構いません。回避出来たことですし……」
リズは笑うが、攻略本に書かれているのは、ブラウベルグ対王国という無謀な反乱の内容だ。別に回避できた以上、リズの言う通り問題はない。だが問題があるとすれば……
ブラウベルグ対国。という構図をそのままに、相手が帝国に切り替わり現在進行形な事だろう。
王国を回避しても、帝国が襲ってくる……まるでブラウベルグを滅ぼしたいかのような大きな流れだが……
「でも今回は、ヴィクトールも、ハートフィールドも、ヴァルトナーもいますからね」
……それに抗うリズの瞳に、最早迷いはない。
「アタシもそれを言おうとしてたんだけど」
「聖女様、嘘は駄目だって」
呆れ顔のレオンに「ホントですぅー」とキャサリンが口を尖らせた。
「とにかく。そんな終わった事とか、勝てる戦いはおいといて……」
頁を捲ったキャサリンが、「あった」と書かれていた一文を指差した。そこに書かれていたのは、短いが重要な文だ。
『三年始業式の三日後……日蝕とともにエレオノーラ復活』
それを読んだランディとリズが顔を見合わせた。
「つまり……」
「そ。日蝕は二日後よ」
キャサリンの言葉に、ランディはここに来て初めて実感がわいていた。エリーの身体を取り戻し、三人で学園に通うという実感が。
「準備しときなさいよ。当日はアタシも学園長と一緒に行くから」
「……何で?」
心底不思議そうなランディの、覇気のない声に、キャサリンが「あのね……」とため息をついた。
「『何で?』じゃないわよ! アンタ達の話だと、間違いなく第二? 第一だっけ? ああもう、とにかく皇子がアンタ達を狙ってるんでしょ?」
眉を寄せたキャサリンが、もしもの時の足止め要員がいるだろう、と頬を膨らませた。
まさかの提案に、ランディは驚き固まってしまった。
「お前、危険だぞ?」
「知ってるわよ。危なくなったら学園長と一緒にトンズラするから、期待しないで頂戴」
肩をすくめるキャサリンだが、ランディとリズはその優しさに頭を下げた。
「恩に着る」
「キャサリン様、あリがとうございます」
頭を下げる二人という、まさかの光景に、今度はキャサリンが固まってしまう。
「べ、別にアンタ達のため……だけど、こんな危険な事、アナベル様やコリーに……って、そう言えばコリーはどうしたのよ?」
首を傾げるキャサリンに、コリーは船で大河を遡上して帰って来る事を告げた。なんでも始業式が伸びた事で時間が出来たので、ヴィクトールで身につけた術を利用して、かねてからの夢であったフィールドワークをしながら帰るのだという。
大河沿いにある街から王都までなら、歩いて一日程度だ。何より出現する魔獣も強くはない。初めてのソロフィールドワークには持ってこいの環境である。恐らく今頃帰ってきているはずだろう。
「こんな時に……」
「まあ、コリーらしいじゃん」
笑いかけるレオンに、キャサリンも「そうだけど」と若干納得がいかないという雰囲気だ。
「アンタ……コリーまで脳筋にしてないでしょうね?」
「さあな」
肩をすくめるランディだが、ルーンを使ったヴィクトール矯正マントを渡したことは内緒である。
「でも騎士団もいないし、アナベル様の護衛と思えばいいじゃん?」
首を傾げるレオンだが、不意に紡がれた言葉にランディが反応した。
「騎士団がいない?」
「全部じゃないっすけど……だよね、聖女様?」
キョトンとしたレオンが、キャサリンに視線を向けた。
「そうね。政府から直々に連絡が来たらしいし」
ため息混じりのキャサリンが話すのは、五日ほど前に政府から教会に通達された内容だ。
『教会の要望は理解した。ただし今は国難にあるため、しばし回答は待たれたし』
要は今忙しいからデモは止めてね。という内容だ。もちろん教会としても要望が通るならばデモを止めるのは吝かではないが、理由が漠然としている上に要望が通るかも微妙な通達である。
この通達にリドリー大司教も、ハッキリとさせて欲しいと要望を一度は突っぱねたのだが、政府側も詳細は話せぬとの一点張りだったそうだ。
「へぇ。なんでまた?」
「『事情があり、監視の騎士を減らさねばならぬから、デモの安全を確保できない』だったかしら?」
キャサリンに向けられた視線に、レオンが「確か」と頷いた。詳細は話せないが、大まかな理由くらいは、という事で開示されたのがその情報だ。
「デモの安全を確保できない……ねぇ」
何とも恩着せがましい理由に、ランディとリズが顔を見合わせ苦笑いだ。
「ちなみにリドリー大司教は、蹴ったけどね」
「マジかよ」
思わず笑ったランディに、「笑ったら駄目ですよ」とリズが呆れた顔を見せた。王国の横暴な態度は鼻につくが、確かにデモ隊や民衆の安全という観点では監視の必要性は無視できないのだ。
「教会騎士と聖女を動員したら、デモ隊の安全くらい確保出来るわよ」
鼻高々に話すキャサリンだが、ランディとリズは「そうか、レオン達がいるか」と教会騎士に納得している。
顔を見合わせ、今も「教会騎士か」「少数ですが精鋭ですし」と盛り上がる二人を前に、キャサリンの肩がワナワナと震え……
「ア、タ、シ、わい!」
憤怒の表情のキャサリンに、「分かってるって」とランディがリズと二人してキャサリンを宥めるジェスチャーを見せた。
「聖女様々だな」
「ですね」
顔を見合わせる二人を前に、キャサリンが納得いかないという表情を見せるが、レオンがまたそれを宥めた。
政府からしたら泣きのお願いを、教会が自前の騎士を理由に蹴った形なのだが……
「あれ? でも……今日は教会のデモ見てねーな」
思い出したように首を傾げたランディに、「三日前に終わったからね」とキャサリンがデモの取りやめを理由に、教会の要望を通させた事を教えてくれた。
政府の要望では終わらない。教会の要望を通すしか終わる事はない。これ以上王都の混乱を、加速させたくない政府にとって、飲むしか無い条件だ。
普段温厚なリドリーが、かなり思い切った交渉をしたものだ、とランディですら舌を巻く。
「そりゃ大司教様も怒るわよ。責任があるのはあくまでも元教皇と元枢機卿。そしてそれを止められなかった、現教会の上層部だもの。無辜の信者のためなら、アタシ達上層部も泥くらい被るわ」
事も無げにいうキャサリンに、「……何を企んでる?」とランディが眉を寄せた。キャサリンが聖人君子のような、発言をする筈がないのだ。
「…………何も?」
視線を逸らしたキャサリンの横で、レオンが悪い笑顔を見せた。
「信者からの人気が鰻上りになればいいなーって」
ニヤリと笑ったレオンに、キャサリンが「ちょっと」と口を尖らせるが、ランディとリズからしたら〝キャサリンらしさ〟で逆に安心できる内容だ。
「兎に角! 今は騎士団よりもデモよりも、アンタ達の目的でしょ?」
話題を強引に変えたキャサリンに、ランディとリズもたしかにそうだと頷いた。
「ホント、感謝してよね。今のアンタ達が王都で頼れるのは、このアタシくらい――」
「いや、【鋼翼の鷲】の人達とか……」
「キー! そういうのは要らないって言ってるでしょ!」
金切り声を上げるキャサリンに、ルキウスも苦笑いを見せ、その日の作戦会議は賑やかに続いたのであった。
☆☆☆
「父上。ランス卿達を王都からよく北へ向かわせられましたね」
「お前もアーサーに囁いたのだろう」
父ディルに言われ、「まあ」とダリオが頬を掻いた。北が主戦場らしいから、アイリーンも危ないのではないか、と。
もちろん子供の戯言だが、ディルも扇動したらしく、予定通り王都から騎士団を北へと向けて出発させることが出来たわけだ。
「流石にアーサーは同行できませんでしたが」
「当たり前だ」
ため息混じりのディルだが、「エドガー、アーサーの監視は頼むぞ」とダリオに真剣な顔を見せた。もはや「殿下」とすら呼ぶことはない。そんな相手でも、少ないながら戦力である。王都の士気という点においても、捨て置くことは出来ない。
「……作戦通り、混乱に乗じて眠って頂きます」
下唇を噛むダリオから、ディルはそっと視線を逸らした。息子が彼ら友人を裏切る事に、心を痛めている事に気がついているのだ。ダリオ本人からも、裏切るとしてもエドガーやアーサーの身柄は無事である事を条件に出されている。
そんな子供達の事に蓋をするように、ディルは窓の外に視線を向けた。
「もう間もなく戦場へ着くだろうか」
王国騎士団は、騎士団に伝わる人馬一体強化魔法により、超高速移動が可能だ。馬車で十日近くかかる距離も、強化魔法で限界を突破した馬なら四日もあれば踏破出来る。
五日前の通達翌日には出立してるので、休みを挟んだとしても明日には戦場に到達する頃だろう。
「帰って来る頃には、全てが終わってるでしょうが」
呟くダリオに、ディルも黙って頷いた。仮に直ぐ反転して全力で王都へ戻ったとしても、四日……超短期決戦には十分過ぎる時間だ。騎士団不在の王都は、今ほとんど無防備と言って良いからである。
「教会のデモで騎士団を引き留めたのは驚いたが……。今度は我らの番だ」
帝国と公爵に唆された宰相親子は、ルシアン達の動きを読み、帝国に利する一手を打っていた。
日蝕まであと二日……




