第248話 大人って歳を取っただけでなれるものではないよね。
小舟を島へ戻した二人は、言葉少なくヴィクトールの港町へと戻ってきた。静かな小屋の中は、ランディ達が昨日旅立った時と何ら変わらない。唯一エネルギー切れで転移門が稼働を止めたことくらいか。
とにかく変わらぬ小屋の静かさと、小屋の外から聞こえてくる威勢のいい港の声に、二人はどちらともなく転移門――の先にあるブラウベルグ――を振り返った。
唇を噛み締め、拳を握りしめるリズは、今になってあのセドリックのハグが持つ意味に、気付いたのかもしれない。だがそれを口に出さないのは、リズの強さか、はたまた不吉を口にしたくないだけか。
とにかくランディには、どちらか分からない。それでも今ランディが彼女に言える事がある。
「心配すんな」
ランディに肩を叩かれたリズが、「でも……」と言いたげな瞳を見せた。
「親父殿に話は通すさ」
ランディが約束したのだ。筋は通す。それこそがヴィクトールなのだから。
「それにな……」
ランディが微笑んでリズの頭に手を乗せた。
「閣下もいるし、セドリック様は紛れもない天才だ。俺が唯一天才だと認める人だ」
自分に言い聞かせるようなランディは、知らず知らず声が大きくなっている。事実ランディはセドリックを天才だと認めている。それはルークやハリスンといった、所謂【探検隊】のメンバーに向ける信頼に匹敵する認知だ。
付き合いは短いが、その濃さで彼の才能という点は理解しているつもりでもある。そしてセドリックはランディに唯一〝負けても仕方がない〟と一瞬でも思わせた男でもある。
「あの二人が、逃げずに戦う事を選択したんだ。勝算があるんだよ」
もちろん貴族としての務めもあるが、ランディの言う通り勝算があるからこそ、あの場で敵を迎え入れる事を選択したのだ。……それが例え僅かだとしても。その僅か針の穴を通すような事を成すのが、セドリックやルシアンといった傑物なのだ。
「そう……ですよね」
頷くリズに、ランディが「そうだ」と頷こうとしたその時、
『そうだな。お前達子供に心配されるほど、ブラウベルグはヤワではないさ』
小屋の外からアランの声が聞こえてきた。
「……親父殿?」
『ここを開けてもらえると助かるんだが』
リズとエリーの施したルーンのせいでランディ達以外は誰も入れない。それを思い出したリズが、慌てて内側から扉を開いた。
「……お帰り、二人共」
扉の向こうには、呆れた顔を浮かべたアランとヴォルカンの二人が立っていた。
☆☆☆
「まったく。勝手にブラウベルグに行ったかと思えば、しんみりして帰って来るとはな」
「しんみりはしてねーだろ」
代官の屋敷、その執務室でアランがため息をついた。ソファに深く腰掛けるアランとヴォルカン。その向かいに座ったランディとリズに、自分達がやるべきことがあるだろう、とまたアランがため息をつく。
そんなため息の止まらないアランに、ランディは「その延長だったんだよ」と口を尖らせた。実際、街の発展に必要なクラリスの移動手段の研究だったのだ。その延長でブラウベルグへと飛んだわけだ。
別に状況を知らぬわけではなかった。それでもアランやルシアンが敵を迎え入れると言っていたので、どこか楽観的に考えていたのかもしれない。我々なら大丈夫だと。
ところが敵は想像以上に本気だったのだ。いや、ランディの認識が甘かったと言えるかもしれない。二度目の人生と言えど、戦争など経験したことがないから仕方がない。
知らなくても無理はない。相手がどれだけ小さく弱くとも、気を抜いてはいけないのが戦争だ。それが戦うということなのだから。
いわんや大国をや、である。
「思った以上に面倒だぞ」
苦い顔を見せるランディを、「当たり前だろう」とアランが笑い飛ばした。
「何を分かりきった事を……。王国よりも大きな国を一つ相手にするんだぞ。本来我々程度がどうこう出来る相手ではない」
尚も笑うアランが、分散させた兵力だけでも、それぞれの倍以上はあるだろう事を教えてくれた。
「笑い事じゃねーだろ」
眉を寄せるランディに、アランが「笑うしかないだろう」と首を振った。
「ルシアン殿はどうだった? 笑っていなかったかい?」
アランがリズに微笑みかければ、「そういえば」と話してくれるのは、昨夜のルシアンの様子だ。いつも通りニコやかだった父の様子を、不思議そうに語ってくれた。
「言っただろう。〝本来は〟相手に出来るものではない、と」
殊更に〝本来〟を強調するアランに、ランディとリズが顔を見合わせた。
「心配するな。お前達子供が心配するほど、我々大人はヤワじゃないさ」
笑顔を見せたアランだが、やはり直接見たランディからすると、心配せずにはいられない。そんなランディの様子にアランは少しだけため息をついて、真剣な顔を見せた。
「そんなに心配なら聞かせてみろ。帝国の本気を見て……お前は何を思ったかを」
真っ直ぐなアランの視線に、ランディが思い出すのは、エリオット玉が見せた大爆発だ。ランディからしたらエリオットは強くはなかった。それでもあの膂力は普通に脅威だ。それこそ一般兵士では束になっても敵わない程度には。
そんな男でも、自爆して問題ない……所謂捨て駒にされても問題にない程、相手の兵力は充実し、かつ層も厚い事が分かったわけである。
そんな軍団が攻めてくる。セドリックやミランダが覚悟を決めるのも無理はない。様々な事を思い出すランディだが、一番強い思いはやはりこれだ。
「死地へ向かう友人の力になりたい。そう思ったよ」
真っ直ぐにアランを見つめ返すランディが、ミランダにヴィクトール流の礼を見せたことを告げた。
その事実にアランとヴォルカンが顔を見合わせ、僅かに微笑んだ。二人の反応に首を傾げるランディに、アランが「すまん」と再びランディに向き直った。
「ヴィクトール式の礼を……お前が?」
「ああ」
「お前が……」
どこか含みのあるアランに、「ンだよ」とランディが眉を寄せた。
「言いてー事があるなら、ちゃんと言えよ」
眉を寄せるランディに、「いや、いいんだ」とアランが微笑んだまま首を振った。
「気ぃ悪いな……」
なおも眉を寄せるランディに、「気にするな」とまた首を振ったアランが、「ところで」と話題をまた戻した。
「ヴィクトール流の礼だが……その真意はミランダ君に伝わっているのかい?」
「ああ」
頷くランディに、「なるほど」とアランが大きく頷いて、隣のヴォルカンを見た。
「義父上……」
「ああ」
頷きあった二人が、同時にランディを見た。
「お前の覚悟は我々が引き継ごう」
笑顔のアランに、ランディとリズが分かりやすく顔を明るくした。そんな二人にアランがまた笑顔を見せ、「というかな……」と話し始めたのは、既にルシアンからの依頼で、予備隊をブラウベルグに向けて送っている事だ。
「マジかよ……」
再び顔を見合わせるランディとリズに、アランがセドリックやミランダですら知らない事実だという。ルシアンとアラン、そして今派遣されているヴィクトール騎士隊の一部しか知らない。
それは敵があまりにも、強大だからこその措置だ。
「伏兵ありきの作戦は、必ず敵に露見する。そのくらい、我々と敵将では〝戦〟の経験値が違うんだよ」
肩をすくめたアランが、それこそ対抗できるのはロルフくらいだろうと言った。
「戦のプロを、我々が出し抜くには、カードを最後まで懐に隠さねばならない。そしてブラウベルグへの派遣部隊はルシアン殿が切る、最後の一枚だからね」
笑顔のアランが、もちろんハートフィールドやヴァルトナーとの情報も、密にやり取りしている事を教えてくれた。各地でそれぞれ起きる戦闘だが、相手は一つ。つまり兵力や士気は連動している。
全体を俯瞰して見つつ、詰将棋のごとく、一手一手を見極めている親達に、ランディが「は、ははは」と渇いた笑い声を上げた。子供達が敵の大きさを認識していた頃、大人達は既に最終の詰めまで見越した一手を打っていたのだ。
(流石閣下達……全員ぱねぇ)
ランディがルシアン達の恐ろしさに改めて身を震わせた時、アランが「この話はお終いだ」と手を叩いた。
「お前達はお前達のやるべき事があるだろう」
早く王都へ行く準備をするよう話すアランに、ランディとリズも、確かにそうだと頷くしか出来ない。
本来の日程では明後日には始業式だ。つまり明日には王都へ着かねばならない。
今日中に準備を済ませ、王都へたどり着き、始業式予定日から数日後の、日蝕を待つのが今のランディ達の仕事である。
「お互いやるべきことがハッキリしているだろう。ならばそれに従うだけだ……違うか?」
暗に此処から先は大人達の問題だ、と言うアランだが、ランディはこれにも頷くしか出来ない。
人生二周目といえど、これ以上彼らの役には立てない。もちろんある程度の知識として、戦術論も持ち合わせているが、下手な兵法ではルシアンを始めとした領地貴族の足を引っ張りかねない。
先程それを嫌と言うほど、痛感させられたばかりだ。
「わーったよ。その代わり任せるぞ」
追いやられるような雰囲気に、ランディが諦めてソファから立ち上がった。
「全部終わって帰ってきたら、ブラウベルグに迷惑をかけた事について、きちんと道理を説くからな」
覚悟しておけ、と微笑むアランだが、その柔和な笑みの奥に見える怒りに、ランディが「グッ」と言葉に詰まり、同時にルシアンから託された手紙を手渡した。
「『あまり怒らないでくれ』だってよ」
「そんなこと――」
言ってませんよ? と言わんとしたリズの口をランディが手で押さえた。
そんな二人に、アランが「そういえば」と、ブラウベルグまで行ったなら、転移門の実験は上手く行ったのかと尋ねた。
「ああ。ブラウベルグの海岸にある小島に転移出来るようになったぞ。つっても一方通行だが」
肩をすくめたランディに、アランがそれは凄いと目を輝かせた。
「全部終わったら、ルシアン殿と酒でも飲みたくてな。私も通れるようにしてもらえるかい?」
「まあ、親父殿くらいなら」
渋々頷いたランディが、エネルギー代わりの加工した魔石を手渡し、小屋へのパスを開いておくと言って部屋を後にした。
ランディ達が立ち去った後、執務室に残ったアランとヴォルカンは、ルシアンからの手紙を開いていた。
「何と書いてある?」
「そうですね……要約すると、ランディが【真理の巡礼者】の四聖を倒したことへの感謝ですかね」
呟くアランだが、その顔はあまり優れない。なんせこの土壇場で連中の出鼻を挫いたのだ。その一報で、帝国が更に戦力を増強しないとも限らない。
四聖を倒す程の相手がいるなら……と。
ランディの動きは相手の出鼻を挫いたが、相手の出方を見越していたアランやルシアンの作戦にも、少なくない影響を与えていた事になる。
「まったく。困った孫じゃな」
苦笑いのヴォルカンに、「そのお陰で決心がつきましたがね」笑顔のアランが手紙を懐にしまった。
「ほう……ならば――」
「ええ。追加戦力ならハリスンを……とも思ってましたが、ここは隊長を出すべきでしょう」
アランが見せる真剣な表情に、ヴォルカンが黙って頷いた。
「あの子が初めて、己の力ではなく、ヴィクトールという家を頼りに約束してきた。ならば全力で応えるのが、領主であり父である私の仕事でしょう」
「こっちの悪ガキも大人になったものじゃ」
豪快なヴォルカンの笑い声に背中を押され、アランは急ぎ執務室を後にするのであった。
その後……
決定を下したアランが、ハリスンに連絡をとり、急ぎ騎士隊の再編を済ませたのは、翌日……ランディ達が王都へと出発する丁度その日であった。
そして皆に見送られ、ランディ達が王都へと転移で飛び立った翌日……本来なら学園の始業式が始まるその日、遠く離れた王国の至るところで、帝国旗を掲げた部隊が現れた。
『我々は異端者の脅威に晒される王国民を憂慮するものである――』
分かりきった前口上を述べた連中が、ヴァルトナーの警戒する北の平原に。ハートフィールドとガードナーが守りを固めた西の港に。そして……
「ついに来たね」
灯台のある崖から、遠眼鏡を持つセドリックが捉えたのは、遠くに見える帝国旗を掲げた戦艦の一団であった。
日蝕まであと三日……




