第246話 あるあるだけど、これもまた様式美
「それで、地震騒ぎの原因はこれですか?」
首を傾げるミランダが、周囲にこびりつくような死体を見回した。派手に吹き飛んだ死体の数々は、片付けるよりも炎で焼き払う、もしくは埋めてしまった方が早いだろう。
とはいえここは地下空間。上には街もあるので、簡単に潰したり燃やしたり出来ないのが難点だが。しかも扉の先に何が続いているかも不明だ。その確認を考えると、簡単に潰してしまうわけにはいかない。
「どうやら魔法で、土を押し広げて作った空間でしょうけど」
壁に触れたミランダの言う通り、魔法で土を押し広げたからこそ、ランディ達が暴れても壊れない程度に密度を保った壁だった訳だが……これを潰すとなると、ゆっくりと時間を掛けて密度を元に戻す必要がある。
「頑丈とはいえ、暴れすぎな気もしますが」
ジト目のミランダに、ランディが「ごめんなさい」と頭を下げた。冷静になってみたら少々やり過ぎ感はあるのだ。
「いえ。ランドルフ様がいなければ、かなりの被害が出ていたのも事実。そうですよね?」
ため息で気持ちを切り替えたミランダに、ランディがここが【真理の巡礼者】のアジトではないかという事、四聖の一人をぶちのめした事、そして今手の中にある玉が、その魂的なものではないかという事を告げた。
「なるほど。四聖ですか……」
考え込むミランダが教えてくれたのは、どうやらブラウベルグには二人の四聖が入りこんでいる事だ。そのうちの一人がエリオットであり、もう一人はここにはいないのか、出てくる素振りはない。
「暴れすぎましたかね?」
自分のせいで逃がしたのでは、と気にするランディに、ミランダが首を振った。
「それはないでしょう。もう一人は既に、ブラウベルグを離れている可能性がありますので」
ミランダがここ数日で捕らえた【真理の巡礼者】から、そのような情報を得た事を教えてくれた。もう準備は整った、という旨の発言をしていたらしい。
「準備ですか……」
「もちろん鵜呑みにしているわけではありませんが」
大きくため息をついたミランダに、「なら、これに聞いてみますか?」とランディは先程拾った玉を見せた。
「本当にこんなものの中に?」
眉を寄せるミランダに、「多分」とランディがその玉をゆっくりと握りしめた。少しずつ込められていく力に、ランディの手の中でミシミシと玉が音を立て始めた時、
『無駄だ。僕は何も話さないよ』
明滅する玉から声が聞こえてきた。
「ね?」
「本当ですね」
ランディのドヤ顔に、ミランダが驚いた顔を見せた。
「おぉこら、キャン玉野郎」
玉を握りしめたランディに、『エリオットだ!』とエリオット玉が声を荒げた。
「お前より強い四天王はどこに行った?」
『四聖だ』
「どっちでも良いわ」
力を込めるランディに、エリオット玉が明滅しながら『言うと思ってるのかい』と小馬鹿にするような声を上げた。
「言わなきゃこのままお前のキャン玉を砕くだけだが?」
『好きにするといい。器がこれだけだと思うなよ』
勝ち誇ったように笑うエリオット玉に、ランディとミランダが顔を見合わせた。仮にそうだとすると、無闇矢鱈と玉を砕くのは拙いかもしれない。だが助かりたい為のブラフの可能性もある。
「どうします?」
「そうですね……」
考え込んだミランダが、冷え切った笑みをエリオット玉へ向けた。
「仲間が散々やられていますし、生き地獄でも味わってもらいましょうか」
『やってみろ。死をも恐れぬ我ら【真理の巡礼者】……』
せせら笑うように、玉が高速で明滅を繰り返す。
『……地獄などとうに見てきた――』
「なら馬糞の中にでも突っ込みましょう」
エリオット玉へ笑いかけるミランダだが、その言葉の暴力に、ランディですら「ヒッ」となった。もちろん勝ち誇っていたエリオット玉は……
『や、やめろ! 馬鹿なのか!』
「はや! 折れるの早っ!」
……ランディの突っ込みが示す通り、焦ったように先程よりも速い明滅を繰り返している。
「鉱塩※代わりにハートフィールドに渡してみてもいいですね」
※家畜や飼育動物が舐めるミネラルの塊。牛が舐めてる白いアレ。
楽しそうなミランダが、「あとは虫でしょうか」と的確な嫌がらせを挙げた。
『ふ、普通は海の底に沈めるとかあるだろ!』
拷問方法へ抗議するエリオット玉だが、ミランダはそれに妖艶な笑みを返した。
「それだと面白くないじゃないですか」
「ヒッ」
『狂ってやがる……』
男二人――一人は身体を失っているが――下半身に感じる『ヒュン』という謎の感覚に、思わず顔を青ざめた。
特にランディは、ここにいないセドリックに妙な同情を覚えている。これは確実に尻に敷かれるやつだ、と。
そんなランディの現実逃避を他所に、ミランダがランディの手の中で明滅する玉を覗き込んだ。
「どうしますか? 話すなら戦士らしい最期をお約束しますが?」
微笑むミランダに、エリオット玉がしばし沈黙を貫き……そして意を決したようにゆっくりと明滅を始めた。
『悪いが仲間は売らない。僕はこれでも四聖の一人。だから――』
ランディの手の中でエリオット玉が強く光り始めた。次第に大きく強くなっていく光は、どう考えても良くない兆候だ。
「ランドルフ様!」
「任せろ――」
叫んだランディが、エリオット玉を握りしめて入口へと駆け出した。
こんな地下で、光る玉を放り投げるなど出来るはずがない。もし大爆発でも起きようものなら、この地下空間が崩れかねないのだ。そうなれば上にある街にどれだけの被害が出るか分かったものじゃない。
一瞬で判断を下したランディは、扉付近の【暗潮】を押しのけ、地上へと続く階段をそれこそ光の如き速さで駆け上がった。見えてきた光に、ランディは文字通り一気に地上へと転がり出る。
だが立ち並ぶ建物を前に、手の中の玉は更に光を強くしている。
(海までは間に合わねーか)
既にランディの手の中から漏れる光は、それこそ昼の太陽程の強さになっている。もうこれ以上は時間はないだろう。
少しでも高く……そんな思いで建物を駆け上がったランディが、「南無三――」と呟いて空へ向けてエリオット玉を放り投げた。
ちょうどそのタイミングで、ミランダ達も地下から飛び出してきた。
超高速で空へと打ち上げられた光の軌跡。その軌跡をその場の全員が見守る。夜空に一筋の光が伸び……一際大きく輝いた。まるで太陽が一瞬だけ顔を見せたかの如く、ハイゼンベルグの街を明るく照らした。
その後光に遅れて猛烈な音と風が地上を襲う。遥か上空から叩きつけるかのような爆風は、距離を感じさせぬほどの強さだ。そんな爆風に混じって、エリオットの言葉がランディの鼓膜を震わせた。
――この世界は間違っている。そうは思わないかい?
吹き付ける風に目を細め、何とかそれが収まった頃には、ハイゼンベルグの街の上空は、雲一つない晴れ渡った夜空が広がっていた。
「ランドルフ様!」
駆け寄ってきたミランダに、「ギリギリでしたね」とランディが大きく安堵のため息をついた。あの大きさの爆発ならば、もし地下で爆発していてはハイゼンベルグは甚大な被害を受けていただろう。
実際に街を襲った衝撃は、夜中とは思えぬ騒ぎをハイゼンベルグにもたらしている。完全に浮足立った街の様子に、ミランダが部下を振り返った。
「各員被害状況の確認! 衛兵と連絡を密に取り、市民の状況把握とケアを最優先させろ!」
ミランダの指示で【暗潮】達が一斉に夜の街へと散っていった。
「私も侯爵様とセドリック様への報告があるので」
そう言うと姿を消したミランダに、ランディがもう一度、雲一つなくなった夜空を見上げた。
――この世界は間違っている。
脳内で響いた声に、ランディが「知るかよ」と不満げに鼻を鳴らした。
「間違ってるからって、何してもいいわけじゃねーだろ」
屋根の上から、騒がしくなっていく夜の街を見下ろしたランディがため息をついた。不安に駆られ、浮足立つ市民の姿に、ランディは帝国が鳴らす軍靴の音を聞いていた。




