第241話 転移門が出来たら私も実家に一つ置きたいです
ランディ達が転移門を研究し始めて、既に二週間近くが経っていた。三月の頭から始まった春休みも、既に四月に入ろうかという頃だ。春休みの前半は街のコンセプトとマダムに集中し、後半は専ら転移門の解析で殆どが潰れている。
つまり本来の始業式がある日と、その先にあるはずの日蝕が目と鼻の先に迫ってきているのだが、二週間程を費やしただけあって、転移門の解析はかなり進んでいた。
だがこの二週間で起きたのは、喜ばしい事ばかりではない。
各地で潜っていた【真理の巡礼者】が活動を始めたのだ。王国全土でテロまがいの活動を始めた【真理の巡礼者】に、王国政府はてんやわんやしているらしい。
無理もない。王国の領地はブラウベルグを始めとした貴族の領地だけでなく、いわゆる国の直轄地も多く存在する。むしろそちらの方が面積としては広い。それらを管理する代官扱いの貴族たちから、政府へ一斉に陳情が来たのだ。
加えて教会の荘園を奪った事も拙かった。あまりにも強引なやり方が、信者達から大きな反感を買った事は王国では有名な話である。
それら荘園取り上げから始まった一連の事件は、王国の首を今まさに締め続けている。詳細は省くが、信者の外国移住は認めぬ、と王国が完全な移住を突っぱねたのが凡そ一週間前の話。
それに怒った信者達が連日王都でデモの大行進を始めたのだ。キャサリンが当初計画していた〝信者を虐めないでデモ〟である。
ちなみにそれを聞いたランディの感想は、「いや、キャサリン容赦ねーな」であった。内憂外患の状況を後押ししかねない一手に、ランディが苦笑いを浮かべてしまうのも無理はない。
だがキャサリンから届いた手紙によると、デモの主体はキャサリンではないらしい。流石に状況が状況だし、デモは止めとこう……と思っていたキャサリンだが、気がつけばデモが起きていたとのこと。
つまり別の扇動者がいるのだろう。それが誰かなど、ランディには聞かずとも分かるのだが。
とにかく民衆の同情を買ったデモは、瞬く間に王都で大きくなり、政府が対応に乗り出そうとしたまさにその日に、【真理の巡礼者】の活動も始まったのだ。
【真理の巡礼者】が活動を表面化させたせいで、王国が教会から取り上げた土地が、更に王国の首を締めることになった。なんせこの状況で管理の行き届いていない土地など、テロ組織に「占領して下さい」と言っているようなものである。
デモからの流れるような一連の騒動に、王国内からも国が女神様を軽んじたせいで、異端者達が現れたと囁かれる程である。無関係の二つが、王国のやらかしのせいで全て彼らの責任にされていく。
ともかく。そんな騒動を気にしつつも、ランディとエリーは今日も転移門の前で解析の真っ最中だ。
「あと残ってる問題は、座標の指定とエネルギー問題くらいか」
頭を掻いたランディの周りには、山のように積み上がった大量のメモだ。この二週間でエリーやリズが計算した名残である。
「エネルギーは、魔石を使うとして……座標指定は本来転移門同士を繋ぐからのう」
ため息混じりのエリーに、「そうだよな」とランディもため息を返した。
「流石にもう一つ転移門を準備するのはな……」
ランディの言う通り、未だ素材の解析も終わっていない転移門だ。
座標指定での転移が可能になったのだが、転移門を転移門たらしめる、座標の指定が曖昧なのだ。
本来なら転移門同士を結ぶため、座標指定が難しいのは無理もない。
それを解決するには転移門を新たに作る必要があるが、そもそも素材がない。というか素材が分からない。分解して素材の確認をしたい所だが、分解してしまえば施されていたルーンや魔導回路など全てが無に帰すので、おいそれと分解出来ない。
それでも〝ないない尽くし〟の中、ここまで漕ぎつけただけでもリズとエリーの優秀さがうかがえる。
「ひとまず代案を出してみるか」
「じゃな」
頷いたエリーとその中のリズも交え、三人で転移先の座標指定のための代案を出していく。
仮想座標の定義。……現在の転移門の位置と天体の位置から、転移先の座標を自分達で設定する方法。
使用者のイメージによる座標の定義。……転移者本人の記憶から転移先の座標を決定する方法。
魔法陣による固定座標の作成。……転移門の代わりになる座標指定の確立。
この中でランディにも馴染が深いのが、リズが提案した仮想座標だ。いわゆる緯度経度を計算し、それを出発前に入力するという形である。
「で? 誰か天文の専門家は?」
「門外漢じゃな。無論リズも」
「だよな」
ランディが肩を落とした通り、誰一人天文に関する知識はないのだ。それこそ天体の星の位置で座標を割り出すにしても、転移先とこの門の付近で長い時間をかけた天体観測が必要になってくる。
「てことは、転移者のイメージはどうだ?」
これはランディが出したアイデアだ。転移魔法のように、転移する人間のイメージに準拠させれば、座標の指定はいらないのではないか、という期待を込めた提案だったのだが……
「無理じゃな。以前も言ったが、転移魔法と転移門とではその特性が全く違う。そもそも転移門で座標指定出来るくらいのイメージが出来るなら――」
「初めから転移魔法を習得したほうが早いわけか」
頭を掻いたランディに「そういうことじゃ」とエリーが頷いた。もちろん魔力の大小はあれど、門を開くほどの精巧なイメージなら、魔法を使ったほうが早い。
「ってー事は、残ったのは」
「魔法陣による固定座標じゃな」
エリーが実践してみよう、と一度小屋の外へと出ることにした。
既に日が暮れ始めた港だが、搬入の船が接岸したばかりなのかかなり賑わっている。夕陽を浴びるマストには、燦然と輝くブラウベルグの紋章が見えた。
その端を見上げたリズの瞳が僅かに揺らいだ。かと思えばまたエリーと入れ替わっている。最近は実家が心配なのか、こうしてエリーが外へ出るほうが多い。
心配だろうリズを元気づけるように、「さっさと実験しようぜ」とランディが努めて明るい声を出した。
「まあ待て」
そう言いながらエリーがキョロキョロと辺りを見回し、「この辺りか」と小屋からそれほど離れていない場所に屈み込んだ。そうしてエリーがガリガリと地面に魔法陣を描くこと暫く……
「こんなもんかのう」
大きめの魔法陣は、ランディからしたら「格好いい」という感想以外出てこない。そんな魔法陣の説明をエリーがしてくれるのだが、結局は「格好いい」に収まってしまう。
「聞いておるのか?」
「聞いてる聞いてる。とりあえず、この魔法陣に埋め込んだ座標と、門の座標をリンクさせるんだろ?」
簡単に言えば、転移門からこの魔法陣に飛べるというわけだ。
「一回やってみよーぜ!」
「まあ論より証拠じゃな」
ウキウキの二人が小屋へ戻り、転移門を起動した。ここ数日で親機から完全に切り離し、独立した転移門として生まれ変わったそれは、ヴィクトールで余っていた上位魔獣の魔石によって稼働する形だ。
「で? これを通ったら転移できるんだよな?」
「理論上は、のう」
頷くエリーだが、マーブル模様に染まる門を見たランディはエリーを振り返った。
「失敗したら?」
「分からん。次元の間に落ちるかもしれん」
その言葉にランディの頬が一気に引きつった。成功したら小屋の外だが、失敗したら謎の空間である。しかも出られる保証はない。
「一旦頭だけ突っ込んで確認して……」
そんな事を呟いたランディだが、そもそも出口側がどうなっているか気になった。ちょうど窓から見えるはず、と窓から魔法陣を覗いたランディの瞳には、魔法陣の上に浮かんだそれっぽい渦が映った。
「あれ、出口?」
「じゃろうな」
「ちっさくね?」
「ガタガタ言っとらんと、早う行ってみんか」
エリーに背中を押され、ランディがおっかなびっくり門へ飛び込むと……視界が光りに包まれ、次の瞬間にはランディは小屋の外、正確には魔法陣の上に立っていた。
「……成功だ! 成功だ!」
喜び飛び跳ねるランディに、「当たり前じゃ」とエリーがドヤ顔で魔法陣の上に現れた。
「凄いぞエリー!」
思わずエリーを抱きしめるランディに、「こ、これ!」とエリーが顔を赤くして目を白黒させる。
「ら、ランディ! 引っ込んじゃいましたけど!」
「いや、リズも凄いぞ!」
リズに変わってもランディのハグは止まらない。何せこの時代に転移魔法を使わず、距離を潰す方法を確立したのだ。これに喜ばず、何に喜べというのか。
そんなランディの爆発した喜びに、しばしエリーとリズが入れ替わりを続け、ようやくランディが落ち着いた頃、まだ顔が赤いリズが「ビックリしました」と頬を膨らませていた。
「いやあ。面目ない。だってスゲー事だぞ」
未だに渦を巻く空間をランディがつついた。ただどうやらこちらからは入れないのか、渦が大きくなる事はない。
「まだ一方通行か」
「それに距離の制約もありますね。遠くに飛ばす為にはエネルギーに耐えられるだけの魔法陣の設計と媒体がいりますし」
ため息混じりのリズが言うには、ただ地面に描くだけでは、ヴィクトール領をカバー出来るかどうかの距離が限界なのだそうだ。
「うーん。ブラウベルグまで飛ぼうと思ったら、まだ制約があるわけか」
「エリー曰く、そういった制約があったからこそ、【聖女の洞窟】にあったらしいですよ」
まだ照れてるのだろう、出てきてくれないエリーがリズに教えた内容は、あの辺りはいわゆる龍穴にあたるらしい、という事だ。龍脈が集まりエネルギーが噴出する場所。要はあそこに洞窟を作ったのも、龍脈を通じて世界に集合的無意識を撒き散らす為というわけだ。
「なるほどね。ならブラウベルグに龍穴があったら良いわけだ」
「そうなりますね」
頷くリズが、港の向こうの大河を見つめている。
「よっし。いっちょブラウベルグの龍穴探しに行こうぜ」
「え? 今からですか」
「今から今から」
立ち上がったランディが、リズに手を差し出した。
「ついでにブラウベルグで、美味い魚でも食おうぜ」
笑顔のランディに、リズも「はい」と頷いてその手を握った。
ただ里帰りの為の移動手段を作りたい二人。その行動が、帝国とレオニウスにとっての超大誤算となることは誰も知らない。




