第240話 そりゃ裏切ってるよね
※前話で凄く重要な事を書き忘れてました。
クリスがなぜ、ダリオに「国が滅びる」と口走ったのか。その理由を書いてなかったので……
ダリオが去ったあと、個室で暗部と二人きりになったクリスは、縋るような瞳で暗部の男を見ていた。
「こ、これで良かったんですよね?」
「ああ。問題ない」
抑揚なく呟いた暗部が、クリスに背を向け扉に手をかけた。
「ほ、本当に……俺のこの恐怖を消してくれるんですよね?」
ゴクリと唾を飲み込んだクリスに、暗部の男が振り返った。
「約束だからな。……ラグナル殿が派遣した魔術師の精神操作にかかれば、お前もまた普通に生活できるさ」
笑った暗部が扉を開き、その場を後にした。静かにしまった扉に、クリスが震える肩を抱いてベッドに横になった。
「すまないダリオ。すまない皆……。でも俺は――」
カタカタと震えるクリスの脳裏には、あの日こびり付いた死の恐怖がまだ消せないでいた。
☆☆☆
ダリオが手紙を受け取り、ディルが公爵と手を結んだ翌日。ディルのもとに政府から帰還命令が下された。本来であればあと一週間ほどあったバカンスだが、それの終わりを告げられた形だ。
バタバタと準備をするダリオが、ディルへ何事かを尋ねた。
「分からん。命令には王都でデモが起きている事への対応と書かれていたが……」
「デモ……ですか?」
眉を寄せるダリオだが、ディルはある程度の予想が出来ている。それは政府が最近打った一手があまりにも強引だったからだ。
教会の荘園を取り上げたあの一手。確かに以前までの自分なら、傲慢にも賛成する一手だった。だが権力を奪われ、状況をぼんやり俯瞰出来るようになったディルからしたら、それは無理矢理が過ぎるぞ、という感想だった。
当初の政府の目論見では、取り上げた荘園に中央貴族を配置することで、今以上に王国直轄の土地を増やすつもりであった。領地貴族に認められた自治裁量権のある土地とは違う、完全に政府の息がかかった土地だ。
ところが、である。支配領域を増やし、教会へ初等教育などの譲歩を迫った王国渾身の一手は、信者達の怒りを買い大量の移住者を出してしまった。
政府の目論見とは違う事態が起きたわけだ。住み慣れた土地を離れるはずがないという傲慢ゆえの目論見。それでも政府は、事態の重さに気付いていなかった。
信者達は王国の民ゆえ、外国への移住を認めないと強固な態度を貫いている、とディルの耳にも届いていた。
そこに加えてこのデモの話だ。間違いなく原因はそれだろうな、とディルはため息をついた。しかもハリボテの宰相を、慌てて呼び戻さねばならぬ程に深刻なのだ。
そんな父の様子に、ダリオも多くは質問をしない。
昨日から以前のような自信溢れる様子を見せる父だが、そんな父をしても黙る事態だ。恐らくダリオが何を言っても無駄なくらい深刻なのだろう。
ならばダリオが出来る事は、状況を見極め、手に入れた情報で自分がどう立ち回るかを判断するだけだ。
本当に王国を裏切るのか。それとも王太子エドガー達に、公爵の裏切りを話すのか。
(帰ったらとりあえず殿下達に会おう)
ダリオがそう決意した頃、公爵家の使用人から船の用意が整った事が告げられた。ダリオ達がロートハイムへ来たのは馬車だが、今回は緊急の呼び出しだ。馬車で帰っていては間に合わないと、王家から転移門使用の許可が降りたのだ。
公爵家の所有する、リゾート島の一つに設置された転移門。
もちろん子機である転移門は、王城にある親機の許可がなければ通過出来ない。故に今回は向こうが指定した時間に、転移門を開くからそれを通れという命令だ。
バタバタと移動を始めたダリオ達を、ロートハイム公爵一家が見送りにホールまで現れた。
「では宰相。国を頼むぞ」
「かしこまりました」
短い挨拶に、様々なニュアンスが含まれている。お互い全てを口に出さずとも、それが通じる程度には、この二週間で様々な話をしている。そう考えれば全てがグスタフの思惑通りかもしれない。
固く握手を交わしたグスタフに別れを告げ、ディルはダリオを伴って一路王都を目指す。再び国の重鎮として返り咲くために。偽りのハリボテを今しばし演じるために。
☆☆☆
転移門を潜ったダリオ達は、王城の地下にある空間へと転移した。普段なら王族しか入ることを許されぬ、開かずの間といった場所だ。
正直ダリオとしてもこの空間が気にならないわけでは無い。はるか昔の遺跡の一部と言われているが、王族以外にはここは開放されていない。ダリオも魔術師の端くれとして、こうした古い遺跡に隠された古代の魔導書などに興味がないわけではない。
だが今はお目付け役の暗部も一緒だ。
ここで変な事をして、やぶ蛇になる方がマズい。ダリオが諦めたため息をついた頃、父ディルは急ぎ政務室へ向かうと一人階段を駆け上がっていった。
そんな父の背中を見送ったダリオは、彼の荷物も自身のマジックバッグへ放り込み、自身も眼の前に見える階段へ向けて歩き始めた。
コツコツと地下室に響く規則正しい音……それを破ったのは
「決心はついたか?」
ダリオの背後からかけられた言葉だ。不意にかけられた言葉に、ダリオは思わず振り返った。そこにいるのは三人の暗部だ。よく見ると真ん中に立っているのは、クリスを「気が触れてる」とダリオから引き離した男である。他にいた暗部は、既にディルにくっつき離れた後で、今残ってるのは彼らだけだ。
「……何のことでしょう?」
眉を寄せるダリオに、「存外鈍い……いや、まだ子供だな」と真ん中の男がため息をもらした。
「何が言いたい?」
子供だと評されたダリオの顔が歪む。挑発にやすやすと乗ってしまう当たり、男からしたら子供なのだろうが、そこをつついても話は進まない、と男は肩をすくめて見せた。
「気を悪くしたなら謝ろう」
「謝罪は結構。ただ、何の決心か教えていただきたい」
真っ直ぐ向き直ったダリオに、男が表情を変えずに呟いた。
「手紙を貰っただろう? とある貴婦人から」
その言葉でダリオがバッグを放りだし、身構えた。完全に戦闘態勢のダリオに、真ん中の男が呆れた顔を見せた。
「そういう所が子供だな。短慮に過ぎるぞ」
男が呟いた瞬間、その左右の二人の姿が消え、ダリオは組み伏せられていた。
「良く考えろ。俺達が王国側で、お前の手紙を知っていたとしたら、こんな場所でわざわざ言うわけがないだろう」
鼻で笑う男の言う通りで、ダリオが何かしらの手紙をもらったと知っていたら、もっと早い段階で尋問でもしたら良かったのだ。つまりこんな誰も来ない場所で聞くと言うことは、そういう事なのだろう。
「王国を裏切るのか?」
「違う。我らは今の王を見限っただけだ」
ダリオの後ろで女の声が響く。
「王を……見限る?」
反芻したダリオに、「そうだ」と視線の向こうで男が頷いた。
「我々が見限ったのは、今の愚王。だから新しい王を迎え入れる」
「それがグスタフ公爵だと?」
ダリオの言葉に男が大きく頷いた。
「まさか気付いていないとは思わなかったがな」
馬鹿にするような男が、「思い出してみろ」とクリスと引き離された時の事を話しだした。不自然ではなかったかと問う男に、ダリオは昨日の事を思い出している。
国が滅ぶと言ったクリス。それを気が触れていると遮った男。
「クリスが狂っているとしておきたい、それが国の意向だろう?」
歯を食いしばったダリオの言葉に、男がダリオを押さえつける女と顔を見合わせ苦笑いを見せた。
「そうだな。国はクリス・ロウをそう扱いたい、で間違いない」
「それがどうし――」
「狂人としておきたい。つまり彼がある程度の正常さを持っていると知っている」
被せ気味の男にダリオが盛大に眉を寄せた。
「正常だと知っていたなら、なぜクリス・ロウが放った『国が滅びる』発言を私が止めたと思う?」
その言葉にダリオの背筋に冷たいものが走った。
「……それこそが本当に隠したい事実だから、か」
呟いたダリオに「御名答」と男が頷いた。確かに男に言われてみればおかしな事だ。気が触れているとは言え、国の危機を説く男を「頭がオカシイ」といきなり隔離するのは、国を守る組織の人間としては駄目な行動だ。
もちろん日常的にうわ言を言っていれば分からない行動ではないが、あの日までクリスがおかしかったのは初日の〝【告死の獣】発言〟くらいのものだ。
それ以外は至極普通。それどころか言ってはいけないことは、「言えない」と口を噤む程度の理性を持ち合わせている。そんな男が、気が触れたようなことを言えば、暗部として何の対応もしないのがおかしいのだ。それこそ「気が触れている」で済ませて良い事ではない。
それに思い至ったダリオが、己の短慮さに「チッ」と舌打ちをもらした。
「それで? 決心はついたのか?」
抑揚のない男の声に、ダリオはもう一度顔を上げて男を睨みつけた。
「脅す形で僕の協力を得たとして、僕が裏切るとは考えないのかな?」
精一杯の強がりを見せるダリオだが、男が近づいてくるせいで既に足元くらいしか見えていない。
「裏切りたければ裏切れば良い。出来るなら……だが」
かがみ込んだ男の顔は、本当に気にしていないという風だ。
「ここで殺すからか?」
「まさか。君程度が騒いだ所で、何も変わらないからだ」
鼻を鳴らした男が言うのは、ダリオ……ではなく、ワイスマン侯爵家の現在の立ち位置だ。
「君は、自分の父上が今政府でどんな扱いか知っているか?」
男の言葉に「宰相だろう」と言うダリオだが、男が始めてその表情を変えた。
「ハリボテだよ」
それはまさに嘲笑と言うべき顔だ。その顔と紡がれた言葉にダリオが何も言えないでいる中、男は宰相ディル・ワイスマンが今立たされている苦境を話した。それはハートフィールドとのイザコザからくる一連の転落劇だ。
「嘘だ……」
「そう思うなら、そう思っておけば良い」
それ以上何も言わない男だが、ダリオには思い当たる節がいくつもあった。元気がなくなった父の姿も、そして宰相なのに様々な事を知らぬ矛盾した状況も。
しばし黙っていたダリオだが、再び顔を上げて男を見た。
「つまり父上は既に公爵様の手を取ったと?」
「ほう? 少しは頭が回るようだ」
男の驚いた様な顔に、「そのくらい分かる」とダリオが顔を歪めた。
「それで? 君はどうする?」
手を差し出してきた男に、ダリオは押さえつけられていた身体が軽くなっている事に気がついた。ダリオは自由になった手をゆっくりと伸ばして男の手を取った。
「歓迎しよう、ダリオ・ワイスマン。将来の王国宰相よ」
男の声にダリオが「ああ」と頷いた言葉が、薄暗い地下空間に響いていた。
☆☆☆
一方その頃、ヴィクトール領の港町にある工房では……
「どうじゃ。これがドワーフの持つ魔力精錬の真骨頂よ」
……ガストンがふんぞり返ってヒゲを擦っている。その眼の前にあるのは、まるで金属のように変質した竜の角だ。それを見るランディにはイマイチ分かっていないが、とにかくこれで生物素材を鍛造出来るようになるらしい。
炉の火が異様な白さになった頃、ガストンが素材を掴んで炉に入れた。炉はルーンで保護し、素材を掴む火ばさみですら、リズに頼んで竜鱗で作ってもらった特製だ。普通の火ばさみや炉では一瞬で溶ける温度なのだ。
「若。始めの一撃はお主が打つと良い。それとお主の血も貰うぞ」
「ハンマーは良いけど、血はなんで?」
ランディの疑問に、ガストンがこの鍛造でランディの血を角に残った竜の魂と交わらせねば、真の力を発揮できないのだ教えてくれた。
「もちろん血を混ぜたとて、素材の中でお主の血が負ければただ頑丈な大剣で終いじゃがな」
炉の火を調整するガストンが、ランディの血が竜を喰らえば、竜が持つ自己修復の機能を大剣に付与できるらしい。
「本当は炎を宿したり出来るんじゃが……そういうタマではなかろう?」
「まあな。頑丈で壊れなきゃ何でも良いぜ」
自己修復ならランディの戦い方と完全にマッチする。そうなればルーンを解除した全力で振り回しても問題ないだろう。
「なら、一発行くぞ」
ハンマー片手に指先を噛んで血を出したランディに、素材に熱を入れたガストンが赤く変色したそれを差し出した。
ランディの血が素材へ落ち、それをランディのハンマーが叩き込む。
――カーン
と小気味よい音が、数日静かだったドワーフ工房全体に響き渡った。




