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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
第五章 春休みってすぐ終わる

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第239話 こういう秘密のやりとりって格好いいよね

 ダリオが一人、便所で悩んでいた頃……その父であるディル・ワイスマンは、この屋敷の主人であるグスタフ・ロートハイム公爵と応接室で膝を突き合わせていた。


「今日は紅茶ではなくコーヒーでもいいか?」

「コーヒーでしょうか? 馴染みがなく……」

「まあ飲んでみろ。卿もハマるかもしれんぞ」


 嫌味のない笑顔のグスタフは、王であるジェラルドより十は若い。エドガーに似た金髪碧眼の、爽やかな男である。だがその腹の底は、海千山千の政治屋であるディルですら掴めない。


 ダリオと共に呼び出したかと思えば、くっついてきた暗部を「大所帯だな」とグスタフは笑ってみせた。グスタフから見ても異常な暗部の数だろうが、彼はそれを気にした素振りもなく、ディルを毎日午後のティータイムに付き合わせている。


 二人の会合はもう数え切れない。それこそお互いの息子の話から、王国の行く末や政治の話まで。話題が尽きることはない。もちろんディルは専ら受け身であるが。


 無理もない。初日に会っていきなり「今の王国は熱病にでも侵されているみたいだな」などと言われてしまえば、暗部としては警戒を強めるしディルとしては不用意な発言など出来はしない。


 そのせいで今も応接室の外や天井裏には、王国が派遣した暗部が潜んでいるのだ。滅多な事を言えば、物理的に首を飛ばされる恐れがある。そうでなくとも、公爵に呼び出された事に、ジェラルドはいい顔をしていなかったのだ。


 それはそうである。いくらバカンスだと言っても、形式上とはいえ政府のトップと、貴族のトップが近づく事に、裏を疑わない人間などいない。だからディルの監視はいつも以上に厳しい。


 それでも何度も会合を繰り返し、その度に他愛のない会話が繰り広げられれば、お互い気の緩みが出るというものだ。暗部にも、そしてディルにも、である。


 それこそ準備が進められるコーヒーへのチェックが、毒見くらいに軽くなる程度には暗部も気が抜けていた。二週間程なんの動きもないもだ。最終日ならまだしも、何の変哲もない中日なことも一因だろう。


 とにかくいつもより少し緩い暗部のチェックも終わり、二人の前にカップが差し出された。


「庶民が楽しむものだが、これがハマると中々美味くてな」


 笑顔のグスタフが、注がれるコーヒーを前に嬉しそうな笑みを見せている。部屋に広がる芳醇な香りに、ディルも「これは……」とわずかに頬を綻ばせた。


 カップを手に取り、「良い香りですな」と目を瞑って香りを堪能したディルが、そのまま口をつけた。……のだが、口いっぱいに広がる苦みに一瞬顔をしかめた。直ぐに表情を引っ込めたディルだが、眼の前のグスタフはそんなディルを「はははは」と笑い飛ばす。


「卿の口には合わなかったか?」

「いえ、想像以上に苦くて」


 苦笑いのディルが、そっとカップをソーサーへ戻した。その瞬間、揺れるコーヒーの隙間から、何かが見えた。カップの内側に文字らしきものが。


(なんだ? 先程カップには何もなかったはず)


 空のカップは間違いなく真っ白だった。少なくとも文字が書かれていたら、ディルよりも先に暗部が気付くはずだろう。だがチラリと見えたのは間違いなく文字だ。


(熱に反応して浮き上がる文字……)


 カップへ集中するディルを前に、グスタフがコーヒーを一口飲んで同じ様にカップを戻した。


「すまんな。メイドに下げさせよう」


 手を叩こうとしたグスタフに、ディルは「いえ」と首を振って再びカップを手に取った。


「折角のご厚意ですし、何より一度で判断するのも勿体ない」


 そう言いながらも震えそうな手を抑え、ディルがまたカップに手を伸ばした。今度は目を開いたまゆっくりとカップを傾ける――目に飛び込んできたのは、カップの横に書かれた文字だ。


 ――国を落とす。手伝え。


 短く認められた文字に、ディルが思わず目を見開いてカップを真っ直ぐに戻した。


「どうした? やはり口に合わぬか?」


 ニヤリと笑ったグスタフに、ディルはただ「いえ」と弱々しく答えてカップをそっとソーサーに戻すしか出来ない。揺らめくコーヒーが再びカップに書かれた文字を隠す。ディルの斜め後方から見張っている暗部にも、天井の暗部にも見えない絶妙な角度。


 この数日の会合で、暗部の位置を完璧に把握した上での仕込みだ。


 グスタフが見せた周到さに、ディルは思わず唾を飲み込んだ。


 グスタフの裏切りを知った以上、断れば最悪の結末しかない。仮に気付かぬふりをして見逃されたとしても、王国での上がり目はもうない。それどころか惨たらしい死が予定されている。つまりディルに断るという選択肢はほとんどない。


 だが、失敗すると間違いなく破滅だ。それこそ……ディル一人の首では済まない。


(どうする……)


 自問自答した所で答えが出るものではない。どうするのが正解か。もし不正解を引いた場合は……。その先を考えたディルが、ブルリと身を震わせた。


「どうした? もよおしたのなら、中座して構わんぞ」


 微笑みを称えるグスタフだが、その笑顔は今のディルにとって悪魔のそれだ。ひとまず考える時間が欲しい。いや正確にはこの場から逃げ出したい。そんな思いでディルは小さく頷いた。


「で、では失礼して……」


 立ち上がったディルを見たグスタフが、メイドに「案内して差し上げろ」と笑顔を見せた。


 静かな廊下を歩くディルの瞳には、様々な調度品が映っている。公爵領は、風光明媚な観光地が多く、特に貴族向けに整備された小島は人気の観光地だ。夏休みにキャサリンがエドガー達と訪れていたのも、その小島のうちの一つである。


 貴族や富裕層向けの観光業で成功しているだけあって、屋敷も大きくそして豪華だ。それでいて嫌な成金臭がしないところがグスタフのセンスだろう。


 そんな事を考えるディルの瞳には、ホールに大きく飾られた公爵一家の巨大な肖像画が映った。グスタフ曰く、写真もいいが、やはり貴族たるものお抱えの画家に描かせるのも仕事だと。


 そんな肖像画を見上げたディルは、そう言えば久しく家族で集合していない事に気がついた。


 仕事に明け暮れ、己の権力をより強くするために走り続けた。自分は選ばれた人間だと思い、外に愛人まで囲った。それが許される……いや、許されていたのだ。


 もちろん妻とは疎遠になったが、一人息子であるダリオとは悪くない関係だったはずだ。それが今では、ダリオをも避け、ただ毎日を無為に過ごすだけのつまらない男だ。


(いつから……こうなったのだろうな)


 思わず肖像画から目を逸らしたディルに、前を歩いていたメイドが「こちらでございます」と扉を指した。


 その扉が不意に開き、中からダリオが現れた。


「ダリオか……」

「父上……」


 一瞬交わった視線だが、ダリオは「失礼します」とそそくさとその場を後にした。どこか覚悟を感じさせたダリオの瞳に、ディルは思わず「ダリオ!」と呼び止めてしまった。


「なんでしょう?」


 訝しげに振り返ったダリオに、ディルもただ呼び止めただけとは言えず……


「……クリス君は元気だったか?」


 ……何とも情けない言葉を紡いでいた。


「まだ気が触れている……らしいです」


 事更に「らしい」と強調したダリオが、頭を下げてまた背を見せた。思えばあの日からダリオにも不自由な想いをさせている。四六時中暗部が張り付いているせいで、ダリオもディルも滅多な事を口に出来ない。それこそ愚痴の一つも、である。


 情けなさでため息をついたディルが、控えるメイドに気がついて便所へと入った。


 もちろん、もよおしてなどいない。だから何も出ないのだが、それと正反対に悩んでいた事に対して答えは出た。


(このままでは終われん。だがただ利用されるだけなどゴメンだ)


 顔を上げたディルが、勢いよく立ち上がり扉を開いて外に出た。


 再びメイドに先導され、屋敷を歩くディルだが先程よりも背筋がピンと伸び堂々たる振る舞いだ。あの日失くしてしまった矜持を取り戻したかのようなディルに、すれ違う使用人達も驚いた表情を見せているくらいだ。


 そうして応接室へ戻ったディルに、グスタフが「ほう」と嬉しそうな笑みを見せた。


「随分と溜まっていたようだな」


 ニヤリと笑ったグスタフに、「そうかもしれませんな」とディルも笑顔を見せた時、とある事に気がついた。


「コーヒーは下げさせたよ。口に合わなかったみたいだからな」


 笑顔のグスタフがディルへソファを勧める。


「いいえ。是非また一杯頂きたく」


 腰を下ろしたディルの表情に、グスタフがわずかに眉を寄せた。


「苦い思いは十分にしただろう?」


 俺達の手を取り、甘美な茶を楽しめ。そう言いたげなグスタフに、ディルがニヤリと笑みを見せた。


「〝良薬口に苦し〟とも言いますから」


 その意味に気がついたグスタフは、小さく微笑んで頷いた。グスタフの熱病発言への返答だ。王を裏切り、国を立て直す。王国にとっては苦い良薬となるはず、とのディルの決意。


 それを理解したグスタフは、メイドを呼んで何かを囁いた。メイドが去っていく姿を見送ったグスタフが、指を組んで笑顔を見せた。


「折角だ。帝国産のとびきり苦い豆を楽しんでもらおう」


 グスタフの笑顔と言葉に、ディルは背景を理解するのであった。




 ☆☆☆




 グスタフとディルが机の下で手を結んだ日の夜、公爵領にあるリゾート島にラグナルの姿があった。完全プライベートのリゾートではなく、どちらかというと一般向けのリゾートだが、シーズンオフの為かほとんど人の姿がない。


 だがだからこそ、ラグナルのような身分の男が潜伏するにはうってつけだ。まさか帝国の第一皇子が、シーズンオフの一般向けリゾートにいるはずがない。そんな心理の隙間を突いたラグナルは、コテージの暖炉の前で優雅にワイングラスを傾けていた。


「首尾はどうだ?」

「目的は達しました」


 ロッキングチェアに揺られるラグナルの後ろに、音もなく影が現れた。その影が続ける報告は、ダリオに手紙を渡し、グスタフがディルと手を結んだという事だ。


「そうか。それは重畳」


 満足気に笑うラグナルだが、影は訝しげだ。


「無礼を承知で申し上げますが……」


 そう切り出した影が言うのは、ダリオやディルが役に立つか分からないという事だ。王国に見限られ、何の権限もない宰相と、優秀とは言え学生のダリオ。しかもダリオに至っては、本当に帝国へ寝返るかどうか分からない。場合によっては、帝国と公爵家との繋がりを暴露される危険性すらある。


 そんな影の心配を、ラグナルは問題ないと笑い飛ばした。


「俺があんな連中に、期待などするわけがないだろう」


「ならばなぜ……?」


「なに。イレギュラーだよ。それを知っているか、知らないか。ただそれだけだが、その僅かなアドバンテージが、最後の一手を決めるのだ」


 ニヤリと口角を上げるラグナルに、影は何も言わずに頭を下げた。


「さて。目的も達したし、俺は帰るとしよう。レオの部下の……何とかという女が、公爵領に帰って来る頃だろう」


 立ち上がったラグナルが、グラスを置いて部屋を後にした。この一手はラグナルの言う通り間違いなく王国にとっては致命の一撃となる。だが――



 グスタフもディルも、そしてラグナルですら勘違いをしている。そもそもの勝利条件が違うということを。そして王国の古狸達は、想像以上に強かだということを。

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