第236話 行き詰まったら別の事をするべし
レール大河の底から引き上げられた転移門が、ヴィクトールの港町に上陸して既に三日。解析の為に小さな小屋を即日立て、そこから連日エリーとリズによる代わり番この解析が進んでいるが、今のところ大きな進展があったわけでは無い。
それでもドワーフの親方ガストンなどの助けももらいつつ、解析は少しずつだが着実に進んでいる。
港の隅に作られた小屋。一見すると、ただの倉庫に見えるそれだが、実は小さな要塞の如き堅牢さだ。リズとエリーによって施されたルーンが、侵入者を拒絶する。故にここに入れるのは、ランディとリズ、エリーの三人だけである。ガストンですら入るには、ランディ達と一緒の時だけしか無理なのだ。
掘っ立て小屋が要塞化したのも無理はない。なんせ小屋の中は、中央に置かれた転移門と、その周囲に散らばる様々なメモ書きで溢れている。ランディには散らばるメモの内容は分からないが、見るものが見たら、とんでもない価値ある走り書きだろう。
そんな研究室の如き様相の中、ランディは散らばったメモ書きを集めては纏めている。
「ランディ、そっちのメモを取ってくれ」
「はいよ」
完全にアシスタントに徹するランディは、既にエリーやリズの「そっち」だとか「あっち」だとか「あの」だとかの抽象的な表現で、目当てのメモ書きを準備できる程訓練されている。
正確にはリズやエリーが、今何を解析しているのかを彼女たちの独り言で判断し、それに関するメモの場所を把握しているだけなのだが。それでも彼女達の解析の手助けになるよう、必死で神経を研ぎ澄ませて黒子に徹しているのだ。
そんなランディのアシストを受けたエリーが、「なるほど」と呟き、したり顔で振り返った。
「何か分かったか?」
「そうじゃな。今のところ分かった事を纏めてみよう」
エリーが話す分かったことは、この転移門は所謂子機で、親機である門からエネルギーを供給されて始めて動くということ。また、基本的にはエネルギーが供給されても、誰かが通るまでは扉は閉じたままだという事だ。
「エネルギーで扉を作り、通過する者の魔力でそれを開く感じじゃな」
「つまりあの水没事件は、誰かが転移門を通ろうとしたってことか」
「もしくは通ったか」
エリーの言葉に、ランディはエリーと二人で、窓の向こうに見えるレール大河へと視線を向けた。もし通過していたのなら、今頃河底で水棲魔獣に食われたか、海まで流されたかのどちらかだろう。
つまりは相手がこの門から、何か刺客を送るつもりだった事が確定したわけだ。
「恐らく二度と使わんだろうがな」
鼻で笑ったエリーに、ランディも頷いた。
「扉の先が、水底だからな。そりゃ扉を閉めて鍵くらいかけるだろ」
苦笑いのランディが転移門を叩いた。
「使い方次第じゃ、夢のある扉なんだけどな」
ランディが思い出すのは、青い猫型ロボットが出してくれたピンクの扉だ。形こそ違うが、距離をなくしてくれる扉は、やはり夢のあるものが良い。ランディが、この扉を戦争や、それに付随することには使いたくないと思うのは自然な事だろう。
もちろん。それを決めるのは結局は使うものなのだが。
(有事の際に、人員を簡単に送れる。どう考えても軍事利用は避けられない……けど、誰かを助ける為であって欲しいな)
若干センチメンタルになった気分を、ランディは頭を振って追い出した。まだ分かった事の説明途中な上に、大きな問題もあったのだ。ランディはその事への追及に思考をシフトすることにした。
「結局大本がねーと使えないんだよな?」
使う目的以前の問題だ。使えないのでは、夢だろうが現実だろうが、全くもって意味がないのだ。
「確かに今のところは使えんな」
頷いたエリーだが、今は門に刻まれた所謂〝受信機〟の解析に取り掛かっている事を教えてくれた。門に描かれた複雑なルーンと魔法陣の一つを指すエリーが、そこに受信機があると教えてくれる。
「へぇ。良く分かんねーけど、これを双方向受信出来るようにしたら、どっちからでも起動できるんじゃね?」
受信機部分をつつくランディに、エリーが「その通りじゃ」と頷いた。既に脳内ではリズが、双方向受信機の魔法陣設計に取り掛かっているらしい。それだけ聞くと、「かなり進んでるじゃん」となるのだが、どうも他にも謎な部分が多くあるらしく、どうしてもその辺りの解析が完璧に進まないのだという。
「お前、転移の魔法使うじゃん。あれとどう違うの?」
ランディの質問に「お主は……」とエリーが呆れ顔で盛大なため息をついた。
「いやいや。同じ転移だろ?」
眉を寄せるランディに、「全く違うわい」とエリーが顔をしかめた。
「よいか。転移魔法は、術者が移動する瞬間的な魔法じゃ」
胸を張ったエリーが、姿を消したかと思えば、一瞬でランディの背後に現れた。
「このように、全てが術者の知覚や意思に依存する」
言ったかと思えば、エリーがランディの真横に現れた。
「妾の知覚と意識を持って、一瞬で完結するのが、転移魔法じゃ」
再び眼の前に戻ってきたエリーが、「分かるか?」とドヤ顔を見せた。
「そうだな……とりあえず、ショート転移は格好いいってのは分かった」
「分かっておらんな」
盛大なため息のエリーが、「まあよい」と続けるのは、転移門の特異性だ。瞬間的に全てが終わる転移魔法と違い、転移門はエネルギーの供給を受け、継続的に門を開くものだ。
安定した魔力回路はもちろんのこと、門自体に転移の機能を固定する仕組みが必要なのだ。そして最大の違いは、転移門同士を結ぶという術式の違いだ。
理論自体が全く違うのだという。転移魔法が術者本人による次元の歪曲だとすると、転移門は魔法のトンネルを形成するような理論らしい。
「そもそも理論が違うのじゃ。畑違いすぎて、サッパリじゃな」
肩をすくめるエリーだが、その畑違いの技術を数日で一部でも解析したのは流石というところだろう。なんせランディは説明を聞いた所でサッパリなのだ。ただ少しだけ分かるとしたら、エリー達が解析出来る取っ掛かりくらいだ。
「ルーンとか魔法陣を頼りに、畑違いの技術を解析してるって感じか?」
「左様」
頷いたエリーだが、それらも複雑に絡み合っているため、簡単に解明できるものではないと教えてくれた。
「術式の埋め込み、門の構造、エネルギー供給方法、そんな基本的な事すら、全てが高度な計算のもと作られているのじゃ」
エリーの言葉に「マジかよ」とランディは転移門を振り返った。見た目には子供が積み木を三つ使って出来た形にしか見えない。それが高度な計算のもと作られているなど、にわかには信じがたいのだが……そこはそれ。古の大魔法使いからしたら、高度に計算され尽くした完璧な機能美らしい。
門の幅も、高さも、構成する材料の幅や大きさも、どれもこれもが高度な計算のもと作られているのだという。
「まあ良く分かんねーけど、まだまだ分からん事ばかりってことだな」
ランディの感想にエリーが盛大なため息をついた。
「つってもよ。これ、双方向受信が出来るようになったなら、大本に飛べるようになるんじゃね?」
「それは無理じゃ」
眉を寄せるエリーが言うのは、あくまでも双方向受信は、この子機を改造し別の子機を作った時にそれと繋げられるようにするためのものだ。親機が有している双方向受信機の周波というか座標が分からない以上、こちらからのアクセスはほぼ絶望的だ。
「そうか。向こうに行けたら、大本も引っこ抜いて帰ってきたんだが」
「それが出来れば楽じゃが……」
「まあ面白くはねーよな」
笑うランディに、エリーが一瞬目を見開くが、「そうじゃな」と頷いた。実際親機があれば、それを利用して解析が一気に進むだろう。何なら、同じ子機を作り出し、様々な場所に展開するのも早くなるかもしれない。
だがそれだと面白くない。いまエリーやリズがやっているのは、古い転移門の理論をベースにした、新しく作る転移門だ。
答えがないからこそ出てくる、新しいアイデアというものがある。それこそが醍醐味であり、それこそが楽しみだ。
「任せておけ。キッカケを掴めば、妾とリズなら新たな転移門を作ることくらいできる」
自信満々に胸を叩くエリーに、「なら任せるぞ」とランディが大きく頷いた。受信機部分の改造は、これ以上親機からの干渉を防ぐ一手にもなる。水底にあるはずの転移門を使うとは思えないが、せっかく手に入れた夢の扉は、やはり楽しいことに使いたいのだ。
「さてと……」
手を叩いたランディに「何じゃ?」とエリーが首を傾げた。
「一段落したみたいだし、ちょいと中座しようと思ってな。まあすぐ帰って来るが」
苦笑いのランディが粗方メモ書きは纏めてあると、エリーに言うのだがそれを聞くエリーは少し不満げだ。そんなエリーに、ニヤリと笑ったランディが「寂しそうにするなって」と頭を撫でた。
「し、しとらんわ!」
慌てて顔を上げるエリーだが、「そうか?」とランディが笑顔を見せた。
「しておらん。助手がおらんと、進みが悪くなるからのう」
顔をしかめたエリーに、ランディが「ンだよ」と口を尖らせた。
「ええい。行くなら早う行かんか」
頬を膨らませるエリーに、「へいへい」とランディが肩をすくめて、扉を開き周囲をぐるりと見渡した。目当ての人物を探すのだが、どうも見える範囲にはいないようだ。
「工房かな?」
「工房なら、ドワーフの小僧のところか」
「ああ。そろそろ大剣もちゃんとしといたほうが良い気がしてな。親方のところに行ってくる」
ランディがマジックバッグから覗かせたのは、【時の塔】でリズが剣の形にしただけの竜の角だ。個人的には見た目など凄く気に入っているのだが、やはり重心やバランスがめちゃくちゃなのだ。そこは素人が形を整えただけなので仕方がない。
これから先、何があるかわからない以上、今の間に剣を整えておいたほうが良いという判断だ。
「ついでに地中熱式暖房器具用の、ルーンプレスの相談とかもしたいしな」
「直ぐに戻って来んではないか」
顔をしかめたエリーに、そんな事はないと首を振るランディだが、技術者が二人集まって新しいことを話し始めれば、それは下手をすれば徹夜コースだ。
「気が変わった。妾もついていこう」
頬を膨らませるエリーに「なんだ、寂しいのか」とランディがニヤリと笑った。
「ち、違う! 少々気分転換と、もしかしたらヒントになる事があるかもしれんからな」
自身に言い聞かせるようなエリーを、「ふーん」とランディがニヤニヤとした顔で覗き込んだ。
「それとお主がおらんと、メモの場所が分からんからのう」
何度も頷くエリーに、ランディも仕方がないと笑いエリーに手を差し出した。
「ではレディ、行きますか」
「うむ。中々殊勝じゃな」
満足気に頷いたエリーの手を取り、ランディ達は少し行き詰まった転移門から離れて一度自分の武器の強化に向かのうであった。




