第171話 ギリギリ見られてない……はず
思わぬ形で終了した訓練だが、ランディは一人訓練場に残っていた。理由は単純。ロルフと二人で壊してしまった床や壁を、クラフトを使って直しているのだ。
別に頼まれたわけではないが、ある意味性分の様なものである。稽古場は綺麗に……おそらく前世から引き継いだ魂に染み付いたものだろう。
「思えば結構器用になったよな」
初めてクラフトを手に入れた頃からすると、こういった大工仕事はお手の物だ。相変わらず魔力の量は人並みだが、様々な経験で効率化されたクラフトはランディにかなり馴染んできている。
踏み込みで砕いた床。
ランディが叩きつけられた床。
ロルフがぶつかった壁。
それらを直し終えた頃、ランディが眉を寄せながら振り返った。
「おいおい。湯冷めして風邪ひいたとか言うなよ?」
視線の先には、防寒着でモコモコになったエリーがいた。
「こんな格好で、湯冷めなどするわけがなかろう」
ため息混じりのエリーが、「全くリズめ……」とリズの寒さへの弱さを、ブツブツ呟いている。
「一人で居残りとは、こっ酷くやられたんじゃな?」
ケラケラ笑うエリーに、「ンなわけあるか」とランディが鼻を鳴らした。
確かに一人居残りで片付けているが、さっきまでは掃除係の騎士たちもいた。彼らも手伝うと聞かなかったのだが、居ても出来ることはないし、何よりクラフトをあまり見られたくなかったのだ。
そんな説明をするランディに、近づいてきたエリーが、「本当か? どう見ても殴られた顔をしておるが?」とランディの顔を覗き込んだ。
「かすり傷だ。ツバでも付けときゃ治る」
確かに殴られ、蹴られと顔や身体中に傷こそあれど、ランディにとっては大した怪我ではない。だがエリーが、ランディへ手をかざし、
「動くな」
治癒の神聖魔法を施した。淡く輝く光がランディを覆ったのは一瞬で、直ぐに傷が癒えたランディが現れた。
「ふむ。綺麗になったの」
ランディの両頬を挟んで笑うエリーだが、あまりにも自然かつ不意打ちに「サ、サンキューな」とランディが頬を赤らめ視線を逸らした。何とも恥ずかしい格好に、ランディの態度でエリーもようやく気がついたのか、
「ば、馬鹿者! なぜ照れるのじゃ!」
慌てて距離を取ったエリーが、今のは治療の結果を見るための正当な行為だと早口でまくし立てている。
何ともエリーらしい態度に、ランディが思わず笑った。何だかんだで禁忌の存在は、今はもう立派な女の子だ。
今もブツブツと「違うんじゃ」と呟くエリーに、ランディが笑顔で口を開いた。
「お前はどうだったんだ? 風呂。入ってきたんだろ?」
「……お主らが揺らすでの」
非難めいた視線に、ランディが肩をすくめれば、「聖女の小娘がギャーのと煩かったわい」とエリーがため息をついた。
確かにあの振動なら、キャサリンあたりが騒ぎそうだ、とランディが思わず笑みをこぼした。ひとしきり風呂の良さを語ったエリーが、ため息をついて訓練場を囲む城をチラリと見上げた。
「それで? 一人で考え事の理由は、大方筋肉ダルマが敵かどうか、あたりかの?」
ニヤリと笑うエリーに、ランディが目を丸くした。
「お主が考え事をしている時は分かりやすいからの」
ケラケラと笑うエリーに、「うっせ」とランディが恥ずかしさを隠す為に視線を逸らした。
「お主の見立てを聞こうか?」
「どうだろうな。そんな事が出来る御仁じゃなさそうだが……」
「可能性はゼロではない、と?」
眉を寄せたエリーに、「分からん」とランディは首を振った。事実ロルフと拳を交えて感じたのは、何か企みがあったとして、ロルフが誰かの手を借りるとは思えないのだ。
あれは一種の狂人だ。何か事を起こすなら、ロルフが先陣を切って突っ込んでいくタイプである。だからロルフたちヴァルトナー家が、謎の組織と繋がっているとは考えにくい。
「ただなあ……」
「何じゃ。歯切れの悪い」
また眉を寄せたエリーに、ランディ気になっていたことを話した。それは訓練場にロルフとアイリーンしかヴァルトナーの人間がいなかった事だ。
「聞いた話によると、ヴァルトナー家は一男三女だ。三女はあのエレイン嬢、そして長女が嫁いでいたとして……長男はどうした?」
白い息を吐いたランディに、エリーが「そんな事か」とため息をついた。
「長女が嫁いだとすると、長男は外征にでも行っとるんじゃろう」
エリーの言うことはもっともだが、それならば一番最初の挨拶でその旨を伝えるはずである。曲がりなりにも、次代の領主貴族の一翼を担うセドリックが来ているのだ。
ロルフとルシアンの関係性からも、このタイミングで長男を外征になど出すとは思えない。
「確かに言われてみればそうじゃな……」
「しかも、母親はさっきの時間に寝てるらしい」
「つまり――」
「病気か怪我か……」
ランディのため息がより白くなった。二月の終わりとは言え、北はまだまだ冷える。
「俺の見立てじゃ、長男も奥方も、何かしらの病気だ。そして、沈黙を貫いてたこと、ここ最近の噂はそれと連動してる気がする」
特大のため息のあと、「ですよね?」とランディが振り返った先には、いつの間に現れたのかセドリックが立っていた。
「そうだね。僕も大体似たようなところかな」
頷くセドリックもやはり、ヴァルトナーの長男と引き合わされなかったこと、そしてそれに言及されなかった事が気になっていた。
「ただ憶測で物を言うのは良くないからね」
「確かにそうですね」
セドリックの指摘にランディが頷いた。相手の目的も分からない以上、憶測で物事を進めると手痛いしっぺ返しをもらう。
「とは言え、このまま後手後手ってのも……」
「だからこその、ディナーさ」
笑顔のセドリックに、ランディもようやくロルフの真意に気がついた。身内しかいない場所への招待は、そこでなら腹を割って話してやろうという意思表示だ。
「そこに至るまでの道程が、君とウォーカー卿の手合わせなんだろうね」
セドリックが続けるのは、単純そうに見えるロルフも、百戦錬磨の貴族という事だ。常に豪快で単純な男である一方、それが周囲からどう見えるか、どう立ち回れば良いかは熟知しているのだという。
単純な男が、腕試しで気に入った客人を食事でもてなす。何とも〝らしい〟光景は、ロルフによってお膳立てされた秘密の会談と言える。
「それと、僕らの力量を測ったのは事実だろうね」
白いため息を空に吐いたセドリックが、「信頼に足るか」とランディに視線を移した。
「なるほど」
頷いたランディが、ロルフの腹の中を想像する。何かトラブっているとして、古馴染みの息子たちを巻き込むわけにはいかない。だが相手が信頼に足るレベルの使い手なら……。どうやらあの見た目で想像以上に色々と考えているらしい。
「ただ御本人は、腕力一辺倒が楽なのは事実みたいだけどね」
肩をすくめたセドリックが、ロルフと酒を交わしたルシアンの話を教えてくれた。どうやらルシアンの腹黒さの前では、ロルフも自分が一番楽な脳筋スタイルでいられるらしい。ルシアンもルシアンで、ロルフの馬鹿正直で一直線な部分が、楽だというのだ。
(へー。意外にピッタリハマってんのな)
性格は真逆だが、お互いがお互いを認めている不思議な関係だそうだ。
「そういうことだから、そろそろディナーに行こうか」
城へと帰っていくセドリックに、「了解です」とランディが頷いてエリーを振り返った。
「つーわけだから、飯ン時に色々分かりそうだわ」
「まあよい。何にせよ、妾が今一番心配なのは、己の身体だけじゃ」
肩をすくめたエリーに、「近い内に覗きに行ってみるか?」とランディがニヤリと笑った。
既にあの噂で騎士や研究者も遺跡から手を引いている可能性は高い。
「そうじゃな。後はあの遺跡が本当に身体へ繋がる手がかりだといいのじゃが……」
「まあ行ってみりゃわかるさ」
ため息混じりのエリーを伴って、ランディも城へと戻ることにした。日の暮れた訓練場に、冷たい雪が降り始めていた。




