第149話 学園長は大体いい人(ダンブ◯ドアとか)
「はぁ〜。終わった……」
息を吐き出したランディが、大きく伸びをした。空き教室で行われた特別試験の再試は、昼を挟み日も傾き始めた頃ようやく終わったのだ。それだけ長い時間の試験、つまりほとんど赤点で再試だったわけだが……
「手応えはどうかね?」
「……とりあえず全部埋めました」
……なんとも情けない返答に、最終教科の監督に来ていたルキウス学園長も、苦笑いを浮かべることしか出来ない。
教壇の向こうで、今もロッキングチェアに揺られるルキウスは、「とりあえずか」と苦い顔で、持っていた本を閉じた。
ルキウスの言いたいことも、分からないランディではない。とは言えランディからしたら、昨日の今日で上手く行くわけがない。と言いたいのが本音である。
「仮に再々試になった時は、来週に変更した方が良いのではないか?」
呆れ顔のルキウスに、「いえ」とランディが首を振る。あまり先延ばしにすると、絶対にダレるのだ。勉強を数日も続けられるほど、ランディの集中力が持つわけがない。
しかも虎の子のリズが不在だ。お目付け役のハリスンもリタもいないとなれば、二日と勉強を続けられる気がしていない。
そんな情けない事を堂々と語るランディに、ルキウスが「ふむ」と顎髭をさすって口を開いた。
「試験は良いのじゃが、合格出来ねば授業にも出ねばならんぞ」
当然の事であるが、突きつけられた現実にランディが「うげぇ」と声をもらした。
「……大丈夫……ちゃんと埋めたから」
己に言い聞かせるランディに、ルキウスが仕方がないという具合に微笑んだ。
ブツブツと己を鼓舞するランディが、「そうだ」と思い出し顔を上げた。その顔は先程までの情けない学生のそれではない。一変したランディの雰囲気に、ルキウスが眉を寄せた。
無理からぬことだ。いくらランディが凄腕だと知っていても、今の今まで目の前で唸っていたのは、出来の悪い可愛い生徒でしか無かったからだ。
それがどうだ。今のランディは、ルキウスをしても背筋を伸ばすほど雰囲気が一変している。
「学園長……壁画の暗号ですが――」
「まさか解けたのか?」
声を震わせるルキウスにランディが黙って頷いた。
「……昨日の今日じゃぞ?」
目を見開くルキウスの言う通り、ルキウスに壁画の内容を読んでもらってからまだ二日しか経っていない。実際は二日どころか、その日のうちに解けていたわけだが、今ここでその自慢話の必要もないだろう。
結局は切っ掛けだ。ルキウスの記した文字も、リズがキャサリンに見せた五十音表も。どれもこれも偶然舞い込んだ切っ掛けに過ぎない。アレがなければ、今もまだ頭を抱えていただろうことは確かである。
とは言えルキウスからしたら、それどころではない。今まで国の研究機関ですら解けなかった謎だ。それをたったの二日――本当はものの数時間だが――で解くなど……。驚くルキウスを他所に、ランディは懐から数枚のメモ紙を取り出し、ルキウスへと差し出した。
「こ、これが……」
目を見開いたルキウスが、メモ紙をゆっくりと捲っていく。ルキウスが書いたあの文字の羅列から、〝ふっかつのじゅもん〟、漢字とルーンの単語をはめ込んだもの、そして文字をズラした最終的な〝詩〟まで。
仔細を聞かずとも、その流れだけで解読の過程がわかるあたり、ルキウスも長い時を生きる賢者に違いない。
「詩の内容と壁画とがマッチしておるの」
大きくため息をついたルキウスが、視線を上げてランディを見た。
「それで? 研究機関へ報告しているのかね?」
「まさか。学園長が最初ですよ」
肩をすくめたランディに、「なるほど」とルキウスが、椅子に深く座り直した。
間違いなく偉業であり、研究機関にとっても喉から手が出る程欲しい情報だ。それをまず学園長に見せたという――本当はセドリックが最初だが――事実に、ルキウスがまた大きなため息をついた。
「このルキウス・エルダーウッドに政府への伝言役を頼むというわけじゃな?」
瞳の奥が光るルキウスに「分かりますか?」とランディが笑みを返した。
「儂とて馬鹿ではない。ここまで詳細な解読方法付きじゃ。研究機関ならば、両手を上げて喜ぶ情報じゃ……が――」
「渡すのが、ブラウベルグと繋がりがある私じゃ、政府に疑心を抱かせるかと思いまして」
笑顔を見せるランディに「なるほど」とルキウスが苦笑いを見せた。
「一つ聞きたい……。政府に、国に、王家に正しい情報を与えて、何とする?」
鋭い眼光のルキウスに、「何も。ただの善意です」とランディが笑顔のまま首を振った。
「嘘はいかん。君たちが政府や王家と微妙な関係なのは知っておる。にも関わらず、向こうに遺跡の謎を解く内容を送るという」
ニヤリと笑った学園長が、「理屈に合わんと思うが?」と机の上のメモ紙をトントンと叩いた。
「何を仰るんですか。理屈に合わない事をするのが、人の性でしょう。それに――」
意味深に笑うランディに、ルキウスが続きを促すよう「それに?」とわずかに前傾姿勢になった。
「それに、私は善良で心優しい人間なんです」
言葉とは裏腹に、ランディが見せた笑みは含みを持たせたものだ。「何を馬鹿なことを」と一蹴するには、あまりにも不穏な雰囲気に、ルキウスが思わず唾を飲み込んだ。
ランディの言葉と、その表情をルキウスが咀嚼するよう、「善良……?」と呟いた。言葉通り受け取れば、善良で心優しいからちゃんと正しい情報を、信じられる情報筋を使って渡す。そう聞こえる内容だ。
だがそれだと筋が通らない。
理屈に合わないことをするのが人だ。そう言ったばかりの男が、善良だからととってつけたような〝理屈〟を並べたのだ。
善良で心優しいと宣い、悪い笑顔を浮かべる男。
先程まで見せていた学生の顔とは違うそれに、ルキウスは「まさか……」とようやくランディの真意に気がついた。
「まさか、このルキウス・エルダーウッドが気遣われるとはの」
引きつった笑みを見せるルキウスに、「さて?」とランディがトボけた言葉を返した。
「フ、フフフ。ハハハ。ガハハハハハハ。やはりそうか。言えぬということが答えじゃぞ」
豪快に笑ったルキウスが「これは参った。まさか儂に対する優しさか」と満足そうに頷いている。
ランディが国に情報を渡す。それもルキウスという、学術的にも人間的にも信用のおける人間から。その理由は国に情報が正しいと信じさせるため。そしてその後に来るだろう、人払いを期待してのことだ。
人払いの目的はもちろん、ランディとリズ、エリーの三人があの扉を隈なく調べるためである。
だがそれを、ルキウスに話すわけにはいかない。それを話してしまえば、ルキウスも巻き込むことになるからだ。
故に〝善良で優しい〟と宣ったわけだ。
言葉通り受け止めても、国に対する貢献だと思われる。真意にたどり着いたとしても、ルキウスがリスクを理解して後に退く。そういった意味での言葉であった。
「いやはや。とんだ猫かぶりじゃな」
ひとしきり笑ったルキウスが、瞳を細めてランディを見た。
「故に不思議じゃな。仮に儂が情報を上げぬ。もしくは間違った情報を渡すとは、思わんかったのか?」
殺気すら感じられるその瞳は、上手く利用されそうな事への意趣返しだろう。
「思いませんよ。そんなことするメリットがないでしょう」
殺気を受け流したランディが、笑顔で答えた。
「さあ、どうかの。実はこの闇の扉を開こうとしている。そんな可能性は考えんかね?」
吹き出す殺気が、ルキウスの髪や髭をゆらゆらと揺らす。それでもランディは笑顔を崩さず口を開いた。
「なら情報を独り占めにして、騎士団の監視のもと開いてどーぞ」
肩をすくめたランディが語るのは、闇の扉を開くにしても今いる研究機関や騎士団が邪魔だという話だ。その辺りはランディ達も邪魔で仕方がないので、仮にルキウスの目的が闇の扉だとしても、人払いの一点だけは共通してるというわけである。
「……然り、じゃな」
ため息混じりに殺気を霧散させたルキウスが、「可愛くない生徒じゃ」とランディに呆れた顔を向けた。
「殺気をものともせぬ。言い返しも絶妙。もう少し老人をいたわらんか」
呆れ顔のルキウスに、「バレバレでしたから」とランディが首を振った。
「そもそも闇の扉を開きたいなら、情報をもらった時点で難癖をつけるでしょう」
情報を独り占めし、正しい情報を流さないよう時間稼ぎをする。そんな当たり前の行動が無かった時点で、ルキウスの殺気や問答はランディにとってハリボテのようなものだ。
「まさか子どもに教えられるとはな」
首を振るルキウスだが、その顔はどこか嬉しそうだ。
「相わかった。君に頼まれずともこの情報は国へ渡そう」
頷くルキウスに「お願いします」とランディも頭を下げた。
「十中八九、君が望んだ結果になることは間違いない」
ニヤリと笑うルキウスは、ランディ達の目的の一端に気がついている。とは言えランディもそれに驚きはしない。先程の問答で答えを言ったようなものだからだ。
――騎士団の監視のもと開いてどーぞ。
ほとんど答えである。だから驚かないが……続くルキウスの言葉
「禁忌の存在は、君にとってそれほど大切かね?」
それには流石のランディも「なっ――」と思わず慌てた表情を見せた。
「フフフ。君にそんな顔をさせるほどか」
満足そうに頷いたルキウスが、驚くランディを前に真剣な表情を見せた。
「禁忌の存在……いや、古の大魔法使いにして初代聖女と呼んでも差し支えないエレオノーラ様――」
エリーを知ってる風の発言に、「どこで」とランディが思わず机越しに学園長に詰め寄った。
「儂の一族の口伝じゃ。それ以外は知らぬ」
真っ直ぐランディを見たままルキウスが語るのは、エリーに縁のある存在が、あの扉の向こうに隠されているという。
「それが『古き王』なのかそれとも二代目聖女シャルロッテ様なのか――」
呟くルキウスを前に、ランディはシャルロッテの名前がエリーの友人〝シャル〟と繋がっていた。
「儂の祖先は、かつてシャルロッテ様に助けられた恩がある。その恩に報いるため、彼女の頼みを聞いて口伝を受け継いできた」
大きくため息をついたルキウスが、それでも口伝の多くが失われ、おぼろげにしか残っていないことを語っている。ほとんど残っていないからこそ、あの遺跡の壁画も読めなければ、そもそもあの遺跡が口伝にある場所だという確信もなかったのだ。
「ヴィクトール君。頼みがある……」
「学園長も、調査に行きたいと?」
ランディの言葉に一瞬驚いたルキウスだが「ああ」と頷いた。口伝でしか許されなかったことが、記録として残すことを許されなかったものが、今目の前に見えているのだ。
好奇心を抑えられぬとしても、無理はないだろう。
「口約束は出来ません。なんせ、私の大事な人のプライバシーにも関わりますから」
苦い顔を見せるランディに、ルキウスが笑みを浮かべて口を開いた。
「どうやら君は本当に善良で優しい人間のようだ」
満足そうに「ホッホッホ」と笑ったルキウスが、髭を撫でた。ルキウスの『善良で優しい』に二つの意味が含まれている事に、ランディが思わず「食えねえ爺さんだ」と呟いた。
一つはエリーへの優しさだ。彼女の同意なしに許可など出来るわけがない。
そしてもう一つはルキウスに対する気遣いだ。巻き込む可能性がある事。そして何が起きるかわからないのに、おいそれと「いいよ」と連れていける場所ではない。
そんなランディの真意を見抜いたルキウスに、意趣返しとばかりに自分が言った言葉を返されたのだ。ランディとしてもしてやられた気分である。
事実してやったりの顔のルキウスと、苦笑いのランディ。くしくも最初とは違う表情で視線を交わした二人が、どちらともなく小さく笑った。
「よい時間じゃった。君と知り合えたこと、女神に感謝しよう」
ひとまずの決着がついた時には、既に外は暗くなり始めていた。リタのいないランディは、自分の飯の心配もある。慌ててルキウスに別れを告げて、ランディは空き教室を足早に後にした。
そんなランディの背中を見送ったルキウスは、残ったメモ紙に視線を落として呟いた。
「さて……若者の為に爺が一肌脱がねばの」
嬉しそうなルキウスの瞳には、メモ紙ではなく歩き始めたランディ達の背中が映っている。
……その夜、ランディのもとに再試不合格の通知が届いたのは別のお話。




