第148話 袖振り合うも多生の縁
セドリックに相談をしたその日の晩。早速学園から、試験結果が届けられていた。
結果は予想通り、リズはまたも満点で、ランディに至っては……
――真っ赤じゃねーですかい。
ケラケラと笑うハリスンに言い返せないほど、いかんともしがたい結果であった。
そうしてセドリックに話していた通り、翌日の朝、リズや護衛のハリスン、そしてリタを見送ったランディは、一人早めの時間に学園の門をくぐっていた。
いつもより早く学園に訪れたのは、〝なるべく目立たないように〟という思惑があってのことだったのだが……周囲から注がれる奇異の視線は、想像より遥かに多い。
最近はずっとリズと一緒に行動していたランディが、今日は一人なのだ。元々目立つ二人だけに、一人で行動する姿は余計に目立っているのだろう。対外的にはリズは、ランディの従者という立ち位置なのも皆の注目を集める理由の一つだ。
従者を伴わず、一人参考書を抱えて歩く主人の姿は、ランディでなくても目立つものだ。
とは言え、それは予想していたことでもある。唯一予想外だったのが、早めの時間だというのに、生徒の数が多いということだ。ランディは知らなかったが、この時間帯の方が、朝をのんびり過ごす学生たちが溢れている。つまり、暇を持て余しお喋りに興じる学生が多いのだ。
そんな場所に話題を提供しようものなら……
「あれ? エリザベス嬢は?」
「ついに見限られたか?」
「それはないんじゃない? Sランクより強いんでしょ?」
「腕っぷしだけじゃね……」
……格好の的である。
好き勝手に噂する生徒達に、ランディは人知れず小さなため息をついた。娯楽と言える娯楽は数える程しかないこの世界において、誰それのゴシップやスキャンダルなど、彼らからしたら娯楽の一つなのは理解している。もちろん彼らの反応も予想の範疇ではある。
だからといって、歓迎出来るか、と言われればそれは無理な話である。今までならば気にすることもなかったが、今は様々な事業に繋がりがあるわけで……噂がランディだけでとどまれば良いが、それが他の人に広がる可能性はゼロではないのだ。
(まあ、今まで学園で関係を築かなかった俺の自業自得なんだが)
ある程度の関係を築けていたならば、「どうしたんだ?」「珍しいな」と誰かに話しかけられ、噂の矯正も出来る事だろうが――結局試験に落ちたという悪評は変わらないのだが――早すぎる時間のせいで、セシリアとルークが見当たらない今、ランディは的外れな噂の真っ只中である。
口さがない噂への億劫さと、自分が適当に学園生活を過ごしてきた後悔。その二つの間に揺れるランディが、もう一度ため息をつき、学園長室へ向かう足を早めようとしたその時、
「よぉ。ランドルフ――」
不意に背後からかけられた声に、ランディが振り返った。
「ウェインか……」
そこに居たのは、以前ダンジョン研修で第二班の前衛を務めていたウェインという男子生徒だ。クセのない茶髪に黒い瞳。特段目立つ髪や瞳ではないが、整った顔を持つ好青年だ。
ウェインを初めて見た時のランディの感想は、『流石乙女ゲー。俺もモブだが、モブも男前に出来てる』である。
とは言え本人は、外見を鼻にかけるようなこともなく、竹を割ったような真っ直ぐな性格で、男女ともに友人の多い生徒だ。
「浮かない顔してんな」
ヘラりと笑ったウェインが、「ついに嫁さんに見限られたか?」と悪い顔でランディの胸を叩いた。
「ンなわけあるか」
鼻を鳴らしたランディに、「知ってるよ」とウェインが悪びれる様子もなくまた笑った。
「キャサリン嬢に聞いたけど、三学期を早めに切り上げて、北に行くつもりだったんだろ?」
「まあな。ただテストがな……」
肩を落としたランディに、「ドンマイ」とウェインが笑いを堪えながら、ランディの肩を叩いた。
「エリザベス嬢やキャサリン嬢の成績なら、全然余裕だろうけどよ。お前、あの成績でよく『行こう』ってなったよな」
心底不思議そうなウェインに、「うっせ」とランディが鼻を鳴らして続ける。
「お前だって、俺と成績は変わんねーだろ」
「中間は俺のほうが二つ上だぞ?」
「誤差だ」
鼻を鳴らしたランディに、「そういう事にしとくよ」とウェインがまた悪い顔で笑った。
「まあ見とけ。今日の再試で合格するからな」
「落ちたら、明日の昼飯奢れよ」
「受かったら、お前が奢れよ」
気がつけば廊下のド真ん中で話す二人に、周囲が少々迷惑そうな視線を投げている。無理もない。ランディは学園では一番の大男で、ウェインも戦闘教練で鍛えているだけあって、ルークやランディには劣るが同学年で見れば身体は大きい方だ。
デカいのが二人、廊下のド真ん中は、流石にまずい。
ただでさえ目立っているのだから、とランディがウェインを促し歩き始めた。
「そーいやお前こそ、相棒のエッジはどうした?」
「あいつは今頃、彼女とのんびりティータイムだよ」
肩をすくめたウェインに、「先を越されたな」とランディが悪い顔で笑った。朝の授業が始まるまでの間、恋人とカフェで優雅にお茶を楽しむなど、完全に勝ち組である。
「研修じゃ俺も活躍したってのによ」
口を尖らせるウェインが、「何であいつだけ」とブツブツ呟く様子から、どうやら同じ第二班の生徒同士でくっついたようだ。見ようによっては吊り橋効果とも言えるだろうが、本人たちがそれで楽しいなら、外野がとやかく言う話でもない。
「んで? 独り身になったから、同じ独り身っぽい俺に声をかけたってか?」
悪い顔のランディが、「残念だったな」と笑ってウェインの肩を叩いた。
「俺は事情があって一人なだけだ」
「試験に落ちたからだろ?」
苦笑いのウェインに、「あれは戦略的赤点だ」とランディが鼻を鳴らした。
「何だそれ。どんな戦略だよ」
ため息混じりのウェインが、「まあ今は良いか」ともう一度大きくため息をついた。
「お前に声をかけたのは、からかい半分と、あとは北に行くって聞いたからさ」
懐かしそうに目を細めたウェインが、「年末は帰れなかったし」と呟いている。
(そーいや、北の出身だったか)
ランディが思い出すのは、ウェインという青年が、今リズ達が向かっている北の領地、ヴァルトナー侯爵領の出身だということだ。
「家族に伝言でも頼みに来たか?」
首を傾げるランディに、「いや、家族って言うか……」とウェインには珍しく語尾がすぼんで行く。
「ンだよ。らしくねーな」
鼻を鳴らすランディに、ウェインが「うるせ」と口を尖らせた。
「俺はお前みたいにガサツじゃないんだよ」
「誰がガサツだ。ぶん殴られてーのか」
「やめろ。死んじまうだろ」
顔をしかめたウェインが、「お前、歩く攻城兵器だからな」と更に眉を寄せた。
「誰が攻城兵器だ」
「お前だ。自覚しろ」
ため息混じりのウェインが、「あそこ――」と窓から見える大講堂を指さした。
「講堂のデカい門あるじゃん。アレをこじ開けたい時、お前ならどうする?」
「そりゃ、ぶん殴って――」
「な?」
したり顔のウェインに、「チッ」とランディが舌打ちを返した。このままだと分が悪いと、「俺の事は良いんだよ」と首を振ってまた廊下を歩き始めた。
「結局、北に行くからどうしたんだ?」
「いや……ちょっとお嬢様の様子を見て来てほしくて……」
らしくない小声のウェインを「へぇ」とランディがニヤニヤした顔で覗き込んだ。
「ばっ、そんなんじゃねえ!」
「何も言ってねーんだけど?」
ニヤニヤとするランディを、「その顔をやめろ」とウェインが押しのけて歩きだした。
「ただ元気になさってるか、気になるだけだ」
「ほうほう」
訳知り顔で頷くランディに、「お前……」とウェインが盛大に顔をしかめた頃、ちょうどウェインの目的地である教室にたどり着いた。
「とにかく、元気かどうか見てくるだけでいいからな」
「わーった。わーった」
適当に頷くランディに、「絶対分かってねえ」とウェインのしかめっ面は止まらない。
「まあ出発まで時間があるからよ。昼飯代と恋文くらい用意しとけよ」
後ろ向きでヒラヒラと手を振るランディに、「再試、落ちちまえ」とウェインがしかめっ面で吐き捨て、教室へと消えていった。
背中に届いた罵声だが、ランディは悪い気はしていない。それどころか、朝から響いていた噂話が気にならなくなる程度には、足取りも軽く学園長室へと向かうのであった。




