第138話 人数が増えると試作も賑やか
試作に取り掛かる……となってからのランディ達の行動は速かった。未だ状況が理解しきれていないキャサリンやレオンを伴い、直ぐに学園を飛び出したのだ。
向かう先はもちろん、ランディ達の借家、その裏庭である。今回は一応熱を発生させる装置のため、ある程度の広さと開けた環境が必要なのだ。
辿り着いた裏庭は、ランディやリズにとっては馴染みのある風景だが、キャサリン達にとっては珍しい物しかない。
特に表から見えない日本家屋風の離れに、キャサリンが「これって……」目を丸くする。やはり元日本人として、この建物は気になるのだろう。
ランディとて自慢したいのは山々だが、今は時間が惜しいと改めて図面を広げつつ口を開いた。
「んじゃ、出してくれ」
手を差し出し、「くれくれ」とするランディに、キャサリンが「は?」と眉を寄せた。全く何のことか分からない。そんな雰囲気のキャサリンに、今度はランディが眉を寄せる。
「いやいや。試作の試作くらいあるんだろ?」
首を傾げるランディの疑問はもっともだ。なんせ図面がここまで出来上がり、構想もしっかりと練られているのだ。既に試作一号くらいはあってもおかしくはない。それがなくとも、粗方の素材くらいは集めているだろう。
そんな期待が籠もったランディの言葉に、「あるわけないでしょ」とキャサリンがキョトンとした顔を見せた。
「嘘だろ? こんな図面引いてるのにか?」
「図面引いただけで、試作も素材もまだ……」
言い淀むキャサリンの横でアナベルも黙って頷いた。「マジかよ」と驚くランディに、二人が先ほどあそこを通った理由も、素材の相談だったことを語った。コリーに何か魔獣素材で思い当たるものがないか、相談していたというのだ。つまりまだ構想も構想の段階だ。
他にも職人の手配から、生産体制の確立など、考えることが多い。もう冬も終わろうかという頃だから試作くらいは……と思っていたランディだが、その考えをすぐに改めた。
(普通の女の子二人が集まって、ここまで構想を練っただけ凄いか)
ランディとてクラフトの力を得てから、色々な開発に乗り出したのだ。そう思えば、構想と図面を作り、必要な素材の選定まで始めていた事は、かなりの行動力に違いない。
キャサリンとアナベル、二人して申し訳無さそうな顔をしているが、「よし、なら一から作るか」とランディが手を叩いてその場の空気を吹き飛ばした。
「ルーク、ハリスンに言って木材を出して貰ってくれ」
頷いたルークが、「レオン手伝ってくれ」と駆ける背中を見送って、ランディはリズを振り返った。
「魔石は……リタが管理してたよな?」
「はい。重要なエネルギー源ですからね。幾つか貰ってきましょうか?」
「いや。俺が行ってくる。ついでに布も欲しいからな」
首を振ったランディが、「リズは、形にしといてくれ」と手を挙げてランディも一旦家の中へ。あれだけ言えば、リズならば熱源を発生させる装置のガワを作る事だと分かるだろう。
事実、リタから魔石を幾つかと予備のシーツを数枚貰ったランディが裏庭に戻った頃には、リズが熱源となる装置を作り上げていた。
「まずは安価で入手しやすい鉄で作ってみました」
リズの説明に、ランディが装置を持ち上げた。丸いグリルのような形の装置は、ランディからすると、蚊取り線香を入れる容器に見えなくもない。
「ちっと重たいな」
「やはりですか……」
考え込むリズだが、今はその辺りの改良は後回しだ、とランディが装置に魔石をはめ込んだ。内部がボンヤリと赤く輝く装置は、手を近づけるとわずかに熱を感じられる。
「ルーク――」
呼びかけられたルークが、「ほらよ」と木材を手渡した。受け取ったランディが一先ず机と椅子の形に成型する。机の下の台座は後々考えるとして、まずは本当にこの形で暖まるかどうかの実験だ。
出来上がった小さく縦長な机を装置に被せ、これまたシーツを合成して厚くした布を上から被せた。
「んじゃまー、アナベル嬢。座ってみるか?」
ランディに指名され「わ、私ですか?」とアナベルが驚いた。急に話を振られた形だが、何も適当にアナベルを選んだわけではない。今回わざと縦長に机を作り、椅子もそれに合わせて高くした。
アナベルなら足が届かない程度には高い。
つまり熱源から足先が一番遠くなるのが、アナベルというわけだ。
この形で、上の方まで暖かくなるかどうか。それの確認にアナベルが最適というわけである。
そんな説明を受けたアナベルが「で、では……」と踏み台を使って椅子に腰を下ろして机の中に足を突っ込んだ。
そうしてしばらく……
「あ。暖かいです」
嬉しそうに目を輝かせるアナベルに、ランディとリズが顔を見合わせ、「ちょいとごめんよ」と机の中に手を突っ込んだ。確かにランディとリズの手を暖かな空気が包み込む。だがその感覚に、二人共顔を綻ばせる事はない。ただ顔を見合わせるだけだ。
「どう思う?」
「理論値より効率が悪いかと」
真剣な顔で問題点を洗い出していく二人に、キャサリンは驚いたまま固まっている。
「おい、キャサリン嬢。お前のアイデアだろ? 何か意見があるか?」
ランディに水を向けられ、ビクッとしたキャサリンが「え…と――」と言葉を詰まらせた。
「ちょっとごめんなさい。こんなにすぐ形になると思ってなくて」
申し訳無さそうなキャサリンが、「だから実感とか問題とか……」と更に言葉を詰まらせた。
「そりゃすぐ形になるだろ。これだけ詳細に図面があるんだ」
「そうですね。魔導回路まで描かれていますし」
頷く二人が、「大したものだ」とキャサリンの図面を褒めた。実際二人の言う通りで、形にこそしていないが、効率を考えた設計に加えて、ちゃんと動作するよう魔導回路の設計までされているのだ。
二人にはクラフトという力の恩恵もあるので一瞬だが、仮にどこかの工房に持っていっても、形にするのに然程時間はかからないだろう。
「自信を持て。これだけ練ったお前なら、この試作一号の改良点が見えるだろ」
ランディの発破に、頷いたキャサリンが「アナベル様、ごめん」とアナベルが足を突っ込むシーツを持ち上げ、手を突っ込んだ。
「まず思うに……椅子が高すぎてシーツの隙間が大きいのが一つ」
「それはまあ……すまん。俺の失敗だな」
頭を下げるランディを他所に、キャサリンがシーツを戻して、更に続けるのは彼女なりに考えられる改良点だ。
熱伝導の効率の問題。
グリル形状が、鉄素材に適した設計や厚みでない可能性。
保温性の欠如。
先ほど述べたシーツの隙間が大きいこと。また、シーツ自体の保温性がないこと。
熱源の出力不足。
単純に使用している魔石の出力が弱い。
空気循環が弱い。
グリル周辺に熱が溜まり、上手く空気が循環していない。
どれもこれも、確かにと思える内容ばかりだ。特に素材ごとの形状や厚みが、熱効率に影響を与えるあたりは、ランディとしても中々面白そうなテーマである。
「んじゃまー。一番簡単なところから攻めるか」
シーツを指したランディに全員が頷いて、机を取り囲んで意見を交わし始めた。始まるブレインストーミングに、キャサリンはパレードの時の懐かしさを感じつつも、どこかまだ遠慮気味だ。だがランディ達は、キャサリンを引っ張るようにお構いなしに意見を出し合っていく。
「もっと厚みがいりますわ」
「これ、足だけ入れられたら良いんじゃないすか?」
「なかなかいいな」
「ぎゃ、逆に足が出せる穴とか欲しいかもです。ず、ずっと足を入れっぱなしだと、もしかしたら蒸れるかもしれませんので」
知らぬ間にレオンも参戦し、あのアナベルすら手を挙げて発言する様子に、キャサリンも思わず「に、二重構造の……」と口を開いた。
一斉に注がれた視線に、語尾がすぼむキャサリンだが、そのアイデアに皆が「ありだな」と頷いた。キャサリンがボソボソと呟いたのは、二重に覆うタイプの布だ。内側の布は、初めから椅子と下半身が入るように大きく切れ込みがあり、外側の布がめくれ上がったとしても、内側の布でカバーできるというものだ。
「とりあえず厚みは置いといて、布の形状を変えるか」
「なら、試作を増やしますね」
阿吽の呼吸で、ランディとリズがあっという間に二つの試作を作り上げた。装置自体は先程と同じタイプで、机を覆う布の形状を変えたものだ。
スリットタイプ。
二枚の合わせ布。
そして二重構造。
それらに作り変えた試作品を、全員が順番に体感していく。
結果……
「二重構造がいいわね。ただ、合わせ布も悪くないと思うんだけど」
「なら、外側を合わせ布構造にしたらいいんじゃねえか?」
「採用だ」
「それ、アタシの台詞なんだけど」
湧き出るアイデアと、全員で作り上げていく一体感。気がつけばキャサリンも全員と同じ視線で意見を交わし合っている。
「次は熱効率……というか、熱伝導率の問題だな」
装置のスイッチを切ったランディが、チョンチョンとそれを突き「結構熱いな」と苦笑いを浮かべながら、木の棒で装置を引きずり出した。
「どうなんだろ。これ、図面通りなんだよな?」
しゃがみ込んで装置を眺めるランディに、「一応」とリズが頷いてキャサリンを振り返った。
「加工を見てないから何とも言えないけど、元々装置の素材には銅を使う予定で図面を引いてるのよ」
「銅か……」
呟くランディが、もう一度装置に視線を落とした。鉄に比べて遥かに熱伝導率が高い銅ならば、早い段階で暖かくなるかもしれない。鉄に比べると高価でかつ比重が重いが、確かに効率と耐腐食性などを考えると、銅という選択は悪くないかもしれない。
だがランディにとっても、魔獣素材以外がメインになるのは初めてだ。つまりランディにとって、確保から加工まで未知数だと言える。加えてキャサリンがアナベルとともにコリーを尋ねたとなると……
「キャサリン嬢。これ、銅の確保とかは目処が立ってるのか?」
首を振るキャサリンに、「やっぱりか」とランディが呟いた。銅をベースに計算して設計してみたが、銅の入手と加工にアテが無かったのだろう。だからといって、魔獣素材にアテがあるわけでもないだろうが。
それでも冒険者ギルドという組織がある分、銅よりは分かりやすいのかもしれない。
「ひとまず、銅をベースに装置の作り直しをするか」
ランディの言葉にリズが頷き、「セシリー、キャサリン様手伝って下さい」と二人を伴って、詳細な図面を描き始めた。銅の厚み、形状、そして魔導回路の見直し。
なんだかんだで三人とも学園ではかなり優秀な才女だ。リズは言わずもがな、セシリアの頭脳もそしてキャサリンも――少々残念だが――オツムの出来でいえばランディより遥かに上だ。
そんな三人が、アイデアを出し合う以上、銅を使用した立派な熱源装置が出来る事は間違いない。
そんな三人をチラリと振り返るランディが、小さくため息をついた。
「銅か……」
もう一度呟いたランディは、この国にも銅山があったことを思い出している。帝国との国境付近に跨る巨大な山脈。そこに銅山があったと学んだのだ。そこの領主へ渡りがつけられれば、安定した銅の供給が受けられる。
加えて銅の産出地だ。加工技術もお手の物だろう。
問題があるとしたら……もう一度リズ達を、いやキャサリンを振り返った。
そこの領主とキャサリンとの相性だろう。恐らく彼女もそれを理解しているからこそ、銅素材を一旦保留にしたのだろう。
「確か、【北壁】つったよな……」
思い出されるのは、授業で聞いた厳つい二つ名持ちの領主だ。帝国との国境付近の一部を守り、銅山を抑える北の傑物にして、セシリアやリズ達の実家と並ぶ最古の領地貴族の一つ。そして……
「アーサーとかいう男の婚約者の実家か」
……ランディが最も危惧する事は、その一つだ。学園で好き勝手して、婚約者をたぶらかしていた聖女ならぬ傾国の魔女。その提案を彼らに飲ませる事が、最大の障害だろう、とランディはまたため息をつくのであった。




