第137話 人の縁って不思議だよね
「ふっふっふ。コタツよ」
勝ち誇った笑みを浮かべるキャサリンに、「お前」とランディが呟き……
「いや、お前……」
……と、何とも歯切れの悪い言葉と微妙な表情を浮かべた。
「な、何よ。言いたいことがあるならちゃんと言いなさいよ――」
「あのな。靴でウロウロする文化だぞ。コタツが受け入れられるには、ハードルが高すぎるだろ」
呆れ顔のランディに「そりゃそうだけど」とキャサリンが口を尖らせた。
「でも、気密性もない、断熱も弱い住宅じゃエアコンよりもコタツの方が良いじゃない」
口を尖らせるキャサリンが、「色々考えてるわよ」とコタツの図面を指さした。それは普通のコタツとは少々毛色が違う。ハイタイプとでも言えばいいだろうか、椅子やソファーでの使用を考慮した形は、キャサリンの言う通りこの世界の文化に合わせたのだろう。
「まあ言わんとすることは分かるが……」
図面に視線を落としたランディが、もう一度細部を確認する。
ソファや椅子に座ったまま使えるデザインは言わずもがな。その他にも細部でこだわりが見える。
まず日本のコタツとは違い、熱源は足元だ。
机の下に、穴の空いた板と、それにはめ込む熱源が描かれている。足元が狭くなりそうだが、足元のスペース確保の重要性も書き足されている。つまりは、この板は熱源をはめ込むのと同時に足置きでもあるわけだ。
次にデザイン。色形もこの世界のインテリアに寄せてある。木目調の脚やガラス天板など、いわゆるモダンな雰囲気だ。
最後にコタツをコタツたらしめるコタツ布団。防水性と防汚性を考慮するような注意書きが見える。これだけでも、靴のまま使用する事を考慮されている事がよく分かる。
それだけではない。数枚綴りの熱の籠もった図面は、マーケティング戦略とまでついているのだ。
エネルギー効率を強調する宣伝文句に、団らんの象徴としての紹介文。
カメラでも見せた実演販売やイベントの開催。
それらを確認したランディが、「へぇ」と感心した声をもらした。
「まあ、殆どブラセロとメサ・カミージャのパクリなんだけど」
肩をすくめるキャサリンに、「ブラ? は?」とランディが首を傾げた。
「ブラセロとメサ・カミージャよ」
ため息混じりのキャサリンが「知らないの」と眉を寄せながら、スペインの南部であるアンダルシアには、メサ・カミージャという特殊な形のテーブルに、ブラセロという暖房器具をセットしたコタツに似た暖房器具があると力説している。
「へぇ。初めて知った」
思わず感心したランディが、「日本独自の文化だと思ってたが」と続ける。まさかスペインにコタツがあるとは知らなかったランディからしたら、中々面白い話なのだ。
「スペイン以外でも、イランにもまんまコタツのコルシがあるわよ」
それも初耳だ。どうやら世界的に見ても、日本人と同じような考えに至った民族がいたようだ。ならば異世界でも需要があると見るのは悪くはない。
アイデアも悪くない。
住宅の断熱や気密性へ着目したことも良い。
そして元日本人なら、コタツの魔力は嫌という程理解している。
よくよく練られている。だがそれだけに惜しい。というのがランディの率直な感想だ。
自分が楽しみたい、という趣味での開発なら全力で応援出来るが、ビジネスとして展開するなら、この方向性ではどうしても超えられない壁がある。
ランディとしては、あまり人のアイデアにケチをつけたくはない。だがこのままでは間違いなく転ぶ未来しか見えない。
とは言え……とは言えだ。考えられたアイデアは「駄目だ」と一蹴するには勿体ないのも事実だ。ランディには無かった知識と着眼点は、素直に賞賛すべきだとも思っている。
だから……
「どう思う……」
……図面を持ったまま振り返ったランディの視線の先には、「気づいてました?」と驚くリズの姿があった。
既に試合も終わり、キャサリン達と話し込むランディにこっそりと近づいたのだろう。驚いた顔は少しだけ不満げなのだ。
「ちゃんと見てたからな」
「後ろ向きだったのに、ですか?」
頬を膨らませたリズに、「後ろにも目がついててな」とリズがあの後も、こぼれ球を拾い、セシリアに繋げてゲームが決まった事を言い当てた。
「……合ってます」
何故か不満げなリズに、「だから言ったろ?」とランディが肩をすくめてみせた。
「んで、どう思う? キャサリン嬢のアイデアだそうだ」
図面を手渡したランディに、「これは……」とリズがしばし図面とマーケティング戦略図を見比べ……そして渋面を浮かべた。隣のセシリアにも共有するように、リズが図面を少し傾ければ、セシリアもリズと同じような渋い顔をしている。
「アイデアは面白いと思いますが……」
「少々難しいかもしれませんわ」
渋い顔を見せる二人に、「なんでよ」とキャサリンが眉を寄せた。
「そうだな。理由は色々あるが……」
ランディはまず、このコタツ計画におけるいい部分を語りだした。
靴を履いたまま家の中を歩く文化への配慮は分かる。確かに足元の冷えを感じないように、分厚い絨毯や、保温性の高いブーツなど、既に幾つものアイデアが世の中に出回っているが、冷える時は冷える事に変わりはない。
キャサリンもそれを分かっているからこそ、コタツにたどり着いたのだろう。自前で気密性を上げられ、効率よく足元が暖められる。
「なら、いいじゃない?」
口を尖らせるキャサリンに、「わ、私もいいと……」とアナベルが頷いている。
「まあ待て。問題点は、製品の特性とマーケティングが合致してない所だ」
アイデア事態は面白いと思うが、ランディが最大の問題だと思ったのが、家族の団らんの象徴としてのコタツである。
足元を冷やさない。確かにフローリングや大理石出できた床は、冬の底冷えが激しい。だからこの設計では足元に熱源だ。
足元が冷えすぎるからこそ、上からではなく下から熱する。確かに理にかなった設計であるが、その場合どうしても足元のスペース確保が重要になってくる。家族で団らんなどしようものなら、サイズが比例して大きくなる事は避けられない。
「デカくなりゃ、その分熱源にもエネルギーが要る。そうなりゃお高くなって、あまりエネルギー効率の恩恵が得られない」
「確かに」
渋々ながら頷くキャサリンが、自分の書いた図面を見つめた。
「それとな。家族団らんはあるにはあるが……コタツでまったりテレビ。みたいな長さはない。飯食って、少し話しして、後は明日のために寝る。それが平民のサイクルだ」
ランディの言葉に頷くのは、リズとルークだ。
団らんが無いわけではない。だが、貴重な時間でもあるし、食事を摂り暖炉の前で思い思いに過ごすことも多い。卓という限られたスペースでは、少々窮屈に感じられるかもしれない。
「それと悪い報せだが……俺達は冬休みの間に、発熱する肌着を開発した」
その一言が何を意味するかを理解できたようで、キャサリンが「うそ……」と呟いた。発熱する靴下が出回れば、足元をピンポイントで暖めるコタツが苦戦を強いられるのは目に見えている。
常に足元にコタツがくっついているようなものなのだ。わざわざテーブルに足を突っ込む必要はない。
「なら……これは駄目ってこと?」
分かりやすく項垂れるキャサリンに、「いんや」とランディが首を振った。
「駄目とは言ってねー」
そんなランディに、キャサリンもアナベルも、分からないと言った具合に首を傾げている。
そんなキャサリン達の後ろから、「聖女様、ずっと待ってたんだけど」とレオンが駆けてくるのが見える。
「ちょうどいい」
レオンを見たランディが笑い、「レオン」と状況の分かっていないレオンに手招きをした。
「あ、ランドルフ様。こんちゃーす」
相変わらずユルい騎士だが、そこがキャサリンにとって良いのだろう。そんなレオンに「悪いな」と言ったランディが、キャサリンの手元にあった図面を指さした。
「レオン、それにルークとリズ……マーケティングは抜きに、お前ら率直にこれ、どう思う?」
ランディに声をかけられた三人が顔を見合わせ、同時に頷いた。
「良いと思います」
「良いんじゃね?」
「めちゃ良いっすよね」
三者三様の言い回しであるが、誰もが「良い」という評価に、キャサリンはもう何が何だかという具合で目を白黒させている。
「言ったろ。アイデアも着眼点も悪くねー。ただ悪いところがあるとすると、マーケティングが悪い……中でも、ターゲッティングがミスってるんだよ」
「ターゲッティング?」
首を傾げたキャサリンに、ランディが説明するのは、ターゲットが家族単位であるという点だ。どうしても日本人ならではの思考で、コタツ=団らんのイメージが抜けなかったのだろう。
だが目的は足元をピンポイントで、効率的に暖めるという事だ。
「お前、書類仕事とかしてんだろ?」
「そりゃまあ」
「そん時足元冷えるだろ」
その発言だけで、ランディが何を言わんとしてるか気づいたのだろう。「個人向け……」とキャサリンが呟いた。
何も難しい話ではない。リズもルークもレオンも。場合によっては書類仕事がある。だがセシリアのようなお嬢様と違い、騎士や文官の執務室に暖炉があるとは限らない。
いくら絨毯を敷いているとは言え、その厚さはやはり身分に比例する。
彼らは冷える足元に耐えるため、靴下を二重にしたりブランケットを掛けたりと少なくない努力をしている。中には熱した石を足元に置く人間もいるそうだが、効果に持続性などない。
「例えばだが……この下板だけを執務机の中に入れて――」
「入口を布で覆うだけでも――」
「そゆこと」
頷いたランディに、キャサリンが図面をもう一度見た。
「もちろん、その形でも作って売り出しゃいい。移動ができるのは強みだからな」
「そうですね。持ち運びが出来る暖房器具は、色々需要がありそうです」
例えばデスクワークに。
例えば勉強机に。
例えば倉庫などの半屋内での軽作業に。
もちろん、趣味にも使える。
小回りが効くのは、暖炉やランディ達が開発中の大型暖房器具と違って、非常に使い勝手が良い。
「発熱靴下が出来れば、最大のライバルになるだろうが……まだ発熱系アイテムの展開は未知数な部分が大きい」
ランディの言葉にリズも頷いた。耐用年数試験も強度試験も終わっていないのだ。靴下などの超消耗品がどの程度持つかも分からない。
「個人的には、発熱する靴下は外仕事や行軍の時だけでいいな」
「そうすね。俺は、事務仕事だけ寒いんで、その時以外は別に暖かくなくて良いかな」
ルークやレオンの言葉に、キャサリン自身も「確かに」と頷いた。案外動き回っている時は気にならない足元の冷えも、止まっていると嫌という程感じるものだ。そんな時発熱靴下があればいいのだろうが、発熱靴下だと常時暖かいままだ。
もちろん一定の温度になれば発熱が収まるが、その頃には人によっては足汗をかくだろう。
「つまり……可能性はまだある?」
「可能性しかねーだろ。個人用で成功したら、家族向け需要も出るかもしれねーしな」
「ですね」
頷く二人に、キャサリンが緩みそうになる口元を引き締め、図面を握りしめた。
「よし。早速試作に取り掛かろうぜ」
ランディの号令で、キャサリンとレオン以外の四人が「おー!」と拳を振り上げるのだが……
「は? え? 何で……」
キャサリンに至っては、理解が追いついていない。自分がやると決めた事なのに、リズやランディが協力する意味が分からないのだ。
「何でってお前……」
「のんびりしてたら、冬が終わってしまいますわよ」
セシリアの言う通り、既にもう二月に入っているのだ。北の方であればまだまだ大丈夫だが、王都周辺や南でのコタツが必要とされるだろう時間は、あまり残されていない。
「なんだ? もしかして自分で全部やりたい派か?」
それなら悪いことを言った、とランディが頭を下げかけた時、「そうじゃないけど」とキャサリンが首を振った。
「ア、アタシに協力するメリットってなくない?」
首を傾げるキャサリンに、「大アリだ」とランディが首を振って、図面に記された一文を指した。
「教会産、綿花を使用……。つまり教会は荘園で綿花の栽培と加工をしてるんだろ?」
「そりゃ、僧服とか自前だし……」
キャサリンの言葉にランディ達が顔を見合わせた。綿花を使用し、僧服まで準備している。そしてその人手が今いくらか余っているというのだ。
「キャサリン嬢。教会であぶれた人間を、ウチで働かさねーか?」
元悪役令嬢(の主人)と、元主人公の共同戦線が本格的に決まった時であった。




