第078話:魔王と十字軍
小説版「ダンジョン・バスターズ」第一巻、オーバーラップノベルス様より好評発売中です。
千里GAN先生が描いた「妖艶なるくノ一」を堪能ください。
皆様、ぜひぜひ宜しくお願いいたします!
【バチカン教国 教皇庁DRDC】
ヨーロッパ各地に出現したダンジョンのうち、歴史的建造物や重要な基幹道に出現した「完全消去が望ましいダンジョン」を優先して討伐しているのが、ヨーロッパ三大騎士団によって結成された「ダンジョン・クルセイダーズ」である。数世紀ぶりに結成された「十字軍」によって、ヨーロッパのダンジョンは次々と討伐されているが、その難度はDランクとCランクに限られている。その背景としては、クルセイダーズたちがBランクのままという理由もあるが、それ以上に大きいのは教皇庁の意思が働いていたためである。
「私たちはダンジョン・バスターズとは事情が異なります。彼らは日本国内に出現したダンジョンを中心に活動していましたが、EU加盟国だけで四一箇所、ルーシー連邦やオスマン共和国、さらにプロテュート信仰の国ですが、ブリタニア王国まで加えれば六〇を超えます。主は、たとえ異なる信仰を持つ者であろうとも差別すること無く、試練をお与えになりました。私たちは宗派を超えて、協力し合わなければなりません」
クルセイダーズを統括するのは教皇庁に新設された「十字軍によるダンジョン討伐のための部署(DRDC)」である。長官の名前は坂口・ステファノ・宏枢機卿である。日本生まれ、日本育ちの元日本人だが、現在はバチカン教国の国籍である。坂口は、元日本人らしい勤勉さと柔軟性で、各国からの要望を取りまとめ、ダンジョン・クルセイダーズが活躍するフィールドをヨーロッパ全土から北アフリカに至るまで拡張させた。
そのバチカンに、南米でもっともカソリック教徒が多いブレージルが救援を要請したのは、いわば必然であった。坂口はただちに、クルセイダーズを招集した。
「ロルフ・シュナーベル、出頭しました」
「よく来てくれました。クルセイダーズの皆さん」
ダンジョン・クルセイダーズは、ロルフ・シュナーベルが束ねる第一軍の他に、騎士団やカソリック信者の中から若年の者を「候補者」として選抜し、ローマのダンジョンでブートキャンプを行なっている。第一軍はまたたく間にCランクまで駆け上がったが、候補者たちの成長は緩やかで、Dランクに到達した者が何人かいる程度である。用件の前に、そのことを簡単に伝えると、アルベルタ・ライゲンバッハが苦笑いして首を振った。
「皆さんと比べると、少し甘いのかもしれませんね」
「いや、それが普通だと思います。我々が、というよりダンジョン・バスターズが異常なのです。正確には、アレを束ねているヘル・エゾエが狂っています。風呂に入らずとも死にはしないとか言って、二週間もダンジョンに閉じ込められたときは、本当に気が狂いそうでした……」
アルベルタは遠い眼差しをして、乾いた声で笑った。坂口も苦笑して温くなったエスプレッソを一口啜った。
「さて、今日皆さんに集まっていただいたのは、敬虔なカソリック信徒が多くいる南米の国から、救援依頼が来たためです」
ロルフたちの顔つきが変わった。ダンジョンの出現、魔物大氾濫の可能性という人類の危機を利用して、先進各国を脅しているテロリストの存在は、EUでも重大視され連日ニュースになっている。
「ブレージル政府からの要請ですか?」
「ブレージルは南米最大の国家で、その多くがカソリック信徒です。この数年間、南米とアフリカでカソリック信徒が増えました。全世界での信徒の数は、十三億に届こうとしています。そのうち一億七千万人がブレージル国民なのです。ローマ・カソリック教会として、ブレージルの悲鳴を無視することはできません。十字軍に、ジョーカーを倒していただきたいのです」
「ちょい待ち」
足を組んで座っていたマルコ・モンターレが手を上げた。口調はヘラヘラとしているが、目つきは真剣そのものだ。
「ブレージルのダンジョンを討伐しろってんなら引き受けるよ。でもそうじゃないよね。ジョーカーを倒すってことは、つまり殺すってことでしょ? 魔物じゃなくて、人間を」
「………」
坂口は無言のままであった。マルコの言うとおりである。問題はこれが「殺人」になるということだ。ダンジョン・バスターズが動かない理由は、民間人である江副たちが地球の裏に行って、同じく民間人のジョーカーを殺した場合、法的には殺人罪が適用されてしまうからだ。どれほどジョーカーが悪人であろうとも、法的に認められた者以外が人を殺した場合、それは「犯罪」なのだ。
「当然、ブレージルは日本にも依頼したでしょう。あの国は日系人が多いですから。ですがシニョール・エゾエは東南アジアのダンジョンを優先した。動かないのではなく、動けないのですね? だからバチカン教国が認めた『軍』である私たちが動くと……」
フランツ人の神官、レオナール・シャルトルはそう言って十字を切った。クルセイダーズの他のメンバーたちも暗い表情をしている。彼らはダンジョンを討伐するために結成された。魔物が相手ならば、それがたとえ地上であろうとも躊躇うこと無く戦うことができる。だが相手が人間となれば、話は大きく変わる。十字軍とはいえ、人が死ぬことが当たり前であった中世とは違うのだ。
「これは、七〇歳になる老人の独り言なのですが……」
若者たちの様子を見て、人生経験豊かな年長者は静かに語り始めた。
「ジョーカーは本当に、世界を滅ぼすつもりなのでしょうか?」
【ブレージル アマゾナス州マナウス近郊】
「撃てッ!」
迫撃砲が一斉に白い煙を吐き出す。音を立てて榴弾が落ちてくる。衝撃とともに大地が抉られ、鋼鉄の破片が四方に飛ぶ。だが分厚い盾を構えた魔物たちによって、魔王軍にはなんのダメージもない。
次に戦車の火砲が盾を直撃する。それでも凹みすらできない。SRランク装備「一ッ目巨人の神鋼鉄盾」は徹甲弾すら防いでしまう。
「ゴブリンさんや、懲らしめてやりなさい」
Bランクに進化したゴブリンが、手榴弾を一斉に投げる。だが距離や速度が可怪しい。五〇〇メートル離れた場所から投げたのに、手榴弾はブレージル兵士たちの頭上で爆発した。時速数百キロの速度でなければこうはならない。さらには白煙弾まで混じっていたようで、マナウス近郊のブレージル軍は次々と白煙に包まれていった。
「続いて、飛竜の登場だぁ! ジャジャーンッ!」
一〇枚のカードを放り投げると、そこからワイバーンが出現し、ブレージル軍に襲いかかる。上空から火炎放射を受け、地上軍は逃げ惑った。ヘリコプターからの銃撃は聞かず、有線誘導式ロケット砲もワイバーンの常識外の空中機動で躱されてしまう。
「これが魔物…… これが魔王軍か……」
アマゾン川沿いの大都市マナウスを防衛すべく、ブレージル軍は集結していた。ブレージル陸軍アマゾン軍の総司令官ジュンペイ・カルロス・サイトウ陸軍大将は、司令部内で報告を聞いて拳を握りしめた。魔王軍の戦力については、ガメリカから情報がもたらされているが、具体的な実践データはコロビアン空軍との一戦しかない。そのためマナウスに司令部を置くアマゾン軍の任務は、遅滞戦闘をしつつ可能な限り、データを集めることであった。だが集まってきたデータは、これまでの常識から大きく外れていた。
「まるで、自律思考するロボットと戦っている気分だ。無反動砲での狙い撃ちが成功したと思ったら、次には対処してくる。あの飛竜もそうだ。ヘリコプターと同じようにホバリングしつつ、次の瞬間にはジェット機なみの速度で移動する。その機動力で白煙を撒き散らしてこちらの眼を奪い、口からの火炎放射で仕留めに来る。一戦ごとに、個体の魔物がそれぞれ学習しているかのようだ」
兵器が通用したと思ったら、次は装備を整えて対処してくる。ジェット機による上空からの垂直攻撃や夜間急襲などの各戦術も、通用したと思ったら次には対策が取られてくる。さらにはこちらの戦術を応用して、自分たちの能力を重ねて使ってくる。個々の魔物がそれぞれ兵器であり、戦士であった。
「第一二軍管区からの報告、あと三時間で避難が完了します」
「よし、第三防衛ラインまで撤退する。あと三時間粘れ!」
兵士の数も兵器の数量もブレージル軍のほうが圧倒しているはずなのに、魔王軍に押され続けている。サイトウは冷静になれと自らに言い聞かせて、指揮を取り続けた。
「フヒヒヒッ! これで魔王軍の戦い方が全世界に知れ渡ったことになるな。ガメリカやNATOの連中も、さぞ驚いてることだろう」
ジョーカーはその場で小躍りした。青髪の少女が無表情でその様子を眺めている。ン~チャチャチャ!と踊っているジョーカーに、部下が報告を入れてきた。
「ボス、ブレージル軍が下がっていきます。マナウス市街が見えてきました。市街戦になるでしょうか?」
「そうなってくれれば有り難い。こちらとしても、市街戦の『演習』はしておきたいからな。急がず、緩やかに追撃しろ。それと犠牲になった魔物の報告をあげさせろ。具体的にどういう状況で、どんな武器を食らって犠牲になったのかも、できるだけ正確にな」
戦果の報告を受けて、ジョーカーは部下にメモを取らせた。一通りの報告を聞いた上で、疑問点はないか、もっと他のやり方はないかを全員で検討する。
「医者は手術の前に必ずブリーフィングを行い、患部に対してどのようにアプローチするかを検討する。そして正確かつ迅速に手術を行った後は、成功でも失敗でも、手術後に振り返りを行い、次への課題を考える。戦争もまったく同じだな」
「ボス、市街戦の場合はどうされます?」
「そうだな。スケルトンを使ってみるか? 現代の兵士は銃器で戦うことに馴れてる。だがスケルトンは骨だからな。弾が当たってもすり抜ける可能性が高い。接近戦になれば剣のほうが有利だ」
「もし住民が残っていた場合は?」
「保護しろ。ブレージルへの良い人質になる。もっとも、恐らく大半は避難しているだろうから、マナウスは無人だろ。棄てていったモノを拾うのは略奪じゃない。住民がいない家、店舗は好きなようにしろ。食い物、着る物、家電類…… みーんな貰っちまえ」
「イヤッホォ~ゥ!」
部下たちが歓声を上げる。魔王軍はジョーカーによって厳しく統制されている。無抵抗な住民の殺傷や暴行、略奪行為はその場で死刑だ。実際、コロビアンでは調子に乗った元犯罪者が子供に手を出そうとして、ジョーカーに生きたまま細切れにされた。恐怖によって部下を統制しているが、息抜きは必要である。数十万人が住んでいた街を丸ごと貰うのだ。ベニスエラに運ぶ家電類なども相当な量になるだろう。
「お前ら! 燥ぐのはいいが忘れるなよ! ブレージル軍や、銃を向けてきた奴は仕方がないとしても、無抵抗な住人には絶対に手を出すな!」
エルロデオ刑務所からジョーカーに従ってきた男、シモン・クラウディオが眉間を険しくして注意する。刑務所内で癖のある犯罪者たちを束ねていただけあり、統率力があった。
「よし、そろそろ行くか」
魔王とその部下たちは、再び侵攻を開始した。
【バチカン教国 教皇庁DRDC】
「ジョーカーは本当に、世界を滅ぼすつもりなのでしょうか?」
DRDC長官の坂口が口にした疑問に、ロルフたちは首を傾げた。ジョーカーたちは地上に魔物を顕現させ隣国を侵略、ダンジョンの権利を接収している。軍隊と激突し多数の死傷者を出している。その目的は一〇年後の魔物大氾濫によって人類を滅亡させること。あるいはそれをネタとして先進国からカネを引っ張り出すこと。ロルフたちをはじめ先進各国の政治家や分析官たちはそう考えていた。
「確かにそのように見えます。ですが、私には疑問なのです。人間はジョーカー一人で、あとは全員魔物というのであれば、皆さんと同じように考えたでしょう。ですが、ジョーカーには人間の部下がいます。彼らはおそらく、動画撮影や編集ばかりではなく、ダンジョン攻略もしているでしょう」
「それが、どうしたのいうのです? 単独ではなく複数のテロリスト犯というだけではありませんか?」
アルベルタの疑問に、坂口は首を振った。
「この歳まで生きたからこそ、見えるものがあります。人は、絶望にはついていきません。希望についていくのです。ジョーカーの部下たちは、魔王ジョーカーに、そして彼が成そうとしている未来に希望を抱いているのです。その未来が『人類滅亡』というのは、すこし可怪しくありませんか?」
「つまり、あのテロリストが言う人類滅亡とはパフォーマンスに過ぎず、本音はダンジョンをネタに俺たちからカネを強請ろうって話でしょ? 向こうにも言い分はあるかもしんないけど、俺っちは冗談じゃないね」
「マルコ、長官に対して失礼だぞ」
アルベルタに言われて肩を竦める。そしてマルコの言葉を引き継ぐように、アルベルタが疑問を提示した。
「マルコの意見にも一理はあると思います。ジョーカーの狙いがダンジョン、そして魔物大氾濫を担保とした脅迫であるならば、これは国家間の問題であり外交交渉で解決すべきではありませんか? 十字軍は『主の尖兵』としてダンジョンの討伐が使命です。政治の道具として人を殺すなど、我々の使命とはかけ離れていると思うのですが?」
アルベルタの意見に、ロルフをはじめ全員が頷く。教皇の勅命によって数百年ぶりに結成された十字軍は、その存在だけでヨーロッパの人々に希望を与えている。一つのダンジョンを討伐するたびに、その国では大々的に放送され、週末になると大勢の人々が、教会で祈りを捧げるようになった。
その十字軍が、カソリックのためではなくEU連合の利益のために殺人を犯すなど、許されることではない。それを許せば、自分たちの存在意義そのものが問われることになる。ロルフたちの意思は、明確な「拒絶」であった。
「ブレージルからの依頼は、魔王軍の侵攻を止めて欲しいというものです。そこに、ジョーカーの排除は含まれていません。必ずしも、ジョーカーを殺す必要はないのです」
「ですが、意味としては同じでは……」
詰め寄ろうとするアルベルタに対して、坂口は左手をあげて止めた。
「話を聞きなさい。私は、ジョーカーは単なるテロリスト以上の何かを秘めているのではないかと思うのです。魔物大氾濫をタテに世界を揺さぶろうというのであれば、なにも隣国まで侵攻する必要はないでしょう。ベニスエラで政変を起こした後は、新たな政府が国連なり二国間交渉なりで話をすればいい。なぜ彼は『魔王』を名乗り、組織を結成し、他国に侵攻するのか? それを明らかにしてほしいのです」
「つまり、我々にジョーカーと接触しろと?」
坂口が頷くのを見て、ロルフは顎に左手をあてて考え込んだ。
「わざわざ『魔王』を名乗った。私はそこに、彼の意思があるのではないかと思うのです。ですが所詮、これは私一人の見解に過ぎません。ジョーカーは恐らく、皆さんと同等の強さを持っているでしょう。彼に接触し、話ができるのは十字軍だけなのです」
「……了解しました。もしジョーカーが狂ったテロリスト、あるいは脅迫による私益を目的としているならば、総力を上げて確保することを目標とします。難しい場合は身動きができない程度に怪我を負わせるかもしれませんが、殺すことはないでしょう。あとは法で裁けばいいのですから。問題は、長官の言われるような『何か』があった場合ですが、私には判断がつきかねます」
「その時は、全力で撤収してください。殺す必要も捉える必要もありません。一刻も早く撤退し、情報をバチカンに持ち帰ってください。正直に言うと、私はジョーカーが狂っていたり、あるいは私利私欲を目的としたテロリストであったりすることを願っています。もし彼が、それ以上のより大きな目的のために動いていたとしたら……」
そこで坂口は口をつぐんだ。クルセイダーズのメンバーは顔を見合わせ、坂口の言葉を待つ。だが数瞬をこらえきれずに、クロエ・フォンティーヌが聞いてしまった。
「……動いていたとしたら?」
「……黙示録が現実になる。人類終末戦争が起きるかも知れません」
そして坂口は口を噤んだ。その鎮痛な表情に、それ以上を問いかけることはできなかった。




