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十一. 1867年、花屋町

1867年、花屋町


坂本 龍馬暗殺から遡る事7ヶ月。

慶応3年(1867)4月23日、紀州藩船『明光丸』と海援隊の『いろは丸(伊呂波丸)』が、瀬戸内海備後鞆(とも)ノ津沖を航行中に衝突し、いろは丸が沈没するという事件が起る。

海援隊隊長であった坂本は紀州藩に多大な賠償金を突きつけ、坂本の提示した万国公法を前に紀州藩は談判に敗れた。

結果、8万3000両の賠償が命じられ、11月7日、長崎に於いて7万両が支払われたのであった。

この事件で、海援隊と紀州藩の間には禍根が残される事となる。


「・・・新選組(われわれ)の疑いは、まだ晴れませんな」

近藤は慌しくも、藤堂の死を弔う間も無く要人と顔を合わせていた。要人の名は三浦 休太郎。紀州藩士であり、紀州藩代表として坂本といろは丸事件の賠償問題について交渉した人物であり、今回の事件の主役だ。斎藤 一が山口 二郎である事を知る新選組外部で唯一の人間で、新選組にとっても非常に重要な人物であった。

「何も新選組だけじゃあないさ。見廻組も疑われている。海援隊(やつら)は坂本を殺した下手人を洗い出すのに熱くなり過ぎて、手当り次第に佐幕派を狙っている。だから気にするなよ」

三浦は足を崩し、気楽な姿勢で近藤を励ました。三浦も叉、坂本殺害の下手人として海援隊に狙われているとの話だ。

二人が話をしているのは油小路花屋町の天満屋(てんまや)。三浦馴染の旅籠(はたご)で、御陵衛士の斎藤が山口となって新選組に復帰する迄を此処で匿った。詰り三浦は、新選組にとっての恩人でもあるのだ。

「いやはや、恩を仇で返す様な形になって非常に申し訳無い」

「何を言っているんだよ。だから新選組(きみたち)が護ってくれるんだろう?山口君が護衛がいいな。彼とは叉酒でも飲み交したいと思っていたところだ」

三浦は鷹揚に言い、酒好きらしく舌舐めずりをした。

伊東が死んでも伊東等の証言は生きており、でっち上げられた数々の物的証拠から新選組は依然として坂本殺害の容疑が晴れず、つい先日も近藤は永井 尚志に訊問を受けてきた。

三浦に向けられた疑いは、新選組が下手人の容疑を受けている事と関係が深い。いろは丸事件で坂本に敗北した三浦が逆怨みし、新選組に命令して暗殺させた黒幕なのだというのである。

「そんなに器の小さい男に見えるかよ、俺が」

三浦はくっくっと喉を鳴らして笑う。器が小さいどころか、命を狙われる様になる迄坂本との論戦を確執と意識していなかった男だ。

「ん~、んまい」

三浦は如何にも美味しそうに熱い茶を飲んだ。何事も愉しむ心の余裕がこの男にはある。

「山口君といい、新選組には茶を淹れるのが上手くて寡黙な隊士ばかりがいる気がする」

「・・・・・・いや、大半の隊士はうるさい位に賑やかです。アイツ等の様な隊士は少数派なのですよ」

山口の様なタイプの人間を気に入る三浦も物好きだが、新選組の個性豊かな実態を熟知している近藤は思わずマジレスする。

「あの二人は、隊の中でも似ている事で有名ですからな」

「猶更貴重な存在だな。刻が来る迄ゆっくり此処で癒していくと良い。腹心は得てして酷使しがちだが、休ませる事も重要だぞ。特に怪我をしている間は」

言いながら三浦は襖を開いて、もう一杯欲し~な!と隣の部屋に呼び掛ける。近藤は三浦の適当さ加減にズッコケた。

・・・併し、その適当さに救われているのも確かである。

「・・・では、近く山口・大石等を此方天満屋に配備致します。山口に続いてうちの隊士を、何卒宜しくお願いします」

三浦が近藤に向かってゆるゆると手を振る。元来気張った性格でもない近藤は、ついつい手を振り返して仕舞いそうになりながらも耐え、天満屋を出た。外では島田が、馬を落ち着かせ待っている。




―――山口 二郎と大石 鍬次郎、吉村 貫一郎等十数名が天満屋に到着した。12月7日(1868年1月1日)の日暮れである。

襲撃対象である三浦に面を通す前に新選組を迎えた天満屋の者は、顔の左側を包帯でぐるぐる巻きにし、肌が垣間見える様な具合に緩く巻かれた長着の下も包帯で覆われた不気味な男だった。辛うじて露出している顔の右側も、長い前髪の為に口許しか視えない。

「新選組の者だ」

「・・・お待ちしておりました。どうぞ」

男は舐める様な上目遣いで山口を見つめると、彼等を座敷へ上げた。・・・男の顔の角度に依っては、前髪の間からちらりと眼が視える。

「・・・・・・」

山口のすぐ後ろを歩いていた大石は、口笛を吹きながら山口を流し見る。

吉村 貫一郎や、凸凹三人組等の一期後に入隊し、八十八と共に一番隊に属した壬生浪士からの古株隊士である蟻通(ありどおし) 勘吾もぴくりと肩を震わせた。

併し山口は、特に目立った反応を示す事無く松明がつくる男の影を踏んで歩いた。


「海援隊は西洞院通の料亭を集合場処としている様だ」

三浦は手酌で酒を注ぎつつ、言った。流石、情報が早い。隊士が気を利かせないのを許す様な拘りの少ない人間だが、根は真面目だ。酒を飲み交す時も基本的には政治や情勢、今後の構想等緻密で如何にも頭を使った話をする。山口は剣術以外の事には疎い為、毎度適当に聞き流しているのだが、時間が経って酔いが回ってくると話はどんどん複雑化していき、相槌を上手く出来なければ割と面倒な事になる。

今回に於いても、狙われている身でありながら情報を仕入れて自分で海援隊の動きを組み立てて愉しんでいる。真面目な内容を好む適当な男、と謂ったが正しかろうか。併し新選組には有り難い情報だ。

「―――敵は16人、という風に聞いておりますが」

「ああ、その様だ。でもまぁ、之だけ隊士(みかた)がいれば斬り合いに関しては大丈夫だろ。剣の腕は海援隊の陸奥なんかより新選組(きみたち)の方が余程達つ」

三浦は、海援隊隊士の陸奥 陽之助が、中岡 慎太郎を隊長とした陸援隊の隊士を(けしか)け、天満屋のある花屋町から通りを一つ左に曲った処の料亭に集結しているという事まで把握していた。彼等の中に、凄腕と恐れられる十津川郷士・中井 庄五郎もいるらしい。

実はこの中井 庄五郎、斎藤時代の山口と四条大橋で1年前に斬り結んでいる。

海援隊(やつら)が来るのは亥の刻らしいな。あと一刻(いっとき)程度か。ここで一つ、相手を誘き出してみるのもいいもんだな。

―――酔っても闘える様な酒に強い隊士がきちんと此処に来ているんだろうな!?」

三浦は何よりも其が大事!という顔をして隊士一人一人の顔を見据える。飲めない、或いは飲まないなどと言おうものなら如何なる事やら判らない。

隊士がたじたじとしていると、視線を逸らしている様に見えてその実三浦の杯をガン見していた山口が

「御心配無く。我が組でも選り抜きの酒豪を連れて参りました」

・・・じゅる・・・口からよだれを垂らしながら何やら適当な事を言う。・・・それ、お前が単に飲みたいだけだろ。

「・・・・・・ひゅー♪」

「・・・!」

・・・隊長山口の適当さ加減に、大石が思わず口笛を吹く。大石はまぁ、最近出番が増えているからいいのだが、蟻通 勘吾等は初登場で何のキャラづけもされていないのに酒豪という設定だけ決って仕舞った。之は作者のせいではない。


「♪~♪~♪~」

山口の無茶ぶりを受けて、大石 鍬次郎が唄を奏でる。即興であるが結構上手い。そこは御三卿・一橋家の近習番衆の息子。教養は何気に高い。

併し、割合酔っている様で、意外にも綺麗な裏声には多少のふらつきがある。そこが叉この人斬りの男からは想像できない艶っぽさを演出していた。

「彼はいい特技を持っているなぁ」

無言で酒を口に運び続ける山口の隣で、三浦は感心した様に言った。この事件で名前だけ有名になった宮川 信吉や梅戸 勝之進、そして蟻通等の隊士は過剰な程に騒いでいる。之ぞ宴会と呼べるものに迄亥の刻頃には盛況していた。

「・・・・・・」

―――覆面で顔を隠した男達が天満屋に入る。するすると2階の階段を足音を立てずに上り、先鋒の背の高い男が聞き耳を立てた。

『―――既に酒が回っている様だ』

先鋒の男はそう判断すると、手招きをして他の仲間を呼ぶ。部屋の前に来た先頭の男に合図を出し「飛び込め」と低く呟いた。

『応』


からり

―――大石の唄が已む。

・・・一同、驚く事も無く突如襖を開いた招かれざる客を見上げた。全員眼が据わっている。

男は驚異の瞬発力で新選組隊士の押し並ぶ真只中を駆け抜けると、一直線に床柱を背にする奥の男の許へ詰め

三浦氏(うじ)其処許(そこもと)かっ」

―――相手が答える間も与えず、抜き打ちで刃を浴びせ懸ける。

「―――っ!!」

三浦は咄嗟に身をくねらせ倒れる。命に別状は無いが、三浦は之で頬頤を裂いた。床を這い上がり、女性の様に横坐りして頬を押え

「自ら名乗りもせずに剣を抜くとは、十津川郷士は矢張り野犬の群れだな・・・!」

と、声だけは威勢よく言い放って刺客を睨んだ。三浦の顔に傷を入れたのは例の十津川郷士・中井 庄五郎である。

「ふむ。あやつ、腕が上がっておる」

「頼むから君は剣を抜いてッ!!仕事してッ!!」

山口が杯から手を離さず酒の肴に中井のキレのある剣を見物している。三浦は己の命が懸っているだけに流石に涙ながらにツッコんだ。山口がマイ‐ペースに酒を飲み続けているにも拘らず、中井の身体からは血が噴き出し、片腕が三浦の許に落ちて来る。

斬り合いの場面に慣れていない三浦は、腕だけぽとりと落ちているのに流石に血の気が引いた。

「無茶ぶりばっか俺達にしておいて、自分は働かない気ですか隊長さん?」

先程までは学芸で洗練さを披露していた大石が、今度は粗野な獣の如く刀を血に濡らして遊んでいる。中井の片腕を背後から斬り落したのはこの男であった。

「―――こやつとは、俺が相手をしたかったものだがな」

襖が蹴破られ、海援隊隊士が一斉に部屋の中へ入って来る。(たちま)ち両者は入り乱れ、乱闘騒ぎに発展した。

「三浦殿は動いてはなりませんぞ」

山口は素早く立ち上がり、剣を抜いて奥迄の侵入を許して仕舞った敵と刀を交す。その最中に燈火が消え、一同は視力()が一気に利かなくなった。

「ぐあっ!!」

敵味方のどちらかは判らないが、悲鳴が聴こえてくる。暗闇にまだ視力が順応していないせいで、何処を斬り、何処から斬られるのかが互いに判っていないのだろう。

山口は剣士の勘を活かし、始め目を瞑って斬り懸って来る敵の気配だけを察して斬る時のみ目を開けていた。こちらの方が眼が慣れるのが早い。

先程斬られたのは新選組隊士だった様で、夜目が利く前に山口の処には既に二人の敵が迫って来ていた。

山口は、三浦の傍まで迫っていた一人は即座に斬って転がしたが、その際反転させた背の後ろに敵が息を潜めていた事には気づかない。三浦など戦わないが配慮すべき人間の気配もある事で気配の数を読み違っていたのである。

「!」

刀を振り下ろされる際の殺気で漸く気づくものの、剣が一本ではどう足掻いても間に合わない。背中を斬られようとした、その時。

「山口先生!!」

ドッ!

一旦廊下の方に出て敵の眼を欺いていた平隊士・梅戸 勝之進が再び部屋の中へ飛び込む。山口に襲い懸る敵方隊士の腰にしがみつき共に畳の床へ身を投げ出した。

「この・・・・・・!くそっ!!」

逸早く起き上がった敵が梅戸に馬乗りになり、梅戸の耳から鼻を一直線に削ぐ。

「ぐ・・・・・・!」

梅戸が声を上げる。暗闇に慣れた山口が梅戸に乗り掛る敵を背後から斬りつけた。山口に斬られた男も叉、ぐあぁぁ!!と叫んだ。

「・・・・・・」

どたんばたんと暴れ回る音に刃のぶつかり合う音、その後に続く幾つかの悲鳴を、三浦は耳慣れぬものとして聞いていた。夜目が利いて人影から飛び散る黒い液体も視える。新選組の男達は、日々をこの様な死と隣合わせの世界で生きている。

「・・・・・・凄いな・・・・・・」

何が凄いと、之が偏に自分の命を護る為に引き起されている事である。現在は倒幕に転じた嘗て尊攘派と呼ばれた志士達はその点で異なり、失ってからそのものの大切さに気づき取り戻そうとする。この様に団結し、命を賭して失うまいと護ろうとする姿勢は尊攘派には見られない。之は、一時期尊攘派志士として幕府に反目した活動をしていた三浦の経験からくる感想だ。

「―――んっ!?」

―――いつの間にか開いていた三浦の居るすぐ脇の隣の部屋へ続く襖から手が伸び、三浦の口と腕を押えた。

「んっ「お静かに」

思わず声を上げて逃げようとする三浦の耳元に、低い声が囁く。

その声の主は力づくで襖の奥へ三浦を引き摺り込むと、すぐさま襖を閉めた。

「―――っ、尾形君!」

三浦は頭上に被さる包帯を巻いた貌に驚き、口をもごもごさせる。尾形はしっ、と空気音の様な声で三浦を黙らせ、手を離した。

この部屋の隅には微かにであるが、燈火が燈っている。

「御怪我はありませぬか」

尾形が燈火の下に三浦を誘導しながら訊いた。露わにされている包帯の下の黒い眼はその間にも鋭く三浦の身体的な動きを視ている。

「・・・大丈夫だ。頬を切られただけで済んだ」

燈火に照らされた三浦の頬を視て、・・・その様ですな。と尾形は言った。傍には薬箱が置かれ、包帯や鋏、アルコール等応急処置に用いる物が広げられている。

「―――私の仕事はまだ終っておりませぬ。決してこの部屋から出られぬよう。出れば命の保証は出来ませぬ」

尾形は襖を再び開け、暗闇の中に消える。暗闇では新選組隊士が未だ死闘を繰り広げている。だが尾形が部屋を出てすぐは闘いが止む事は無く、刃が幾度かかち合う音が彼方此方でした後、三浦が酒宴の際に居た壁際の方で刃が刺さる硬い音がした。そして

「―――三浦、討ち取った」

―――尾形の声である。併し、尾形がこの天満屋に潜んでいる事は敵方どころか新選組隊士さえ知らない。彼等はすっかり勘違いをし

「―――退け!」

陸奥 陽之助の指示と同時に海援隊隊士は一斉に撤退してゆく。

「追え」

山口の指示の下、新選組は彼等を追った。闘いは野外戦へと(もつ)れ込む。ばたばたと階段を下る足音を最後に、部屋は無音に包まれた。

「――――・・・」

・・・尾形が壁に刺した刀を抜き、行燈に再び火を燈した。宴会会場に浮び上がったのは、散かり、割れた杯や器物と零れた酒や血等の液体、そして黒い肉塊であった。

「・・・・・・」

・・・・・・尾形は肉塊の一つ一つを確認する。検視だ。敵方の中井 庄五郎は既に事切れている。海援隊側の犠牲者はこの中井一人だった。肉塊は残り3体ある。

「・・・・・・」

尾形は行燈を置いて、首を擡げて(むくろ)の身元を確認した。・・・・・・宮川 信吉、近藤の従弟だ。こちらも既に絶命していた。

併し、残り2体は生きていた。

「・・・・・・梅さん。梅さん声を出せるか」

「う・・・・・・お・・・尾、形・・・先生・・・?何故・・・・・・此処に・・・・・・」

一人は梅戸 勝之進、この隊士は重傷であるが意識が有り、命に別状は無かった。すぐに応急処置をしたので、彼は次の鳥羽・伏見の戦いには従軍できる程に回復している。

もう一人は舟津 釜太郎。この隊士は数日後に死亡した。看取ったのは尾形と療養中の梅戸、そして彼と引き換えに一命を取り留めた三浦であった。

山口との出会いが新選組との最初の接触であった為に考えが抜け落ちていたのだが、山口の様な人間の方が稀なのだ。

御蔭で、山口と入違いに尾形が匿われに来た時は大いに愕かされた。


『・・・・・・三浦様を御呼び頂きたい』


・・・・・・昼間に山口との打ち合わせに天満屋に迎えた隊士が、夜に会った時には己の血に塗れている。尾形自身もこの天満屋事件を迎えた時はまだ包帯が取れない状態にあった。医術に長けている為に自分で適切な処置をしていたものの、熱が下がったのは数日前である。


「ーーーー・・・」

・・・・・・鬼の目にも涙とはこの事を謂うのか。梅戸は息絶えた同僚を前にして泣いている。先程までぴくりとでも動いていた手を握って。無敵の人斬りは確かに在るのかも知れないが、(あまっさ)え山口もこの梅戸に救われた。無敵の人斬り集団などというものは在り得ない。

彼等はもっと死に近い場処に()た。其も自分の為ではない。誰かを生かすその引き換えに、自分が死ぬのだ。

尾形は舟津を見葬(みおく)った後、軒先に出て空を見上げていた。前日の雪が残って日光を反射し、景色がいつもより白く眩しく見えた。

―――尾形の姿は白銀に溶け込んで消えかかっている様に視えた。

「・・・「隊士の死を見届けてくださった隊以外の方は、私が5年在隊した中でも貴方だけで御座います。三浦様」

三浦が何かを発する前に、尾形の方が口を開いた。・・・・・・尾形が振り返るも、どの様な表情をしているのか光の関係で判らなかった。

「―――新選組(われわれ)は其だけでも畏れ多く存じます。舟津は幸せ者でありましょう」

尾形はこの日、白い着流しを纏っていた。その分、腕に巻かれた黒い数珠がやけに浮いている様に視えた。

「・・・君は、その数珠を常に持ち歩いているのか」

「―――とある御仁に墓守を恃まれました故、其以来はずっと。・・・・・・真珠は、貝の体内で生成される宝石で、真珠はその貝の殻を剥して人為的に取り出されます。無論、その貝は死ぬ。己の命と引き換えに、一生分では済まない輝きを放ち、他者の内に浸透する。

私は数珠(これ)の真珠を、之迄の任務で散った同志の血だと思う時があるのです」

尾形が淡々とした口調で話し始める。感情の起伏はまるで無いが、口数はやけに多かった。

隊士の死に常に直面する立場にあって、想う部分が無い筈が無い。併し、其について語れる相手は新選組には存在しない。

・・・殺して仕舞ったからだ。自分が、この手で。

「―――彼等の流す血は、真珠ほども美しい。彼等が生きた最大の証であり、その血に我々は生かされている。養分の提供を受けているかの如く。現に血は、蚊や蛭が摂取する高栄養の液体です。・・・我々の命を繋ぐ不可思議な液体。その液体が流れる度に、私は其に魅せられずにはおられなんだ」

三浦は眩しくても眼を見開く。尾形の口は緩やかに弧を描いていた。三浦にとって馴染の薄い尾形の口角(それ)も、我々には慣れたものだ。彼の怖ろしく醒めた昏い眼も、我々は何度か見ている。


「・・・・・・そして、いつの日か、私も血に還る刻が来る。私はその日が来る事を、俟ち望んでいるのです」


彼の口の弧が何を描いていたのか、其は想像に任せる事にしよう。




・・・・・・程無くして、遂に尾形自身にも終りが来る。長い鬼ごっこであった。併し尾形が終るより前に、二人の男が終りを迎える事になる。

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