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勇者の失敗作..


 夜、優雅な夜食の後。私は借りている宿部屋で仮面の男と会話をする。長い付き合いになった黒騎士団長様は魔国のタバコを吹かして楽しんでいる。


「ふぅ~、やはり美味しい。香りがいいですね」


「そう」


 吸い終わるまで待つ。沈黙が空気を悪くする。仲がいいわけではない。どちらかと言えば今は協力関係であり、元々は敵対関係でもある。私に嘘をついた。黙ってトキヤに会いに行った事もある。


「ネリス姫、どうも」


「吸い終わった?」


「ええ。では、聞かせて貰いましょう勇者がいると伺っています」


「いる。ランスロットお兄様が教えてくださいましたわ」


「皇子、彼が言うのならいるのでしょう」


 帝国では父親トラスト殿共々、有名な人物。ランスロットと言う騎士は色々といい噂も、顔も、性格も人気な騎士であった。それが毎日のようにトキヤさんに会いに来てるのは良く噂になった物だ。同姓愛者という噂さえあった。


「どうするの?」


「黒騎士は何もしません。騒ぎを起こす事はしません。今はそれよりこの土地の地図を作るのが正しい。簡単にここまで来れたのです。利用できるなら利用するまで」


「いつか、帝国領になるものね」


「……………」


 肯定はない、お父様なら肯定しただろう。騎士団はずっと欲を出す。誰も彼もが帝国の勝利を疑わない。女神の声がある限り。


「それで、騒ぎを起こさない黒騎士は彼に何のよう?」


「彼と言うより。彼の護る人を調査したいと思っております。危険度はあちらの方が上ですね」


「…………あんな女……どうかしら。まぁいいわ。場所は情報屋が知ってる。聞いてみればいい」


 魔国内の情報屋曰く、あの女に対して色んな人が出入りしているとの事。あの、マクシミリアン紋章を持つ謎の不明な女性も確認されている。


「そうですか。色々な方が挨拶に。やはり、実力者であるのでしょうね。下克上は近いでしょうか。いえ、元々は魔王の物ですかね」


「ええ、きっと」


 魔国は反乱が起こる。絶対に二人の魔王は国が割れる出来事だ。旧魔王派、新魔王派で割れている。


「祖国は兵を連合国に向け集めている。残念だがこちらに割く兵は有していない。混乱に乗じては無理だろう」


「それに…………優秀な隊長達がいない黒騎士は動けないでしょう?」


「残念だが。勇者を倒すために連れてきた者は精鋭としたためにやられてしまった。皮肉な事にトキヤがくれた神器によって私だけ生き残ってしまった」


「流石、私の勇者様」


「ふん。それより、その者から話があるそうだな」


「あら? 帰ってきたの?」


 背後に影のような男が現れる。窓から入ってきたのだろう。ローブで隠れた顔は深い暗闇であり、見えることはない。魔術師なのか、異形なのか。それとも悪魔なのか。


「お嬢さま。気付かれました」


「そう、でっ……見つけた?」


「はい、見つけました。そして、彼は私の殺気を感じ取り。酒場の2階に籠城しており、私を警戒してます」


「そう、よかった。切り離せたのね」


「はい。お嬢さまの言う通りになりました」


「ふふ、お兄様も勇者様も昔の戦場を忘れてはいませんのね。優秀な方だからこそ。危ない場合は巻き込まないように離れる。ふふふ」


「………私は聞かなかった事にしましょう。では、私はマッピングを済ませます」


 黒騎士団長は席を立ち去る。協力関係、私が危険を取り除く事に期待しているのだろう。グラスを掴んで一口、魔国の飲み物を飲み落とす。


ガシャン!!


「不味い。血よりも、あの女の悲鳴よりも………任せたわ」


「はい、畏まりました。では、お願いします。あの話の件を」


「しつこいわね。良いわよ、勝ったらあなたを本当の英雄として広報してあげる。そう魔王を討ち取った真の勇者としてね」


「ありがとうございます」


 彼はそう言って、姿を消す。物音せず。


「ふん、英雄ね………」


 私にとっては英雄はトキヤだ。贔屓目と言われればそうだけど。彼はこんなところへ居てはいけない存在である。


「彼なら、出来る」


 帝国は今、新しい強い指導者を求める。何故なら義父上は高齢であり………親族は多いがパッとする人がいない。一番の候補者である有力なお兄様は剣を抜くことは出来なかった。逆にランスロットお兄様は剣を抜くことは出来ても性格が優しすぎるし、非道になれない。それはダメであり、足を引っ張るだろう。帝国には優しさは要らないのだ。


「血は繋がらなくとも摂政でもさせることが出来る。そして、力があれば………」


 そう、私は女。どれだけ頑張ろうと王にはなれない。だけど、裏から動ける。


「はぁ……どうして」


 私は上手く行かないのかしらね。





 私は窓際に座り、鉄格子の窓を少し開ける。聞こえてくるのは耳さわりのいい声。沈黙さえも会話でのひと呼吸であり。穏やかな気分にする。


 風の魔法は言葉を伝える素晴らしい魔法だ。私のイメージのせいでトキヤの魔法とは違ったのだろうと今はわかる。


「……だから。今日は寝るときは気を付けろよ」


「わかった。心配症ね」


「心配してもいいだろ。昔はもっと心配した。敵視が気になる」


 昔は盗賊に拐われた事もあった。もちろん彼が救ってくれた。


「そうだよね。弱かったから………特に心が」


 今は熱い物がある。身を焦がすほど熱い炎。誰にも越えさせない想いが私を強くする。


「まぁ、そこは安心できる所だが。戦ってみないとわからない奴が多い」


「そうだよね。トキヤに教えて貰ったことはささっと倒せば危なくない」


「まぁ死体でも。ゾンビになったら危ないけどな」


「燃やし尽くせばいいかな」


「それでいいと思う。裸で寝るなよ」


「うん、寝ない………風が怪しいもんね」


「嫌な風だよ。リディアさんは?」


「別室、一応伝えてある。不安がってたけど」


「わかった。ランスに伝えるよ………目の前うろちょろしてウザったいんだ」


「かわいい」


「かわいいかぁ~? まっ何度も言うが気を付けろ」


「はいはい」


「わかったか?」


「わかりました~」


「………じゃぁおやすみ」


「うん、おやすみ」


 私は窓際から降り、剣を手にして抱き締めて寝る事にする。


「よし………ん!?」


 人の気配がする。そう、窓際から。窓のカーテンが大きく引き裂かれ音もせず進入したのだろう。


「…………どちら様?」


 振り向き、剣を構えず見る。音を拾うと微かな息の呼吸音。幽霊ではない…………それはよかった。


「見えにくいけど、そこにいるわね」


「…………気付くとは」


「会話を聞かれてました?」


「ええ、ずっとチャンスを伺ってました」


 暗がりから現れる。カンテラの光が彼を写し出す。ローブを覗いても顔は見えない。少し、泥臭ささとむわっとする障気に鼻をつまんだ。


 歪んでいる。不浄地と言われる場所は臭いと言うより独特な臭いを持つが。彼はそれに近く、とにかく変な臭いだ。


「どうされましたか? 魔王?」


「魔王は譲位予定です。ネフィアと言います」


「そうですか。では、お休みください」


 彼の背から大きな剣を引き抜く。剣の形状は十字の剣に途中、皮を巻いて握れるようにした剣。それを肩に担ぐ。見覚えがあるのはその剣がトキヤの持っている剣と全く同じ形状だからだろう。私は服の背を焦がし、炎翼展開し折り畳む。私の炎で部屋が明るくなり、全て見えるようになった。


「ここまで間合いに入っているのに抵抗を?」


「…………すぅ………はぁ~」


「魔王、これが……魔王か」


「……………」


「……なら。お前を倒して真の勇者になるだけ」


 目の前の男は剣を両手で掴む。彼の背後にうねる何かが生まれるが私は気にしない。


「死ね魔王!!」


 それを振りかぶり、前進して私の目の前で斬り下ろす。見える剣筋。ランスロット、トキヤより鋭くない。


ブゥン!!

ぎゃぁああん!!


 私は剣を勢いよく振り抜き。相手の剣を弾き返す。驚いた顔の男。振り上げた剣を叩きつける勢いで、私は背中の翼を大きく拡げ、体を捻り炎の翼を男に当てた。翼で打つ攻撃だ。


「ぐぅ!?」


 翼を振り抜き。空いた左手に魔力を込めて炎玉を打ち出す。即席魔法のような唱え済み魔法。心の中にある物を具現化する魔法ゆえに威力低減はおきていない。


ごぉおおおおおお!!


 激しい炎弾が壁ごと吹き飛ばし、夜闇を照らした。私は勢いよく壁の外へ出る。思いの外、体が軽い。


「くっ………逃がすか!!」


 私は屋根へ上がると男がローブが焦げ塵になり鎧が見え、そして……真っ暗な顔があらわになる。その顔に驚いてしまう。歪んだ表情。何人も混ざったおぞましい顔だった。


「人間じゃない!?」


「油断したが今度は!!」


 屋根の縁から幾人の黒い影の人が立ち上がる。各々が得物を持ち四周を囲んだ。闇を彼は産み出しているようだった。あまりに臭い。あまりに不浄な状況。いけない何か。魔法の禁術の臭いがする。


「ちょっと休戦しませんか?」


「聞く耳もたない!! 俺は勇者になるんだぁあああ!!」


 大きい剣を突き入れられ、私は横へ避ける。避けた先でハンマーを振り下ろそうとする兵士に驚いた。今さっきはいなかった。背中の炎翼を勢いよく拡げ、兵士を吹き飛ばす。兵士は炎によって消えた。音もなく。


「???」


 聖霊つきの吸血鬼もインフェちゃんで同じような事が出来るがこれは幽霊ぽいようで何かが違う。ねばつく視線。苦しそうな呻き。何もかも臭い。


「んぅ……臭い。トキヤ!!!!」


 吐き気がする。柑橘類の果物が腐った臭い。私は、攻撃をかわしながら叫ぶ。


「呼んでも無駄です。来ません」


ギャン!!


 大剣と小競り合いをする。力強さは向こうだが数秒なら耐えられる。


「何故!? こんな変な兵士たちが!?」


「敵から教えてもらえると思うな魔王!!」


「………はい、あなたは油断した」


 背の炎翼が伸び彼を包もうとする。


「ちっ!!」


 だが、動きが速く。小競り合いをやめて距離をとられる。兵士が次々と襲ってくるのを私は体を回して背中の炎の翼で凪ぎ払った。


 ガシッ!!


「!?」


 炎の翼を掴まれる。驚き私は叫んだ。


「フェニックス!!」


 炎翼が離れて鳥の形を作り。掴んだ兵士を意思を持って食らう。焦げた臭いはしない。肉体がない。そしてやっと正体を理解する。


「魂だけ!?」


「やはり。魔王………英雄になるための壁は高いか!!」


「しつこい!! 変な奴」


 大きな剣を横払いで斬られ、私は飛び上がって逃げる。そこを狙われる。


「………アローショット!!」


「アイスランス!!」


「ファイアーランス!!」


 幾人の声が同時に響く。そう、兵士の中に魔術が精通してる者がいる。四方から私は攻撃を受け、私は対応するように即席の炎の障壁で致命傷は避けた。


「つっう!!」


 氷の槍や風の矢などで服が裂け切り傷が生まれる。血が少し漏れ、傷口から漏れた血が火の粉になる。炎の槍は爆発だけが起こった。私は他の家に吹き飛ばされて屋根に転がる。


 騒ぎがあるが、誰も騒がない。その事にふと思い出して倒れながら顔を上げる。その状況に覚えがあった。


「風の魔法!?」


「ええ、風の魔法です。便利ですね」


「習得は難しい筈!!」


「難しいですよ。だって………最近やっとです」


 これは、時間稼ぎじゃだめだ。もしかしたら本気で私がやらなくてはいけない。立ち上がり周囲を見ると兵士が何人も屋根の上に這い上がってくる。アンデッドのように。


「集団戦……」


 分隊と戦っている気がする。1対多勢。剣で切れるのは一人。後は魔法でまとめてやるしかない。


「………多勢なんて勇者らしくない」


「魔王が勇者を語るか!!」


 剣を構え直し、屋根を吹き飛ばしながら向かってくる。直線的な攻撃に私は少し、目線を外す。飛んでいる火の鳥を見つめた。トキヤの声が届き、私は時間稼ぎでいいらしい。考えてみればそうだ彼がいる。


ギィィィン!


 相手の剣を弾く。耐えればいい。弾くだけでいい。


「くぅ。その剣……魔剣じゃぁない。しかし、何故倒せない」


「魔剣を知ってるの?」


「それが魔剣ではないことぐらいはな、魔王!!」


ギャン!! キィン!!


「わかる!! 魔王、お前の弱点が」


「つっ!?」


 一撃が重たくなり、衝撃と剣圧に手が痺れ剣を落としてしまう。気付かれた。私は『剣士』でないことを。


「終わりだ」


「終わりですね」


「!?」


「フェニックス!! 私は『剣士』じゃないんですよ」


 火の鳥が横から嘴を大きく開け、男に絡み付く。炎の奔流となり男を巻き込んだ。痺れた手で剣を拾い鞘に納める。


「………」


 炎を焼かれず纏った男が剣を強く握る。耐性があるのか炎の効き目が無い。わかってた、風の魔法を操れるなら空気の壁が出来るだろう。


「ウィンド!!」


 炎が風によってバラバラに散る。散った炎の一部が小さな火の鳥となり私の肩へ飛び移った。周りの兵士は距離を取ったままで、魔法使いは詠唱した状態で待機する。指示が無ければ動かないらしい。


 男が暗い顔。曇った霧のような顔を上げ、歪んだ顔の浮いた眼球が浮かび上がって睨み付けて、ゆっくり剣を担ぎ、走り抜けた。そして、私に降り下ろす。今さっきより素早い。素早いが、私には遅く見える。


「ネフィア!!」


キン!!


 何故なら私を呼ぶ声と一緒に男の剣が止まるからだ。私が信じる人の剣によって。剣を剣で防ぎ、相手を睨み付けるトキヤに私は安心する。


「早かったね。トキヤ」


「寝息も聞こえない。物音もしない。向かったら壁は壊れている。絶対、何かが起きていた。案の定魔法の残滓があったからわかった。風の魔法とはな……」


ギチギチギチ!!


 彼と力は拮抗している。


「どこで、風の魔法を知り得たのか知らないが。逆に何も聞こえないのは怪しんだよ‼」


「くそ、偽勇者が!!」


「お前は誰だ!!」


ブゥン!!


 鍔迫り合いをやめて、二人は距離をとる。


「ひさしぶり!! 黒騎士の裏切り者さん!!」


「誰かは知らないがお前、人間? その力……」


「ククク。知ってますか?」


「いや。知らないが………禁術の類い」


「知ってますでしょう? 相手を取り込む力」


「魂喰い!? お前!? それをどこで!!」


「ええ、ええ。英雄になるための方法です」


「英雄………英雄!? お前、あのときの兵士か!?」


「思い出しましたか?」


 何となく知り合いなのは私は察した。危険予知夢を思い出し、少し残念な気持ちになる。彼の望んだ姿ではない気がして。彼の望んだ英雄はこんなドロドロした物ではない筈だ。


「ネフィア、逃げろ。あの召喚されている兵士ならお前でも倒せる」


「いいえ、逃げない。彼には少しお説教しなくちゃ」


「ネフィア?」


「トキヤは戦って…………私は彼の最後を見届ける。もしかしたらあり得たトキヤの姿に思える」


 夢が現実なら。彼は間違っている。そしてもう、戻ることは出来ない。


「あなたは英雄にはなれない」


「何を言う!?」


「あなたは英雄にはなれない!!」


「ぎりぃ………お前を倒せば俺は勇者だぁああ!!」


 全ての構えていた兵士が動く。私に向けて。


「ネフィア、あれは囚われた幽霊の集まりだ」


「じゃ………解放させるね。私が」


 炎翼を纏い。近付いてきた兵士を体を捻って炎を当てる。勢いは衰えず、兵士がどんどん消えていく。


「兵士では駄目ですか。我が力だけで……いいや。倒せばいい、倒せば」


ブワッ


 男の体から黒い魔力が流れ落ちる。落ちた魔力がゆっくり、ゆっくりと騎士の形となる。得物は剣が多い。これは喰った魂の騎士だ。どれだけ多くを喰ったのだろうか。


「幻影、倒した英雄たち」


「倒した者を喰ったのか……やはりな」


「お前と一緒だ。ただ選り好みはせず、全て喰った。お前とは違う!! 行け!!」


「くっ!? 多い!!」


 数人がトキヤに迫る。横の凪ぎ払いでも弾く程の騎士。強い者たちだ。


「さぁ!! 偽物の勇者!! 本当の英雄は!! 俺だ!! 最初に英雄になれる権利を捨てた事が始まりだ。ランスロットも!! 味方を殺し!! それを庇ったから!! そして、今度は勇者と言う英雄になることを拒んだ!! そこの女を斬ることをやめた!! 英雄らしくない!! 何度もチャンスはあっただろう!! 英雄になることに。だから教えてやる!! 英雄とは!! 英雄である俺がお前に教えてやる!!」


 騎士をトキヤに向かわせながら男は叫ぶ。自分の信念が正しいと勘違いしながら。言い聞かせながら。


「つべこべ。うるせぇえ!! この化物がぁああああああ」


ギュリュン!!


 トキヤの体がブレ、加速し騎士を全員切り払い終える。防御より早く剣を振り、相手の攻撃よりも早く剣で倒し、剣ごと叩き潰し、最後の騎士は頭を掴んで握り潰した。本気の彼には歯がたたないようだ。


「魂壊し………さぁ1対1だ。風の魔法は使っても無駄だぞ。俺も使えるなら、全く意味を成さない」


「ククク。ははは!!」


 男が笑い出す。剣を担ぎ上げながら。


「強いのは知っています。だから、私はあなたを殺すために強くなった」


「魔王を殺せぬお前が?」


「英雄殺しの方が得意なんですよ」


「魂喰いに溺れた末路がこれか……気をつけよう俺も」


 剣を構え直し周りの兵士が溶け霧となり、彼の体にまとわりつく。私は鼻をつまむ、臭い。


「魂喰いは本当に強くなれる」


「ああ、強くなれるが…………呑まれてしまうぞ」


「大丈夫。呑まれない、英雄ですから」


ビュン!!


 異形の者は屋根を力強く蹴り、黒い霧に包まれた剣を振るう。ふった瞬間、黒い玉が撒き散らされトキヤに襲いかかる。トキヤも剣に風を纏わせそれを切り払った。何故、その力を最初に使わなかったのか疑問になる。そして同じ剣で打ち合った。激しい金属音が聞こえる。


「どうだ!! これが英雄の力だ!!」


「うるせぇ!! ネフィア!! 俺ごと燃やせ!! なんとか避ける!!」


「今は1対1と言った。英雄的では無い!!」


「生き残ってこその命だ!! 俺は………夢が………いいや。こいつの夢だけでも叶えないといけない!!」


「魔王の夢なぞ!! 滅ぼすだけだ!! 人間なら人間の勇者なら!! 魔王を殺すのが道理!!」 


 私は剣の打ち合いながらの会話を耳に入れながら。目を閉じ、少しだけ夢を思い出す。やっぱりそうだ。彼は悲しいのだ。そして、気付いた瞬間。私も悲しくもなった。違う方法があればよかったのにと。楽に強くなれる方法に溺れたのだ。


「デゥーラーク。帝国の一般兵士」


キィン!!


 距離を取る二人。そして、私の声を二人は聞く。


「な、何故俺の名前を!?」


「夢です。夢を見ました。あなたとトキヤが会った夢を」


「ネフィア………お前の言っていた夢か」


「何が言いたい!!」


 彼は何故か焦る。弱い訳じゃない。なのに焦り剣を鈍らせる。そう、焦り。


「英雄とは何でしょう? トキヤさん………今なら答えられるでしょ?」


 トキヤが歪んだ彼と私を交互に見たあとに言葉を口にする。


「英雄は色んな物がある。ただし、それは求める物じゃない。求める物じゃないんだ」


「魔王を殺せば手に入る!!」


「手に入れてどうする? 勇者として奉ってもらいたいのか? それだったら他のでもいい。英雄的なら他がある。連合国での戦争でもなんでもな。医者でもいい」


「それはお前だけ!! お前だけしか手に入らない!! ランスロットもそうだ!! 最後は英雄的じゃなかった。英雄になれた筈なのに!!」


 歪んでる。そう、変に彼は歪んでる。歪んでいると思うのは思想が違うからだ。私は私の考える英雄を話す。


「私が見てきた英雄は全てを投げ捨てて、たった一振りの剣だけを持ち。例え、全てを敵に廻しても。たとえ、今のように裏切り者の汚名を持っても。英雄的では無くても。たった一人の姫を……私を護るために戦う騎士が英雄と私は思います」


「ネフィア…………」


「私はトキヤとランスロットを勇敢なる者であり騎士であり英雄であると証明できます。それは行動で示したからです。そしてあなたは英雄になって、あなたは何をしたかったんですか? 英雄が目的になってませんか?」


 男の眼球が鋭く私を睨み付ける。憤怒の帯びた瞳。


「お前らみたいな英雄気取りの英雄様を。本当の英雄である俺が教えてやるのさ。真の英雄って奴を」


 彼は高らかに宣言する。可哀想に、彼は忘れてしまったようだ。あの夢は凄く綺麗な憧れが滲んでいたのに。


「…………トキヤ。彼を倒して」


「魔王!! やはりお前は彼を呪いで捕らえている」


ヒュン!! キィン!!


「俺の方を向け。お前が喰って来た奴は………名だたる者たちだろう」


「くぅ!! そうだ!! 皆、有名な奴等さ!! しかし弱いな俺より。英雄じゃないからな!!」


 愚者は叫ぶ。「俺が正しい」と叫ぶ。


「残念だな。本当の英雄と言ってくれた手前。倒れる訳にはいかないんだ。お前を斬る」


 距離を取りトキヤが剣を担ぐ、柄を長めに持ち。息を吸いこんで止めて走り出す。相手も同じように担ぎ、そして先に切り下ろした。


シュン


 終わってみれば、なんとも呆気ない。トキヤの剣は後で振り下ろした筈なのに。相手を首から下へ、鎧ごと斬り下ろした。


 長年、戦ってきた独力の差。同じ剣を使うからこそ。強さの差が際立ち、決着を見せた。


「ぐふぅっ………何故!? そんな………間違ってない筈。強くなった。強くなった筈だ俺はぁあああああ!!」


「言い残すことは? 皆、こうやって倒してきたんだろ?」


「くぅ!! お前だけには!! お前だけには負けたくない!! 英雄じゃない!! お前だけには!!」


 膝をつき、叫ぶ。顔の歪みが治り、青年の顔が見える。黒い肌、爛れた肌。腐った肌ではある。そんな彼の心を私は覗き見た気がする。それを私は口にする。


「自分より英雄みたいな奴が英雄になるのが許せない。自分以外の英雄が自分の思ってた英雄じゃないのが許せない。だから………倒して取り込んで自分がよりいい英雄になるんだ」


 屋根の上で静かに語る。彼の今を話す。


「そ、そんな!? 事は!?」


「だから、全ての芽は摘んでいこう。先に英雄になるのは自分だから。自分だけが英雄だ」


「そ、それは!? 違う!! そ、それはそんなことは!? 英雄じゃない!!」


「じゃぁ……デゥーラークは英雄じゃないのかもね。ただの嫉妬深い。憧れの強いただの人」


「!?」


 私はゆっくり剣を抜き彼に近付く。


「い、嫌だ!! 死にたくない!! まだ………英雄になっていない!!」


「英雄になれると思う? いっぱい………有名な人を問答無用で倒して魂を奪ってさぁ。最初になんで英雄になりたかったの? そんな事も忘れて殺すことばかり」


「それは!! 他の英雄が不甲斐なく俺は!!」


「英雄って格好いい。だから………憧れた」


「あっ………」


「忘れちゃった? トキヤのいつも前線に立ち。勇猛果敢な戦い方。ランスロットの兵士を庇いながら最後まで戦う姿勢。みてたんでしょ、ずっと」


「ネフィア、もしかして………いや。いい」


 トキヤが顔を伏せる。愚者の背後に炎の鳥が彼を喰らおうとする。


「い、いやだぁ!! 死にたくない!!」


「………道を踏み外した愚者。残念だけど」


 私は走り、剣を男の鎧に突き入れた。そのまま背後に忍ばせた炎で焼き尽くす。悲鳴や、嘆きは遮り聞こえない。


「………あが…………」


 一瞬で燃え付き、その場に残った灰を私は掬う。混ざり腐った魂に触れた。他の魂は消え。残ったのは愚者の魂のみになる。本当に生きている不浄地のような人だった。


「どうするつもりだ?」


「……………すこし夢見を」





「知ってるか? ランスロットさんとトキヤさん。帝国に送還だってさ。功も剥奪」


「どうして?」


「ランスロットのご乱心と、それの汚名のためだそうだ。トキヤさんはランスロットの処刑を防ぐために功も捨てたんだってな。別に皇帝陛下の息子だから処刑はないのになぁ~」


「そ、そうなんだ…………」


「どうした? 気にして? あああ。お前、憧れだったもんな。その剣もわざわざ似せて作ったんだろ?」


「まぁね。でも!! 大丈夫二人なら帰ってくる!!」


 それまで、強くなるんだ。





「くそ、どうして。倒しても!! 殺しても!! 皆、俺を………褒めない、崇めない」


「どうした? 悩みごとか?」


「…………俺は強いよな」


「ああ、強い!! ビックリするぐらいだ!!」


「じゃぁ、なんで………誰も英雄と言ってくれないんだ?」


「強いと言っても。一人で軍団相手に出来ないだろ?」


「…………ああ」


「何となく、それが出来る二人だったんだよ。あとは~やっぱり………人柄か? まぁ焦んな!! 誰かが見つけてくれる」


「………そうだな」


 力が欲しい。




「トキヤ殿が勇者となって旅に出たらしいな」


「………そうか」


「話に乗らないな? 評価されて騎士になれたじゃないか?」


「………ふぅ。まぁ」


「焦んなよ。英雄になりたきゃゆっくり鍛え。地位を上げればいいんだ。めっちゃ強くなるのがいいんだがな」


「………」


 力が欲しい。





 力が欲しい。


「欲しい?」


「!?」


「欲しいのであれば。魔王を倒せる力を………教えましょう」


「魔王を倒せる力!?」


「魂を喰らうのです。沢山」


「魂を?」


「力がつけば皆に認められます。英雄にもなれます」


「…………欲しい」


「もう一度」


「欲しい!!」


「では、女神からあなたへ送りましょう。裏切り者がやった方法をそのまま」





「はぁはぁ、くそ。どうして」


「お、おい。お前!? そいつは!?」


「俺のことを馬鹿にする。英雄にはなれないと」


「それで殴り倒すのか!! とちくるったか!!」


「力がある。力があるんだ。何故だ………何故だ」


 何故、俺は英雄にはなれないんだ。





「俺を倒して英雄になりたい?」


「………」


「歪んだ騎士が。俺を倒しても殺人者だ」


「………」


「聞く耳持たないか!! そんな歪んだ願望!! ぐへ!?」


「……げほ、やねろ………しに……」


バキバキ!!


「不味い………不味い……まずいぞ………お前の魂……」





「トキヤ殿が女魔王を連れて逃げてるらしい。魔物っと言われた英雄様も所詮男だっただけだな」


「………」


「聞けば、恋仲と聞く。一人の女のために全てを失うってのは勇気があるな………ああ、さすが元英雄かな」


「…………」


「そうそう、最近姫様の依頼で名のある連合国の重鎮を暗殺してるらしいけどどうなんだ?」


「…………まったく名のあるやつらは所詮、名だけ。雑魚だった」


「ふーん、まぁいいや」


 トキヤ殿、あなたは何故。英雄になるチャンスを捨てたんだ。こんなにも………こんなにも………なれないものなのに!!





「ネフィア? 大丈夫か?」


「うん、起きた。夢見でわかった事もあった」


 少しだけ、魂に触れてみた。内容は尊敬からの苦悩、そして妬み。最初の志は消え、半分以上、憎しみに染まり。歪んでしまった。そして……そそのかした存在もいる。


「トキヤ。これ、壊して。もう、楽にしてあげて。英雄に憧れた愚者を」


「わかった」


 トキヤに魂を手渡し彼はそれを握りつぶす。塵となって大気に馴染み消えていく。何もかも。記憶さえも。全てが消える。何処かで踏み間違え愚か者は消えるのだった。


「何を見た?」


「英雄になろうともがいて英雄とは何かを忘れた愚者」


「英雄になるには?」


「ただそれは、皆が尊敬して言うだけ…………尊敬出来る人を英雄と言う。彼は尊敬されなかった。英雄は生まれ持った才能も必要かもしれない。憧れるだけ無駄な事だってある」


「いい剣使いだったのに。残念だ」


 トキヤと共に酒場で借りた宿へ向かう。私の寝ていた部屋は風穴が空いている。ついた先でランスに事の顛末を話した。

 

 そして今宵はこれ以上の襲撃も無く。朝を迎えられそうだ。ただ一つ、夢で囁いた、『トキヤを裏切り者と思う』悪魔の声を思い出しながら。


「トキヤは頭の中で囁かれた事がある? 女性の声で、導きのような声で」


「ないな。お前だけだよ」


「…………」


 何かの尻尾を掴めそうな気分だ。何かの尻尾を。何か導く何者かの存在が。








 









 















 






 












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