ネフィアの熱い告白..
都市ヘルカイトの発着場まで飛竜デラスティに運んでもらう。そして発着場から数分歩いたところに新しい家が建ち並んでいる住宅街がある。多く家が並んでいたのだが悲しいことに人がまだ住んでいない。自分達がここの初めての住人である。いわゆる売れ残り物件だ。
家のカギは魔法で開閉出来る変わった物。それをネフィアが魔力を流し、開けて入る。中は廊下と階段が見え、2階3階に続いていた。広い廊下に二つの扉があり、片方は絨毯が敷き詰められたリビングとキッチンに浴場。片方はトイレらしい。裏から肥溜めを取れる工夫らしいが「あのヘルカイトが農業でもやるのか?」と疑問に思う。
「『水道が通ってる』て。言ってたよ」
「水はあるんだ。何処から来るんだ?」
「カルドラ? ていう所から引くんだって。引かないと溢れるらしい。ここは高原の端だからずっと先に」
「ああ、カルデラな。カルデラ湖があるのか近くに」
「ドラゴンの水浴び水のみ場らしいね」
「恐ろしい所だな。ここらへん」
荷物をリビングに置く。リビングには居心地が良さそうな人型のソファーがあり、内装も赤い煉瓦細工としっかりした木組みだった。ただ人型には大きく、魔族の大きさを模しており、人間には大きい部屋だった。
「いい家だ」
「高いの買ったからね」
「はぁ。魔国の首都へ行く気があるのか? そのまま住む気じゃないだろうなぁ……」
「えーと、行く気はある。でもトキヤが本調子じゃないから。調子を戻すために買ったの」
「そっか、本当にすまない。足でまといだな。俺は」
「そ、そんなことない!!」
ネフィアが慌てて両手を振る。
「沢山、感謝してるんだから。これからもずっと」
「????」
絶対に変だこいつ。会話が全く変わってる。トゲのある言葉は一切ない。
「本当にネフィアか?」
「むぅ。ネフィアです。アクアマリンだってちゃんとある。ちょっと買い物行ってくるからね。2階は寝室。3階は書斎。屋根裏は倉庫。屋根は倉庫から梯子を上がってね。帝国の家と一緒だったね」
「お、おう………」
「何、作ろうかなぁ?」
頭痛がする。「俺は死後の世界にいるんじゃないか? 」と考えてしまう。または記憶の改竄を受けたのかもしれない。彼女の豹変振りに、まったく俺が追い付いていない。
*
お昼ご飯はパスタだった。普通に料理が出来ているのは普通だか。ネフィアのエプロン姿は可愛かった。しかし、違和感が拭えずなんとも気味が悪くなってくる。
部屋を整理して寝室も確認した。ツインベットに驚きを隠せない。とにかく、あの死闘からネフィアの変化が恐ろしい。
「トキヤ。今夜はお話があります。屋根上に上がりませんか?」
ご飯を食べたあとにネフィアが手際よく食器を片付ける。
「いいけど」
「久しぶりに風を感じましょう」
「お、おう」
押されぎみに返答をする。
「夜が楽しみですね!!」
「そこまでじゃぁないけど………ネフィアが楽しいならいいか。夜まで暇だから剣でも振って鍛えるよ」
体が鈍って仕方がない。
「本調子じゃぁないのでダメです」
「しかしなぁ………何もすることがない」
落ち着かない。ネフィアといると本当に落ち着かない。
「ナイフを振るのならばいいでしょう。はい、ナイフ」
「ナイフを?」
ネフィアから、護身用だろうナイフが机に置かれる。
「そう、ナイフを」
「まぁ確かに。最初はそれで体を慣らせよう」
「ずっと持ってたよね。ナイフ」
昔から愛用しているナイフを机から拾い、俺は家を出た。時間いっぱい、ネフィアが変な理由をじっくり考えるとする。
*
時間だけが過ぎ答えは見つからなかった。諦めて帰ってきたらネフィアが服と包帯を外し、汗を拭き取る。新しく綺麗な包帯を用意してくれており、穴は完全に塞がっていないらしく、傷口がまた開いてしまった。少し血が滲んでいる。骨も軋み、内側もまだ完全とは言いがたい。一月でも厳しいが、体の現状を知れて満足した。大きい風穴が開いていたわりには健康である。
「やっぱ体が鈍ってる」
鈍っている体をたたき起こせたのは彼女を護る上で力になる。そんなこんなしていると夕食となり血が滲んだこともありシチューになった。パンは食べさせて貰えない。代わりに薬を飲むように言われたので飲んだ。
「ごちそうさま」
「うん。お粗末さまでした」
「………」
ご飯を食べたあと、ソファーに座る。ネフィアが皿を片付けている音を聞きながら、彼女が使用人だった事を思い出した。
「家事は出来るのかそういえば」
ボーっとしながら、ソファーに横になる。体の鈍り具合ですぐに疲れてしまったようだ。そして目を閉じると、あの「彼女」の笑顔の情景が目に映る。
綺麗な笑みを知りたい。その笑った意味と短い言葉を知りたい。それからいったいどれだけの時間が経っただろう。出会ったネフィアは素晴らしい。俺と釣り合わないほどに輝いていた。ネフィアの幸せは彼女自身が見つけるべきだ。そして、こんな歪んだ奴に好意を向けない方がいいに決まっている。今までしてきたことが全て綺麗事じゃない。後ろめたさがあるから。ここに来て、俺は俺に自信を持てなくなる。
*
「トキヤ、起きて。屋根上にそろそろ行こっか?」
「あっ………もうそんな時間、ふあぁ~ねむいなぁ……寝てたのか? 俺?」
この都市は落ち着けるには素晴らしく。安心して眠れた気がする。体を起こし、2階3階を上がり屋根裏へ。
屋根裏へ行くと鉄板の屋根が見える。鉄板の屋根、絶対に何かしらが降って来る物を弾くためにだろう。すごく厚い板の屋根だ。主柱が中央にあるのも納得するほど重さがあるのだろう。この都市の火山地帯で恐ろしい所を垣間見た。そんな所に驚いている間に梯子に手をかけるネフィア。
「まて、ネフィア。先に行くな」
「ん? どうして?」
「スカートだろ!!」
「………ふふ。そうでした。お先どうぞ」
「なんで、嬉しそうなんだよ」
ネフィアが口元に指をつけ。一言。
「女の子扱いですね。見てもいいんですよ?」
「ことわる……」
あまりの可愛さに目をそらして断った。昔の俺なら嬉々として見ていただろう、だが今は困惑が勝つ。俺は黙って梯子を上がった。鉄板の蓋をずらし、屋根の上へあがる。その後、ネフィアの手を取り彼女を引き上げた。中々の重さだ。
「ありがとう」
「…………ああ」
素直。とにかく素直。違和感。しかし、かわいい。上がった屋根に腰をかける。隣にネフィアも腰をかけ、風を感じていた。少し冷たい風に、これは冬が近い事を肌で感じれた。夕日は沈み夜空には変わらぬ星が見え、カンテラを消して見上げる。
「もう、冬か」
「そうだね。過酷な時期になるから旅は休止だね」
「………それで家を?」
「休養しなくちゃいけない。トキヤは無理しても頑張るから。壊れちゃう」
「戦争ではそんなこと出来ないぞ」
「これは戦争ではないですよ」
「確かに」
帝国での夜空からけっこうな時間が過ぎている。大分、遠くへ来たものだ。
「………ねぇトキヤ。私に隠してることない?」
「隠してること? あるが?」
「教えてほしい」
「教えたじゃぁないか………『彼女』の影を追ってるって」
「違う。なんで嘘ついたの?」
「嘘ついた? いったい何を………」
「はぁ………頑固者なの知ってる。でも………」
ネフィアがポッケから何か小さいガラス瓶を取り出す。それの蓋を開け口に含んだ。そして………俺に向き直る。
「なにそれ………んぐ!?」
時間が止まった気がした。長い長い時間、そうしていたような錯覚なほど鮮明に脳を焼く。確実に脳に覚え込まされた口に柔らかい感触。彼女は目を閉じて、身を乗りだして強く腕を絡ませる。
ゴクンッ!!
そのまま何か口のなかに流し込まれ飲み込んでしまう。その音を聴いた彼女が腕を離した。近くでわかる紅潮した顔で、言葉を紡ぐ。
「…………それも含めて大好きです」
心臓が跳ね、脈が速くなる。体が熱くなり何も考えられなくなる。真っ直ぐな、想いを打ち明けられどうしていいかわからない。避けようがない。精神攻撃だった。
「ふふ、歴戦の騎士でも。何も出来なくなるんですね。恋って」
「ああ、いや………そのな………俺は………」
「私の事が好きですか?」
ネフィアが首を傾げて質問する。その答えは口に出さない。絶対に。ダメだそれは。
「好きだ。ネフィア…………!?」
「うれしい!! そして………残念。その言葉をもっと早く。トキヤの口から聞きたかった」
「ま、まて!! 今のは違う!!」
「大好きです。トキヤ、私の事を昔から好きだったんでしょう? そのペンタンドは私ですね?」
「そうだが!! 何故それを!! 違う!! おかしい!!」
質問に嘘が言えない。何を飲ましたか察する。
「トキヤ。気付きました? 中々にいけない薬です」
「お前、何を飲ませた!!」
「自白剤。それも強力なもの。私も少し飲んでいます」
「何処でこれを!!」
「この薬、貰った男に戻る薬と交換しました」
「な、に!? 万能治療薬だぞ!! あれじゃないと元には………」
「私は、男に戻りたくないです」
息を飲み、気押される。
「男に戻ったら。この好きな気持ちが無くなってしまうかもしれない。忘れたくない。そして………トキヤの過去を見ました。寝ている間に。そしてデーモンとかのトキヤに怒られました。『あとは彼から聞きなさい』て」
「狂った男の過去なぞ………見たって………ただひたすらに自分の目的のために。何もかも………」
「いいえ、私のためにたゆまぬ努力と苦労。犠牲。その道の記憶は今では私の宝物です。どんなに汚くても。どんなに酷くても。どんなに歪んでも。どんなに深い罪でも。私は……………」
ネフィアが俺の胸に飛び込んでくる。俺はあわてて肩を掴んで離した。彼女は顔を上げ真っ直ぐ。目を逸らさず自分を見つめる。アクアマリンの宝石を握りしめながら。精一杯の大声で彼女は俺に声を届ける。
「全て知り、全てを受け入れて勇者トキヤだけを愛します」
俺は放心していた。彼女の想いと覚悟に何も言い返せない自分がいた。沈黙が自分達を包む。彼女は涙を目に貯めても見つめ続け言葉を待つ。
「こんな男と一緒にいても不幸になるぞ」
やっと出せた言葉は情けない言葉だった。
「幸せになる方法を知ってます。簡単です。私のために。私のためだけに生きてるトキヤしかできないことです」
「…………何をすればいい」
「このまま、強く。私を抱き締めてください」
言われた通り柔らかい彼女を抱き締める。あの日、拐われた時のように強く。彼女も腕を回す。
「これで、いいのか?」
「はい………幸せです。そう、今ここが私の魂の場所です。あなたがずっと歩んで来た道に負けないように頑張ります。ずっとずっと頑張りますから。トキヤのためにも幸せになります」
「そっか…………」
「だから、愛してください私を………愛を護ってください騎士様」
「わかった。わかった。使命を受けよう。姫」
自分は彼女の暖かさを肌で感じる。
「トキヤのせいで………ぐしゅ………泣き虫になりました…………女になりました………責任とって………ぐじゅ………さい」
「ああ、けじめはつけるさ」
泣き止むまで俺は彼女を抱き締めていた。




