都市イヴァリース⑦女騎士の想い..
私はアクアマリンの女騎士だ。武勇に自身があり、誰よりも卓越した剣の腕もあると信じていた。しかしそれでも100人中、100番目でしかない程に上には上が居た時代。あの時代はそれが当たり前な程だった。
そんな中、私は一人の傭兵と出会う。
「すいません!! クロウディア様!! お手を煩わせて」
「いいや。気にしなくていい」
ある日の事だ。騎士団のそこそこの地位を手に入れ。部隊を持つ私は部下の一人から喧嘩の仲裁を頼まれたのだ。場所は大通りの中心。その中心に倒れる騎士と介抱する騎士。剣を抜き身構える騎士がいた。
「この!! くそ豚やろう!!」
「………」
豚やろうと罵りながら対峙する先に彼は居たのだ。
「何か言え!! 豚め!! 同僚を倒しやがって‼」
「ふん。『かかってこい』と決闘を申し込んだのはお前だ。ただそれに答えただけだ」
ローブを深く被った男。大きな太い腕。得物は持っていないが勘が告げる。強いと。
「では、失礼」
ローブの男が去ろうとする。その男をあろうことか私たちの仲間である騎士は背後から斬り込んでしまう。私は仲間は殴ろうとした。「やめさせなければ」と考えて。
そう思ったつかの間、ローブがその場で斬り払われる。この騎士の罪を問わないといけないと考えた瞬間だった。切れたローブから、大きい拳と巨体が躍り出て騎士の顔面に拳を叩き込み振り抜いた。剣を落として吹き飛ばされて地面を転がる同僚騎士。
「…………弱い」
弱いと愚痴る男を私は見る。緑の屈強な体を持つ。亜人………オーク族が立っているのだった。
*
ローブが剥がれ姿が晒されると大通りは大騒ぎになる。何故なら亜人が騎士を倒す構図は敵が攻めてきたと誤認するほどに分かりやすい。混乱や驚きで冷静を失い。不確定な情報が都市に広まっていた。亜人が最近多く入ってきている事も不安を増長する理由だろう。
「魔国が攻めてきた」と全く無知な者が騒ぐのだ。
おかしな話だ。魔国が攻めてくるなら北から都市を落としていくだろうし、大軍が来たらその矛先も分かる。故に………彼らは違うのだが。知らないことを言ってもどうしようもない。呆れながら去ろうとするオークに私は声をかける。
「待て!!」
声をかけ歩を止める瞬間に目の前に躍り出て手を広げる。騒ぎは「騎士様お願いします」とかを叫ぶ民衆が五月蝿いが。仕方がないことと割り切る。
今、民衆が恐怖で荒れている。亜人の傭兵も都市に入り込み治安も悪くなっている。亜人と人間のいざこざが起こり過ぎているのだ。
「すまない。私と一緒に来て騒ぎを静めてもらえないだろうか? 手荒い真似はしない………」
「………ふん。興味はない。帝国との戦争が起きるまで寝るだけだ」
戦争と言う言葉が出た瞬間、民衆が静まる。沸々と込み上げる不安と恐怖が背筋を冷やした。
そう…………魔国なんて攻めてこない。それよりも恐ろしい帝国が牙を向けているからだ。それを知っている。「待っている」と言うことはやはり傭兵だろう。珍しくもない亜人の傭兵。私たちは帝国より兵が少なく。彼らに頼らなければいけないのだ。
「傭兵でしたか。わかりました。ですが騒ぎを治める身、見過ごす事はできませんのでついてきて欲しいです」
「…………ほう。嫌だと言ったら剣を抜くか?」
オークがギラリと目を剥く。
「最後の手段です。言葉が通じるならば………なんとか会話で治めたい」
「弱気者の言葉など聞くに足らん。弱肉強食と言う根本原理からは外れない」
「ああ、外れない」
「ならば、連れていきたくば……剣を抜け!!」
オークが無骨な手甲をつけて身構える。目を閉じて深呼吸をひとつ。次に目を開けたときは私の目をしっかりと覗き込む。好奇心を持って。大衆が私に期待を寄せる。
仕方がないと私は背中の武器を抜き構える。峰打ちは出来ないだろう。すまない………亜人よ。大衆を一安心させるためなんだ。
「先に謝っておく。すまん」
言葉とともに太刀を振り上げて素早く降り下ろした。兜ごと一刀両断できる重き斬撃が亜人を襲う。
「兜割り!!」
技名を声に出し、力を込める。剣圧が生まれ地面ごと、こやつを一刀のもとに削らんとする。
「ふぅ………はぁ!!」
オークがゆっくりと手を両手で太刀の反りに添えてスッと横に剃らす。太刀はそのままオークの左側に逸れて地面を斬った。
「!?」
たった一瞬を合わせられ、隙が生まれてしまう。もちろん、そんな隙を見逃したりはしなかった。気付けば目の前にオークが立っていて腹部に鈍痛で口から胃液が吹き出る。そのまま、オークが身を引き、私は太刀を落として手をついた。
「ゲホゲホ………お、おええええ………」
胃袋の中身を吐瀉。咳を出しながら腹を押さえる。内蔵がひっくり返ったようなグチャグチャな衝撃に涙が出る。
「ふぅ………謝っておく。手加減出来なんだが………お主は生きている。素晴らしい耐久だ」
頭の上から偉そうにオークが喋る。周りの大衆も恐ろしくなったのか散々に逃げ出し大混乱となった。歓声から悲鳴へと変わる。
「………ゲホゲホ。オーク。すまない…………殺そうとした」
「同じだ。殺そうとした。手加減出来なかったが驚いた。技は使わずとも生きている。女の身でありながら恐ろしい耐久だな」
私より強い傭兵。
「名も知らぬオーク。私は大衆のため一時の安心のためにお前を斬ろうとした。殺されても文句は言えない…………負けたのだ。好きにするがいい。だが、騒ぎだけは身を潜めて落ち着くのを待ってて欲しい。お願いだ」
「ふむ。謝るのは俺の方だ。お前の仕事の邪魔をしたばかりか喧嘩を吹っ掛けてお前に剣を抜かせた。すまん…………暇で暇で……体が強者を求めて暴走した。許せ」
「…………なら。身を潜めてほしい。人目のつかない場所で」
「ああ、そうする。女騎士よ………名を聞こう」
「クロウディア」
「クロウディア、俺の名前はレオン・オークだ」
そう言って彼は路地裏に消える。そして………数日後また騒ぎを起こすのだった。
*
あの一件からレオンは度々喧嘩を吹っ掛けられるようになってしまった。
曰く、「オークよ。騎士誰々を倒したそうだな」と腕に自信があると見え、決闘を申し渡されていた。
そう、私を倒したことがある意味。有名になり、腕に自信がある騎士がこぞってヤツと喧嘩を行った。他にも腕に自信があるだけで傭兵と決闘する者も出始め。流行り、大怪我し入院する奴も出だし、国として決闘を禁止するまでに至る。
「クロウディア………頼む。やらせてくれ」
「ならん………何度言ってもダメだ」
「体がウズいて仕方がないのだ。一瞬でいい」
「一瞬でも大怪我だ。お前は味方を殺す気か?」
「傭兵だ。誰と戦おうと問題あるまい」
「はぁ……」
そう、色々な事が重なり私はレオンの監視役になってしまった。こいつは腕を上げに世界を旅している。だから戦争があり、強いものと死闘が出来ると喜んでこの土地に来たらしい。変なやつだ。
「レオン………戦場まで待て。今はにらみ合いが起きているし。自然にお前の望んだ相手と戦えるだろう」
「ワクワクするな」
大きな体を振り回して目を輝かせる戦闘狂。私が聞いていたオークは雌なら誰でもいいと言う色欲の塊と思っていたが。偏見だったようだ。いや………色欲が戦闘欲に行っただけかもしれない。
「何故、お前は戦闘が好きなんだ?」
「俺は父上よりはるかに小さい。オークの中でもな。だから………鍛えた。だがそれでも強くはならなかった。心技体という言葉を知っているか?」
「もちろん。体が一番。次に技。そして………最後に不屈の意思」
「そうだ。だがな………楽しくないか? 遥かに体で劣っていても技で勝てる瞬間を………そう!! その瞬間。努力が報われた幸福感がするのだ。いいや………戦っている時も………心が闘争心を持つ限り!! 楽しい!!」
「戦闘狂め」
「誉め言葉だ。オークとして………屈強な体で生まれたのだ。色んな奴と手合わせしてこそだ!!」
こいつはいつもいつも戦いの事ばかり考えていた。どんなときでも、鍛練を怠らず。故に………このオークの体は鍛えられた鋼のような武器となる。
いつからか奴のたゆまぬ戦いへの努力にひかれていくのにそう時間はかからなかった。
*
ある程度。懐かしみながら話をする。目の前の女性。ネフィア・ネロリリスは目を輝かせながら話を聞いて頬を赤らめていた。
「クロウディア………お相手……オークなんだ」
「う、うぐぅ………ぜ、絶対言うではないぞ? 私もおかしいとは思っている。だが!! あいつはそこいらのオークとは違う!! そう、その精神は騎士を彷彿させるほどに紳士だ!!」
「あのね。『惚れてます』と言うのはいいから続き聞きたい」
「うぐぅ」
「惚れたきっかけは?」
「戦争中に助けて貰ったのだ。敗戦濃厚の末期、敵を一人でも多く道連れにしようとしたが………奴は私を庇い肩にかついで逃げた。最初は怒ったさ………だがな。奴は頼みがあると言って恩を売った。魔物と戦いたいから生きて俺をそいつと会わせろだとな。残念ながら………そいつは紫蘭の腕を切り落とした後に消えたがな」
「………ああ、紫蘭さん」
「知っているのか?」
「ええ。同じ男を愛した人ですよ、魔物を。魔物と言われた男性をね。残念ながら愛しい彼に切られて亡くなりましたね」
「そうか。私が魔国で冒険者をしている間に決闘をしたか。騎士らしい最後だな。彼女を知っていて驚いたよ」
「もうひとつ。驚くことがあります。魔物………それ……今は私の旦那です。本名はトキヤ・センゲですね」
私は驚くと言うよりも何故か納得してしまう。なぜまら「あの恐ろしい獣を従えられる人物だろう」と思うからだ。それだけ、彼女は強い。
「ふむ。今日は本当に驚いてばかりだ」
「私は普通なんですけどね。もう、普通でもないみたいですけど………」
「もう、大体話したな………冒険者をやっているのも奴の監視役になってから長い間に奴の扱いに慣れてきたからだ。ふと、血がたぎるのを抑えてやるために一緒に………いや。惚れてしまったからついていってるんだ。それだけだ」
私は言い直す。いまさら取り繕っても意味はない。「惚れている」と言った方が分かりやすい。
「お話は面白く聞けました。そうですね………一人の乙女の願いを聞きたくなるぐらいには」
「ネフィア?」
「もっと。自分に自信を持っていいと思いますよ。長い時間一緒なら。あとは切っ掛けだけでしょう」
彼女が立ち上がり。今度は葡萄酒をあけた。
「仕事の話をしましょ………私の目の前で悲愛は認めません」
「あ、ありがとう」
「いいんですよ」
優しい笑みを向ける彼女に私は感謝する。
「ついでに族長全員に殴り込みに行こうかと思ってましたし」
私は背筋が冷える。やらかしたのではないかと身震いするのだった。
*
俺は大通りを歩いていた。人はみな、逃げてくれている。目の前には大きな大きな斧を両手に持ったオークが立っていた。同じ種族同じ豚野郎。
「息子よ来たか」
俺は大通りで何年ぶりかの親との再開を噛みしめる。
「親父、本当に戦ってもいいんだな」
「ああ」
喜んだ。筋肉が喜んだ。
ガッキン!!
おれの渾身の正拳突きは斧を交差させて防いでいる。うるさい金属音が大通りを響かせる。
不気味なほどの太った豚。おれの親父は誰よりも肥えている。だが、素早く力強い。
「少しはやるようになったか?」
「………さぁ………今の一撃でまだ俺は親父を越えれそうにないかもな」
「ほう、聡明になったか息子よ!!」
斧で俺の止まった拳を弾く。巨体に似合わず。攻撃も速い。
「くくく。聡明になった息子よ。お前に頼みがある」
「なんだ? 親父? まだ戦いは始まったばかりだ。やっと殺し合いをしてくれるのだろう?」
「魔王と殺り合いたくないか?」
「ん?」ぴくっ
俺は体が反応してしまう。聞けばあの武勇伝が広まり。魔国で今一番話題の元魔王ネフィアのことだろう。殺りたくないか……話だけは聞いてみよう。
「話をしてやろう………お前。女がいるな?」
「相棒だ」
クロウディアのことだろう。俺は戦闘バカでいつもいつも迷惑をかけている。背中を任せられるぐらいには信用しているし、俺より弱いが女で見れば破格の強さだろう。人間でありながら。
「くく。お前は弱いままだな。長い年月武者修行でちょっとはやるかと思ったが。ただの餓鬼だ」
オヤジが大笑いし。そして、大きな声で言う。
「だが、そんなお前でも前座を任せてやろう。勝てばお前が俺と戦う。負ければ俺は魔王と戦い勝ち、新しい魔王となってやろう」
「………俺が今、親父を狩ればいいな」
「くく。やりたいのはわかった。だが………俺は今から逃げるぞ? いいのか? 戦ってやる理由がない」
オヤジは斧を落として手を上げる。得物を持たないオヤジとやっても楽しくない。よくわかってる。
「………畜生。どうやったら戦ってくれる?」
「俺に捕まれ。そして………1週間後にわかる。お前を使い魔王を誘う」
「………??」
「くくく。わからんか? わからんだろうな~でも。来る。奴はな」
オヤジは腹を叩きながら豪快に笑う。何を考えているかわからない。しかし、俺は仕方なく捕まるのだった。クロウディアには悪いが。勝手に居なくなる。オヤジと戦うために。




