大帝国城塞都市ドレッドノート①囚われの歌姫..
大帝国首都ドレッドノート。夫であるトキヤの生まれ故郷。そして私がここで初めて冒険者になった土地である。
私は椅子に座り、曇る窓をその手で拭きながら窓から見る城下町を見る。色んな人間が厚い冬服を来て行き交い、生活を営んでいるのが見えた。遠くにはもう1つ城のような冒険者ギルドの建物があり………懐かしく思う。
何年か前に数ヵ月ほど住んでいたことを考えさせられる。当時は若く受付のお姉さんに女扱いされて怒ったし、店員のお仕事でお金を稼ごうとした。城をマッピングして、どうやってこの土地を攻めようかとかも考えた。
「ここから。始まったんですよね」
私は落ち着きを取り戻したと言うよりは………昔に戻ったと思う。諦めた日々に逆戻り。閉じ込められているのは慣れていた。いや、慣れさせられた。
「…………」
そう思っていたのに。
「トキヤ………」
昔と違い………私は一度外を飛び回ってしまい………楽しい日々を過ごしてしまった。眼下の城下町を見たときにあそこを走っていた私を思い出し………幸せだった日々を思い出し………窓に触れる。
力は使えない、鉄格子さえ燃やすことも出来ない。心の炎も翼を一瞬でもがれてしまった。
「………」
拷問もされる事もなく無為に時間だけが過ぎていく。自害も許されず。ただ………ただ………城下町の人々を見るだけ。
「………………すぅ」
鉄格子の間から少し窓を開けた。冷たい風が部屋に入ってくる。気を紛らわせるために私は深呼吸をして…………言葉を紡ぐ。音を……ピアノの音を創造し風に乗せて声を届けようとする。
透き通った冬の空気。その空気に私は歌を乗せる。気を紛らわそうと歌い出したが………出たのは恋慕………トキヤを求む歌だった。
願わくば愛しいあの人にこの声と歌が届きますようにと。
「……………うぅ」
歌い終え私は顔を押さえる。昔には戻れない。あの幸せだった日々に。
会いたい………彼に………トキヤに。
彼は私に寂しさを教え………そして愛を教えてくれた。
だから。私は彼を想い涙が出るのだった。失ったお腹を撫でながら。
*
俺は数日間に城下町で噂になっている原因を知っていたし、その歌い手に心当たりがあった。城の廊下を歩きながら背後についてきている皇女。婚約者のネリスが問い掛けた。
「トキヤ。何処へ行くのです?」
「魔王の元へだ」
「何故?」
「城下町で噂になっている。城に美しい声の姫が囚われているとな。実際、窓から魔王を見たものもいる。その美しい姿にどこの令嬢なのかと噂が立っている」
「………別にあなたが行ってどうこうする事はないわ。衛兵に任せればいい。拷問も何もしないのでしょう?」
「…………しないな。死にたがりの女を拷問して、死なれても困る。お前はついてくるな」
「どうして?」
「また。ぶったりするだろう」
「………さぁ? そんなことしました?」
「………ついてくるな」
「はいはい。わかりました。でも1つだけ」
「なんだ?」
「あなたは私の婚約者なのよ。それだけは覆せないわ」
「……ああ」
女神がそう創った。覆せはしない。それに俺は皇族ではない、陛下の血筋は創った時に混ぜただろうかパッと出の男がズカズカ偉そうにしていても気に入らないだろう。ネリスはいい後ろ盾なのだ。俺は彼女から威を借りている。
「あいつは悪魔。人間を魅了してたぶらかす。気を付けて、歌を止めるには良いことだけどね」
「そうだ。それがあるから歌も『やめるよう』に言う」
元オペラ歌手と言われても本当にその通りなほどに歌が届くのだ。ネリスが踵を返し、俺は封印術が施された部屋へたどり着く。二人の衛兵に敬礼し、扉を開けてもらう。
悲しい声で囀ずる姫が座ったままで出迎えてくれる。近くまで歩いたが気付かない。声をかけてやっとだ。
「おい」
「………あら」
「落ち着いたか。もう死ぬ気は無くなったか?」
「……………死ねないのに『どうしろ』と言うのですか?」
潤んだ瞳で私を見上げる。あまりに綺麗な瞳に吸い込まれそうな錯覚がおきた。拳を固く締める。
「歌うのをやめろ」
「………今度は声も奪うのですね」
彼女は窓を見る。寂しそうな横顔に心がざわつく。
「拷問や殺さないだけ恩情と思え」
「ひとつ………いいですか?」
「なんだ?」
「…………国賓を招くような厚遇。何ででしょうか?」
「罠は最後までとっておく」
「………生死は関係ないです」
「盾にする」
「拷問しても大丈夫ですよね」
「…………ふん。しなくてもしても変わらない」
「優しいですね。拐っておいて何もしないのですから」
「………ふん。そんなことよりも歌は禁ずる」
「わかりました。ただ………最後に歌わせて貰ってもいいですか?」
断るべきだ。そんなのは許しちゃいけない。
「いいぞ」
だが、出る言葉は全く逆の言葉を口にした。
「ありがとうございます。ええっと…………勇者さま」
胸の奥で痛みがする。名前を呼ばれなかった事に何処か………寂しさを覚える。
「………ふぅ………」
彼女は歌を囀ずる。窓の外に向けて寂しく………想いを乗せて。その姿に胸が締め付けられる。
「…………」
彼女の想いは元勇者。裏切り者に捧げている。それを考えるだけで苛立ちを覚えたのだった。
*
彼女の部屋から玉座の間へ廊下を歩きながら俺は悩む。
「トキヤさん。どうした?」
「ああ、何でもないです。悩み事ですよ」
衛兵に声をかけて貰える。
「悩みですか? 自分もなんすよ」
「………ん?」
「最近、聞こえる歌が耳から離れねぇんすよ」
「ああ。大丈夫。もう聞こえないぞ多分」
「そうなんすねぇ~噂では何処かの姫様が歌われてたって言うじゃないすか? きっと綺麗な方なんでしょうね~あれでしょ? 他国の姫様」
「………何処でその情報を?」
「使用人でさぁ。最近、お料理や身の回りを世話してるって言うんですが。驚くぐらい綺麗な方って言うんですよ」
それは魅せられている。彼女の種族特性だろう。理想の像を魅せるのだ。
「どんな姿だい? きっとその人の好みだろう?」
「違うっす。金色に靡く長い髪に切れ長の目に長い睫毛。とにかく美少女らしいっす」
種族特性ではないようだ。まぁ、本当に綺麗な娘だ。
「一度でいいから会ってみたいっすねぇ~」
「やめとけ。魅せられてぼろ雑巾のように使われる」
「そりゃ~そんだけ綺麗ならワガママでしょうねぇ」
「………まぁ」
彼女はそんなことはしないだろう。どちらかと言えば………尽くす。完成された女性なんて気味が悪いが彼女はそれが普通だろう。わかる。一目見たときから。
「トキヤさん。辛そうっすね」
「?」
「顔が凄い歪んでるっす」
「ああ、悩みが深いんだ」
俺は悩んでいる。
「じゃぁまた」
「はい………またっす」
衛兵の一人と別れた。俺は何をしたいのだろうか。女神が創った俺は何をしているのだろうか。
*
私は悩んだ。トキヤが理由も無く彼女の部屋に向かう日々は続いている。しかも部屋に入らず衛兵に状態を聞いて帰ると言う。面白くない。面白くない。
「トキヤ………拷問させて」
「どうしたらいきなり?」
「魔王を痛め付けたい」
「………やめろと言ったではないか?」
執務室で彼は苦虫を潰した顔をする。
「何故? 彼女を庇うの?」
「………処刑をするんだ。それまで穏やかに過ごさせればいい」
「処刑を?」
「神がジビレを切らして神託が下った。断頭台で首を落とし晒す」
「なら………いいわ!! 楽しみ!! いついつ?」
あの憎き女が死ぬ日を私は聞く。わくわくが止まらない。
「10日後」
「わかった。楽しみぃ!! 死体の処理は任せてほしいわ」
「いいだろう………」
「楽しみね。色々出来そう」
「…………はぁ」
「なにため息ついてるの?」
「いいや。何でもない」
「ええ~言いなさいよ~」
「まぁ比較したらな。ため息出てしまっただけだ」
「ん?」
何かムッとした。何となくバカにされている気がしたからだ。
「まぁ10日後だ………」
彼は気が乗らないと言った表情で私から目線をそらす。私はモヤッとした気持ちだったが魔王が消えるのだから気にせずにその日は彼と寝たのだった。
*
処刑決まったらしい。直接勇者が私に伝えてきたのだった。私はそれを頷く。
「遅かれ早かれです。ただ………最後に一度でもいいからトキヤに会いたかったです」
「あっさり諦めるのだな」
「………どうすることも出来ませんから。諦めるのしかないんです」
「ふん。女神も気紛れで困る。処刑も女神がやれやれうるさいんだ。最初は罠で元勇者を誘って殺そうとしたが。君を殺して見せつける方が楽しいだと気付いたらしい」
「私の子を殺した女神らしいですね」
「…………ああ」
複雑そうな顔の彼に私は言う。
「勇者が魔王を殺すのは普通なんです。たまたま………それが伸びただけです。気にやむことなんてないんですよ」
「……………ふん」
トントン
「すいません!! トキヤ殿………退出いいでしょうか?」
部屋に数人の衛兵が慌てて入ってきた。慣れた手つきで私の手と足に手枷をはめる。最近は彼がいるときは外して貰っている。何故かわからないが。
「なんだ!? 処刑は10日後だろ!? それにお前らは………親衛隊じゃないか!?」
「トキヤ殿退出いいでしょうか?」
一人の衛兵の長が勇者を連れ出す。衛兵に囲まれながら私は首を傾げた。何故こうも護衛がいるのだろう。直立不動の彼らが唐突に敬礼をし出す。
そしてその異様な光景の中、扉から白髪のおじいさまが現れる。豪華な衣装に鋭い目。腰は曲がっておらずズカズカと部屋に入ってきた。その威風堂々たるや、風格と強さを持っている。大きな体。太い腕。大きい手のひら。全てが力強い。
「魔王と言ったな」
「元魔王です。今はただのか弱き女ですよ」
私は手枷を見せる。何も出来ないことを示した。
「そうか………おい!! 手枷を外せ」
「いけません。ダメです」
私はそれを拒否する。私が否定したのを周りは驚く。
「……何故だ?」
「私は魔族であり元魔王であり危険人物です。皇帝陛下。もしもの事があったらダメでしょう」
私は何故か直感で彼が皇帝陛下とわかる。誰だってわかる。分かりやすい。いや、もう彼がそうだと雰囲気で見せている。これがこの国の王だ。
「ふ、ふふふ。はははははははは」
彼は豪快にまるで領主ヘルカイトのように笑う。
「初めまして、ネフィア・ネロリリスです」
立ち上がって私は頭を下げたのだった。私はただの小娘だから。




