不思議の国のネフィア⑤ ハートの女王と白い兎..
おれ自身、驚いている事がある。 トキヤとネフィアが俺を信じてくれているのがわかった。
彼女の記憶通りのトキヤの強さを模倣できている。ツヴァイハインダーを片手で振り回して魔物のような戦いが出来る。
魔法だって扱える。昔の自分より遥かに強い。同じ、同じ人間なのにここまで差があるのだ。本物トキヤと本物俺では雲泥の差がある。だが、ありがたい。彼女を護るだけの力が今は十分にある。堂々と女王の目の前に立つ。鎌を構えたハートの女王から聞かれぬように風の魔法でネフィアの耳に伝える。
「俺が切り込んだら、屋上へ上がれ」
「で、でも………」
「大丈夫、絶対に帰す。彼の元へ」
「………うぅ」
優しい。彼女は強く優しく逞しく。この世の女性より遥かに………女神に近い。俺にとっては女神に等しい。だからこそ、彼女のやっと叶ったトキヤと一緒になる夢を引き剥がすのは耐えられない。
「じゃぁ行け!!」
俺は剣を担いで女王に斬りかかり、ネフィアは炎翼をはためかせて脇を抜けた。
ガッキン!!
「あっ!?」
「行け!!」
「………つ!!」
学校の玄関にネフィアは消える。それでいい。
「何故!! 何故!! 死ぬのよ!! また暗い底に落ちるのよ!!」
「それがなにか? ネフィアの幸せが一番だ」
「な、なにを!!」
一旦距離を取り剣を振り払う。
「あなたは女神を裏切った!! 何故!! 女神にチャンスを貰っておきながら‼」
「貰ったな…………もう一度!! 勇者になれるチャンスを!!」
キィン!! キャン!!
鋼が撃ち合う激しい音。グラウンドが剣圧によって切り刻まれる。撃ち合う音に紛れ女王が俺を罵倒する。
「勇者になれるチャンス!! 彼女をこの世界に留めることが彼女を倒す事に繋がるのよ!!」
「元魔王だ。現魔王じゃない!!」
「元でも魔王よ!!」
ギギギギ!!
「なんで狂った!! 千家!! 愛してるなんてヘドが出るわ!!」
「愛してるさ!! 俺は千家時也の前に!! トキヤだ!!」
「偽物だろうが!!」
「本物も偽物も彼女を愛してないわけじゃない!! それに!!」
俺は一つだけ。トキヤに勝てている。トキヤはまだ過去の夢を諦め切れていない。俺はそんなの持っていない。だからこそ。純粋に愛せている。
「俺はネフィアを誰よりも愛してると言える!!」
これだけでいい、偽物だろうがトキヤだ。
「くぅ!! わからずやぁああああ!!」
「!?」
俺は女王から離れる。彼女の周りが爆発し、衝撃波を生み出す。これは………能力か。
「ははは、女神から貰った力を見せ合いましょう。殺してやる!! お前は私が殺してやる!! 駒の癖に言うことを聞かない!! 何故か聞かない!!」
「だって………トキヤは女神を裏切ったし」
決別している。命令なんか聞きやしない。
「それが愚かだと何故気付かない!!」
鎌を振り、刃が飛ぶ。「切れる」と言う事象だけを飛ばす能力。それを横に飛び避ける。オリンピックなら金メダル間違いないなこの跳躍力。
「………あなたの能力はなに? 教えなさい」
「残念、あまりの過去で忘れた」
「じゃぁ………面白いの見せてあげる。まぁ見えても真っ二つだけど」
パチンッ!!
指を俺に向けて鳴らす。ならした瞬間にグラウンドが一直線に切れ、背後の建物も全て真っ二つになる。威力がおかしい。斬撃を飛ばすよりもあり得ない威力だ。
「あら、手が滑って外れちゃった~」
俺は横に走り出す。指の鳴らす音が聞こえる度に背後で色んな物が真っ二つになる。
「逃げてばっかりでちょこざいな!!」
パチン!! キャン!!
剣で能力を弾いた。女王が真っ二つになる。弾けるようだあの能力。よかった、変に弾いて校舎が真っ二つになるところだった。
「………あー弾かれるんだこれ」
「!?」
「あれ? 生きてるって? 死なないよ? 超再生」
これは…………厄介な。
「もっと、的確に殺したいね」
俺は笑う。怒りに身を任せ俺の相手をしてくれている事に。
*
屋上へ来た。月に照らされた町並みが見える。綺麗な光景なのだが……眺めている暇はない
下で激しく戦いの音が響きながら空を見上げる。どうやって上がるのか検討がつかない。この炎翼は飾りのような物。変な知識で言うなら、見た目も能力の一つだ。
フェンスの近くに行き眼下を眺めると彼が戦っており、その戦い方はトキヤに似ている。そして私は音で伝える。
「ついたよ………屋上」
「ついたか………厄介だなこの女王」
「………あの」
「すまん………戦闘に集中する」
眼下で剣を振り払い。女王を切り刻む。しかし、バラバラになってもすぐに復活した。この世界の主は殺せないらしい。
ブヮア!!
「な、なに!?」
屋上より遥か上で何か音と共に降ってくる音が聞こえた。眼下の二人も聞こえたのか戦闘が止まる。
グアアアア!!
雲の合間より大きな咆哮が聞こえ、黒い塊が降ってくる。雲の影でよく見えないが黒い塊が翼を広げて雲を吹き飛ばした。もう一度大きな咆哮をあげて月明かりに照らされ光沢を放ったそれは竜だった。
鋼の白い輝きに、黒い間接部。鋼竜に私は見覚えがある。
「エルダードラゴン。鋼竜ウルツァイト!?」
トキヤの夢の番人の一人でいつも私の邪魔する。トキヤの………もう一人が屋上へゆっくりと降りてくる。
「………」
言葉は喋らず、屋上でしゃがみ私を待ってくれる。迎えに来てくれたのは嬉しいが後ろ髪を引っ張られる気持ちもあった。
「あっ……う、うん」
「来てよかったな。トキヤが」
「そ、そうだね………その」
フェンスに向かい彼の顔を覗く。満足そうな顔に胸がドキドキした。その顔は本当にトキヤだ。
「時也!!」
「………?」
「ありがとう………楽しかったよ‼ 夏休み無くてごめんね」
「ああ、気にするな。最後にいいか?」
「なんでしょう?」
「愛してた。元のトキヤにヨロシク言っといてくれ…………『羨ましい』てな」
「うん!! ありがとう………トキヤさん」
私は振り返って竜の背に乗る。
*
最後の最後…………彼女は俺を時也と言わずトキヤと呼んでくれた。そんな気がする。
「そ、そんな!! 彼は夢を持たないのに何故!! 世界に来れるの!!」
「ウルツァイト。彼は彼なりの夢を持ってるんだよ」
「くぅ……ふふひ。そう!! 残念!!」
「……?」
「今、いい能力見つけたんだ~時を止める能力!!」
「!?」
俺は剣を構え投げつける。それと同時に自分の能力を使い生み出した短剣で手を自傷させた。思い出せて良かった。俺の能力を。
「残念………時を止まれ」
世界がピタッと止まる。空へ飛ぶドラゴンも全て動きがなくなった。俺の剣も空中で彼女の目の前で停止した。
「あーあ。見つけちゃった~最強の能力を~どうどう? どんな気持ち? ああ止まってるからわかんないか~」
ゆっくり彼女は俺の前に来る。大鎌を彼女は振り上げて俺を殺そうとする。
「さぁ!! 先ずはあなたを倒し次にあの竜から引き下ろす!!」
「残念。そうはさせない!!」
自分は近くまで近付いた女王に抱き付く。鎌の内側で強く片手で服を握って逃げないようにし、右手だけで己の短剣を握る。短剣は剣先が伸びて剣となる。
「な、なんで動けるの!?」
「自分の能力を喋るバカはいないが。せっかくだ、思い出した能力を教えてやろう」
剣を逆手に持ち背中から串刺しにして、自分の腹部も含めて差し込む。
「ぐふぅあ!? は、放せ!!」
「痛いな。でもこれで逃げられない。串刺しだ」
女王が俺を見ながら恐怖に顔を歪ませる。
「そ、そこまでやるの!? なんで!?」
「わからんだろうな。俺もわからない。勇気しかない今が!!」
剣を捻り能力を使う。時が動きだし竜が空へ登っていく。
「くっ!! 放せ!! お願い!! 放して!!」
「放すか!! 世界が壊れるまで待ってろ!! まぁ教えてやろう………能力使えないだろ?」
「!?」
気付いたらしい。そして、顔が絶望に染まる。
「いい顔だ、そそる。教えてやろう………俺が選んだのはこの変幻自在の剣。ルーンブレイカーだ。全ての能力を無効にし、全ての力を無力化することが出来る。例えば自傷して自分のかかった能力もな……任意で」
「そ、そんなチート!?」
「だけどな………死んだよ簡単に。ここまで使える発想がなかったからな」
「畜生!! 女神様!! お願いします!! お助けください!! もう!! 暗い底は!!」
ピキッ
彼女は本の世界から元の彼の胸の中へ戻って行ったのだろう。世界が音をたてて鏡のように割れる。
「嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だ!!」
「………はぁ。全くうるさいなぁ感傷にも浸らせてくれない。音奪い」
女王が口をパクパクさせ涙を流す。仕方がない。捨てられたんだ。また………無慈悲に。女神に。
どんどん世界が狭くなっていく。目の前の女王もひび割れていく。
「ふぅ………本当にトキヤが羨ましいよ……俺の夏休み終わっちゃったじゃないか」
俺は静かに目を閉じた。




