不思議の国のネフィア②..
私は紅茶を淹れながらテーブルに座る。向かいに千家時也が憑き物が取れたみたいな爽やかな笑顔で話を始める。
「紅茶、美味しいですね」
「それはよかったけど。異世界ですけど『転生じゃない』て本当ですか? てっきり何かがあって死んじゃったかと思ってしまって…………」
変な知識が増えている。恐ろしい。何もわからないはずなのに炊飯器等々が何かわかってしまう。
「アニメの見すぎ。この世界はそんな大層なもんじゃぁない。やっと喋られるが………よーく思い出してみろ。この場所に来る前の事を」
「来る前?」
「何をしていた?」
「えっと…………」
私は記憶を辿る。
*
ある日、ソファに座って腕を組んでいるトキヤが唸って悩んでいた。テーブルには一冊の分厚い本。手にとっては開けて首を傾げる。
「どうしたの?」
「エルフ族長が送ってきた呪物なんだけど。全く邪気もないし。空白なんだよこの本」
「内容は?」
「手紙には読んだ人は気絶し、いつか命が尽きるんだってな。寝たきりになってさ」
「ええ!? トキヤ!! そんな危ないの何で見てるの!!」
「…………まぁ大丈夫だし。ちょっと俺、出てるわ」
「どこいくの?」
「ギルド。ちょっと遊んでくる」
「はーい」
彼が本を閉じて家を出る。掃除も洗濯も終わっていた私はソファに座る。
「…………暇だなぁ」
「トキヤについて行けば良かったな」と思い。ふと本を手に取った。背表紙に何も書いていない。表紙も何も書いていない。
「変なの」
私はそれを手にした。
*
「………思い出した。本を確認しようと思って」
「そこまで覚えてるなら話が早い。ここは何処か理解したか?」
「………本の世界」
「そうだ。本の世界」
「童話みたいな事があるのね………」
「童話なら『不思議の国のネフィア』て事かな?」
「あ~そうですね。『不思議の国のアリス』てこんな感じですね」
この世界にそんな本があったのを覚えている。いえ、覚えさせられている。この記憶たちはいったいなんだろうか。
「でも………何で私だけ?」
「いいえ。全員そうです」
「全員?」
「そう、全員。極上の夢の世界を堪能させて食い物にする世界。夢が叶うんですからずっと本の中で。気付いたら体はない。そうやって犠牲者を増やした。もう一つは墓場だな」
「………うーん。でもそれなら尚更。トキヤは何故?」
「…………彼の夢は用意が出来なかった。あまり可哀想な事を言うと夢は続いている。『忘れたい』と願っても強く覚えているものだ」
彼の夢は心当たりがあった。それが本には用意できなかったのだ。何故ならトキヤ本人がわからないのだから。
「彼女の笑顔が知りたい」
私は悲しい声でそれを囁く。やはり忘れは出来ないのだろうあの……光景を。
「そう、本はその笑顔の理由を用意することが出来なかった。が、小鳥遊のは用意できた」
「はぁ………『幼馴染み』ですよねぇ~畜生。本め」
トキヤの夢は本でも叶えられないなんて……格好いいけど。それはある意味夢を忘れられてないとも言うし複雑だ。
「そう、そして。思い出を忘れるほどこの世界の知識を入れ。疑いを持たせず順応させる予定だった」
「が、私は思い出したと? 思い出せたと?」
「『思い出せる』と知っていた。絶対に君は特別だ」
「…………まぁその。ヒントをいっぱい戴いてましたから」
メモ帳等に記入する案は彼のものだ。
「もう一ついいですか? この世界はその………すごいですけど。誰の夢なんです?」
「全員、俺含む…………奴等の墓場だ」
「墓場? その、私が言うのもあれなんですけどスゴくいい世界じゃないですぅ? 私ね、これ欲しい!! 食器洗い機と洗濯機!!」
「残念、夢だ」
「……しょぼーん」
最高の魔道具だと思う。はぁ………私の世界って不便なんだね。
「そ、そんな所で落ち込むな………はぁ~記憶もどっても変な所のネジが飛んでるのはやっぱ小鳥遊なんだなって………」
「お、おう………スゴくバカにしたね」
「いいや。可愛いなぁって!!」
「はうぅ………やめろぉ~トキヤの顔でそんなの言うの………畜生。違うのに違うはずなのに。照れる」
「いいや、違わんぞ。小鳥遊のイメージが俺だからな。演じてるようで………演じられている。だからか………なんでもない」
深いため息。その後に笑う顔は直視できない。本当に本人みたいだ。
「まぁ墓場ってのは…………女神に捨てられた奴がこの本に入れられてる。転生も出来ずにな」
「女神に捨てられた?」
「この世界は俺らの故郷だ。転生前の故郷。一回俺も皆もこの世界の住人で死んでからこっちへ来たんだ」
「じゃぁ……本を読んでしまって閉じ込められた?」
「違う」
頭を掻きながらバツが悪そうな顔をした後に言う。
「女神の私兵として勇者に成りきれなかった奴の墓場だ。一つ能力か物をいただいて旅に出たが無理だった奴等のな。あんたの先代を殺そうとしたやつらな。女神はあっさり捨てるんだ。そして捨てた事も忘れる。人間のように使い捨てる」
「じゃ、じゃぁ………その」
「俺たちは前世の記憶を持ち、一つ世界を動かせる能力を戴きながら失敗した。それだけだな」
少しだけ同情をする。こんな平和な世界で過ごしてたのにこっちの魔物が跋扈する世界にいきなり落とされても………無理な気がする。無茶苦茶だ。生きるだけで苦労する。
「話は終わったな。次は帰る場所だが………学校の屋上から帰れる筈だ」
「学校の屋上?」
私は思い出すのはフェンスに囲まれた屋上。おにぎり美味しかった。
「おにぎり美味しかった」
「えっと………ちょっと真面目になろ?」
「炊飯器欲しいなぁ」
「だぁ!! 少し黙れ!!」
「…………」
怒られたため口を塞ぐ。
「小鳥遊は屋上から落ちてきた。一応下界、地獄のような下てイメージなんだろう。学校の屋上が一番高い」
つい、疑問を口に出してしまう。口は塞がらなかった。
「山があるじゃん?」
「あれは背景だ。この町しか世界はない………四周はハリボテみたいな物」
「えっと。狭い箱庭みたいな物なんだね」
「まぁ墓場だしな」
ちょっとスケール小さくて安心する。知識ではめっちゃ世界は広く丸いとうかがっている。
「善は急げだ………学校へ行くぞ」
「うん」
「後な………振り返らず絶対に突き進め」
「どうして?」
「…………全員敵だからな」
私は頷き。私服のまま家を出たのだった。
*
二人で夕暮れを歩く。「電車を乗ればいい」とか「タクシーを呼べば」と思ったがそれも「危ない」と言う。「確かに」と身を引き締めたのは通行人全員が私たちを睨んでいる事に気が付いたからだ。
恐ろしいことに。今まで見てきた人は全員が演じてるだけ。役割を渡し演じてるだけなのだ。
「…………ぞわっとする。私以外全員が私を騙してた事に」
一時だった。クラスメイトも、店員も、警察も先生も全員。
「まぁ………そうだな。でも久しぶりの故郷を味わえたんだ。良かっただろうさ」
「久しぶりの故郷?」
「な~んでもない、それより………目の前。俺も含めて故郷の匂いを嗅げたんだ………」
「ん? そうなんだ。あれ? 誰かいる」
私たちは立ち止まる。目の前立っている一人の制服の女が笑顔で話しかけた。
「こんな時間に何処へ行くの?」
「えっと、生徒会長柳沢心さん?」
「小鳥遊、気をつけろ」
時也が私の前に立つ。
「千家くん。ダメじゃない~しっかり演じないと~」
背後が黒く恐ろしいオーラを纏い。口もとだけで笑い。目はギロッと睨み付ける。
「やつは………」
「あら? 喋るの? 殺すよ? 消すよ?」
ヒュンヒュンヒュン!! ガン!!
「せっかく。千家時也として任命してあげたのに」
背後から大きな黒い大鎌が姿を表しそれを振り回す。異様な光景、平和な日常だった世界が一瞬で物騒な世界に豹変する。
「任命してくれて感謝してるぜ‼ ハートの女王よ!!」
「ハートの女王………ハートの女王って!?」
「察しろ………そういうことだ」
私はある童話の話を思い出す。そして分かったことはこの世界は彼女の物だと言うこと。
「それを知ってどうなるの? さぁ………帰りなさい。家にずっと閉じ籠ってたらなにもしない。ネフィア………魂でも切れば死ぬのよ? この女神がくださった武器で!!」
「聞く耳を立てるな。あいつはお前を殺せはしない。殺したら………この世界は………なんでもない!! ネフィア!! 逃げるぞ!!」
「う、うん!!」
私は手を引っ張られて路地裏に逃げ込むのだった。何人もの叫ぶ声を聞きながら。




