診察室の前の修羅場?
どうにも落ち着かない。アミが診察室から中々帰って来ないのだ。診察室をチラ見してみるもドアが開く気配はない。
けれけども、俺以外は異世界出身だ。普通に過ごすだけでも不安だと思う。ここは俺が落ち着いて対応しなくては……。
(それにしても長過ぎる……まさか、悪い病気が見つかったと?虫垂炎じゃなく治療方法は見つかっていない病気だったらどうする?)
お兄様が不安になっていたら、患者であるアミも不安を感じてしまうだろう。どんな結果でも、笑顔で大丈夫だって言うんだ……それにしても長い。
「あれ?じょ……榕木さん、こんな所で何しているんですか?」
聞き覚えがある声が頭上から降ってみたので、顔を持ち上げてみる。そこにいたのは意外な人物だった。
「知り合いが倒れたので、谷崎先生に診てもらっているんですよ」
声を掛けてきたのは元カノの軒音晴香。自分でも驚く程、冷静に対応出来ていた。ちなみに晴香を紹介してくれたのは谷である。同じ病院に世話好きで物好きな看護師がいるからって紹介してくれたのだ。
(十何年も失恋を引き摺る訳ないか。そんな余裕はなかったしな)
確か最後に会ったのは今年の二月頭、現実時間としては振られてから二カ月しか経っていない。でも俺はレコルトに転生した十四年間必死に走ってきた。薄情かも知れないが元カノを思いだす暇もなかった。
「だから、ここにいたんだね……ちゃんとご飯食べてる?ちょっと、顔に痣ができてるじゃない⁉」
晴香は相変わらず心配性なようで、一人で大騒ぎしていた。まあ、一方的に振った元カレが顔に痣を作ってきたら心配するのも分かるけど……痣?
「カリナ、俺の顔に痣が出来ているって本当か?」
近くに鏡がないので、隣に座っているカリナに尋ねてみる。
「くっきりと目の周りに出来てるよ……あの人、誰⁉」
カリナの視線が怖くて痣どころじゃないっす。俺の事は疑いの眼差しで見ているけれども、晴香に対しては敵対心丸出しだ。
「昔の知り合いだよ」
晴香を前にして『二カ月前に振られた元カノだよ』なんて言える訳がない。晴香も晴香でいぶかしげな目で俺達を見ているし。
「知り合いって、どんな知り合い?」
カリナさん、ここは病院ですぜ。騒ぐのは良くないと思います。
「丈治、こんな若い娘とどんな関係なの⁉どう見てもまだ未成年じゃない‼」
ここで中学二年生ですって言ったら、お説教が始まるだろう。異世界で色んな修羅場を潜り抜けてきたけれども、恋愛の修羅場は未経験だ。どうする、俺?
(カリナは説得すれば何とかなるだろうけれど、晴香になんて説明すれば良いんだ?)
元カノのお前には関係ないって言っても、犯罪を見逃せって言うのと叱られるのがオチである。だからって異世界に転生したって言ったら違う心配をされるだけだ。こんな時に頼れるのは同性である先生達だ
マジかよ……突然の修羅場にサンダ先生は動揺してオロオロしており、ボルフ先生はニヤニヤと笑いながら成り行きを楽しんでいる。オデットさんに至っては無言で手帳に書き込んでいる。手帳の表紙には “お嬢様への報告書”と 書かれていた。マジっすか……。
「さっきから診察室の前でうるせえぞ……軒音看護師、あなたは内科勤務ですよね。早く持ち場に戻って下さい」
晴香を見つけた途端、谷の表情が酷薄と言って良いくらい冷たくなった。
「今は休憩時間です。谷崎先生、あの話は」
晴香が用事があったのは、俺じゃなく谷だったらしい。まあ、こんな夜中に元カレが自分の職場に来ているなんて分かる訳ないよな。下手したらストーカー扱いだ。
「何度来ても答えは一緒だ。あいつにも言っておけ。自己満足の為に、他人を巻き込むんじゃねえって」
谷の顔に浮かぶのは静かな怒り。顔が整っている分、迫力がある。
「でも、このままでは、あの人が。あっ……」
俺の顔を見て気まずそうにする晴香。あいつであの人ってのは、俺の失恋の原因になった医者の事だろう。
「知るか‼自業自得ってやつだろ。丈治、診断結果が出たから中に入ってくれ」
晴香は気まずそうな顔のまま渋々帰って行った。修羅場が修羅場で上書きされて、何とか事なきを得た。
診察室に入ると、アミはすうすうと穏やか寝息をたてながら寝ていた。
「痛みで何日か寝れなかったらしく、痛み止めの注射を打ったら、直ぐに寝たよ。診断結果は虫垂炎。手術が必要かどうかはもう少し詳しく調べてから決める。入院は一週間ってとこだな……丈治、パンダみたいな痣を作ってどうしたんだ?」
診察室の鏡を見てみたら左の目周りにくっきりと痣が出来ていた。
「ジョージ狩りにあったんだよ。谷、診断書を書いてもらえるか?それと五十万きっちり揃っている。これでアミの事を頼む」
頭を下げながらコンビニで降ろした五十万を谷に手渡す。
「俺に金を渡してどうするんだ?帰りに夜間受付けに預けておけ。診断書を書くから痣を見せてみろ。しかし、ジョージ狩りね。最近のガキは何を考えてるんだか」
遊ぶ金が欲しい、自分の強さを誇示したい、自分の有能さを何かの形でアピールしたいって感じだ思う。それよりこの冷酷ドクターは、とんでもない事を言いやがった。
「帰りって……アミを置いて帰れって言うのか?俺は付き添うつもりなんだぞ」
夜中にアミが目を覚まして不安になったら可哀想だと思わないのか?
「うちは完全看護だ。それに虫垂炎の患者は手術の時は付き添ってもらうが、普段はいらねえぞ。何より女性部屋にお前みたいなむさくるしいおっさんが入り浸っていたら、苦情が来るだろうが。ほれ、診断書だ。とっとと帰れ。その子、うわごとのように“お兄様、ごめんなさい。お兄様ごめんなさい”って繰り返していたんだ。少しそっとしておいた方が落ち着くさ」
仕方ない。ここはお医者様の言葉に素直に従うか。
「面会は何時からだ?それと飯はパン食で頼む。それと入院のパンフレットをもらえるか?」
明日にでも必要な物を揃えて見舞いに来よう。
「面会は十時からだ。でも明日は仕事だろ?病棟の看護師に頼んで売店で必要な物を揃えてもらうから心配するな」
持つべき物が友人とはよく言った物だ。安心したら、大事な事を思い出した。カリナとオデットさん、どこに泊めよう?
帰り際、晴香が暗闇の中で誰かと話しているのが見えた。
「あれは堅気じゃねえな。ジョージ、どうする?」
俺には話し相手は見えなかったが、狼人のボルフ先生には見えていたらしい。
「もう、口出し出来る関係じゃないんでね。こっちで余計なトラブルに巻き込まれる訳にもいきませんし」
それこそ、余計なお世話ってやつだ。
◇
やっと、やっと米の飯が食える。病院からタクシーに乗り、近くのコンビニで下車。そしてお買い物タイムの始まりである。
「こっちの食い物の事は分からないと思うので、俺が適当に見繕いますね」
向こうにはバゲットサンドがあるから、サンドイッチが無難だと思う。そう思っていたら大量の品が籠に放り込まれた。
「なんだかやけ食いしたい気持ちなんだよ。文句ある?」
カリナはそう言うとぷいっと顔をそらした。
「こんな短い米は初めて見ます。それに見た事のない食べ物が沢山ありますね」
学者魂に火が付き食べ物選びに夢中のサンダ先生。
「肉料理が色々あるな。まずは腹ごしらえっと」
見た事のない肉料理にテンションを上げているボルフ先生。
「これは使えそうですね」
オデットさんはそう言うと、ドライバーセットを籠に入れた。何に使うのかは聞かないでおこう。
結果、お会計が五千円を超えてしまいました。
◇
取り敢えず、俺のアパートに戻った。久し振りの我が家である。
「こ、ここがジョージ様のお住まいですか?ああ、ここが別宅なんですね。こんな狭い部屋に住むなんて無理ですもんね」
サンダ先生、ここが俺の棲み処です。狭くても家賃はそれなりにするんだぞ。
「おい、ジョージ。掃除してのんか?なんか匂うぞ」
ボルフ先生はそう言うと、顔をしかめながら鼻を摘んだ。たまにはしている。ただ、ここしばらくキミテ関連で忙しくておざなりなっていただけで。
「もう遅いですから、明日は掃除をしないといけませんね。しばらく、ここに住むのですから」
オデットさん、報告手帳にお部屋が汚いですって書くのは止めて下さい。
「女の気配はないね。あの女の匂いもないし……うん、安心したよ。さっ、食べよ。ジョージの好きな食べ物はどれなんだ?」
獅子人も狼人ほどではないが、鼻がきくそうだ。それとも女の勘ってやつだろうか?
「俺が好きなのは梅とおかかの御握り。それにソースかつ丼にプリンだな。お茶淹れてきますね……えぇっ」
お茶を淹れて戻ってきたら、あらかたの物が食い尽されていた。日本のコンビニのレベルはかなり高いそうだ。異世界人のみんなが夢中になるくらいに。
結果、久し振りの日本の食事はカップ麺とうんまい棒と言う侘しい食事となった。
「ベッドはカリナかオデットさんが使って下さい。男連中はごろ寝で大丈夫ですし。明日にはホテルを探しますんで」
ちょっと加齢臭の染み込んだ布団だけど、我慢してもらおう。
座布団を丸めて枕代わりにする。そして寝ころんだ瞬間、ボルフ先生が小声で話し掛けてきた。
「ジョージ、あの目の細い姉ちゃんは昔の女か?」
確かに晴香は糸目だ。
「二カ月前に振られましたけどね。どうかしましたか?」
「お前の身内じゃねえんならいいんだ。あの時、薬は手に入るっかて聞かれていたから、何とかしねえといけねえと思ったんだよ。昔の女なら関係ないな。だとよ、カリナ安心したかー?」
ボルフ先生は、ベッドの方からワタワタと慌てる音を聞いてほくそ笑んでいた。
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