私の主は
レオパルド城に泊まっているホートーとラフィンヌさんとの合流後、フェルゼン城に行く事になってしまった。
ぶっちゃけ、行きたくないでござる。俺の予想では、最悪パターンでもファルコ伯爵と面会だった。希望としてはファルコ家の家令との懇談会だったのに……最悪の予想を大幅に上回って皇帝に釈明をしなきゃいけないなんて胃に穴が開きそうです。ただでさえ不利なのに、皇帝に無礼を働いたりしたらネタバレ前に十三階段行きになりかねない。
(何か皇帝との会見を回避する言い訳を考えなくては)
お腹が痛くなりました、回復魔法を掛けられてお仕舞か。親戚に不幸がありまして、アコーギ家の親戚もコーカツ家の親戚もお偉いさんが多い。違う問題が勃発してしまう。UFOにさらわれて間に合いませんでした、さすがにこれは無理だよな。皇帝との会見をばっくれる方がまずいし。
第一、もう馬車の中で両脇をボルフ先生とオデットさんにがっちりと抑えられている。俺の実力では、脱出不可能と言っていい。
「ジョージ殿、さっきネルケが貴族になると言っていたが、イリス嬢が嫁に行けばファルコ家から籍が抜けて貴族でなくなるのではないか?」
向かいの席に座っているミューエさんが質問を投げかけてきた。馬車でもサンダ先生の隣をキープしています。
「確かにファルコ家から、籍を抜けば貴族じゃなくなりますが、余り現実的じゃないですからね。あり得ないですけど、ファルコ伯爵がイリスさんとネルケの結婚を認めたとしても、婿入りが最低条件だと思いますよ」
理屈的には可能なだけで、余りにも非現実的だから除外しただけだ。考えたくないが、もしアミがネルケみたいな男を連れてきたとしたら、結婚の条件は婿入りにすると思う。
「婿入りが条件?何故だ?」
ミューエさんの目がいつになく真剣です。回答を間違えれば、地雷原に突入しかねない。
「庭師の小僧の給料なんて、あってないような物ですよ。二人の生活を維持するなんて、不可能です。ましてやイリス様は生粋のお嬢様、家事炊事どころか一人だと身支度さえ満足に出来ないと思いますよ。つまりイリス様のお世話をする人を雇わなきゃいけない」
イリスさんの身支度に関するソースはアコーギホームメイド隊とオデットさんから予め聞いておいた。貴族は靴紐を結ぶのも他人任せだという人が多いから、不思議ではない。
「フェルゼンの庭師は徒弟制が主ですから、独立するまで無給に近いですからね」
さすがはサンダ先生、そんな事もまで知っているんだ。でも、ネルケの親方の心労を考えると、いたたまれなくなる。会社の後輩がスポンサーのお嬢さんに手を出しました。しかも、そのお嬢様の婚約者は、もっと大きな会社の跡取り……地獄絵図しか想像出来ない。親方にも何かを贈ろう。
「もし、ネルケ君に独立出来る腕があったとしても、雇い主のお孫さんを口説いた庭師なんて誰も使いませんよ。純愛だろうが略奪愛だろうが婚約を破綻させたのには、変わりませんからね」
事実、イリスさんとネルケは庭で会話するだけの仲だったらしい。世間知らずな箱入り娘と植物の事しか知らない少年。映画なら淡く美しい恋物語になるんだろうが、現実は、そんなに甘くない。
よく漫画で政略結婚させられたお嬢様が〝貴方との恋を宝物にして嫁いで行きます”って台詞を口にするが、来られる方にしてみればたまったもんじゃないぞ。ましてや結婚式の最中に花嫁を略奪しに来るなんて、自己中なスイーツ脳としか思えない。
「イリス嬢は手にあかぎれを作ってでもネルケを支える覚悟が、ネルケにはファルコ家の一員に相応しい男になる努力が必要という事か」
どっちも生半可な決意では不可能だ。ネルケにそれだけの才覚があれば、こんな下手を打ってないと思う。
「もし、ファルコ伯爵がイリスさんに多額の持参金を持たせても、こすっからい商人や町人に騙し取られてお仕舞いですね。それか強盗に襲われて、イリスさんは身代金目当てで誘拐……そうしたら、今度こそ奴隷として売られると思いますよ。ファルコ伯爵の力が及ばない遠い国とかにね」
穢れを知らない異国のお嬢様なんて、人によっては垂涎物だ。リスクを冒すだけの見返りは充分にあるだろう。
「そのブリスコラって奴は何でこんな面倒な事をするんだ?オリゾンとフェルゼンを争わせたきゃ、貴族の当主を誑かせば良いだろ。グルウベの代皇を操る力があるんなら、不可能じゃないだろ」
ボルフ先生の言う通り、どこかの当主を誑かして、隣国を攻めさせれば開戦まったなしだ。戦争が早期に終了しても、両国とも疲弊してしまうだろう。
「ブリスコラは人の絶望した表情が好きなんですよ。特に真面目で純粋な人間が自分の欲望や妬みで、大切な物を壊してしまったと知った時の顔が好きなんです。もし、イリス様があのまま奴隷として売られて、フェルゼンとオリゾンが戦争になったと知ったらどうなると思いますか?まして大好きなお爺様やお父様が戦死し、シャルル様が凌辱されたと知ったら、自分を死ぬ程責めるでしょうね……そんな人にブリスコラは『貴女が貴族としての自覚を持っていたら、こんな事にならなかったのにねー。穢れのないお嬢様とはいえ、所詮は欲望に弱い薄汚い人間、大切な人を死に追いやっても、泣いて罪悪感から逃れようとする。大好きなネルケを連れて来て、慰めさせましょうか?戦争で幾人もの人が、大切な者を失った人がいるのを自覚しているならね』そう言って責めたてるんですよ」
ゲームではブリスコラは主人公の幼馴染アイン・ルーベスを誑かして、魔王軍に引きずり込む。武の才能があったというのもあるが、アインを闇落ちさせて主人公を責め立てるのにも使う為でもあった。
アインはダークナイト絶望と名乗って、主人公達の前に現れる。お約束のようにフルフェイスの兜で顔を隠し、全身黒一色の呪われた装備を身に着けているのだ。掲示板にアインのことを厨二病だと書き込むと、腐女子の方々によって炎上してしまうので注意が必要。
何しろアインは耽美って言葉が似合うイケメンキャラ、何故かイラストではバラを持っている。後半で仲間に入るが、何で敵の時よりステイタスが落ちているのって突っ込むのは止めましょう。ちなみに死闘を繰り返したにも関わらず、ヒロインズの好感度はジョージよりも高かったりする。
「今回の件で言うとファルコ伯爵・シャルル嬢・ネルケ・ロカか」
ファルコ伯爵は家の為に孫の気持ちを無視してベガルとの婚約を勧めた事と、怒りに目が眩み大勢の兵士や騎士を戦死させた事。シャルルさんはイリスさんに隷属の首輪を付けた事と無理矢理書かされた手紙に疑いを持たなかった事。ロカは己の見栄と欲が故国を戦に巻き込んだ事をブリスコラに責められるだろう。
「それとベガル様もですね。このまま行くと偽りの手紙を見破れずに、自分を慕う兵を殺してしまうんですから」
俺の感覚でいったら、ラブレターなんて疑ってかかる物なんだけどな。
「ブリスコラは、ジョージ様が企みに気付いているなんて思ってないでしょうね」
……待てよ、このままブリスコラの企みを妨害してしまったら、魔王軍に敵対視されるんじゃないか?マエストロ・グライツァーはただの冒険者ってスルーしてくれたけど、フウマ三姉妹には逆恨みされている。これ以上、魔王軍に認知されるのは、まずい。
「あの、爵位もない俺なんかが偉大な皇帝陛下と謁見させて頂くのは、不敬だと思うんですよ。ここは然るべきお方を代理という形にしてですね」
「心配するな。皇帝陛下は爵位で人を測らぬ。きっとジョージ殿の事を気にいる筈だ」
いや、気に入られたら魔王軍に認知されやすくなってしまうんですが。ゲームではブリスコラに取るに足らぬ小物とスルーされていたが、自衛の為とはいえ色々とやり過ぎた自覚はある。中学生で領地を運営し、フライングシップまで復活させたとあっては、敵対視までいかなくても要注意人物にされかねない。何より俺は欲まみれの人間だ。こんな面倒な立場じゃなきゃ、もっとはっちゃけていただろう。
(そういやブリスコラの配下ってサキュバスやインキュバスだったよな)
誘惑されたら、あっさりと骨抜きにされてしまう自信がある。
◇
フェルゼン城は小高い山に作られた天然の要害だ。飾り気は一切なく、防衛にのみ特化している。そしてそこに務める軍人にも浮ついた所が一切ない。オリゾンの騎士ならお洒落と自己主張の為に兜に羽根飾りを着けたり、派手なマントを羽織っていたりする。
しかし、フェルゼンの軍人は没個性と言っていいくらいに装飾を省いており、全員が無表情である。
(し、周囲の目が厳しすぎる。お前等には客人を歓迎するって意識がないのかよ)
こんな時にもエアリーディング能力が発揮してしまう。彼等の思いはただ一つ。この大事な時期に、偉大なる我が皇帝陛下に無駄な時間を使わせるなだった。
「皇帝陛下、レオパルド家次女ミューエに御座います。お忙しいのは分かっておりましたが、急遽ご報告しなければいけない事が出来ましたので」
サンダ先生から聞いた話では、ミューエはかなり強引な手段を使って、謁見を取り付けたらしい。
「レオパルドの嫁き遅れ娘か。皇帝陛下の御前でフードを取らぬ無礼な者を連れて来て一体なんのつもりだ」
謁見の場に来たのはミューエ、ホートー、ラフィンヌさん、イリスさん、俺の五人。ちなみにフードを被っているのが、イリスさんだ。
「ファルコ、そこまでにしておけ。ミューエの性格と忠義はお前も知っておろう。それで何があった」
これは良い流れだ。後はミューエと正使のホートーに丸投げしよう。俺は気配を消して、補足するだけだ。
「ありがたきお言葉。全てはここにいるオリゾン王国ボーブル領領主ジョージ・アコーギからお聞き下さい」
……おいっ‼なんてキラーパスを寄こすんだよ。サンダ先生にちくるぞ。
「ほう……?貴公がジョージか。その方の領地で作っている歯ブラシや照明器具は我が城でも重宝しているぞ。それで何用だ」
皇帝様のプレッシャーが半端ないです……もうやけくそだ。
「どんな言葉よりも実際に見てもらった方が早いかと……イリス様、ローブを取って下さい」
イリスさんがフードを取った瞬間、静寂に包まれていた謁見の間がざわつきだした。
「イ、イリスではないか。お爺ちゃんだよ、無事に帰って来てくれたんだんね」
ファルコ伯爵に至っては、涙腺が崩壊してガン泣きである。
「行方不明になっていたイリスを見つけてくれた事は感謝しよう……しかし、なぜイリスは隷属の首輪を付けているのだ?まさかイリスとは知らないお前が主となったとでも、言うのではないだろうな」
もし、そうだとしたらこんな場所に来る勇気なんてない。
「恐れながら皇帝閣下にお願いがござります。イリス様にこう聞いて頂けますか?イリス・ファルコ、お前の主は誰なのかと」
「隷属の首輪を付けていたら、本音を言えぬのだがな……イリス・ファルコ、お前の主は誰なのだ?」
このやり取りはミューエさんを通じて、イリスさんと打ち合わせ済みだ。
「イリス・ファルコ、お前の主は誰ですか?私の主はイリス・ファルコです」
隷属の首輪に書かれた魔法文字を見たら、本人は主になれないって注釈は書いてなかった。しかも、登録したらあっさりと出来てしまったのだ。隷属の首輪を作った奴に言いたい。きちんとエラーになる仕様にしろと。
「この隷属の首輪には誰かを主として登録しなければ、商館から出られないという制限が掛けられておりました。ですから私がイリス様を主として登録したのです。そしてイリス様が自分に問う限り、嘘は付けません。今回の事件に関する概要はミューエ様にまとめて頂きました。プライベートな事もございますので、別室でお話を聞いて下されば幸いです」
ファルコ伯爵は鷹揚に頷くと、イリスさんと共に退室していった。そしてそれを見届けた皇帝も退室。
な、なんとか切り抜けた。
その後、無事、イリスさんとの話し合いが終わったそうだ。この後、お礼を兼ねたパーティーがあるらしい……あの件を頼んでみるか。




