ジョージの悪夢
「丈治‼仕事中に寝るとはいい度胸だなっ」
いきなり大声で叫ばれ、反射的に立ち上がってしまう。慌てて声のした方を振り向くと、同僚の花山さんが立っていた。
「花山さん?なんでオリゾンにいるんですか?花山さんも転生したとか?」
でも、周りを見ると会社のオフィスで、目の前にあるのは俺のデスク…周りの視線が冷たいです。
「転生だ?お前は中二病か⁉居眠りの言い訳なら、もう少しまともなのにしろ」
俺は寝惚けてなんかいない。ついさっきまでオリゾンにいたんだし。でも、どう見てもここは会社だ。いまいち釈然としないが、イグニス荒野にいたんですって言わなかった自分にグッジョブと言いたい。
「いいか。ここはジョージの部下をうまく誘導すればS評価を取れるんだ」
どうやって誤魔化そうか考えていると、後ろからテストプレイの声が聞こえてきた。これはチャンスだ‼話題をすり替えてやる。
「あれ?テストプレイをするゲームなんてありましたっけ?」
貴族をしていた筈なのに、スラスラと責任逃れのセリフが出て来た。三つ子の魂百までも…どうやら俺は根っからの小物体質らしい。
「他のチームが作ったキミテのシミュレーションだよ」
花山さんがため息混じりに説明したくれた。でも、いつの間にそんなの作ったんだ?キミテが売れたから二匹目のドジョウってやつか。確かにキミテⅡやRを作るって企画は出ていたけど…取りあえずオリジナルチームの権限でアミのイベントを減らしてやる。アミはフラグが立ったからって、直ぐにデレるような安い子じゃないんだぞ。アミと仲良くなるには、一途である事がお兄様の出す絶対条件だ。
「ほら見ろ。こうしてジョージの部下をマエストロ・グライツァーの盾にするんだよ」
どうやらシミュレーションゲームでも、ジョージの扱いは酷いらしい。
画面を覗き込むと、見覚えのある人達がマエストロ・グライツァーに突撃していた。
「そしてジョージの部下が攻撃されている間に、後ろへ回りこんで攻撃すればいいのさ。何しろジョージは突撃しか指示出来ないように設定しているんだ」
そして次々と燃やされていく俺の部下達。
(止めろ、トムは来月結婚するんだぞ。ブルックは子供が生まれたばかりなんだ。サンダ先生が…ボルフ先生が…みんな、死んじゃうじゃないか)
テストプレイを止めようとしたが、何故か体の自由がきかず指すらまともに動かせない。それどころか声も出さない。そうこうしているうちに、俺の部下は全滅…ゲームだと分かっていても、目の前が暗くなっていく。そして全てが闇に包まれた。
「……夢か……」
周囲を見回すと、俺はベッドに寝かされていた。
「ジョージ様…随分とうなされていたので、心配しましたよ」
どうやら、俺はグライツァー達が離れた直後に気絶したらしい。そう、気を失うくらいに、グライツァー達の力は圧倒的だった。ある程度、闘いを経験したから分かる。俺とグライツァー達とは絶望的なくらいに力の差があったのだ。努力や策では、埋めようがないくらいの圧倒的な力の差が。
「やっと目を覚ましたか…それで、あいつ等は誰なんだ?」
それはボルフ先生も同じらしく、その顔は青ざめていた。多分あの場面では、俺を殴ってグライツァー達から引き離すのが精一杯だったんだろう。
「ボルフさん、ジョージ様は今目を覚ましたばかりでございます。いくら守護騎士とはいえ己の立場を弁えて頂けませんか」
メイドとして永年母さんに仕えてきたオデットさんにしてみれば、ボルフ先生の言動は容認出来ないのかも知れない。でも、今優先すべきは、俺の体調ではなく六魔枢が現れたと言う情報をイジワール公爵に伝える事。
「オデットさん大丈夫ですよ。イジワール公爵にアポイントを取ってもらえますか…そう言えばドンガとカリナはどうしています?」
大人の俺でさえ、恐怖のあまり気絶してしまったんだ。中学生のあいつ等には精神的負担が大き過ぎる。トラウマにならなければ良いが…。
「普通に飯を食って寝たよ。実戦経験が少ないのが幸いしたんだな…お前はあいつ等が何者なのか分かっているんだろ?」
マエストロ・グライツァー達は人間に化けていた。あいつ等の目には普通の冒険者に映ったのかも知れない。
(正体か…でも、ここにはオデットさんもいる。ここは、敢えてしらを切るか)
母さんに俺の正体を知られる訳にはいかない。
「大丈夫でございます。ローレン様からジョージ様の大まかな事情は聞いておりますから…私はお嬢様の護衛の他に、アコーギ家を見張る役割を仰せつかっておりますので」
そういや爺ちゃんは最初俺をオデットさんに見張らせていたんだよな。母さんを大切にしているオデットさんが結果を確認しない訳がない。そしてオデットさんが見張っているアコーギ家の中には俺も含まれているんだろう。
「六魔枢の一人マエストロ・グライツァーとその副将ルストラですよ。ちなみに、あいつ等はまだ本当の実力を出せない状態です」
ゲームと同じ設定なら六割程度の力しか出せない筈。しかも本来の姿に戻れば、さらにパワーアップする…勇者パーティー丸投げプロジェクトを本格的に発動しよう。マエストロ・グライツァーは俺みたいな小物には興味を持ってないと思う。
「あれよりも強くなるのかよ?そういやマエストロ・グライツァー達は何をしに来たんだ?」
俺が気絶した後、グライツァー達は最深部の方へ向っていったらしい…これで、グライツァー達がイグニス荒野に来た目的が分かった。
「邪悪の魔石を埋めに行ったんだと思います。今のイグニス荒野には正の気で満ちているそうなんですよ。でも、邪悪の魔石を埋めると、瘴気が発生して実力が発揮出来るようになるって話でした」
この緊迫した雰囲気の中、邪悪の魔石なんて厨二単語をぶち込むのは結構きついです。
「ジョージ様、その邪悪の魔石にはどういった力があるのですか?」
オデットさんの顔は真剣その物…母さんサイドの人に厨二単語を真面目に聞かれると、精神力がごっそりと削られるのが分かった。
「邪悪の魔石を埋めると、そこに住んでいる魔物が活性化するんですよ。そして魔物が倒されると、邪悪の魔石に負の力が溜まっていくんです」
人の営みに魔石は欠かせないし、活性化した魔物を放置しておくと人的被害が出てしまう。しかし、魔物を倒せば倒す程、邪悪の魔石に負の力が蓄積されていく。
…待てよ。確か前にヴェント谷に冒険者が大勢集まっているって報告があった。つまりヴェント谷の邪悪の魔石が埋められたのが原因なのか。
「つまり邪悪の魔石を放っておくと、イグニス荒野は魔族のテリトリーになるって訳か。坊主、邪悪の魔石を掘り出す事は出来ないのか」
声の主を確認して反射的に立ち上がってしまった。まさか、夢と同じ行動をしてしまうとは…。
「イ、イジワール卿‼大変失礼しました」
体中を冷汗がつたっていく。何しろ俺はベッドに腰を掛けたまま、話をしていた。これは重罪に問われかねない無礼なのだ。俺が訪ねる予定だったのに、どうしてイジワール公爵が客室にいるんだ?
「気にするな。俺はお前が目を覚ましたって聞いて、飛んで来たんだぜ。お前に何かあったらローレンに殺されちまうからな…それで、どうなんだ?」
「無理ですよ。邪悪の魔石は地中深くにありますし、結界が何重にも張られています。あれは魔族にとって最重要物品ですから」
もし、手を出そうとしたらマエストロ・グライツァーでさえも命懸けで守ろうとするだろう。
「あいつ等、今でも驚異的な力を持っているんだぞ。実力を出すだけの為にそこまでする必要があるのか?」
「六魔枢が倒されても邪悪の魔石に負の力が蓄積されます。むしろ魔力が強力な分、魔物に比べようがないくらいの負の力が蓄積されるんですよ…そして六魔枢全員が倒されると、魔王城が出現します。現れる場所は神聖グルウベ皇国にあるオルドル山脈です」
オリゾンは三つの国と隣接している。東側にはフェルゼン帝国があり、西側にはランドル共和国がある。
「グルウベか。それが本当なら魔族も厄介な国に目をつけやがったな。フェルゼンやランドルなら忠告も出来るんだげどよ。あそこはグルウベ様の信者である自分達こそが正しいと信じ込んでいるから、聞く耳を持たねえんだよな」
イジワール公爵の言う通り、フェルゼンやランドルとの仲は良好で、国交も盛んだ。俺の周りで言うとサンダ先生はフェルゼンに友人がいるし、ホート様の婚約者はランドルの令嬢だ。 しかし、北方に位置している神聖グルウベ皇国との仲だけは微妙である。
「ええ、魔族の司令官ブリスコラがグルウベの神使に化けて代皇に近付くんです」
グルウベを治めているのはイデアル代皇。ちなみに代皇は、グルウベに代わって国を治めるって意味らしい。
「しかし、グルウベの人達は信心深く、正義感の強い人ばかりだと聞いていますが」
サンダ先生の言う通り、グルウベ人は信心深く正義感が強い人が多い。それだから、ブリスコラに騙されたんだよな。
「相変わらずのはた迷惑な連中だよな。前もオリゾンで子供が働かされているのが許せない、って進撃して来たんだろ」
そう、グルウベの人間は正義感が強すぎて隣国にちょっかいを出してくるのだ。お陰で他の三国の仲が良好になっているのは、皮肉としかいえない。
「ブリスコラは“魔族が現れたのは、オリゾンやフェルゼンの治世が乱れたのが原因、グルウベ様はイデアルこそが全ての国を治める人物であると仰っていた“この言葉を信じて三国に宣戦布告をするんですよ」
ジョージも兵を率いて、グルウベに出征する時期がある。ジョージが不在だから、マリーナをデートに誘いやすくなり、イベントもサクサク進んでいく。命懸けで戦いから帰って来たら、婚約者が勇者に攻略されているなんて、鬼畜過ぎる展開だ。
「信心深さに付け込まれるって訳か。こりゃフェルゼンやランドルとの絆を太くしとかねえとな」
魔族だけと戦う勇者と違い、俺は立場上人間との戦闘を避けられないだろう。そうしたら、あの悪夢が現実の物になってしまうかもしれない。もし、背後に王様や民衆がいたら、敵わない相手だと分かっていても突撃を命令するだろう。
「フェルゼン帝国と言えば友人の手紙に〝ファルコ家嫡男ピークの次女イリスが行方不明になっている。何か情報を掴んだら知らせて欲しい〟と書いておりました」
「ファルコ家って伯爵家のか?あの爺さん、孫を目の中に入れても痛くないってくらい、可愛がっていたから厄介だな」
うん、厄介極まりない話です。サンダ先生、そんな話は子供がいない所でして下さい。
取りあえず、明日からまたイグニス荒野で経験を積もう。
◇
嘘だ…今のは絶対に幻聴だ。イグニアを去る日、イジワール公爵は俺にとんでもない宣告を告げて来た。
「あの、イジワール卿…今なんと仰いました?」
「リーズンをボーブルで教育してやってくれ。そうしたら、開港に力を貸してやるよ」
花山さん、会社に帰って良いですか?




