ジョージとフラグ
パソコン初使用です
イグニアに来て四日が経った。幸いな事に俺達は怪我を負う事もなく、順調に魔物を倒せている。
「それじゃ、俺は冒険者ギルドに行って魔石を換金してくるよ」
本来なら換金は従者であるドンガの役割なんだけど、ドンガは人見知りな上に強面の大人が大の苦手。交渉どころか会話すら出来ず、換金は俺の役割になっていた。
「頼むよ。アタイはオデット先生のところに行ってくる」
カリナはイグニスに来てから、オデットさんに何か教えてもらっているそうだ。
「おでは、お城の手伝いに行ってくるだ」
ドンガだけ何の役割がないのは不味いので、城の力仕事を手伝わせている……聞いた話によるとメイドのお姉様方に随分と可愛がられているらしい。
(今日も凄い人だかりだな)
冒険者ギルドには大勢の人が集まっていた。しかし今集まっているのは冒険者ではなく、商人と野次馬である。
「聞いたか。あのボーブルから来た狼人。あいつ一人でナインテールを狩ったらしいぞ」
「凄いのはオークの方だろ‼フレイムナイトを近接戦で倒したらしいぞ」
先生達もイグニス荒野で戦っており、既に最深層まで辿り着いたそうだ。
「お前らにわかだな。一番凄いのは猿人のメイドだぞ。投げナイフだけでフェニックス撃ち落としたんだぞ」
なんか領主の立場がなくなる位の人気です。
「すいません、換金をお願いします……」
イジワール公爵の配慮で、ギルドには俺の立場を伏せてもらっている。
「おっ、今日も稼いだな。そういや、お前もボーブルの人間だよな。噂の三人とは知り合いなのか?」
はい……一応、雇い主です。影が薄いですけど、ボーブルで領主しています。
「さ、三人共有名人ですから」
「だろうな。あの三人も凄いが、俺は腕のたつ補助系の魔法使いを雇っていると睨んでるぜ。あの三人は水を少ししか持たないで、イグニス荒野を攻略しているんだからな」
イグニス荒野の最大の敵は魔物よりその暑さだと言われている。真夏の昼間だと一時間で熱中症になる冒険者もいるそうだ。その為には飲み水を大量に持ち込むか、こまめに帰還するしかないと言われている。しかしボーブルから来た三人は水を余り持ち込んでいないのにも関わらず短期間で最深部まで辿り着いた。ギルドの職員は三人に補助魔法が掛かっていると睨んだらしい。
概ね正解だ……でも補助魔法を掛けているのは雇い主です。
今日の稼ぎは三万ストーン。頭割りすると一万となる。そこからイグニス荒野入場料を引くと七千ストーン。新装備に掛けた開発費や水の魔石の消費量を考えると赤字である。
(衆目を先生達に集めたのは俺の策。イグニスで俺の顔を知っている人はごく僅か……そして今の俺は自由だ)
あくまで冒険者としての稼ぎが赤字なだけで、領主としての稼ぎは黒字なのだ。そして俺の財布には三十万ストーン入っている。港を作れば新しい娼館が必要になるだろう。その為に必要なのは市場調査だ。
(アサシンモード発動)
足音と気配を消してギルドの出口に向かう。外に出れたと思った瞬間、誰かに襟首を掴まれた。
「この馬鹿‼こんなところで足音を消したら、かえって目立つだろうが。その場に溶け込める足音にしろって教えただろ」
素人は騙せても先生は騙せませんでした。
「ボ、ボルフ先生…でしたよねー。反省します…不肖の弟子は所用がありますので、これにて失礼します」
「あんっ⁉お前も城に戻るんだろ。さあ、行くぞ…イジワール配下のアサシンに後をつけられてんのが気付かねーのか?娼館なんかに行ってたら、いい笑い者だぞ」
俺にもしもの事があったら、イジワール公爵の面目は丸潰れだ。かと言って騎士を派遣したら目立ってしまう。だからアサシンを派遣したんだろう。
「マジっすか?」
「ああ、どこかのスケベ領主と違って、きちんと町に溶け込んでいる」
そのままボルフ先生に連れられイジワール城へ移動。
城の入り口には見知ったイケメンが立っていた。
「ジョージ君、お帰り」
「リ、リーズン様」
ここ二、三日城に戻ってくると、何故かリーズンが出迎えてくれるのだ。
…嫌なフラグが立っていない事を祈ろう。
◇
無事に経験を積めたので、ある検証を試みたいと思う。
「ジョージ様、本当に宜しいのですか?」
「サンダ先生、お願いします。本番では試せないので」
グッと腹に力を入れて待ち構える。
「行きますよっ……パイロボール」
パイロボールは火炎属性の初級魔法で、相手に火の球をぶつける魔法だ。そしてバスケットボール大の火の球が俺めがけて飛んできた。
「ちょ……でかすぎ……グフッ」
思いっきり殴られたような衝撃が腹に走る。余りの痛みに息が出来なくなってしまう。
(し、失敗した……サンダ先生の体の大きさを考えれば、パイロボールもデカくなるよな)
「どれ、腹を見せてみろ。おー、成功だ。全く火傷をしてねえぞ……まっ、衝撃のせいで、青痣になってるけどな」
ボルフ先生の言う通りある意味成功である。今のはシャイニングボディを使用する事で、どの程度火傷を回避出来るかという検証だ。実験結果、シャイニングボディで熱量は防げるが衝撃を防ぐ事は出来ないらしい。さすがは防御力三のゴミスキル。
「ド、ドラゴンのブレスなんて浴びたら、全身打撲で死んじゃいそうですね」
「無茶しすぎですよ。これがジーオボールやアネモカッターなら重症を負っていましたよ」
ジーオボールは土属性の初級魔法で、拳大の岩を相手にぶつけるという魔法。シャイニングボディを使っても岩で殴られるのと変わらないだろう。
アネモカッター、風属性の中級魔法で、風の刃で敵を切り裂く魔法。シャイニングボディを使っていても、体が真っ二つになってしまうと。
「でも服が燃えていませんでしたから、防御力の強い装備を身に着ければ何とかなるかもしれませんね」
鉄の鎧が熱せられて大火傷を負ったなんて事態は防げるだろう。
「最初はしょぼい魔法だと思ってたけど。案外使い道はあるんだな」
「これで明日からイグニス荒野の攻略に入れます。それに今のままじゃ強くなれても戦い方を覚えられませんから」
敵の背後から攻撃するのは効率も良く安全だけど、戦い方を覚える事が出来ないのだ。強くなれても戦い方が下手なら元も子もない。
「確かに戦い方を覚えるのは重要だけども、間違ってもファイヤーリザードとは戦うなよ。今のお前らじゃ、傷一つ付けれねえぞ」
ファイヤーリザードの皮は分厚く、ある程度の攻撃力がないとダメージを与える事が出来ないそうだ。
「ファイヤーリザードも見かけたら出来るだけ距離を取るようにして下さい。特に尻尾には気を付けて下さいね」
なんでも大きな個体になると尻尾で岩も砕くらしい…先生達って、そんな化け物を倒してるんだよな。逆らうのは絶対にやめよう。
◇
次の日、俺達をイグニス荒野中間地点の入り口にある巨岩を目指していた。
「ここまでは順調だな」
経験を積んだお陰で、ゴブリンやフレイムスピリットに苦戦する事はなかった。目的地の巨岩まで後少しとなった時、カリナが歩みを止めた。
「…ファイヤーウルフが近付いて来るよ‼数は三匹」
カリナの言葉通り、ファイヤーウルフが唸り声をあげながら近づいてくる。
「俺が先制攻撃を仕掛ける。水の形は円盤状に固定。回転数は一秒毎に三十回転…ハイドロカッター」
ファイヤーウルフの毛並みに逆らわないようにして、ハイドロカッターを飛ばす。勢いよく飛んで行ったハイドロカッターはファイヤーウルフの胴体を両断した。
「今のでひるんだね。次はアタイの出番だよ」
カリナの棍がファイヤーウルフの顔面に直撃。ファイヤーウルフはたまらないといった感じで後ずさるが、カリナは蹴りで追撃をかけた。哀れ、ファイヤーウルフは顎を砕かれ撃沈。
「ジョージ様、もう一匹が遠吠えをするだよ」
「させるかよ…放水っ‼ドンガ、頼むぞ」
突然の放水に面を喰って、動きを止めたファイヤーウルフにドンガの斧が襲いかかる。
「なんとか倒せたな…うん?」
聞こえてきたのは、今にも途絶えそうなか弱い遠吠え。ハイドロカッターをくらったファイヤーウルフが最後の力を振り絞って鳴いたらしい。
「ジョージ、今度は五匹だよ」
仲間を殺されて怒り心頭なファイヤーウルフが俺達の下に近付いて来る…と思ったら、一瞬で吹き飛んだ。ファイヤーウルフを吹き飛ばしたのは、炎のように真っ赤な尻尾。
(あれはファイヤーリザード⁉なんでここにいるんだ?)
「ドンガ、カリナあそこの岩陰に身を潜めるぞ」
こっそり覗いてみたら、ファイヤーリザードは放水で出来た水溜りに舌をつけていた。
(イグニス荒野で水は貴重。ファイヤーリザードは、水溜りを独占する為にファイヤーウルフを吹き飛ばしたのか)
ファイヤーウルフ八匹分の魔石は惜しいが、命あっての物種。ここはファイヤーリザードが水溜りに夢中になっている間に逃げるとしよう。
ドンガとカリナに目配せして、そろりそろりと岩から離れる。
岩から二十メートル位離れた頃だ。俺達が身を潜めていた岩が跡形もなく吹き飛んだ。
岩を砕いたのは言うまでもなくファイヤーリザードさん。
「水が足りなくて不機嫌みたいだね…全く、店に来る酔っ払いみたいだよ」
ファイヤーリザードは舌をチロチロ出しながら俺達を追ってきている。
「足が速い…遮光率九十九%。対象はファイヤーリザード…纏わり付く闇」」
ストーキング・ダークネス、名前は凄いが相手に闇を纏わせるだけで攻撃力はゼロだ。
「流石はジョージ様。闇で包んでおら達を見えなくしたんだな…ってまだ追ってくるだよ」
「舌で匂いを感知してんだよ」
なりはでかくても生態は爬虫類と同じなんだろう。
「それじゃ意味ないだよね」
「俺の狙いは目隠しじゃないんだよ…水の形は円盤状に固定。回転数は一秒毎に五十回転…ハイドロカッター」
「不発だか?なんも見えないだよ」
「どこ狙ってんのさ?…動きが鈍った?」
なんとかうまくいった…ファイヤーリザードの動きは徐々に鈍くなり、今は殆んど動いていない。
「日光を遮断して体温を下げたんだよ…今のうちに逃げるぞ」
ファイヤーリザードは爬虫類、変温動物だ。ましてやあの巨体で素早い動きをするには、かなりのエネルギーが必要な筈。俺は日光を遮る事で、ファイヤーリザードを一時的に休眠状態にさせたのだ。でも、あくまで一時的なものであり、いつ動き出してもおかしくない。
ファイヤーリザードが動き出したらやばいので、俺達は必死で逃げた。一応、きちんと前を見ていたつもりだったが、誰かにぶつかってしまった。
「すいません…魔物から逃げていた…もので…」
(まじかよ…詰んだ)
俺がぶつかったのは二人組の男性。一人は穏やかそうな痩せ型の青年。もう一人は岩のようにごつい体格の中年男性。
(六魔枢のマエストログライツァーと副将のルストラ?)
俺がぶつかったのはマエストログライツァーと副将のルストラだった。二人共、人間形態の為、ドンガとカリナは何も気付いていない。
(どうやって二人を逃がす?…グへッ‼)
二人を逃がす算段を考えていたら、何かに吹き飛ばされた。
「悪い。うちの馬鹿弟子が迷惑を掛けたみたいだな。俺がきちんとしめておくから勘弁してくれ」
「いえいえ、私も前を見ていませんでしたので…失礼します」
た、助かった。
◇
ジョージ達と十分に距離が離れたところで、ルストラが口を開いた。
「グライツァー様、なんであの餓鬼を見逃したんですか?あの狼人は厄介ですが、俺が元の姿に戻れば余裕ですよ」
「少し離れたところに狼人と同じ位の強さを持ったオークがいました。それにかなり強い猿人の女性の気配もありましたからね。今は目的の方を優先しなくてはいけません」
グライツァーは心底嬉しそうにルストラに話し掛ける。
「ですがグライツァー様には勝てないでしょ」
確かにグライツァーが本気になれば、サンダやボルフでは、到底歯がたたないだろう。
「気付かなかったのですか?上空からドラゴンが狙っていたんですよ。それにあの子は神使持ちです。神使とドラゴンを同時に相手するのは、今の私には荷が重すぎますよ」
「それじゃ、あの何の変哲もない小僧が勇者なんですか。ただの生意気そうな餓鬼にしか見えませんよ」
「あの子は勇者より面白いですよ。外見は子供ですが、精神は大人です。あんな面白い物を途中で壊されたらたまりませんから、他の六魔枢に釘を刺しておきますか…あれは私の獲物ですよ。あそこにいるファイヤーリザードを見なさい。足の関節を切られています。だから逃げれたんですね…あの子が成長したら、面白いですよ」
グライツァーは芸術を好む。特に自分で作り上げた作品を、自らの手で灰燼に帰す事を最も好んでいる。
こうしてジョージはマエストロ・グライツァーのフラグを立てたのだった。




