幕間 シャインの休日
更新復活です
古びた壁の隙間から朝日が漏れ、少年に新たな一日の始まり告げる。薄い壁の向こうからは威勢の良いおばさん達の声に混じって、優しい声が聞こえてきた。
「おばさん、おはよう。それ重いでしょ?私が持ってあげる」
(姉さん、もう起きてるんだ。昨夜も遅くまで起きてたのに)
シャイン達が住む家は王都リュミエールの西端にある住宅街にある。住人は職人や商家の下働きをしている者が多く、飾らない性格の暖かな人達ばかりだ。
昔、ライテック家は城の近くに住んでいた。しかし、物心着く頃から、今の家に住んでいるシャインにとって、両親や姉から過去の栄華を聞かされても夢物語にしか思えない。
「シャイン、顔を洗って来い。騎士に日曜日はない。さあ、朝稽古をするぞ」
ノックと同時にシャインの部屋に入って来たのは現ライテック家当主にして、シャインとマリーナの父リヒト・ライテックである。リヒトは無役となった今でも日々の鍛錬を欠かさず、現役の騎士顔負けの体格を維持していた。王に何かあった時に不覚を取らない様にと、リヒトは日が昇る前から夜遅くまで、ただひたすらに鍛錬をしているのだ。
「父上、お早うございます。今日も宜しくお願いします」
「うむ。ライテック家は光の聖女サリア様の血を引く誇り高き一族。そしてお前はライテック家の次期当主となる男だ。日々の鍛錬と騎士道を忘れてはならぬぞ」
シャインとマリーナは幼い頃から、父リヒトから騎士道の薫陶を受けていた。先祖サリアの名を汚さぬ誇り高い騎士になるのは、ライテック家に連なる者にとっては極当たり前の事である。その為、騎士道に反して一族を追放された者も少なくない。一族を挙げて騎士道に邁進した結果、世事に詳しい者は省かれてしまいライテック家の衰退に繋がったのは皮肉としか言い様がない。
「皆さん、お早うございます」
顔を洗う水を汲みに井戸へと向かったシャインは、近所の人達に軽く会釈する。幼少の頃から世話になっている人達であるが、父リヒトから騎士が深々と頭を下げるのは、王のみだと言いつけられているのだ。
「漸く起きたか、寝坊助シャイン。早く顔を洗って、お父様にしごかれて来なさい。鍛錬が終わったら朝ご飯にするからね」
マリーナはそう言って嬉しそうに笑っているが、シャインの胸にはある疑問が燻っていた。
(姉さんは、父さんが働かない事を疑問に思わないのかな?父さんは“騎士は金で手を汚してはならない“って言うけど、他人から貰ったお金で暮らすのは変だと思うな…それにジョージさんの事はどう思っているんだろ?)
リヒトが王宮騎士を首になった時、貴族から召し抱えの話があったと言う。しかし、リヒトは“ライテック家は王家にしか仕えぬ”とにべも無く断ったのたのである。収入を絶たれたライテック家は、まず家臣やメイドを放逐し、家伝の宝を売って生活を立てた。
しかし、それも難しくなり、マリーナがジョージの婚約者になると言う条件でアコーギ家からの援助を受けたのだ。当然一族の者は反対した。何しろジョージ・アコーギはライテック家衰退の黒幕の一人であるローレン・コーカツの孫なのだ。
マリーナにしても、それまで憎き仇敵と聞かされていた男の孫が婚約者となったと聞かされ酷く嘆いた。しかし、一族復興の為、我が身を犠牲にする思いで、婚約の話を受けたのだ。
(我が身を犠牲か…ジョージさんにしてみれば、良い迷惑だよね)
シャインは姉マリーナと違い、ジョージの事を慕っていた。確かに、貴族や騎士としては及第点にも及ばないが、ジョージには妙な暖かさがある。
「シャイン、カレッジ先生によろしく言っておいてね。はい、お弁当」
マリーナはシャインの疑念を知ってか知らずか、暖かな笑顔で弁当を手渡した。
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カレッジ騎士育成塾は、オリゾンでも指折りの騎士育成塾として知られている。修行の厳しさもはオリゾン有数であるが、剣技だけではなく騎士に必要な礼儀作法や様々な知識を教えるとあってその門を叩く者は少なくない。
特に勇者ブレイブ・アイデックの子孫シャイン・ライテックが入門してからは、入門希望者や見学者が日増しに増えていた。
尤も、入門希望者はシャインの姉マリーナが目当ての男が少なくなく、見学者の大半はシャイン目当ての少女だったりする。
「シャインお疲れ様。しかし、相変わらず凄い人気だよな。見学者の大半がお前みたさに金を払ってるんだぜ」
シャインに話し掛けてきたのは同期に入門した少年フロイデ・ヌボール。フロイデの父親は王宮に仕える高位の騎士であり、身に着けているのは高価な物ばかりである。以前なら話す機会すらなかった両者であるが、今では互いに気の置けない友人になっていた。
「僕個人ではなく、ブレイブ様の子孫を見に来てるんですよ」
ちなみに見学者から一人三千ストーンを徴収する様に進言したのは、シャインの姉マリーナの婚約者ジョージ・アコーギである。
「真面目って言うか堅物と言うか…それより今日もマリーナさんのお弁当はあるのか?」
マリーナ・ライテック、シャインの姉であり優れた容姿を持つ心優しい少女。頭脳明晰だけでなく、剣技も優れており光の聖女サリアの再来と噂されている。
「ええ、外で食べると栄養が偏るって言うんですよ」
マリーナは幼い頃から母の家事を手伝っており、特に料理が得意で彼女が作る昆虫料理は絶品と言われていた。
「美人で料理も上手い。魔法も剣も使えて誰にでも優しい。マリーナさんは非の打ち所がないよな。マリーナさん、今日は家にいるのか?」
一瞬、シャインの顔が曇る。確かにシャインもマリーナは誰にでも優しいと思う。 唯一、婚約者のジョージ・アコーギを除いてではあるが。
マリーナは婚約者のジョージを蛇蝎の如く嫌っている。尤もジョージ・アコーギは、マリーナだけではなくライテック家の一族から嫌われていた。過去の因縁も去る事ながら、ジョージ・アコーギは商人の様な金稼ぎが得意な領主であり騎士道を重んじるライテック家から嫌われているのだ。
しかし、ジョージと何度か会った事があるシャインは嫌うどころかジョージを尊敬していた。シャインに騎士としての道を示してくれたのは他ならぬジョージであるし、彼の“君の人生は君だけの物”と言う言葉にも救われたのを覚えている。
「今日は貧民街で、アニエス・ウォーテック様や
ベル・アーシックと炊き出しをするって言ってましたよ」
費用の殆んどはウォーテック家やアーシック家が出しているが、マリーナも食材を提供したり材料の下拵えを担当していた。
「まじ?マリーナさんだけじゃなくアニエス様やベル様もいるの?塾が終わったら手伝いに行こうぜ」
シャインは一瞬返事を躊躇した。貧民街は細い路地が多く、慣れぬ者が入ると迷う事も少なくない。興味本位で貧民街に入った貴族の子供が、誘拐された事もあると言う。
「うん、姉さんを手伝いたいし」
姉の手伝いもしたいが、気の置けない友人が道に迷ったり誘拐されるのをシャインは防ぎたかったのだ。
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幸いな事に姉達の炊き出しは直ぐに見つける事が出来た。何しろ貧民街の一角に、黒山の人だかりが出来ていたのだ。
「美人の手料理か…並ばなきゃ男が廃るな」
フロイデはそう言うと、一目散に列に向かって走って行った。
「ちょっと待って。これは貧民街の人達への炊き出し…」
シャインはフロイデを止めようとしたが、直ぐに口をつぐんだ。炊き出しに並んでる人達を見てみみると、半数近くが貧民街の住民ではないのだ。彼の目当ては炊き出しではなく、マリーナ達なのは明らかである。
列にも炊き出しの手伝いにも混じるタイミングを見失ったシャインは、居心地の悪さを感じていた。フロイデ程ではないが、シャインの服装も貧民街の住民からしたら垂涎の的である。
じわりじわりとシャインに近づいて来る貧民街の住人達。彼等にしてみれば、シャインはネギを背負って来た鴨のような物だ。
「これはシャイン様、マリーナ様のお手伝いですか?…おい、こら。この人が誰か分かってるんだろうな?首を掻っ切られたくなきゃ、直ぐに失せろ」
そんなシャインに話掛けて来たの狼人の青年。その迫力に貧民街の住人は一瞬のうちに霧散した。
「ボルフさんですよね?ありがとうございます」
狼人の青年はジョージに仕えており、シャインも何度か話をした事がある。
「俺みたいな獣人の事を覚えていてくれたんですか?これは光栄ですね」
「ええ、ボーブルが独立したら、ジョージ様の護衛長になると伺っています」
これは事情を知らぬ者にしてみたら、驚愕の人事である。ボルフ・ルードウは出自も不確かな獣人で、小学校すら出ていない。普通なら貴族の配下になる事すら稀であろう。
「お陰で日曜日も仕事ですよ」
ボルフが命じられたのは、貧民街の住人の変化と炊き出しに並んでいる人種の記録である。
「あの…ジョージ様はお休みでしょうか?」
「あー、シャイン様からも言ってやって下さいよ。日曜日位、仕事を忘れろってね…今日は浄化槽の研究とか言ってましたよ」
事実、ジョージは工業ギルドのドワーフ達と浄化槽の研究に勤しんでいた。もし、ボルフの調査がジョージの予想通りだったら、休日返上の日々が続くのである。
「忙しいんですね…一度、相談したい事があったんですけど」
「それなら放課後にアイゼンって獅子人がやってる店に行って下さい。ジョージ様はそこに入り浸ってますから」
ボルフはそう言うと煙の様に姿を消した。
「マリーナさんの作ったビーンズモスのスープ美味いな。うちのシェフより美味いぜ」
「伝えておくね…アイゼンさんて獅子人がやってるお店知ってる?」
「ああ元々は肉料理が名物だったけど、最近はトーフやナベも人気だぞ…ただ、あそこには夕方以降行くなよ。やばい奴等がたまってるらしいぜ」
墓参りや会社関係ソフト大会であまり休めなかったと言う




