ジョージが襲われる?
町の喧騒から遠ざかるにつれ、辺りの闇が徐々に濃くなっていく。月は出ているが、雲に阻まれ月明かりは弱々しく足元も覚束ない。襲撃犯にとっては、絶好のシチュエーションだと思う。
ぶっちゃけ、俺ビビってます。小枝を踏んだ音と衝撃?だけで、びくついてしまう。
前世の記憶を持ったまま貴族の家に転生し、一流のアサシンと天才学者が先生になってくれた。俺のスペックだけ聞けば、ラノベかゲームの主人公に思えてしまう。しかし、俺が前世から引き継いだのは記憶だけではない。三つ子の魂百までも…貴族に転生しても中身は脇役気質の小市民サラリーマン。
いつ襲われるか分からない恐怖と犯人を絶対に確保しなければいけないと言う緊張から、自分でも分かる位に歩き方がぎこちなくなっていた。アサシン修行により背後の気配を読める様になった事が、逆に仇となってしまうとは…
(このままじゃ感付かれちまうな…ミケ頼む)
ステルスモード(勝手に命名)のミケは誰にも気付かれないらしいから、犯人の動きをテレパシーで実況中継してもらうのに丁度いい。
『情けないのー、右手と右足が一緒に出てるで。不審者丸出しやないか。襲撃犯の方が堂々としとるで』
気配で襲撃犯が後をつけているのは分かるけど、動きは全然読めない。タンラの歩くリズムが変わるだけで、挙動不審になってしまう。リズムが変わると言っても不自然なまでの忍び足が、俺に追い付こうと早足になっただけなんだけど。
『俺は勇者でも英雄でもないただのリーマンなんだぞ。こんな状況で平然と動ける神経は持ち合わせてないんだよ』
満員電車ではきちんと両手を挙げるし、上司の機嫌が悪い時は全力で気配を消す。
『今のはお前はサラリーマンやなく貴族なんやで。プライドを持てや』
アコーギ家訓、貴族は何時でも誇り高くあれ。例え敵に捕まっても頭を下げてはならない…冗談みたいな家訓であるがマジである。
『必要なら貴族のプライドなんてごみ場に捨ててやる。そもそも俺に貴族のプライドなんて存在しないんだよ。後ろの奴が動いたら、教えてくれ』
『くる…』
(不味い!!伏兵が隠れている場所から距離がありすぎる)
背中に冷や汗が流れ、衝撃に耐える為に体が強張った。しかし、待てど暮らせど何も起こらない。
『おい、何も起こらないぞ』
ビビりまくった俺を嘲笑うかの様に一陣の風が通り過ぎていく。冷や汗が更に冷やされて心身ともにお寒い。
『くる…ぶしを蚊に刺されると、大変やから気いつけや』
確かに踝を蚊に刺されたら、痒くて堪らない…堪らないけど。
『確かに大変だよね…それより鈍器で頭を殴られる方が、何倍も大変なんだけどね』
くだらない会話でも、気分転換になったらしく、ぎこちなさも徐々に薄れていった。
『くる…』
くると言ってミケのテレパシーが途切れる。しかし、タンラの歩くリズムに変化はなく襲ってくる気配はない。
『車が来るって駄洒落か?』
長年の付き合いでミケが言いそうな事は大体予想がつく。
『くる…まや鬼、鉄砲が付く植物はなーんや?車が来るって寒っ!!誰かー儂をこたつに入れてー。凍死してまうー』
周りが暗くて良かった…俺の顔が真っ赤です。
なんやかんやで伏兵が潜んでいる場所に辿り着けた。そこは小高い木々に囲まれた林道で、木々が目隠しとなり何かあっても周囲に気付かれる可能性が低い襲撃ベストポジションである。
林道に踏み込んで数分経った頃、タンラの足音に変化が起きた。忍び足から駆け足に変わったのだ。
『来るで』
「お前、何なんだよー。変な動きして俺をビビらせやがってー」
タンラの叫びが終わったかと思うと、頭に激しい痛みが走った。演技でも何でもなく地面に倒れ込んだ。
『伏兵が潜んでいる前に襲われたから元も子もないからの…ジョージ、大丈夫か?』
大丈夫かどうかは分からないが、とにかく頭が痛い。涙がボロボロと零れ落ちていく。
「ジョージ様の保護を急げっ!!襲撃犯を確保しろ!!」
騎士団の怒号が林道に響く。でも、俺は痛みで未だに体を起こせないでいた。
「ジョージ様、大丈夫ですか。全く無茶をし過ぎです」
サンダ先生は呆れながらも、俺を優しく抱き起こしてくれる。
一方のタンラは、騎士団に拘束されていた。タンラは突然騎士が現れたのが理解出来ないらしく、唖然としている。
「タンラ・ウォーテルス…とんでもない事をしてくれたな」
ロッコーさんはそう言うと、タンラの顔を思いっきり殴り付けた。タンラの顔がひしゃげるが、体を拘束されている為か、カツラだけが宙に舞った。
「ロ、ロッコー・ウォーター…」
ウォーター家もウォーテルス家も、ウォーテック家の分家に当たるそうだ。ましてやロッコーさんは一族の中でも、政治能力が抜きん出いて有名らしい。
「お前が襲ったのはボーブルの領主ジョージ・アコーギ様だ。言い逃れは出来ないぞ」
「嵌めたな…俺は獣人を襲おうとしただけだ。それに俺に何かあったらボーンタ様が黙ってないぞ!!」
こんな所で黒幕の名前を出してしまうのは、中学生らしい甘さ。
「オッニゾーリ家は子爵、アコーギ家は伯爵家です。ましてやジョージ様は跡継ぎでここボーブルを治めているお方。ご免なさいで済む話ではないんですよ。貴方は退学の上廃嫡、ウォーテルス家も取り潰しの可能性もあります」
あくまで可能性、タンラやウォーテルス家の処分を決めるのはウォーテック家だ。 でもタンラはそれに気付かない位に追い込まれているらしい。暗闇でも分かる位に、顔面蒼白となりガタガタと震えている。
「卑しい獣人を襲っただけなのに酷過ぎる…そうだっ!!獣人の様な卑しい種族とエルフの様な尊い種族は同列に論ぜれない筈」
確かに獣人は法律でも差別されている。その扱いは人と言うより物に近い。
「ええ、でも先輩が襲ったのは紛れもなくボーブルの財産です。それに今回の事件による経済への影響は少なくありません。俺の大切な領民を傷付けたんだ。うちの領民を物扱いすんなら、しっかりと損害を請求させてもらいますよ。その者は罪人だ。牢屋にぶち込んでおけ」
大声で格好つけたのは良いが、たんこぶに響いて痛いっす。
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一難去ってまた一難。マリーナとの食事会まだ髪が伸びませんでした。
「不味いですね。坊主頭で女性と会うのは侮蔑に近いんですよ」
サンダ先生の話では、貴族の男が女性と会う前に坊主頭にするのは相手を嫌っていると言うのに等しいらしい。
案の定、マリーナと再会したら、大泣きされました。
「酷い…わざわざ頭を剃ってくるなんて私に対する当て付けですか!?」
当て付けじゃなく、必要だから坊主にしたんだけど。
(確かに婚約者と会うのが決まっていたのに、坊主にしたのは不味かったな)
日本で言えば、婚約者に会う前にモヒカンやパンチパーマにするみたいなものだと思う。
「姉さん、ジョージ様は襲撃犯を捕まえる為に頭を剃られたんですよ…ジョージ様、姉は今日の為に料理を作ってきたんです」
流石はシャイン君、ナイスフォロー。
「そ、それは楽しみだな…それで何を作ってくれたんですか?」
「シュリンプホッパーの香草焼きです…」
そして出されたのは巨大バッタの足。間違いなく、ボーブルの下見で見た巨大バッタ君だ。シュリンプホッパーの足は海老と似てるらしい。マリーナは今日の為に、シュリンプホッパーを自ら捕まえて料理してくれたらしい。
(今は腹一杯は通じないよな…)
確かに海老に近い味だったけど、後から具合が悪くなり戻してしまいました。
マリーナはバッタの足を食べたのを確認すると、直ぐに帰ってしまった。
俺が風に揺られて体調不良の回復に努めていると、満面の笑みを浮かべたアミが近付いてきた。
「お兄様、夏休みはボーブルで過ごしても宜しいですか?」
お兄様の体調が、一気に回復したのは言うまでもない。




