最愛
「マリー、マリー、あなたは一体どこにいるのかしら」
ムイが腰に両手を当てて、仁王立ちで立っている。
リンデンバウムの城の、長い長い廊下の真ん中である。
「もう探し疲れてしまったわ、出ておいでー」
ムイが叫ぶ。
すると、どこからか、くぐもった声が聞こえてきた。
「お母さま、お父さまはもっともっと、もおおおっと長い間、お母さまをお探しになったのよ」
ムイは、きょろきょろと辺りを見回しながら、応えた。
「でも、お母さまはマリーをそんなに長くは探さないわよ」
「えっ⁉︎」
「あああ、見つからないから、もう諦めてしまいましょう」
すると、ガコッと音がして、廊下に置いてあるゴミ箱の蓋が開いた。
「お母さま、ここよ。もぐもぐオバケちゃんの中よ」
「マリーっ‼︎ あなた、なんて所に隠れているのっ」
マリーがゴミ箱から出ると、あちこちにゴミが散らかった。そしてマリーも頭からゴミをかぶっている。
このゴミ箱は昔、ムイが手作りしてリューンへと渡そうとしたマドレーヌを、侍女のサラの嫉妬心によって捨てられてしまったゴミ箱だ。
このゴミ箱を見るたびに、苦いものが込み上げてきたものだったが、今となっては、こうしてマリーが「もぐもぐオバケちゃん」と呼んで遊ぶので、幸せの象徴の一つとなっている。
マリーのやんちゃぶりが、ムイに辛い過去を忘れさせ、そして幸せをもたらしてくれるのだ。
ムイはもう一度仁王立ちすると、呆れた顔をしてから怒っているふりをした。
「まったくあなたは本当におてんばなんだから……ゴミまるけじゃない」
「えへへ、もう一回、かくれんぼっ」
マリーは、頭からかぶっているゴミクズを払おうともせず、笑いながら逃げようとした。そこをぐいっと掴まれて、そのまま身体がふわりと宙に浮く。
「わあああっ、お父さまっ」
リューンがマリーを腕に抱える。
「なんてことだ、俺の可愛いお姫様が、こんなゴミまるけとはっ」
「お父さまあ、降ろしてえ。かくれんぼするんだもん」
「汚いぞ、マリー。これはもう、風呂に入れて綺麗にせねばならぬ」
ひょいっと肩に乗せて、廊下をずんずんと歩いていく。
「お母さま、助けてえ」
マリーがバタバタと足を振る。そこで、リューンが足を止めて踵を返した。
「おっと、忘れていた」
リューンがムイの元へと近づくと、「お前も一緒に風呂に入るぞ」
ムイの腰を引き寄せ、キスをする。
「リューン様、」
リューンがマリーを降ろして前向きに抱え直してから、左腕でムイをぐいっと抱き締めた。
そしてもう一度、ムイにキスをした。しっとりと唇を合わせてから、リューンがようやく唇を離す。
「ああっお母さまばかり、ずるいっ‼︎ マリーにもっ‼︎」
慌てて手を伸ばしてマリーがリューンに抱きつき、身体をよじる。足をパタパタと揺らし、リューンは落っことしそうになりながらも、マリーを抱え直した。
「こら、このおてんば姫め」
リューンとムイは顔を見合わせて笑う。
そして、リューンとムイが同時にマリーのほっぺにキスをすると、マリーは満足げな顔をしてケタケタと笑った。




