真実の行方
「そんなことは初耳だが、」
「まだムイの耳には入れてはおらぬからな」
ハイドの尊大な態度に辟易しながら、リューンはイライラとする気持ちをなんとか抑えた。
夕食の前、食前酒を飲んでいる時、ローウェンが怒り心頭で部屋へと入ってきた。
「リューン様、お客様ですが追い返しても構いませんか?」
「こんな遅くに一体、誰なんだ?」
苦笑しながら、問い返す。
「宰相リアン様の使者、ハイド様と名乗っておられます」
一気に気分が悪くなった。追い返したい気持ちはローウェンと同じではあったが、国王陛下の城からやってきたとなれば、それを行使するのは難しい。
「わかった、会おう」
ムイには見つからぬよう、いつもは使わない部屋に通す。夜遅い時間ということもあり、もてなしの宴は不要と判断した。
「……それが一体、何だと言うのだ?」
「リューン殿、何度も同じことを言わせるな。どういうことかはもうお分かりだろう」
「…………」
「ムイの父親がブァルトブルグ城におられるのだから、ムイをこちらに渡していただくのは道理であろうと言っているのだ」
「それは、」
ハイドがリューンの言葉を遮って、言う。
「国王陛下の命令でもある」
リューンが眉をひそめた。
「証拠はあるのか」
「何?」
「それが国王陛下の命だということと、ムイの父親がブァルトブルグ城に滞在しているということの、二つの証拠だ」
ハイドの顔色は変わらない。ローウェンの上をいく鉄面皮だと、リューンは苦く思った。
「証拠などは必要ない」
「だったら、ムイを城へはやれない」
強気に出られるのは、ムイをもう妻にしているからだ。その思いが透けて見えたのか、次にはハイドが薄く笑った。
「証拠というなら、あなたはどうだ?」
「何の話だ」
「結婚したとはいえ、領民の前で歌を歌っただけだ。国王陛下の許可状もないのだろう。ムイがあなたの妻というなら、その証拠を見せろ」
かっとなった。抑えていた怒りが沸々と湧き上がり、全身を震わせた。
「国王陛下の元歌姫が、このリンデンバウムの地、その領民の前で歌を披露したのだぞっっ‼︎ これ以上の証明がいったいどこにあるというのだっっ‼︎」
テーブルをどんっと右手で叩く。握った拳が反動で跳ね上がった。
「ムイは俺の妻だ。国王陛下だろうが宰相だろうが、どなたにも渡す気はない」
けれど、ハイドはそんなリューンの激怒を物ともせず、すっと立ち上がった。
「……あなたがそうは言っても、ムイはどうだろうな」
「なにっっ」
「ムイの父親がいるのなら、城に戻ると言うのではないか、と言っている。ムイに尋ねてみろ」
荷物を掴むと、ハイドはドアのノブに手を掛けてから、振り返って言った。
「ムイの父親は、ムイの真の名を持っている。けれど、彼はその名前だけは容易には渡さないのだよ。真の名前とは、その行使者であるムイがいないとその存在意義はない。ムイがこちらに来ないなら、それを知る父親の存在意義もないということだ」
「……ムイを、俺たちを脅す気か」
「どうとでも」
ドアを開ける。そして、部屋を出ようとして足を止めた。
「そうだ、ムイの父親の名前だが……リーアムと言う。自分の名前だけは、すんなりと白状したのだがな。その名に身に覚えがないか、ムイに尋ねてみろ」
そして、ドアをバタンと閉めると、廊下を足早に歩いていった。廊下に響くハイドの足音が、いちいちリューンの胸をえぐってくる。
その胸に、どす黒い暗雲があっという間に覆っていった。
「……胸糞の悪い」
くそっと再度テーブルを叩くと、握った拳にじんっと痺れが走った。




