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結婚式


「リューンさまとムイさまだあ‼︎」


「歌姫さまの登場だよ‼︎」


城にほど近いリアン教会で誓いのキスを交わした二人は、その教会の二階にあるバルコニーに出て、たくさんの観客の前で手を振った。


手を振るのに合わせて、観客がどっと湧く。


リアン教会はこのリンデンバウムの地でも歴史も長く、リンデンバウムの城ともゆかりが深い。リンデンバウムの領主は代々この教会で結婚式を挙げ、子が生まれるとここで洗礼を受けた。この教会の神父ユリアスは先代、先々代からと血と教えを受け継いで、つい最近の先代の逝去を機に、この教会の主となった。


「リューン様、この度はおめでとうございます」


つつがなく結婚式が終わり、晴れて夫婦となったリューンとムイに、にこりと笑いかけた。


まだ若い、その神父の表情は曇りない空のように晴れ晴れとしたものだ。もちろん、リンデンバウムの領主が自分の教会で結婚式を挙げるということが、どれほどの名誉のことなのかも、心得ているからである。


「それにしても、すごい人出です。リンデンバウムの外からも、いや、遠方からの来場者の方が多いと言っても過言ではありません。ムイ様の人気ぶりと言ったら」


「俺も驚いている」


リューンが苦笑いで返した。


「教会の広場が人で埋め尽くされていますよ。墓地の方は立ち入らぬように立て看板を立てはありますが、」


「ご迷惑をお掛け致します」


ムイも苦笑しながら頭を下げる。


「いえいえ、もう私も楽しみで楽しみで」


頭を掻きながら、ユリアス神父は薄っすらと頬を染めた。


「では、よろしくお願いします」


ムイがシバを伴って、バルコニーに出る。


すると、途端に歓声がどおっと鳴った。


ムイは靴を脱いで、裸足になった。そして、バルコニーの手すりに両手を掛けると、教会の周りを埋め尽くす観客が、しんと静まり返った。


所々で、しっ、静かにっと全ての音を止めようとするかのような声がする。


ムイは、胸いっぱいに息を吸い込んだ。


そして、息を止める。


一瞬。


時間が、


世界の全てが、


静寂に覆い尽くされる。


ムイはいつも、歌の歌詞を考えない。思い浮かべない。


それはいつも口から自然と発せられ、そして自然にまかせ喉を鳴らす。


それほどまでに、ライアンの居城ブリュンヒルド城に滞在していた時に、ライアンの乳母シンシアにたくさんの歌を教えてもらい、一緒に歌い、そしてそのほとんどの歌詞を頭に入れてしまうほど、毎日歌い続けた。


今まで喋ることができなかったムイしか知らない者は、その姿を見て、心底驚くであろう。


ムイは息を止めたまま、目を瞑った。


そうすることによって、観客一人一人の鼓動までもが聞こえてくるような気がするのだ。


自分が歌い出せば、シバが二胡をかき鳴らしてついてきてくれる。


唇を震わせながら、そっと開く。


最初は、細く細く、そして次第に力強く。


歌い出した曲は外国の言葉ではあるが、哀しみの旋律から、大いなる喜びに転調していくものだ。この教会に相応しい宗教色の滲む賛美歌のような歌を選んだ。


シバが、胸をきりきりと締め上げるような、哀しみの旋律を弾いていく。


けれど、それは希望の旋律へと変化して、最後には太陽の存在のように、明るく激しく全てを照らす。


ムイは、両手を広げた。


それは、ムイの中にある喜びがそうさせるのだ。


(何という幸福なのだろうか)


満たされる心。背中には、リューンの熱い視線を感じられる。


リューンと離れ絶望に溺れた時、それならばと死を選ぼうとしたこともあった。


けれど。


歌う歓びを、そして生きる歓びを今、噛み締めている。

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