追補2 ソノ微笑
本編ではほとんど出ることのなかったクェイルの心境です。
横たわる宿屋の主人を、思い詰めた表情で見つめるネオルクがいます。それを横目に、クェイルは言うべき言葉を探していました。
きっと、少年はパートナーを失った時のことを考えているのでしょう。
必要かも知れない。この旅が終わったら、自分は彼の前から居なくなる……。
事前にそのことについてネオルクがなにかしらを思うことは、悪いことではないかも知れません。
「心配は要らない」
けれど、口は気持ちを静める言葉を紡ぎます。クェイルの中の根本が、ネオルクの悲しみを見ていられないからです。
真っ直ぐに見ると、初めはたじろいでいた彼も、最近では受け止めてくれるようになりました。ただこうして見つめているだけで、心が落ち着いていくことさえあります。
「天使は、主神ある限り死ぬことはない」
神。その言葉を呟く度、クェイルの脳裏にはネオルクと良く似たミモルの姿が浮かんできます。
いつも優しく自分を見守り、手を差しのべて抱きしめてくれる存在です。それを思いさえすれば、何も自分を揺さぶるものなどないのだと思えました。
ネオルクに「次のパートナー」の話をしたら、その顔は暗く曇りました。同時にクェイルの胸にも痛みがチクリと刺します。
「私は……ネオルクが最初だ」
そう言わずにいられません。彼がミモルに似ていれば似ているほど、悲しい顔をされるのが辛かったのです。
いけないことなのに。いつかは分かれなくてはならないのに。
それでも、ほっとしたネオルクを見ると、嬉しいと感じる自分が居ました。彼は彼なりに、クェイルを大切に思ってくれる人だったからです。
話は「天使の名前」についてに移り、クェイルは語りながら自分の名前のことを思い出しました。
『クェイル』は、ミモルが付けてくれた名です。愛情など感じなかった本当の親とは違う、自分を大切にしてくれる人が付けてくれた名前です。
本音を言えば、もし誰も傷つけずに済むなら、「ジェイレイ」という本当の名前を棄ててしまいたいと思ったこともありました。
けれど、そう言えばミモルはきっと悲しむでしょう。
「冷たいよ!」
事実をありのままに話したら、彼の逆鱗に触れてしまったようです。すぅっと胸のあたりが冷たくなりました。
「それにしても、神様はもっと優しいものだと思っていたよ」
そう言われた瞬間も、子どもの自分が強い衝撃を感じていました。
ネオルクはミモルが「神」であることをまだ知りませんし、この場合の「神」が先の四神を示していたことも頭では分かっています。
しかし、どれだけ納得しようとしても、ミモルを責めているように聞こえて仕方がなかったのです。
やめて、ママのこと悪く言わないで!
優しいのに。ネオルクは誤解してる。そんなの、嫌だ……。
普段は押さえ込んでいる「ジェイレイ」が叫び、駄目、出てこないでと念じます。
闇の部分が強くなったら、今の自分で居られません。そうしたら、正体を彼に知られてしまいます。幼い、何も出来ない、ただの「子どもの自分」を。
「もしかして怒ったの?」
押さえ込もうとして何度も言い聞かせているうちに、ネオルクが不審に思って顔を覗き込んできていました。
真実を知るには至らないまでも、彼は「神」と「天使」の間柄をなんとなく察して反省しているようです。
「神」の理不尽さを、ミモルも嘆いたことがあったのを思い出しました。
「そう、あの人も同じ事を」
「『あの人』って、お姉さん?」
どきっとして振り返ると、ネオルクは焦りました。それほど顔に出ていたのでしょうか。
「クェイルはお姉さんが好きなんだろうなぁと思って」
どれだけ押し殺しても、ミモルの存在は大きすぎました。笑顔を思い浮かべるだけで胸が暖かくなって、優しく自分を呼ぶ声が聞こえてきます。
「好き、か」
席を立って部屋を後にするネオルクの背を見ながら呟きました。知らず、口元が緩みます。
誰も見ていないところで吐き出します。旅の間は決して言えないことを。
「……ママ、早く会いたい」
顔が見たい、声が聞きたいと。やはり彼女が好きで、大切なのです。それに、家族のように接してくれるエルネアやフェロルや、天にいるみんなのことも。
この役目を無事に終わらせてみせるから。
彼女の大切な弟であるネオルクを守り通すと誓い直しました。たとえ自分が傷つくことになってもです。
「もうすぐ会いに行くから。ネオルクと一緒に、帰るから……」
クェイルは決意を新たにし、すっと立ち上がりました。
《終》
これにてこの物語は本当におしまいです。
長らくお付き合い下さってありがとうございました。




