追補1 ソノ告白・後編
「本日はここまでと致しましょう」
「はい……」
「ネオルク、大丈夫?」
芝生に横たわってはぁはぁと肩で息をするネオルクを、心配そうにジェイレイが見つめます。
タオルで顔を拭いてくれるだけで、いかに汗をかいているかが分かります。
教えてくれていたアルトは涼しげでした。具体的に教えてくれている彼女だって疲れを感じているはずなのにと、彼は自分が情けなくなりました。
使いがその場を去ると、再び草原には二人だけが残されます。
「ごめん。まだ動けそうにないや」
「大丈夫だよ。ゆっくりしていこ?」
体力と精神力を同時に使う訓練は体に酷くこたえました。一通り終えると、いつもこうして倒れ込んでしまいます。
「そうだ。わたしが部屋まで運んであげるね」
「え?」
ぐいっ。ジェイレイがネオルクの脇を掴んで羽ばたき始めます。小さな翼がぱたぱたと軽い音を立てています。すぐに彼女の足がふわりと地面から離れました。
「ちょ、ちょっと待って。無理だって」
大きなクェイルなら平気でも、今の子どもの姿では難しそうです。それでもふっと、少しでも体が宙に浮いたのを感じて驚きました。
傾きかけた太陽の光を受けて、二人の影をくっきりと映しだします。
「す、凄い。本当に飛んでるよ!」
「うん。頑張る」
以前のように遠く高く飛ぶことは出来ないけれど、赤い顔をして必死に飛んでいるジェイレイを見ていると、何だか旅の空へ戻ってきたみたいでした。
「大丈夫? 歩くよ」
「平気だよ。しっかり掴まっててね」
結局そのまま神殿の入口まで頑張ってくれ、疲れ切ってしまった彼女を抱えて今度はネオルクが部屋まで連れていきました。
心地よい疲れの中でベッドに横たわりながら、二人は笑いました。
「凄かったね。飛んだね」
「頑張ったもん」
やっぱりジェイレイはクェイルなんだな。
この瞳を見て、一体何度目を覚ましたでしょう。今は赤くて、かつては青かった瞳を見て。ふと、ジェイレイは話し始めた。
「ねぇ。ウォーティアと会った時のことを覚えてる?」
「うん。水の中に取り込まれた僕を助けてくれたよね」
「水の中でネオルクが見たのは、……わたしの闇の部分なの」
朧気な記憶が蘇ってきてどきっとします。水の奥底で、確かに一瞬だけ何かを見たのです。
「ママがわたしをクェイルにしてくれた時に取り除いた、黒い部分の欠片なの」
あれはミモルでさえ制御できなかったものだと、彼女は静かに言いました。
「ごめんね」
ずきりと胸が痛みました。ジェイレイが謝るたび、この上なく心が痛むのです。だから「謝らないで」と伝えました。お願いだから、そんな顔をしないでと。
「僕のこと守ってくれたでしょ。だから謝る事なんてないよ」
それでも辛そうな表情がクェイルと重なって迫ってくるようで、見ていられなくて目を閉じたら、そのまま眠りに落ちてしまいました。
翌朝目を覚ますと、彼はなんとなく紫の石を眺めました。肌身離さず付けているそのペンダントは、クェイルからのプレゼントです。
未だ眠ったままのジェイレイの寝顔を見ると、そこにクェイルがダブって見えました。
繊細な髪、長い睫毛、気色良く膨らんだ唇。思い出すだけで鼓動が鳴り、同時にやはり胸が痛みます。
「……ネオルク?」
「あ、起こしちゃった?」
視線に気付いたジェイレイが寝惚けた声で問いかけました。
「……クェイルを探してるの?」
「えっ?」
「ごめんね。もうどこにもいないんだ。だから、ごめんね」
はっとしました。悲しげな瞳で笑う彼女は、ずっと気にしていたのです。
いくら二人が同じだと分かっていても、あの桃色の髪と青い瞳を、どこかで求めていたことを。
「謝らなくて良いんだよ」
涙が出そうになります。ぎゅっと抱きしめると、少女の暖かい体温が伝わってきました。胸の中でジェイレイが優しく呟きます。
「ネオルクは強くなったね。初めて会った時の何倍も」
「強くなんてない。助けられてばっかりだよ。今だって……」
その先を続けようとして、彼女に伝える言葉をまだ持たない自分を見付けてしまいました。
強くならないと。
それだけを胸に、アルトの指導の元、訓練を重ねていきました。ジェイレイがもう自分を責めずに済むようにです。
だから何度も手を握り、出来るだけ心に触れていようと努めました。クェイルとは埋められなかった距離を埋めるためにも。
「ふふっ、くすぐったいよ~」
笑う彼女を見ているだけで、幸せな気持ちになりました。クェイルが笑っている気もしました。
もうすぐ会えなくなってしまうけれど、最後の最後まで、その後も笑っていられるように。二人を繋ぐ胸の石が、二度と砕けてしまわないように。
《終》




