第二十二話 光と闇のきょうだい
「うわ」
どんどん溢れ、黄色味を帯びた光がネオルクの頭上で柱になり、それは人の姿に変わっていきます。
現れたのは、メシアに似た姿形をした女性でした。対照的に、黄色くたなびく髪と白い服を身に纏っているのが特徴的です。
驚いたというよりは感嘆の溜め息のようにクェイルが呟きます。
「光の精霊……セイン」
ネオルクを挟んで完全に実体化した光の精霊・セインと闇の精霊・メシアが向き合いました。セインが明るく微笑みます。
「ありがとう。私達、双子の姉弟なのよ。そっくりでしょう?」
その笑顔に、ネオルクの心にも暖かなものが生まれましたが、姉弟という言葉には、口元がきゅっと閉まってしまいました。
「弟は水底のこの城で闇を抱き、私はずっと上にある空の城で世界を照らす。弟と会うことが出来るのは契約者が来てくれた時だけなの」
「……寂しいね」
自分も姉に会いたいという一心でここまでやって来ました。だから、彼女の告げる言葉が身に染みます。
淡い光を携えた柔らかな手が、少年の頭にふわりと触れます。
「優しいのね。心配しないで、これが私達の役目なの。もう慣れたわ」
その言葉は更に寂しく彼の心に響きます。どんなに隙間を埋めようと、それは不可能に思えました。
「でも、あなたは他の人とは違うのね」
「えっ?」
「光をはじめからあなたは持っていた。私がこうして弟に触れられるのはあなたのお陰だもの」
クリスタルからのばされたメシアの手と、ネオルクの頭から離れたセインの手とが触れ合います。
良く似た二人は良く似た笑顔を見せ、ネオルクに感謝を示しました。
光を、僕が。
「お願い。その光をどうか絶やさないで」
「失わずに持ち続けていれば、きっとお前の助けになるはずだ」
「……はい」
祝福するように二人がネオルクに向かって腕を広げれば、すぐに力が伝わってきました。いつも、それは言葉では言い表せない感覚でした。
人に安らぎを与える正しき闇と、活力に満ちた光。目を閉じ、その流れを感じ取ります。
分かる、僕の中にある光と闇が――。
全て受け取った後、彼の瞳には更に強い何かが加わっていました。
海の底から、地上へと戻ってきてからも、しばらくは余韻が残っていました。
「クェイル」
「ん?」
再びいつ果てるとも知れない地平線をクェイルの腕の中で見つめ、ネオルクは呟きます。
「僕、強くなるから」
日が傾いていきます。その太陽がやがて海にのまれ、闇が二人を追いかけてくる頃になって、ようやく陸がうっすらと見え始めました。
山々がオレンジから紅へとその容貌を変えていきます。
「クェイルを助けられるくらい、強くなって見せるから……見ていて欲しいんだ」
「……」
心なしか、クェイルの腕に力が込められた気がしました。それを彼は肯定と受け取ります。
パートナーばかりを傷つけさせはしないと、決心が固まった瞬間でした。
「次はどこへ行くの?」
「何処へ行こうと、私達の道はあの人の元へ続いている」
「……うん、そうだね」
クェイルが上を見遣れば、もう星が瞬いています。
一人、二人と精霊に会ううち、何かが変わっていきました。ここに来るまでに水・風・闇・光に認められましたが、旅はまだ終わりそうにありません。
「そう、次の街に着いたら寄る所がある」
「どこ?」
「……貴金属店」
少し考えて、ネオルクはくすくす笑いました。クェイルがどんな意味合いでそう言ったのか、本当のところは分からなくても、単純に嬉しかったのです。
天使はふいと顔を背けてしまいました。
着いてみると、そこは潮の香りが染みついた港町でした。
近付くほどに海鳥が増えるとは思っていましたが、白い大きな船やら、騒がしい漁師の声やらを耳にするとさすがに驚かされます。
ここに来るまでの旅路は二人きりで、その間ずっと静かでしたから、他人の声などを耳にすると正直どきりとしました。
一度かなり上昇してから町を迂回して木の密集した辺りに降り、人に見つからないようにゆっくりと近付いて町に入ります。
空を見上げてクェイルが言いました。
「宿を取ろう」
建物の隙間に見える空は闇に染まりかけています。次々に生まれる星よりも、円に近付いた月が明るく、足下もしっかりと照らしてくれていました。
昼間どれだけ暖かくとも、やはり夜は冷えます。ネオルクもその提案に賛成して、とりあえずは表通りを歩いて宿屋を探すことにしました。
子供達も帰ったあとの時間は人の行き交いもまばらで、家々からは明かりが漏れ、ざわめきが遠退きます。
石造りの建物や通りを過ぎながら、彼はふと自分達が町の人にどう見られているかが心配になりました。
「どうかした?」
天使にはそんな不安はないようで、こうして横にいても、桃色の短髪を風に踊らせて歩む姿には一片の迷いも感じさせません。
『自分』がしっかりしているからでしょうか。
「ううん、宿屋が見つからないなぁと思って」
不安を見透かされないように笑顔を作って応えている時でした。
「宿屋、探してるの?」
どきっ! 突然声をかけられて、ネオルクは心臓が飛び上がりそうになる程に驚きました。「わっ」という叫びを何とか呑み込み、そちらを見やります。
「ね、宿屋。探してるんじゃないの?」
一六・七くらいの、黄色みがかった赤い髪をした女の人が立っていました。
町の灯りに背を向けて、オレンジのワンピースに青のエプロンといった目立つ出で立ちでこちらをじっと見つめています。
気の強い赤い瞳は相手を威圧する力を秘めていました。
そんな目で顔を覗き込んで来て、「どうなの」と尋ねる彼女に、ネオルクは気圧されて思わず頷いてしまいます。
なんだろ?
従わなければ恐ろしいことが起きそうです。単純に「苦手なタイプ」という表現で、この心の揺らぎを片づけて良いのか迷いました。
そんな様子に何かを感じて、クェイルが心に直接届く声で話しかけてきます。
『ネオルク、大丈夫?』
『う、うん。でも』
「じゃ、ウチに来なよ。安心して、ちゃんとした宿屋だからさ」
そういうと、こちらの返事も待たずにぎゅっと腕を掴み、狭い路地に引き込んでいきます。
『悪意は感じられないが』
親切な人だとは思います。
商売のための客引きと言ってしまえばそれまでですが、掴んだ腕の力は配慮されていますし、クェイルがちゃんと後に続いているか時々振り返って確かめ、歩くスピードをこちらに合わせています。
でも、この人の目は……。
炎よりも紅い、朱。見つめる相手を射抜く矢のようなその瞳は、何故かネオルクに恐れを抱かせるのでした。




