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愛しき殺し屋  作者: 海華
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最後の情け

微かに空気が揺れたような気がした。草を揺らす音とともに俺の30メートル程前方に影が現れる。俺はその影から身を守るように、木の陰へと身を隠す。

呼吸する事すらもはばかれるような雰囲気の中、俺は頭の中を真っ白にして音だけに集中する。枯れ草の中を蠢く人の気配。左側に動いていく……

左側か……思い当たる人物が一人いた。

俺は木をなぞる様に、その影の動きとは反対の右側に動く。

月の光が木々の隙間を縫って差し込み、その影の正体をとらえた。

やっぱり……俺は自分の感が正しかった事に納得する。影の正体は予想通り如月だった。

俺は銃口を静かに如月に向けて構える。

野生の感とでもいうのか、如月は俺の気配を感じ取ったのか、枯れ草の中へと逃げ込み、姿が消える。

俺は呼吸をせずに耳を済ませる。心臓の音だけが俺の中で鳴っていた。

枯れ草が右側の方からいきなり動き、もの凄いスピードで俺の方に突進してきたかと思ったら、俺の前にいきなり姿を現す。俺はそのいきなり現れた影に引き金を引く。銃声が響き渡った。

何……木だと? 銃弾は眼の前の木に当たっただけだった。木は俺の顔を目掛けて飛ぶように体当たりしてくる。重さのあるスピードに木を避け切れず、まともにそれを喰らい、枯れ草の中に一瞬意識が飛びそうになる痛みととともに体が吹っ飛んだ。

口の中に血の味が広がった。如月のヤツ……木でカムフラージュしやがった。

俺はその場にゆっくりと立つ。俺の方からは如月が見えないが、如月からが俺の位置は見えているだろう……

周りは一面枯れ草に覆われ、夜の闇も手伝って人の姿を探すのが困難だった。

動けばその一瞬を狙って撃ち込まれる。できるだけ空気を動かさずに俺は如月の気配を追った。

音だけが頼りだ……俺は唇の血を拭い、息を整えて耳を済ませる。

この枯れ草のどこかにいるのは確かだ。少しの空気の動きも見過ごすな。俺はそう自分に言い聞かせた。

風が鳴る。冷たい空気が流れて俺の頬を刺す様に通り過ぎてく。

風の声の合間に微かに空気の動く気配を感じる。いる……左前方、5メートル。

俺は銃口を構えて、次の微かな空気の動きを待った。

動く……微かな息遣いと体の動きと摩擦する空気。

そこだ。俺は銃口を引いた。お互いの銃声がこうさして空気を切り裂き振動させる。鳥達が驚きのあまり騒ぎながら飛び立っていく。

俺の握っていた拳銃は銃弾に弾かれて吹っ飛んでいった。

如月ほどの腕を持つヤツが、拳銃を吹っ飛ばしただけだと? 枯れ草の向こうにいる如月に致命傷を与える事はできなくても、傷を負わせる事はできたのか……

俺は疑心暗鬼の中、暗闇に目を凝らす。

草音をさせて如月が俺の前に姿を現した。俺の撃った銃弾が肩に当たったらしく肩を押さえながら立っていた。手に拳銃は握られていない。肩を打ちぬかれた事で拳銃がすっ飛んだのか……

如月の不適な笑みだけが浮かび上がったように見えた。

次の瞬間、如月が風のごとく俺の懐へと入り込んできて、拳を突き刺すように殴りかかってくる。俺は瞬間的にそれをかわして後ろへ後ずさる。透かさず如月の拳が攻めてくる。

背中に何かが当たる。木が俺の動きの邪魔をした。俺の顔を狙って拳が風を切って迫ってくる。俺はその拳を左手で受け振り払った。次の瞬間、如月の残った手が俺の首を凄い力で掴みあげる。俺の足は地面を離れ宙に浮いていった。

首を絞められている息苦しさで、顔は熱くなり意識が朦朧としてくる。

俺は宙に浮いた足を持ち上げると、如月の腹に目掛けてありったけの力を込めて蹴りを入れる。

如月の手の力が一瞬緩む。俺はそのスキにもう一発、如月の腹を蹴り上げた。如月は俺の首から手を離し腹を押さえながら、後ずさる。

如月の下を向いた顔目掛けて、足を蹴り上げた。如月の上半身はその勢いに飛ばされるように仰け反る。俺はそんな如月の顔を拳で刺すように殴る。一瞬嫌な感触を感じる。

鼻の骨が折れたらしい。それを感じて鼻で笑う俺がそこにいた。

如月はそのまま俺の拳の力に押されるように倒れていく。

俺は如月の顔の上に足を上げ、思い切り顔を踏みつけようと足を下に下ろした瞬間、如月の両腕に足を掴まれ引っ張られた。俺の体は引力に逆らえらずに背中を打つようにして倒れる。一瞬息が出来なかった。

如月は俺の体の上に馬乗りなり両手で首を絞めてくる。さっきとは比べ物にならないくらいの力に襲われ、気が遠くなる。

俺の顔に如月の鼻血が落ちてきていた。

俺は必死に手を振り払おうと如月の手に自分の左手をかけるが、両手と片手では力に差がありすぎる。

目がかすんでくる……俺は体を悶えさせながら必死に抵抗した。だが上から押さえつけられる力は予想以上に強く振り払えなかった。もう駄目か……諦めかけた時、左手に何かが当たるのを感じた。

女神は俺に微笑んだ。

銃声が響き渡る。如月の腹に穴を開けて銃弾がめり込んだ。俺の首を絞めていた両手はとたんに力を失い、体重を支える事ができなくなり。そのまま俺の上に倒れ込んでくる。

俺は如月の体を持ち上げるようにして横に落とすと上半身を起こした。開放された喉を押さえながら思い切り咳き込んだ。

如月はまだ生きていたが、腹に手をあて傷口を押さえながら息も絶え絶えに俺を睨んでいた。

なぜだろう……心の中で悲しい虚しさがすすり泣いていた。殺し屋としての自分と如月の姿を重ねていたのかもしれない。

「最後の情けだ」

俺は如月の額に銃口をあて、引き金を引いた。

一瞬、如月が弱々しく笑ったような気がした。

木々を揺らすように銃声は悲しい音を響かせていた。

俺は自分が着ている服が血で汚れている事に気付き、掌で返り血を拭う。

掌が真っ赤に染まった。血の匂いが当たり一面に漂っている。血で真っ赤に染まった掌を見つめながらゆっくりと手を握り締める。

この汚れた手で沙羅のあの白い手を握る事が許されるのか……俺が俺にそう問う。

自分の胸に拳を当て、木々の間から見える星空を眺めながら俺は深くため息をついた。




正体は玲の予想通りの如月だった。

如月の最後の姿に自分を重ねる玲だった。


少しずつですが結末に近付きつつあります。

沙羅と玲、そして沙羅の母親。憎き松永恭次郎と祥、これからそれぞれにどうなっていくのか……


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